ヌガーとともに去りぬ(6)
「どうしたんです? 何があったんですか?」
命からがら社屋の外に出たセンは、同じく避難してきたらしい周りの社員にたずねた。しかし皆事情を知らないことはセンと同じようなものだった。開発部の何かが爆発したのではないかというのが大多数の意見だったが、しかし開発部フロアのあたりが無事なのは外からでも見て取れた。
「そう、違いますよ、我々じゃないですよ」
頭に防空頭巾をかぶったコノシメイが、いつの間にか近くにやってきていた。
「本当ですか? ストリーミングの視聴者数を増やそうとして過激なことやったんじゃないんですか?」
「え、過激なことやると視聴者が増えるんですか? いいこと聞いた」
「口が滑った」
センは今後なるべく開発部には行かないようにロボットたちに言い聞かせようと考えながら、社屋の様子を見た。社屋はだいぶ上のあたりからもくもくと煙が出てきており、その煙の色が七色なのがサイケデリックで危険を感じさせた。
「これは……」
周りの社員が口々に憶測を話す中、二度目の爆発が起きた。地面に伏せたセンたちの上に、ばらばらと細かいコンクリートの破片が飛んできた。それがようやくおさまったころ、社屋の屋上に人影が現れた。
「……メロンスター社の社員どもに告ぐ!」
人影はそう話を始めた。拡声器のハウリングで聞こえにくかったが、その声にこめられた熱情と憎悪は余すところなく伝わってきた。そして、センはその声に何だか聞き覚えがある気がしていた。
「お前たちは! 我々の度重なる警告を受けたにも関わらず! 依然として横暴の限りを尽くしている!」
唐突に始まった演説だったが、センは屋上から目を離すことができなかった。
「このような事態に至っては! 我々『公平・中立な徴税委員会』は!」
「え?」
センはその名前を聞き、あたりを見回した。しかし『公平・中立な徴税委員会』の名前に驚いたような社員はいない。
「『公平・中立な徴税委員会』って、もう無くなったんじゃなかったでしたっけ?」
センは後ろのコノシメイに聞いた。
「いえ、そんなことないです。何ヶ月か前にもここに攻撃を仕掛けてきたじゃないですか」
「え、だって……」
そこに、また拡声器が響いた。
「この者たちは! 銀河全体を混乱に陥れるような! 極悪非道の計画をねっていた! ヒトの身に余るような! 許しがたい暴虐である!」
何人かの社員が、左右を固められて屋上の端に連れ出されてきた。
「あっ、新規事業開発室のアトルがいる」
いかにもよく見えそうな、飛び出た眼球を持つ社員がそう言った。センは内心で喝采をあげた。
「お前たちが! 即時に違法な事業を停止し! 不当に得た利益を還元し! 税を正当に納めるまで! この者たちは解放されない! また! この者たちの計画は! 強行的に即時破棄させる!」
拡声器の人間が――センにはどうもその声がかつて関わりのあったハイジャック犯のもののように思えたのだが――そう言うと、屋上には大きな機械が引っ張り出されてきた。背が人より高く、幅はボートくらい。四角くて黒くててかてかとしている。
「ここにいるセン・ペルも! 改心し! 我々に加わったものである!」
「は?」
センは口をあんぐり開けた。屋上の人影は、遠くてここからでは詳細はよくわからない。しかしシルエットは確かに地球人のものだった。
センは自分の手足をぺたぺた触ってみた。きちんとついている。頭を叩いてみた。痛い。数を一から十まで数えてみた。ちゃんと数えられた。狂っているわけではない。と信じたい。
「あの人、あなたに似てますね。名前も。地球人でセンって結構ある名前なんですか?」
のんきにコノシメイが話しかけてきたが、センはそれどころではなかった。
しかしセンが混乱の極みにある中でも、事態はきちんと進行していく。屋上にいるもうひとりのセンが、バズーカのようなものを黒い機械に対して構えた。
「破壊せよ!」
拡声器がそう言い、もうひとりのセンが引き金を引いた、ように見えた。機械が爆発し、黒煙が上がり、センはぐわんとありとあらゆる方向からの衝撃に包まれ、そして無事意識を失った。
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