第7話
海に溶けていく夕日は、全身でその切なさを表現し、生命を燃やしつくしているかのようだ。
だけど、翌朝には何事もなかったかのように、全く別の太陽みたいな顔して空を支配する。
そんな二面性をもつものに、人は何故か惹かれてしまうものだけれど、僕は二面性を持つものは嫌いだ。
白か黒かどっちかがいい。
曖昧な色や、しょっぱいのか甘いのかわからない食べ物も苦手だ。(例えば塩 キャラメルとかいうけしからんやつのように)
その点、華はいつだって変わることはない。
いつだって優雅で、上品で、寝息さえも優美だ。
もし、このまま華が過去に戻ることがなく、僕と今のような生活を続けたとしよう。
いつしか僕は年をとり、背が曲がり、見慣れた父親の頭のように髪が白んでくるのだろう。
だが、華はいつまで経っても今、この瞬間に僕の目の前にいる華のままで、その肉体も声も性格も、まとっている空気さえも何ら変わらないような、そんな気がしてならなかった。
それは遠い昔に描かれた名画の中で光を放つ太陽のように、いつまでたっても色褪せることはないのだ。
しかし、いつ、また華が元の時代に突然帰って忽然と消えてしまうかもしれないという恐怖心が、幼いころ、走っても走ってもいつまでも後についてきた満月みたいに僕の心につきまとっていた。
なるべく考えないようにはしていたが、その恐怖心が僕に、華との日々を、丁寧に、大切に、過ごさせていた。
そんな華との大切な日々に、大きな記念日が近づいていた。
華の誕生日だ。
僕は、とっておきの計画をたてた。車をレンタルして、華に海を見せてあげようと思った。
最初は遊園地だとか、映画、夜景の見えるホテルのレストランでディナーでもと恥ずかしいくらいありきたりなことを思ったが、華はあまり人混みが好きではなく、どちらかというと自然を愛していた。
毎週末に2人で散歩する近所の川沿いでも、懐かしむような遠い目をして川の流れを眺めている。
幸い、僕の住む町から車を1時間ほど走らせたところに、潮の流れがきつい為に遊泳禁止で、近所の人が犬の散歩しているくらいの静かな海岸があった。
近すぎず、遠すぎず丁度いい距離だろう。
その海岸からは太平洋が見渡せ、斜めにならない水平線を臨むことができる。
確か幼稚園くらいの頃に、家族できたことがあった。
僕は海に入りたくて仕方がなかったけれど、足を海につけることさえできない姉の手前、我慢しなさいと母にピシャリと言われ、砂のついたくちびるを噛み締めた記憶がある。
あれが僕の最初の我慢だった。
今度は華と行く。誕生日を迎える華と行くんだ。
僕は単調で退屈なアルバイトの工場で、先に控えた海に思いを飛ばした。
「金魚の尾っぽが腐りそうやなぁ。」
心を海に飛ばしていた僕に嶋本さんが口から白い煙を吐き出しながら言った。
気がつけば、無意識のうちに午前中の仕事を終え、昼休憩になっていたらしい。無意識とは怖いものだ。日々の変わらない作業だと、いつの間にかそれは終わっていて、時間を切り取られたかのような気分になる。
そんな僕が、事務所の外にあるベンチで、華の作ってくれたおにぎりを食べていたら、いつからそこにいたのか嶋本さんが、タバコの煙をくゆらせながら座っていた。
「えっ?嶋本さん、そんなことまでわかるんですか?」
「わかるっちゅうか…感じるんやな。けったいな力やで。」
「いや、すごいですよ!実はうちで飼ってる金魚が尾びれが腐る病気だったんですよ。もうよくなりましたけど。」
「へ~、おかしいなぁ。大きい金魚が浮かんでるのが見えるわ。」
「うちの金魚、出店ですくってきた小さい金魚なんですけどね。」
僕は、華がやってくる前に嶋本さんが、
「背中に赤い金魚しょってんで~。」
と言ったことを思い出した。
「もしかして、その大きい金魚って、女の子ですか?」
嶋本さんは、口をもごもごと動かして僕の頭の方をしばらくジッと見ていたが、突然大口をあけて笑った。
「がははは!金魚は金魚や!」
僕はホッと胸を撫でおろした。
「驚かせないでくださいよ~。」
「すまん、すまん!昔から変なもんを感じるよって、周りから気味悪がられるんが今も独りの理由や!がはは!」
「そんなことないですよ。その力を生かしたらどうですか?占いとか…」
「兄ちゃん、占いっていうのはな、売らないってことでな、ほんまは金とったらあかんのや。欲に目がくらんだら大事な事が見えんようになる。わしはそんなんいやや。」
いつになく真面目な顔で話す嶋本さんは、どこまでも真っ直ぐだった。
「なるほど…たまにはいいこと言いますね!」
「たまにはってなんや?!たまにはって!がはは!」
喉の奥までさらして笑う嶋本さんを見ながら、この人は信頼できる人だなと思った。
「せやけどな、自分、大きい金魚に乱暴したらあかんで。」
急に真面目な顔で嶋本さんは言った。
「乱暴も何も…するわけないじゃないですか!」
「いや…な、なんか気になったんや。」
僕は、そういう行為に対する欲望はあったが、華に無理やり何かしようとか思ったことがないので嶋本さんのその言葉はあまり気にとめなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます