#3 私を村に連れてって



 もしかすると、一番私を信仰してないのはコイツかもしれない。

 私はガタガタ揺れる軽トラックの助手席で、窓枠に顎を乗せながらそんなことを考える。

 ちなみに運転しているのは、件の無駄に顔の良い神官長だ。色黒なのに、日焼けした長距離トラックの運ちゃんには、絶対見えない。美形補正って便利だな。

 まぁ、敬われるようなことをした覚えはなにひとつないので、信仰されないのも当然と言ったら当然だが、なんか釈然としないものがある。神殿のトップがそれでいいのかよ。

 だいたいこのトラックだって、「防犯上、女神様を乗せているとは思わせないため敢てこのチョイスです」とか言ってるが、絶対に予算けちってるだけだぞ、こいつ。断言する。


「あ、コンビニ発見。寄って寄って」

「駄目だ。さっき休憩したばかりだろう」

「もう一時間は経ってじゃん。それにさっき買ったお菓子、食べきっちゃったし」

「おまえは食べなくても生きていける体質だろう。我慢しろ!」


 車は都会を離れ、どんどんと山の方に向かって走っている。現在、窓から見える景色は完全に田舎の農村部だ。


 ちなみに、車はこの世界では物凄く一般的な交通機関だ。私が目覚めた当初は、まだ徒歩か馬車だったのに60年で進めば進むものである。

 その代わり、電車や飛行機の類はほとんどない。何故なら都市間の移動や荷の大量輸送に関しては転位魔術の方が便利だから。

 この世界は265年前、私の召喚が成功してから科学と魔術の二大体制世界となっている。

 なので、私がいた世界と比べると、できることとできないことの差がすごくちぐはぐなのだ。


「そう言えばさ、病気とか伝染病って魔術で治せたりしないの?」


 私はふと思い至って、ごく当たり前の疑問を神官長に尋ねる。


「魔術が万能なら、そもそもおまえが召喚されたりはしないだろう」

「そりゃそうか」


 言われてみればそうだと、あっさりうなずく。

 私の召喚も、何万頭もの動物と、何キログラムもの希少金属と、何兆円相当の宝飾品や歴史的遺産、そしてもしかすると人間すら召喚のための犠牲となった人類史上初の世界規模プロジェクトだったと聞く。

 魔術というのは魔術という名の技術であって、決して私のいた世界でいうところの魔法ではないのだ。


 ちなみに私には魔術の才能は一切なかった。しかも、魔術を受け付けないとか、掻き消せるとかの特殊能力すらなかった。普通にかかる。

 一般的には召喚された時って、魔力無限大とか無効とか魔術関係のチートが付加されるもんじゃないのかよ。

 理不尽である。


「あと一時間ほどで目的地だが、到着する前にもう一度確認するぞ」


 トラックは田んぼや畑の中の畦道すら越えて、現在は草木も青々しい山道を走っている。


「我々が向かっているのは宮義県花巻村。数ヶ月前から、村人の中に原因不明の奇病を発症する者が複数現れている。山奥の寒村のためか爆発的に感染が広がるという事態にはまだないが、死亡も確認されているため早急の対処が必要であるというのが神殿側の判断だ」


「はい、先生」


 トラックを運転したまま説明をする神官長に、私は手を上げて質問する。


「なんだ」

「そんなところに私が行っても、何の役にも立たないと思うんですが」


 看病くらいはできるかも知れないが、それも精々素人レベルだし、診察だって不可能。それなのに病を癒し伝染病を消滅させるとか、どんな無理ゲーだ。


「分かってる。だから俺が同行するんだ」

「へ? つまり?」

「疫病の女神に仕える神官は、例外なく医者の資格も取ることになっている。また、病死した人間の死体も、内密に神殿へと輸送され、現在スタッフが病理解剖に掛け全力で原因究明に当たっている。お前は現地に向かうだけでいいんだ」

「あ、それならできそう」


 奇跡を起こせとか言われても困るが、いるだけでいいと言うなら何の問題もない。ドンと来いだ。

 神官長はジトーっとした流し目で私に視線を向ける。


「本来ならお前が女神としての本領を発揮してくれれば良いのだが」

「あ、無理無理」


 私はぱたぱたと手を振る。

 私が使えるのはCOBOLとC言語くらいだ。


「最初から期待してない。だからせめて大人しくして表には出てくるな。お前みたいなのが女神だと知られたら、神殿の威信が地に落ちてマントルに突入する」


 この世界も、大地は丸いのである。

 だが安心しろ。引き篭もることに関しては、私は玄人だ。

 無意味に胸を張る私に、彼は深々とため息をつく。

 向かう先にはごろ寝にちょうどいい柔らかい布団が用意されているといいな、などと考えているうちにトラックは目的の集落に到着した。



  ※   ※   ※   ※



 

「お待ちしておりました。女神様、大神官様。こんな田舎にまでわざわざお越し下さいまして、たいへん恐縮でございます」


 いつも思うことなんだが、こんな純和風な田舎の寒村なのに、いるのはコーカソイドばかりっていうのもすごい光景だよな。

 現在、我々に向かってぺこぺこと頭を下げている村長さんも、見た目は赤毛に鷲鼻の外国人だ。もっとも、その顔は紙みたいに青白く、頬が削げ、いつ倒れてもおかしくない重病人そのものである。


「あの、お身体の方は大丈夫でしょうか?」


 さすがの神官長も、心配そうに具合をたずねる。目の前で突然倒れて死んだりしたら、いくらなんでも心臓に悪いしな。


「はい、ワシは女神様の御加護のお陰で、ご覧の通りぴんぴんしております。ですが、村の中には病に苦しむ者も多く、村長として非常に胸を痛めております」


 それで健康体なのか!

 この村長さん、病気になったら動き回る死体みたいになるんじゃね!?


「そ、そうでしたか。ではさっそくですみませんが、我々を部屋に案内して頂けますでしょうか。長旅で、女神様はお疲れでいらっしゃる」


 ちなみに私は、現在頭から爪先までずっぽりと隠すローブのようなものを着ている。神官長の指示だ。

 正直、裾を踏んですっ転びそうで恐いんだが、『秘密は人を神秘的に見せる』とのことで人前でローブを外すことは禁止されている。私の顔はまったくもって神秘的でないとも。大きなお世話だ。


「おお、さようでございましたか。では、早速案内させて頂きます。お疲れということでしたら、ぜひ我が村自慢の温泉も御堪能くださいませ」


 温泉! と反応しそうになったところで、神官長が思い切り脇腹を抓ってきた。

 ちょっ痛ぇ!! おま、手加減無しで捻じ切る気だっただろう!


「ありがとうございます。女神様も身を震わせてお喜びになっております」


 痛くて身を震わせてるんだよ!

 もっとも、そんなことを主張するわけにも行かず、私たちは泊まらせて貰う村長の屋敷に案内してもらうことになった。

 てか、いつかこいつ、マジ殺す。


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