#15 逆転神官
「犯人は、ナオミさん。貴女です」
単刀直入過ぎる。
私は唖然と、そんな感想を抱いた。
村の人たちが神官長の話を拝聴しようと、下げた頭を戻し、居住まいを正した直後である。
突然の名指しに、きょとんとした彼らは思わず神官長を凝視するが、どうやら話はそれで終わりのようだった。
快刀乱麻を断つどころか、みじん切りにしてすり潰している。
「は、はあ!?」
村長さんもタンデンさんも、一拍遅れて訳が分からないとばかりに声を張り上げた。二人とも口が半開きなっているし、ナオミさんに至っては青い顔でうつむいて震えていた。
「あの、神官長?」
私も思わず彼の真意を問い質す。
神官長はしれっとした顔で私を見て、言った。
「申し訳ありません。女神様。しかし、いたずらに長引かせるよりは端的に事を明らかにした方が良いかと判断いたしました」
確かに私もどこかの探偵小説みたいに、ぐだぐだと結論を引っ張るよりはさっさと犯人を明らかにした方が良いとは思うよ。
けど、いくらなんでもこれは直接的過ぎるだろう。もっとこう……様式美みたいなものも大事にしようよ! ミリオネアの一問目だって、もう少し溜めるよ!
「神官長様。啓示とは言え、いきなりそんなことを言われても困ります。理由を仰って下さい」
そう言ったのは、犯人であると指摘されたナオミさんではなく村長さんだった。
神官長は小さく溜め息をついて、視線を上げる。
「分かりました。いいでしょう。女神様は分かりやすく啓示という形で真相を明らかにして下さいましたが、これは消去法でも明らかになることです」
神官長は、タンデンさんに確認する。
「まず、キューザン氏が最後に目撃されたのは深夜11時の居酒屋でしたね」
尋ねられたタンデンさんは、おずおずとうなずく。
「ああ、そうだ。おれが最後に見たのは勘定をしている奴の姿だったから、おれが帰ったすぐ後にでも家に向かったんじゃないか」
「ええ、その後キューザン氏はまっすぐ家に向かったようです。そして家の前で何者かと争いました」
うん、恐らくそれは決定事項だろう。キューザンさんの髭に埋もれていた小さな花。それによって彼が自宅の前で襲われた時間を特定することができた。
「彼が刺されたのは、その時であると考えられます」
ひっと息を吸う音がする。見れば、ナオミさんが真っ青な顔で口元を押さえている。タンデンさんも、驚いた顔で唇を戦慄かせているし、村長さんの今にも死にそうな顔が腐りかけたゾンビのようになっている。いや、村長さんはいつものことか。
「あの、しかしそれではキューザンが山の中で倒れていた理由が分かりません。奴はあの体躯ですから、ナオミさんが運んだという事は考えづらいのですが」
「まさか……っ、ドモンが共犯だとお考えなんでしょうか?」
ナオミさんが焦ったように、夫の叔父であるドモン氏の名前を口にする。確かに、自分の足で移動したのではないと考えるなら、運ぶ事ができるのは同じくらいの大きさと評判のドモンさんくらいだ。
しかし、キューザンさんとドモンさんが二人で同じ部屋にいたら、圧迫感がすごかっただろうな。ちょっとナオミさんに同情。
「いいえ、この村に詳しくないドモン氏が深夜慣れない山奥に、キューザン氏を運び込むとは考えられません」
神官長は首を振る。
うん、そこまでは私たちと同じ考えだ。
そして、複数の共犯者が協力して運び込んだ訳でもないとすると――、
「そして何より、キューザン氏には打撲や骨折はあっても、斜面を転がり落ちた擦過傷等の形跡がない。つまり上空から真下に向かって落ちたのです」
彼ははっきりと断言した。キューザンさんは打撲や骨折は酷かったけれど、目に見える擦り傷等を負っているわけではなかった。それは私も昨日、直接見たから知っている。
「キューザン氏を運んだ方法は、魔術であると考えられます」
神官長のその言葉に、村長は唖然として聞き返す。
「しかしそれでは、キサラギ先生が犯人の可能性もありますよ」
村長、あっさりキサラギを売るの巻。
確かにこの村で魔術師と言えば、魔術庁から派遣された
しかし神官長はその言葉に首を振る。そう、キサラギは動機の面で犯人である可能性は低いのだ。そして何より、
「ナオミさんも魔術師です。資格は丙種ですが、魔術を使えることは同じです。しかも、かつて土木作業員として働いていたのなら、運搬や浮遊の魔術免許を持っている可能性も高い」
「だが、魔術を使うには代償が必要なんだろう? そんな急に魔術の対価を用意できるとは思えんのだが」
「異議あり!」と、タンデンさんもナオミさんを庇って横槍を入れる。
うーん、ナオミさん人気だなぁ。やっぱり儚げな美人さんは男の人にモテるのかな。ならば私だって……いや、なんでもない。人の夢と書いて儚いと読むんですね。女神の惰眠ではないのですね。
ともかく神官長は自分の怪我を治すのに、代々の神官長の間で引き継がれてきた杖を使った。
でも、それは神殿の神官長という大任と、250年という歴史があったからこそ代償として通用したのだ。いくら魔技師だとしても、一般家庭の平凡な主婦に急に魔術の代償が用意できるとは思えない。
それとも、長期にわたって準備を重ねてきた計画的な犯行なのだろうか。さすがにそれはないはずだ。
「この村には、歴史的に価値のある女神像があったそうですね。それは一昨日から紛失している。すなわち、その寝女神像が盗まれて、魔術の対価にされたのだと考えられます」
マジでか!
私は衝撃に身を打ち震わせる。
マジで――涅槃仏だったのか! 惰眠を貪っている所を像にされて拝まれてるとか、最悪だ!
こればっかりは、魔術の対価として消滅させてもらって助かったとしか言いようがない。
「それは本当ですか!?」
同じく村長さんも悲鳴を上げる。
彼の死人じみた青い顔が、墓から掘り返されたばかりのように土気色になり、今にも泡を吹いて倒れそうになっていた。あ、ちょっと涙目だし。
「我が村秘蔵のウンケ=カイケ晩年の傑作、『深淵の眠りに浸る女神像』があぁっ!」
おぶぁわああっっっ!!?
私は思わず吹き出しそうになるのを、辛うじて堪える。
てか何だ、その作品名は!? まさか他にも同様のシリーズ作品があるんじゃないだろうね? 『目覚めの直前、女神のまわりを一匹のスズメバチが飛んで生じた夢』とか。
くそ、こうなったら女神としてありとあらゆる権限を利用して、すべての女神像を焚書ならぬ焚像するしかないかも知れない。暴君だと罵られようとも構うものか!
野望に燃え、目から炯々とした光を決意として放つ私から皆の視線を逸らせるためか、神官長はそそくさと説明を続ける。
「とにかく、魔術の代償の件はそれで解決します。女神像の納められていたお堂はキューザン宅の側にあった。突発的な犯行だとしても、充分に間に合うはずです」
神社だと思った場所は、実はお堂だったらしい。言われてみれば、確かに鳥居とかなかったしなぁ。
ナオミさんは反論もせず、俯いたまま身体を震わせている。
神官長はそれをちらりと一瞥して続ける。雨に濡れた花のような、庇護欲をそそる彼女の様子を一顧だにしないとは、さすがは暴力ドS神官長。ブレない。
「突発的に夫を刺してしまったナオミさんは、病による失踪と見せかけるために魔術を使ってキューザン氏を山奥の淵へ落とし――、」
「違います!」
ここでようやく、ナオミさんが声を上げた。
「何が違うのですか?」
神官長が彼女に問い質す。神官長は普段の猫かぶりを脱ぎ捨て、冷ややかな眼差しでナオミさんを見下ろしている。いや、普段より2割ほど冷たさが増している気がするぞ。氷の女王ならぬ、氷の神官長だ。
ナオミさんは目に涙を浮かべ、怯えたように自分の腕で身体を抱きしめながらも、首を振る。
「確かに、私はキューザンを刺しました。でも、証拠隠滅や誤魔化しを行うために魔術を使ったんじゃないんです」
「それは、いったいどういう事だね?」
村長さんも、ナオミさんに尋ねる。
「私は、キューザンを病院に運ぶため、転移魔術を使おうと思ったんです」
彼女はついに、顔を覆って泣き出した。
「転移魔法で病院に……って、それでどうしてキューザンがあんな所に倒れているんだ!?」
タンデンさんが唖然として聞き返す。しかし、ナオミさんは激しく首を振った。
「分かりません! 私は、確かに県立病院に運ぶため、恐れ多くも女神像を盗み出し、非常時のために取得していた転移魔術を使いました。でも、きっとその所為で罰が当たってしまったんですね。突然、魔術が私の制御を離れて暴走し、キューザンの姿を見失ってしまったんです」
いやいや、罰なんて当てないから。むしろ恐ろしい像を消滅させてくれて、感謝したいくらいだから。しかしここで私が口出しをすると、話を余計に混乱させかねない。
私はおろおろと、神官長に視線を向ける。彼はやれやれと言わんばかりに、小さく溜め息をついたようだった。
「ナオミさん」
「は、はい……」
彼は冷たい眼差しのまま、淡々と彼女に確認をする。
「貴女がキューザン氏を刺した理由はなんですか?」
彼女は息を飲み、顔を青ざめさせるがぽつぽつと理由を口にした。
「原因は……口論です。ドモンさんを怒らせてしまった事、そして酔っぱらって帰ってきた事を咎めたんです。寝ているケントを起こさないように、家の外で……。でも、言い争いが激しくなって、怒ったキューザンが手を振り上げて、それで咄嗟に――、」
大柄で力の強いキューザンさんに殴られると思ったら、それはさすがに命の危険を感じてしまうかも知れない。ナオミさんは反射的に、キューザンさんに刃物を向けて反撃をしたのだ。いや、でも予め刃物を用意していたとしたら、計画的な犯行じゃないかな。
私の気持ちを察したのか、神官長は続けて尋ねる。
「刺した道具は、何ですか?」
「垣根のところに置きっぱなしにしていた、園芸用の剪定鋏です」
なるほど。庭にあったものなら、発作的な犯行だったと認めてもいいよね。……って、被害者の様子を知ってたんだから、犯行道具が鋏だったことも、事件のあったおおよその場所も神官長は予想がついていたってことじゃないか。
最初っから教えてくれてれば、私がケント少年と事件解決のためにあそこまで走り回らなくても済んだのにさ。
「では、最後に。貴女が魔術に失敗するのは良くあることですか?」
「いいえ」
ナオミさんは泣き濡れた顔で力なく首を振った。
「あんなこと、初めてでした。途中で、術が私の手を離れてしまったような感覚がありましたが、よく分かりません。あの時は、夫の姿も消えてしまい、口論も刺してしまったことも――全部悪い夢のようにしか思えませんでした」
「そうでしたか。ありがとうございます」
神官長はうなずいた。しかしその顔は、何かを思い悩み、訝しんでいるかのように険しく顰められている。
ナオミさんは青ざめ怯えた表情で神官長を見上げていたが、彼は気を取り直すかのように頭を振り、彼女に告げた。
「実はですね。先ほど神殿から連絡がありまして、キューザン氏の意識が戻ったとの事でした」
「本当ですか!」
真っ先に反応したのは、ナオミさんだった。
村長さんもタンデンさんも、驚いたような、ほっとしたような表情で神官長を見ている。
「キューザン氏は自分の状況を聞くと、山奥の淵には酔っぱらって自分で向かった。斜面を転がり落ちた際に、誤って持っていた鋏を自分に刺してしまったのだと、事件の存在そのものを否定されました」
「そんなっ」
ナオミさんは口元を押さえて、息を飲む。
「村長殿」
「な、なんでしょうか」
村長さんはびくんと震えて、慌てて神官長に返事をする。そんな心臓蘇生の電撃ショックを受けたように驚かなくても。
「本来でしたらこれは、法の元に裁かれるべき事柄でしょう。しかし今回、この事件は疫病の女神様のお膝元で起りました。ならばこれもまた――女神様のお導きの一つなのではないでしょうか」
神官長は目を伏せると、おもむろに淡い微笑みを慈悲深く浮かべた。
迷える子羊に手を差し伸べるが如き、毅然としたその立ち姿は、もはや背後に後光が射して見えるほどに神々しい。
私は唖然としてよろめく。
よもや
「女神様がお許しになられ、そしてキューザン氏もそれを望むのでしたら、うちうちに事を済ますのはいかがでしょう」
私が空気になる勢いで放たれる神聖さに誰もが呑まれ、もはや反対の言葉が出る余地はどこにもなかった。
「もちろん女神様が直々に沙汰を下してくださるのでしたら、我々にも異論はございませんが……」
「本当によろしいのでしょうか、女神様」
おどおどと村長さんが。そして泣き濡れた顔を上目遣いに見上げてナオミさんが私にたずねる。
そんな儚げな美人さんに涙ながらに見上げられたら、入っては行けない道に足を踏み入れてしまいそうになるじゃあないですか! ショック死した死体のような村長さんの眼差しは、むしろ後退さる要因になりそうですが。
私はぶんぶんと首を振る。異論なんてあるはずがない。もちろん、被害者であるキューザンさんがそれでいいのならって前提があっての話だけどね。
ケント少年も、自分の大好きな父親を刺したのが大好きな義母だって知ったら、それはもうショックを受けるだろうし。
何よりキューザンさんから手を出そうとした正当防衛で、そして山奥の淵に落としたのが意図的なものでないというのならば、あえて公にしなくても良いだろうと思える。嘘も方便って奴だ。
「分かりました。では、この件は内密にということで。よろしいでしょうか、タンデンさん」
神官長が重ねて尋ねると、タンデンさんは、ふっとニヒルに笑って頷いた。すだれが首の動きにあわせて、へろへろと揺れる。
「分かっているさ。真実は、時に人を余分に傷つけるだけのものでしかない。秘する事で花となるなら、それもまた正義だろうよ」
うん、タンデンさん。無駄に良い事言ってるけど、やっぱりハードボイルドが似合わないね。
とにかく、こうしてついにキューザンさん失踪事件の真相が明らかになったのだった。
――いくつかの謎を除いて。
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