第5話 晴樹

「ん〜…早いな…また3時か?」

背中を向けて寝転がる伊織に声をかける

「ん〜…そう」

「…あの本もう読み終わったのか?」

「ん〜…読んだ」

伊織の手には本ではなく携帯が収まっている

「ちょっと読みたい本があって探してる」

「そっか…あ〜〜」

上半身を起こして伸びをした

「あっ」

伊織が急にこちらを向いた

「晴樹 この枕借りて帰っていい?」

「枕?いいけど どうした」

「まつ毛の音がしない」

「はっっ?」

「まつ毛の音がしない」

繰り返されても意味が分からない

天井を見てまつ毛がどんな音なのか考えてみる

「あのさ〜」

伊織は言いながらクッションを掴むと頭に敷き

本を広げた

「あのさ〜こうやって本を読む時にさぁ

まつ毛が枕に擦れてうるさくない?」

「…無いけど」

「そっか 晴樹ここに横になって」

クッションをベットに置き指差される

言われるままに従う

「本持って…もう少し下…首はもっとこっち」

頭を掴まれ されるがまま

「どぉ?」

と 言われても分からない

「ん〜」

「これは?」

本を取り上げられ まつ毛を見ながら

頭の角度を変えていく

「ん〜…お前のまつ毛が長いからじゃね?」

真正面にある伊織のまつ毛を見ながら言う

「じゃあ これは?」

伊織は諦めない

真剣な目はくっきり二重

左目の下まつ毛のあたりに薄く小さなホクロ

瞳の色は淡いブラウン

瞬きせずに凝視しているせいか潤んでいる

「わかんね」

「重さがかかってんのかなぁ…これは?」

角度を確認するかのように頭をかたむけた

その拍子にまた前髪が顔にかかる

…俺が切ってやろうか

今まで何度も飲み込んだ言葉をまた

ゴクリと飲み込んだ

ボクガ イオリヲ イゾンサセタカラ

呪いにかかったように

言葉に囚われて身動きが取れない

依存って何だよ

大切に思う気持ちが依存かよ

依存でも何でもいいじゃねぇか

一生依存でもさせとけよ

それでこいつが笑うなら…

目を閉じた瞬間

微かな音が聞こえた

「あっ」

「何?」

「聞こえたかも」

何度か同じ角度で瞬きを繰り返す

「これ?」

「そーそれ」

「聞こえたけど…別に気にはならない」

「えーそう? 1回気になりだすとずーっと

気になるんだけど体勢変えたくなくて

気になるけどそのまんまの時とかある」

「ふーん」

「この枕みたいの探すから

見付けるまで貸して」

「おー」

伊織は満足そうにまた背を向けて

携帯をいじり始めた



「ママはあたまがいたいって」

パジャマのまま清人がリビングにやってきた

「おー清人おはよう」

「おしっこ〜」

「はいはい行っといで」

「飯にするかなー 伊織〜パンでいい?」

「ん〜」

のんびり返事をした伊織の手には

昨日図書室で借りたであろう本が収まっている

「いおちゃん〜おはよ〜あそぼ〜」

「ん〜」

「伊織そいつ手ぇ洗ってないぞ〜」

すでにその手は伊織のシャツを握りしめている

「…清ちゃんトイレ行って手ぇ洗った?」

「あらってな〜い」

「…行こう」

伊織ののんびりした声が廊下に響く

トイレの後と〜

ご飯の前は〜

手を洗おうね〜

あと外から帰ってきた時もね〜



「清人〜いおちゃんおはよう」

「…」

清人はパズルに夢中で気付かない

「小春ちゃんおそよう」

「まだ10時でしょ〜

土曜日だからいいの〜二度寝しちゃったし」

「晴樹おはよう ママは?」

「二日酔いだろ 寝てる」

小春の手の中ので携帯がブルブル振動している

「小春 携帯出なくていいのか?」

「うん 友達からのLINEだから」

「スゴイ勢いだな」

「うん今朝いいものアップしたから

反響凄くて」

「えっ⁈何を?」

伊織の反応に驚いた

「ひみつ〜」

「えぇ〜小春ちゃん個人情報流出はダメだよ」

「大丈夫〜仲良し5人グループだけだから」

「えぇ〜…それ大丈夫じゃないけど…」

「伊織 何か知ってんの?」

いや…とか何とかごまかしている

どうせヨダレ垂らした伊織の写真だろ

「大丈夫だよっ小春のグループは

厳しいいオキテがあるから」

「掟?」

「うん 休みの日は10時からしかinしないし〜

毎日夜は7時迄でしょ でも勉強で分からない

ところはいつでも聞いていいの〜あとは〜

写真はちゃんと加工して〜ケンカは厳禁〜」 小春とは携帯を持つ時に時間をかけて

タップリ話し合った

グループを作る時も友達と集まって

自分達で決まり事を作っていた

「小春ちゃんスゴイなぁ

俺 中学の時とかあんま考えてなかったなぁ」

「だって晴樹は小学生の頃から携帯持ってたのに

小春は中学生になってもダメとか言われて

大変だったんだから〜」

「だ〜か〜ら〜俺は親と連絡取る為に

持たされてたの 飯食っとけとか

お前の面倒みろ とか お前は女子だから

親父が反対しまくったんだろ」

「そうそう晴樹と沢山オキテ作って

お父さんやっと納得したんだよね〜」

「感謝しろ〜」

「感謝してるから朝ご飯お願い」

「調子いーなーお前 テーブルにあるから

飲むものは自分でしろ 」

ありがと〜と笑う声は母親にそっくりだった



「いおちゃん達今日どうするの?」

「午後から図書館」

「えーまた勉強?中間とかまだ先でしょ?

遊ぶなら今のうちなのに〜」

「月曜にテストあんだよ」

「進学校は大変だね 私む〜り〜」

「イケメン多いからいいなって

言ってなかったか?」

「イケメンは〜晴樹が家に連れてきてくれたら

いいでしょ?同級生とか先輩とか後輩とか」

「なんでお前の為に連れてくるんだよ」

「去年文化祭に行ったらサッカー部が

かっこいいってみんな言ってた

晴樹サッカー部に入りなよ」

「馬鹿か」

「じゃあ いおちゃん」

「…俺サッカーとかしそう?」

「…似合うよ…ユニフォームが」

口元がニヤけてる

妄想中の小春はキモい

「小春ちゃんヨダレ垂れてるよ」

「も〜いおちゃん ヨダレなんかないでしょ」

「あははは」

伊織の笑い声もなんだか似てきた気がする



































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