第4話 伊織

「いてっ…んー…」

息を詰めてはプハッと吐く

「いって〜」

小さく吐いた言葉は暗い部屋に吸い込まれた

枕元にある携帯に手を伸ばす

もうすぐ3時

去年は午前中にきてた成長痛が

この春は決まってこの時間だった

しばらく布団の中で体勢を変えてみる

夢に出てきた声が耳の中で聞こえる

「お兄ちゃんベッタリなのに

ママがいないとダメなんだから」

何度も何度も同じ声が繰り返す

目をギュッとつむり息をひそめる

「って〜…」

声と一緒に息を吐いた



もう眠れない事は分かっているから

本を掴むと晴樹の椅子に向かう

ギシッと椅子が軋んだ

まだ暗い空を窓から眺めた

昔から本は好きだった

字面を追っていると

余計な事を考えなくてすむ…

そんな風に感じたのはつい最近だった

何を考えたく無いのか…が 自分で分からない

兄さんが家にいない事なのか

何の相談も無く就職が決まり

一人暮らしが決まっていた事なのか

それとも兄さんがいないのに

意外に平気な自分の事なのか

控えめにカチャリと音がしてドアが開く

小春ちゃんが顔を覗かせる

「…いおちゃん…いつ寝てるの?」

「ん〜夕方?」

「ちっ」

「小春ちゃんはどうしたの?」

「何でもないよ」

そう言うわりには携帯をスタンバイして晴樹に近づいてく

「いおちゃん見て」

「ん?」

「晴ちゃんって清人そっくりでしょ?」

「そう?」

「うん 一緒に寝てたら寝相まで一緒だよ?」

携帯に収められた沢山の写真を見せてくれる

晴樹と清ちゃん

春子さんと清ちゃん

小春ちゃんと清ちゃん

単身赴任中のお父さんに抱かれた

小さな小春ちゃんも

「本当だ」

「ねっ可愛いでしょ?」

満足したのか小春ちゃんは晴樹を撮り始める

「いおちゃん ここに寝て」

指した先は晴樹と壁の間だった

「えー⁈かなり狭いから無理かなぁ」

「いけるいける いおちゃんなら」

小春ちゃんに強引に押し込められながら何とか収まる

「はいっチーズ」

頭を支える右手がプルプルする

「じゃー私はここ」

ベットの端に腰掛けた小春ちゃんが

「いおちゃんっ いー笑顔でっ に〜〜〜」

満面の笑みで携帯に写し出された


「起きないね〜晴樹」

「起きないよ〜晴ちゃん」

布団に寝転んだ小春ちゃんはクスクス笑う

「お宝写真いっぱい持ってそうだね」

椅子がギギッと軋む

「持ってるよ いおちゃんのも有るよ」

「えー それ見せて」

「お宝だからダメー」

「えー じゃあ晴樹のお宝は?」

「さっきのが最新作だね〜」

クスクス笑いながら携帯を操る

「いおちゃんLINE教えて 今の送るね」

「んーふるふるでいい?」

「いいよ」

承認したらすぐに写真が来た

笑顔の小春ちゃんの後ろに

口を開けて寝ている晴樹

その後ろで笑っている俺

楽しそうだ

手がプルプルしていた割には

ちゃんと笑ってる

そう言えば最近は写真を見ても

鏡を見てもこんな顔見てないな

いつからだろう

思い返しても記憶がボンヤリとして

思い出せない

「いおちゃんその本面白い?」

「うん 寝る前も晴樹と

この世は分からない事ばかりで

面白いねって話してた」

「えーそんな難しそうな本なのに

分からない事だらけなの?」

「うん これは量子力学の本なんだけど

量子って小さい小さい目に見えない粒の

総称なんだけど 例えばニュートリノとか

宇宙を飛び回ってて あんまり小さいもんだから

小春ちゃんの体とか通り抜けちゃうの」

「痛くないの?」

「どうなんだろ 多分小さすぎて見えないし

感じないんじゃないかな?」

「空から降ってくるの?」

「空からも降ってくるし

地球を通り抜けて下からも来る」

「下から?」

「そう」

「不思議だね」

「面白い?」

「うん 理科苦手だけど

いおちゃんの話は面白い」

「ありがと」

「通り抜けるとかお化けみたいだね」

「小春ちゃん 視える人?」

「視えないけど」

「もしかしたらお化けとかも

解明できる日が来るかもね」

「不思議が当たり前になるとか不思議〜」

小春ちゃんの笑い方は無邪気で可愛い

「そうだね」

机に伏せると白々と明るんできた窓の外から

新聞配達の音が聞こえてくる

耳の中をこだましていた声が消えている

小春ちゃん理科なんて出来なくてもわかるよ

ここは天国だ


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