アイスを離さないで (2)

 文明がある程度進んだ惑星では、その星の支配的生物は運動不足に悩むことになる。これは統計的な事実であり、銀河統計の最新版によれば、文明レベルがガンマプラス以上(これはパーティークラッカーの製造が始まる程度の文明レベルを示す)の惑星のうちの実に九十一パーセントで運動不足を解消するための器具の製造が観察された。身体に付着させて筋肉を振動させるもの、身体を暖めさせるもの、圧をかけるものなど様々だが、それらのうちで効果があると立証されたものはわずか二厘の割合しかない。なぜなら、効果のある器具を製造してしまうと、これらの器具の購入者が減少してしまうためである。


 そのため、いかに運動せずに運動不足を解消するかは銀河系全体に共通する問題となっていた。エルタニン星系の惑星R-88では、過去に時間を遡って自分たちの遠い先祖にあたる原始的生命体に遺伝子改造手術を施すことで問題を解決しようとしたが、この手術によりその生命体はそれから百年も経つと死に絶えてしまったため、R-88の文明レベルは著しく後退し、運動不足を気にするほどの余裕がない状態に陥っている。しかし戦略評価に使用していたアルゴリズムがこの状態を「問題解決に成功」と結論づけたため、エルタニン星系のその他の星にもこのやり方が導入され、今ではエルタニン星系は一旦入り込むと内臓の一つ二つを失うことを覚悟しないといけないような治安の悪い区域となってしまっている。


 ただしこのような強引な手段を用いようとする星はまれで、たいていの惑星ではもっと穏やかなやり方を使っている。バファロール星でとられているのも、スポーツジムの建造というたいへん当り障りのない案だった。


 そしてそのスポーツジムのうちの一つに、会社帰りのセンはやってきていた。総務部のロボットにもらったチラシでは、このジムでは社割が使えるとのことだった。


 受付にはちょうど職員がいた。針を刺したら爆発しそうなほどに全身を鍛え上げている。


「いらっしゃいませ、会員さまですか?」

「いや、初めてなんですが」

「そうですか、そしたら当施設について説明しますね。まず入会にあたって、コースを選択していただく必要があります」


 受付係はそう言いながら、身振りでセンに椅子をすすめた。自分も椅子に座ったが、その椅子はひどくたわんでいる。あと木の葉一枚でも乗せたらばきりと折れそうだった。


「コースですか」

「そうです。まず、通常コース。施設内の設備を使って自由に運動していただくコースです。オプションでパーソナルトレーナーのアドバイスを受けられます」

「ふうん」

「次に、らくらくコース。運動がなかなか続かないという方に最適なコースです。無理なく楽しく運動が続けられます」

「へえ、どうやってやるんですか」

「具体的に言うと、ナノマシンを注入し、運動をしたときに快楽物質を多く放出させるように操作します。これにより当施設に通わないと抑えがたい欲望が生じ、日常生活に支障をきたすようになります」

「おかしいな、無理なく楽しくっていう言葉の意味を後で調べ直さないと」


 センはカウンターの上に置かれたパンフレットをぱらぱらとめくった。「このブートキャンプコースっていうのはなんですか」

「ブートキャンプコースですか。これはメンタルとフィジカルの両方を六ヶ月にわたって鍛え直すコースです。参加者の皆様のパーソナリティをリセットし、一兵卒をつくりあげます。このコースを終わらせるとそのまま軍に所属することができますよ」

「あ、本当のブートキャンプなんだ」

「興味ありますか?」

「いいえ、まったく。通常コースでお願いします」

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