#14 (アラウンド)300
可愛い系医師キサラギさん改め、腹黒魔術師キサラギは今回の我々の調査が終わるまで、村の公民館に軟禁ということになった。
彼のしたことは神殿側からしたら随分と許しがたいものだったけれど、魔術庁との関係をこれ以上拗らせる訳にも行かず、後ほど厳重に抗議するに留めることになったらしい。
「えっ、じゃあキューザンさんは病院に入院したわけじゃないの?」
翌朝、布団を畳みながら私は神官長に尋ねる。
神官長は昨日村から出発した後、村長さんから貰った転移符を使わず、自分の持っていた転移符で直接疫病の神殿に跳んだという。
「いきなり行っても、すぐに治療できるか分からなかったからな。それなら、疫病の神殿に運び込んだ方が魔術を使うにしても医療行為を行うにしても確実だ。なにより万が一にも、この村の病を県立病院に広めるわけにはいかないだろう」
ああ、確かに院内感染から
「なのに帰る手間を省くために、転移符を使って爆発しちゃったなんてツイてないねえ」
キューザンさんに被害が及ばなかったのが不幸中の幸いだが、せっかく行きの段階で罠を逃れたというのに、結局転移符を爆発させてしまった。
普段は何でも卒なくこなしてしまう神官長の珍しい失敗に、思わずほくそ笑む。
やーいやーい、リア充でもないのに爆発してやんのー。
「どこかの誰かが、不審者に襲われて意識不明という連絡がなければ、普通に車だけで戻ってきたんだがな」
「うっ!」
私は胸を押さえる。それを言われるとさすがに弱い。
しかも大怪我を負いながらも、危ないところを助けてくれた相手を馬鹿にするというのは悪かったかもしれない。
だいたい彼も私が知らないだけで、特殊性癖を持つ奥さんのいる立派なリア充なのかもしれないじゃないか。ここは素直に謝るべきだろう。
「ご、ごめ――、」
「今回の件は、すまなかったな」
へ? と私は顔を上げる。
見れば、神官長は実に憮然とした表情でわずかに視線を落としていた。
「目を離した隙に襲撃を受けて、怪我をさせただなんて、信じがたい失態だ。歴代の神官長に合わせる顔がない」
「え、いやほら、その。私が言いつけを破ってふらふら出歩いていたのが行けなかったんでしょ?」
らしからぬ神官長の様子に、私は慌てる。
もしかすると今日はゾンビときどきキョンシーでも降る、異常気象なお天気になるのかも知れない。ところにより村長さんも降るだろう。ロメロ監督もびっくりだ。
神官長は私の言葉に首を振る。
「お前が勝手に外に出るのは予想していたことだ。むしろ、普段引き蘢りのお前が珍しく外に出たがっていたから、息抜きでもさせてやったほうがいいだろうと思ったのが裏目に出てしまった」
神官長は眉間に皺を寄せたまま、ふかぶかと溜め息をつく。
えーっ、実は神官長公認の自由時間だったの? それが分かってたなら、折檻を恐れずもっとあんな事やこんな事も……ぶつぶつ。
「お前はこの世界を怖がっていただろ。無理にでも外に連れ出したことで少しは考え方が変わったのかと思っていたら、よもや魔術の効果だっとはな」
「怖がってた?」
私は首を傾げる。
怠惰の限りを尽くしていた自覚はあったけれど、別に怖いとか思ってはいなかったよ。むしろ悠々自適な引き蘢り生活を満喫させて貰っていたような気がするけれど。
「忘れているのか? お前は目覚めてすぐ――いや、なんでもない」
「ちょっ、そこで止めないでよ!? 気になるじゃんっ!」
果たして、私にいったい何があったというのだろう。まったく持って覚えていないのは、さすがに私の記憶力が悪いからと言う話ではないはずだ。
いや、でも記憶から消去してしまうほどの何か衝撃的な過去が私にあったなら、超インドア派という名の引き蘢りニート女神になってもおかしくはないぞ。
つまり、私の自堕落生活は立派に理由あってのことで、なんら咎められる類いのものではなかったのだ!
目を輝かせる私を呆れたような目で見下ろし、神官長はやれやれと首を振る。
「まあ、それでもお前がどうしようもないニート駄女神であることには何の相違もないがな」
「ぐっ!」
速攻で言い訳を封じられた! 上げて落とすまでが早すぎる。もっと滞空時間を長くしてくれないと、位置エネルギーがよくわからない作用で大爆発でも起こしそうだ!
「ところで、お前はいったいどこに行こうとしている?」
すっかり身支度を整えて、さあ出かけようと襖に手を掛けた私は、あと一歩のところで神官長の絶対零度の声に邪魔をされる。
ちっ、このまま見過ごしてくれれば良かったのに。
「いや、ちょっと約束があってね。一緒に事件を調査すると小林少年と男と男の約束を」
その前に、軽く朝風呂も浴びてから行きたい所存もあるが。
「却下だ」
「えーっ!? なんでさ、私が外に出るの、本当は神官長も賛成なんでしょ?」
先ほどの話ではそんなような素振りだったのに、何でここでいきなりの反対意見なんだ。
期待させておいて容赦なくそれを打ち砕く。さすがは暴力ドSの本領発揮か。
「昨日の今日で何を言っているんだ。お前は自分がどんな目にあったのか忘れたのか?」
「でもキサラギは公民館に軟禁中でしょ。もう安全じゃん」
私を誘拐しようと企んだ腹黒魔術師は無力化されている。しかしそう言う私に、神官長は呆れたようにため息をついた。
「まだ、キューザンを襲った犯人が残っているだろうが」
「そっちも犯人はキサラギじゃないの?」
「奴には村人を襲う理由がないだろう」
神官長は、あっさりと私の言葉を否定する。
「例えば深夜、白装束に五寸釘と金鎚を携え、蝋燭を立てた五徳を被って怪しげな儀式を行っているのをうっかり発見された、とかどうよ」
もちろん、そこには藁人形という哀れな犠牲者もいたはずだ。
「ないな。口封じ目的なら奴には魔術がある。精神操作でも記憶封印でもなんでも使えばいい。怨恨目的というのも、余所者であるキサラギには考えづらい」
「なにその恐ろしげな魔術!」
さらって言っちゃってるけど、精神操作も記憶封印も聞くだに恐ろしいものとしか思えないんですけど!
「そうでもない。現在この村に掛けられている『危機意識低下』も、魔術による精神操作の一種だ。どちらも魔術を使えて抵抗力がある者には効かないし、強い物理的、あるいは精神的ショックを受ければ破れる。そもそも国から使用許可を得た甲種魔術師ではないと使えないから、さほど心配することはない」
「いやいや、そういう話じゃないから」
魔術の存在するこの世界では、人権に関する考え方とか価値観とかが少し違っているのかもしれない。
「うーん、しかしキサラギが犯人じゃないとすれば、やっぱり捜査が行き詰ったままになるなぁ」
私としては、このままキサラギ黒幕説で捜査を進めていって裏を取ればそれで事件は解決だと思っていたんだけどな。
神官長はそう漏らす私を鼻で笑う。
「お前のことだから、突拍子もない推理でもしているんだろう」
「失礼な! ちゃんと辻褄が合うように考えてるよ! 例えばキサラギが刺殺したキューザンさんを操って淵に落としてから蘇生させたとかさ」
「有り得ない。
待て、この世界ではゾンビが実在してるのか!
さすがは異世界。私の想像を遥かに超えている。
そこに痺れないし憧れもしないが、そもそもいったいどんな需要があれば死体を操る魔術免許を必要とするんだ。
衝撃におののく私は、もちろん神官長の「そもそも蘇生魔術なんて存在しないぞ」というぼやきを軽く聞き流す。
「とりあえず、お前たちが見聞きしたことを話してみろ」
大きくため息をついた神官長に促され、私はケント少年と調査して分かったことを話した。
神官長は私の話を聞くと、顎に手をやって眉間の皺をさらに深くしている。これでわずかに顔を伏せればどこかの考えるブロンズ像そっくりだ。
銀色の長い睫が繊細な氷細工のように見えてムカつくので、いつもの見下しスタイルのままでいいが。
「犯人が判明すれば、出歩かないと約束するか?」
「捜査に行く必要はなくなるね」
他に散歩とか温泉とかに出かける必要はあるだろうけどな!
もっともそこは、あえて言わないでおくが賢明だろう。
「それなら、事件の関係者をここに集めるぞ」
そう言って彼はくいっと顎をしゃくる。
お前が集めて来いということではないだろうが――、ああ、はいはい。ローブを着ろってことか。
でももう私は几帳の裏には隠れないからね。
※ ※ ※ ※
「おば――お姉さん、無事だったんうぎゃ!」
「今、おばさんって言いかけたよねえ?」
不安そうな顔から一転、ほっとした表情で駆け寄ってきたケント少年の頭を私は鷲掴みにしてにこやかに尋ねる。
しつこいようだが、私は永遠の20代だ! そして20代をおばさんと呼ぶのは、全世界(異世界を含む)の20代を代表して私が許さん! 30代に関しては、30代の人にお任せをする!
ちなみに実年齢に関しては、口に出してはいけない。指折り数えるとそろそろ大台に乗るとかも、考えてはいけない。
よい子のみんな、お姉さんとのお約束だぞ。
「何をやってるんだ、お前はっ!」
「うぎゃん!」
ミシミシと頭を掴む手に力を込めていた私は、背後から後頭部をはたかれてしゃがみ込む。
ちょっ、昨日殴られたところをピンポイントで狙ってきただろう! 洒落じゃなく痛かったぞ!
「だ、大丈夫、お姉さん? ごめんね!」
「いや、私の方こそごめん。そう言えば、昨日声を上げてくれたのはケント君だったんだってね。助けてくれてありがとう」
私の痛がりっぷりに、自分のされたことを忘れて慌てて謝るケント少年に、私も詫びとお礼を言う。
彼が手拭いを届けに来てくれなければ、そして悲鳴を上げて人を呼んでくれなければ今頃私はキサラギに攫われて人体実験の真っ最中だったかも知れない。
「ううん。オレも偽医者が恐くて逃げちゃって、結局何も出来なかったから……。そう言えば、お姉さんは疫病の女神様……だったんだね?」
なにやらやたらと疑わしそうに言われてしまったが、まあこれまでがこれまでであるから仕方がない。
ついでに先ほど私を思い切りはたいてくれた神官長にも、責任の一端はあると思われる。
「んー、でも気にしなくっていいよ。私と君の仲じゃないか」
少年探偵団とその助手の間柄だ。今更かしこまられると、ちょっと寂しくなってしまうじゃないか。
「今まで通りで構わないよ」
私がそう言うと、ケント少年はくすぐったそうに笑った。紅顔の美少年ではない彼ではあるが、そうやって笑うと可愛いものである。私は元の世界にいた弟を思い出す。そう、弟の千明は私によくこう言ったものだ。
(お前、本当に馬鹿だよな。ちょっとこっち近づかないでくれますぅ? あんたの弟だと知られたら、俺が恥かくわ)
……そうだった。奴はもっと小憎たらしくて、ちっとも可愛くなかったわ。
私がもはや次元も時代を隔てた弟に対しての怒りを再び甦らせているうちに、他の人たちもやってきた。
「すみません、なにかうちのケントが失礼を申しておりませんでしょうか?」
「どうやらおれに、用があるようだな。来てやったぜ」
相変わらずはかなげな風情のナオミさんと、無駄なハードボイルドを発揮しているタンデンさん。
「大変お待たせいたしました。仰られました通り、ナオミさんとタンデンを呼んで参りましたが」
そして死相が浮いている割にいつも元気な村長さんが部屋に入ってくる。
「隣村のドモンは、今こちらに向かっているとのことで到着に三十分ほどかかると思われます」
「そうですか」
村長さんの言葉にうなずいた神官長は、しばし思案を顔に浮かべ、ケント少年に声をかける。
「済まないが、君」
「え? オレ!? な、何かようか?」
驚いた様子を見せるケント少年に、神官長は真面目な顔で頼み事をした。
「村の入り口まで、ドモン氏を迎えに行ってくれないだろうか。彼が来たらこの部屋まで案内してほしい。君にしかお願いできないのだが、行ってくれるか?」
「うん、分かった!」
絶妙に自尊心をくすぐる神官長の言い方に、ケント少年は一も二もなく頷いてみせる。うーん、巧いな神官長。こうやって部下や信徒の皆さんを掌でコロコロ転がしているのだろうか。
気合いが入った様子で駆けて出して行くケント少年が部屋を出て行ったのを確認して、神官長は残った面子に声をかけた。
「それでは、始めましょう」
「あの、ケントとドモンはよろしいんでしょうか?」
おずおずと尋ねてくる村長に、神官長はあっさりとうなずいた。
「ええ、問題ありません」
さては神官長、巧い事言ってケント少年を遠ざけたんだな。
まあ、自分の父親を殺しかけたのは誰かだなんて、子供に聞かせる話じゃないだろうし。しかもそれが、自分の知っている人物だとしたらなおさらだ。
「本日、皆さんをお呼び立てしましたのはキューザン氏の事件についてです」
「あの、キューザンが淵に落ちて倒れていたのは、事故じゃないんでしょうか?」
青ざめた顔つきのナオミさんがおずおずと尋ねてくる。
「いいえ、キューザン氏の腹部には刃物が刺さっていました。なので、これはれっきとした事件です」
他の男性二人はすでに周知のことだったので、神官長の言葉に息を飲んだのはナオミさん一人だった。
タンデンさんは、今にも倒れそうなナオミさんの肩をそっと支える。フェミニストなのか単なるスケベ親父なのかは、慎重な審議が必要だろう。
「我らが疫病の女神様は、この村を悩ませるいくつもの難事について大変心を痛めていらっしゃいます。それゆえに、我々に啓示を与えて下さいました」
はっ!? なんですか、それは? 思いっきり初耳なんですけど!?
ぎょっとして神官長を見ると、慈悲深い笑みを向けられるが目が笑ってない。むしろ微笑みつつ絶対零度の冷たさで睨みつけているよ。器用だな、おい。
要するに、そういう事にするから黙っておけということね。駄目女神の権威を少しでも高める為に、神官長にはいつも苦労をかけております。合掌。
「今から、女神様がお伝え下さった事を話します」
「分かりました、どうぞよろしくお願いいたします」
「お願いします」
神妙に頭を垂れる村長さんたちと一緒に私も頭を下げたら、ひくりと神官長の眉が痙攣した。
ごめんごめん、ちょっと間違えただけだから。
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