第6話 晴樹
「みんなおはよ〜」
二日酔いな癖に起きてきた時には
微塵も感じさせないこの母親の
演技力?変身力?には敵わないと心底思う
「ママ〜大丈夫?」
「ありがとう清人 大丈夫よ」
「きよはホットケーキがたべたい」
「了解 晴樹〜ベーコンとか残ってる?」
…とかって何だよ と思うが
ベーコンとかウインナーとか卵とかベビーリーフとかジャムとか生クリームとかだろう
メープルシロップが切れているのが残念だがなんとかなりそうだった
「あるよ」
「伊織君もお昼はホットケーキでいいかな?」
「あー俺は帰るんで…」
「え〜いおちゃんダメ〜きよと
ホットケーキたべるの」
「伊織 遠慮すんな〜図書館午後からだろ
一回家帰るか?」
「あ〜うん」
「俺も行くから 伊織は一回帰って
俺はチャリで 現地集合な」
「晴樹も行くの?」
「きよも行くの〜」
「清人は保育園で本を借りてきな」
「きよもいく〜」
「はいはい 清人はこれからお仕事があるからね
沢山あるから図書館なんて行ってる暇ないよ
ホットケーキまぜまぜと〜
生クリームまぜまぜと〜
こぐまちゃんみたいに
たくさんホットケーキ焼いてもらうから
清人はホットケーキ焼くのが上手だから
みんな美味しい美味しいって
大喜びになっちゃうね
清人はお仕事頑張れるかな?」
「がんばる〜お〜」
「お〜」
「こぐまちゃんの えほん もってくる〜」
「お〜」
「春子さんスゴイな〜」
「一応三児の母だからな 昨日から伊織がきて
はしゃいでるからホットケーキ食べたら
昼寝するよ」
「そっかまだ4才だもんな」
「いやもうほとんど昼寝しないけど
遊びすぎた日だけな」
「そっか」
早速テーブルにホットプレートが並ぶ
「清人は伊織くんとコッチで混ぜ混ぜしてね
伊織くん良い?」
「はい 」
「じゃあこれ あっちのテーブルで」
卵の入ったボールと泡立器を 伊織に渡す
「ん」
「きよに ちょ〜だい
きよに ちょ〜だい」
「清ちゃんはこれね〜」
泡立器を貰った清人は
ご機嫌でソファーに登る
「まっぜ〜まっぜ〜」
「晴樹〜果物何かあるかなぁ」
「ああ 野菜室に」
「どこ〜?」
「左奥の…」
ゴツッ 音と共に 清人が泣き叫ぶ
「清ちゃん!!」
「大丈夫⁈」
音と同時に走って行った母さんが
清人を抱きしめる
「痛いね 痛いね びっくりしたね
どこが痛い? うん…うん… ココが痛いね
清人は混ぜ混ぜしようと張り切ってただけ
なのに ソファーから落ちて ビックリしたね
痛かったね ココが痛いね〜」
言いながら傷が無いか確認し
頭も体もギューッと抱きしめていく
清人の泣き声も段々小さくなる
伊織は胸の辺りを掴んでソファーの横で
立ちすくんでいた
「ごめんな いつもの事だから だいじょ…ぶ」
伊織の白い顔から 更に血の気が失せていた
「お前大丈夫か?」
口が動いたが 声は無かった
ギシッと音がしたかと思うと
ソファーに立った母さんが伊織を抱きしめる
「ビックリさせて ごめんね
清人は 大丈夫だから」
小さな声で ゆっくりと 言い含める
「…ちゃんと見てなかったから」
「伊織君のせいじゃ 無い 大丈夫」
はぁー 伊織が長い息を吐いた
伊織と同時に俺も息を吐いていた
上手に隠していて あまり気付かれないが
この人は 家族以外を触る事が苦手なのだ
自分の母親や姉妹さえも 触れるのを避ける
他人に触れるところなんか見た事あったかな…
記憶を辿っていると カシャカシャ
音が始まった 清人が卵を混ぜている
「晴樹 こっちでホットケーキの生地作って」
「ん〜 牛乳とホットケーキミックス」
「はいはい 伊織君これ持って行って」
ボールを押さえる伊織はどことなく
ボンヤリしている
「…あの人最強だろ
清人もすぐ泣き止むんだよなぁ」
「ふ〜ん」
顔色は戻ったな
カシャカシャ泡立て器で混ぜる清人は
もうご機嫌だ
「子供が泣いている時に
泣いてる子供の思っている事を言うだけで
泣き止むって …あの人の自論なんだけど
俺はよくわかんね〜けど」
「 ふ〜ん」
「子供は言葉が喋れないから
母親には子供の心が分かる超能力が
あるんだって 言い張ってる」
「ふ〜ん」
「でもそれも言葉が話せる10才位になると
分かんなくなるんだって
俺も小春も もう無理だから
自分から話してって言われる」
「へ〜」
「さっきあの人 伊織の心 分かってた?」
ゆらゆらしていた視線が定る
「…ん〜
…多分…分かってなかった」
「そっか」
「…でも…間違えては無かった…と思う」
「ん?」
「多分…分かんないけど」
「ふ〜ん」
カーンと音がしたかと思うと
生地がビチャッと飛んできた
「おっしま〜い でっきあっがり〜
しあげはおにーぃさーん」
泡立器を持ってくると
オレンジを剥いている小春のところに
駆けていく
「清ちゃん かわいいなぁ」
伊織がつぶやいた
「母さん」
なぁにと振り向いた母は
無邪気に笑った
「さっき…どうして伊織を抱きしめたの?」
しばらく視線を彷徨わせて ハッキリと言った
「だって心が痛そうだったから」
「それはどうやったらわかるんだ?」
「ん〜…何となく?
言葉にするのは難しいなぁ」
ニッコリ微笑んだ母は
やっぱり理解不能で最強だった
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