#5 イケメン・ジャックによろしく
「この度は疫病の女神様に御拝謁を賜りまして、誠望外の喜びでございます。この村で二年ほど医者をしておりますキサラギと申します」
几帳の向こうから聞こえてくる声は、存外に若いものだった。
こんな田舎の寒村の医者なんて、よぼよぼのおじいちゃんだろうと思っていたがすっかり予想が外れてしまった。
しかも、明るさと頼りがいに加え語尾に甘さを残した声、実はかなりのイケメンと見たぞ。
「女神様は、この村の状況に大変心を痛めておいでです。まずは詳しい説明をお願いします」
「畏まりました」
神官長の促しによって、イケメンボイスの医者が語ったのは、以下のようなことであった。
この病が流行り始めたとみられるのは、およそ五ヶ月ほど前。
初期の症状は頭痛や吐き気、食欲減退であるため、軽度の感冒であると思っていた人間が多かったという。
しかし、徐々に目眩や痙攣、運動障害に記憶障害等の症状も出始め、周囲の目にも身体の異常が明らかになっていく。いや、問題は身体の不調だけに留まらなかった。
病に寝込む彼らは、どういう訳かたびたび無理に動き回ろうとするのだ。
いくら家族がそれを押し止めようとしても、聞く耳を持たない。
頬も痩け、白茶の肌は渇き切り、歩くのもやっとの足取りで幽鬼の如くよろよろとどこかを目指す。
その様子は、さながら何者かに呼び寄せられているかのようだと村人は言った。
そして、家人が目を離した隙をつき、病人は本当に姿を消してしまう。
「――行方不明になった者は、全員近くの沢や滝壺で遺体となって発見されました」
そのままふっと、蝋燭を吹き消す医者の姿を私は幻視する。
医者は淡々と事実を語るが、それがむしろ妙なおどろおどろしさを演出していた。
え、待って! これ、どこの百物語!? それともクトゥルフ!? 私、実は怪談話って苦手なんですけど!
神官長も、難しそうな声でうむむと唸る。
「これは、どちらかと言えば我々の管轄ではなく、呪いや魔物の仕業ではないでしょうか?」
「最初村人たちもそれを考え、魔術庁から調査官の派遣を頼んだのですが、どうも違うようで」
となると、やはりそれは病気の症状ということになるだろう。
てか、呪いも魔術の領域になってるんだ! そして、魔術庁なんて役所があったんだね。ちょっと驚きである。
もしかすると、神殿もどこかの役所の管轄だったりするのかなぁ。
「ありがとうございます。大変参考になりました。女神様もお喜びであられます」
「いえいえ、卑賤なこの身ではありますが、女神様のお力になれたのでしたら何よりでございます」
衣擦れの音がして、医者が立ち上がる気配がした。どうやらもう帰るらしい。
つうか、神官長勝手に人の気持ちを代弁してんじゃない。
私はイケメン医師が帰ってしまう前にせめて後ろ姿だけでも見てみたいと、几帳の隙間に顔を突っ込んだ。
「うぼあっ!?」
神官長と医者、二人が同時に振り返って私を見る。
どうやら私の行動は色々と無理があったらしい。顔を突っ込むと同時に几帳が倒れてしまった。いやはや、なんとも安定の悪い几帳もあったもんである。
唖然としてこちらを見る医者の後ろで、神官長は頭痛を堪えるようにこめかみに手をやり首を振る。
「キサラギ殿、どうやら女神様はまだ貴方に聞き足りないことがおありだそうです。なにか、我々に伝えていない事柄はございませんか?」
その言葉に、医者ははっとした様子で再び正座して頭を下げる。俗に言う土下座スタイルだ。
「女神様のご慧眼、誠に恐れ入ります。そして我が身の不明をお許し下さい」
医者はやっぱりイケメンだった。薔薇色がかった柔らかそうな茶髪はクルンと巻いたくせ毛で、目はぱっちりとした明るい灰色。優しげな顔立ちの、ジャニーズ系の美青年だ。
神官長も大したイケメンだが、たぶんこっちの方が大衆受けする。つうか、神官長は基本マニア受けだもんな。ドSキャラだし。
「これは今回の件とは関係ないことだと思って口に出さなかったのですが、どうやら病にかかった者は性格が変わる傾向にあるのと自分は考えております」
「性格が?」
「はい」
神官長の言葉に、医者はうなずく。
「この病の患者は、それまでの性格に関係なく大変怒りっぽくなるようなのです。どんなに優しく、穏やかな人間であっても、まるで人が変わったように癇癪を起こし、人に当たり散らしやすくなります」
重病を煩った人間が、将来への不安から攻撃的な性格になってしまうことは良くあることだが、どうやらそれとはいささか性質がことなるらしい。
「しかし、病気によってそのような変化が起るとは考えづらく、勘違いか他に別の要因があるのではとこの場で口に出すことを憚ってしまいました。女神様にはそのため余計な手間を取らせ、大変申し訳なく――、」
「いや、構いませんよ。医者として確信がない話をすることを忌避するのは当然です。もちろん女神様もそれに関しては十分理解して下さいます。キサラギ殿、話をしてくださってありがとうございました」
神官長が礼を言って取りなすと、恐縮するように何度も頭を下げイケメン医師は部屋を出ていった。
襖が軽い音を立てて閉められ、足音が遠くなっていく。
「さて」
それを確認して、神官長はこちらを振り返る。
「どうしてお前は言われた通り大人しくしていないんだ!」
「ギブギブギブ! 不可抗力! 不幸な事故だったんだよ!」
両方のコメカミに拳をあてて抉り込むように締め上げてくる神官長に、何度も畳を叩いてギブアップを宣言する。やっと手を離して貰った時には、顔が縦長になっているんじゃないかと心配になる。
ともかく、ほっと息をついた私は神官長を見上げて尋ねた。
「ところで、さっきのお医者さんが言ってた病気ってどう思った?」
「確かに病だとしたら、随分な奇病だな。どちらかと言えば、呪いや魔物の類いが使う魅了に近いものがある」
科学技術が発達し、元いた世界との違和感もさほど覚えなくなったこちらの世界だが、それでも無視できない大きな違いがちらほらある。代表的なものとして、魔術と魔物の存在がまず第一に上げられるだろう。
迷信や民間信仰の一種であった呪いは、こちらの世界では魔術と同じ系統に属する立派な技術の一つだ。どちらかというと、黒魔術と言われるものに近い。
そして魔物は、ファンタジーやゲームに出てきたモンスターとほぼ同一のものと言って差し支えない。
見た目や生態は家畜や野生動物、そして種族によっては人間とほとんど変わらないが、両者の違いはその大半が人に対して積極的に敵意を持ち、そして高い知能と奇妙な能力を持つということだろう。特に魅了は主に吸血鬼族や悪魔族が多く持ち合わせおり、それほどメジャーではないものの一般的にも知られている能力の一つだ。
「だが、魔術庁の人間が出てきて否定するなら、違うのだろうな」
「その魔術庁の人が適当なことを言ったとかは?」
「考えにくい。奴らは鼻持ちならないエリート志向のボンボンや研究馬鹿ばかりだが、魔術や魔物に関することでいい加減なことはしない。奴らの存在意義に関わることだからな」
神官長はもの凄く凶悪な笑みを浮かべ、鼻で笑う。背後に蠢く黒いオーラに、私は思わず仰け反った。
どうやら神殿と魔術庁は、昔からの深い因縁があるようだ。
なるべく薮を突っつかないようにしようと考えていると、襖が再びノックされる。
「失礼いたします。夕飯の用意ができましたが、如何致しましょう」
恐らく女中さんだろう女性の声がかかる。
「粗末な田舎料理で恐縮ではございますが、山の幸や川魚、この村名物の沢蟹の酒漬などをふんだんに使いましたお膳をご用意させて頂きました」
山の幸! と私は思わず身を乗り出すが、それを神官長はぐいっと押しやった。
「お心遣いありがとうございます。ですが天上人であらせられます女神様は、下界の食物は召し上がられません。また、私も職務の最中は精進潔斎を行っておりまして、食事は自分で用意いたします。ですのでお気遣いは無用です」
「まぁ、左様でございましたか」
村長に伝えておきますわ、と言って去って行く足音を聞きつつ、私は神官長の胸倉を掴む。
「ちょっ、あんた何勝手なこと言ってんのよ!」
何が下界の食物は召し上がらないだ。コンビニ飯だろうが駄菓子だろうが、何でも美味しく頂けるさ! むしろ、変に高級食材を出される方が舌と腹がびっくりしてしまうわ。
「いいだろう、どうせ腹が減ることはないんだ」
「そう言う問題じゃない!」
確かに空腹は感じないし、絶食で身体を壊すことはないけれど、食べ物を味わうのは嫌いじゃないんだ。
「大人しくしろと言ったのに、言うことをきかなかったお仕置きだ。お前だけじゃなくて、俺も付き合ってやるんだから我慢しろ」
面倒臭そうにそう言い放たれるが、それで納得できるわけじゃない。機嫌を損ねた私は、そのままごろんとふて寝する。
食べる楽しみがないなら、後は寝るしかないじゃないか。
「だから、だらしなく寝転がるな。布団が敷かれるまで我慢しろ」
座布団が投げつけられるが、拾って枕にしてやる。
食べ物の恨みは深いのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます