シュー生地の耐えられない軽さ (5)

 惑星リルグランデは、カウス・アウストラリスを周回する天体である。この惑星の主産業はかつては鉄鉱石の採掘であったが、鉄が枯渇してからはそれが反権力団体支援となった。根拠地を用意し、食料から武器まで物資の調達を代行し、宣伝工作からヘルスケアまでを担う『アンチパワー応援! ワン・パッケージサービス』を提供している。このサービスは大当たりし、今では八十九%の反権力団体がこのサービスを導入している。


『このパッケージ導入により、お客様の目標達成確率は39パーセント向上します。過去にも多数の実績があり、試用期間も用意されています。ご不明な点がございましたらお気軽にお問い合わせください』


 そう書かれたパンフレットを読み、センはそれをシュレッダーにかけようとしたが、ここにはシュレッダーロボットがいなかったことを思いだしてクシャクシャに丸めてポケットに突っ込んだ。


 ここはリルグランデの衛星ケリエスである。ハイジャック犯である『公平・中立な徴税委員会』が根拠地としている場所で、センたち乗客は船ごとここへ連れてこられていた。ケリエスはあまり開発が進んでおらず、大気もヒト型生物が呼吸するのにはあまり適していない(もし呼吸すると三秒ほどで肺がガラス化する。センは一秒ほど試してみたが、その後数日呼吸するたび肺がキシキシと音を立てた)ので、そこここに建てられたドームの中で生活する必要があった。


 ハイジャック発生から数日。乗客たちはみな丁寧に取り扱われていた。それに乗客たちのほうもハイジャック犯に協力的で、慣れない衛星での生活にも文句を言わず、それどころか交渉用のムービーの撮影にも迫真の演技で臨み、ハイジャック犯たちの身の回りの世話を買って出るし、反権力団体口コミサイトで『公平・中立な徴税委員会』に高い評価を書き込んだりした。


 これだけ皆が親和的だと、浮かないためにセンもそれに合わせる必要があった。乗客たちの態度がどこから来ているかというと、もちろんメロンスター社への反発から来ているのだから、まずは自分がメロンスター社社員であるというのがばれないようにしなければならない。浮かないように目立たないように、センは細心の注意を払っていた。ただし今回に限っては幸いなことに、センは地球人だと、つまりは大したことの出来ない無能だが無害な存在だとみなされていて、あまりセンに注意を払う者はいなかった。そしてセンはそのイメージを壊さないために、もっぱらキッチンにいることにしていた。


 『アンチパワー応援! ワン・パッケージサービス』のおかげで、キッチンには食材が豊富に備えられていた。『窮乏を耐え忍びながらの活動は時代遅れです。革命の成功はまず生活の充実から!』と先ほどのパンフレットには書かれていた。ここでセンは乗客およびハイジャック犯たちからのリクエストに答え、さまざまな料理を作っていた。


「ねえ、君」


 センがかつらむきをしていると、後ろから声が掛けられた。振り返ると、ハイジャックのときに演説をしていた人間がカウンターの向こうに立っていた。


「はい、なんでしょう?」センはなるべく顔を見られないようにうつむき加減になりながら答えた。

「シュークリームはできるかな。明日、仲間の一人が誕生日だから、彼の好きなシュークリームで祝いたいんだ」

「シュークリーム……できますよ。中身は何にします?」

「カスタードで。できれば上に粉砂糖をかけてくれるかな」

「ああ、わかりました」


 センがはそう言いながらかつらむきに戻った。しかしハイジャック犯はそこから去ろうとせず、センに向かって話し続けた。


「いろいろ迷惑をかけた上、こんなことまでしてもらって申し訳ない」

「いいえ……大丈夫ですよ」

「ありがとう。ただ、今は不自由させているかもしれないけれど、これはいずれすべての人のためにもなることだから。そういう大志があってやっていることなんだ。公正な徴税は世の中の秩序を維持するのに不可欠だし、そうなっていない現状はおかしい。俺達がやっているのは正義のための活動なんだ。それだけはわかってほしい」

「なるほど、よくわかります」


 そう言ったが、センはハイジャック犯と喋りながらある違和感を感じていた。その原因が何なのかはよくわからなかった。丁重に扱われているはずなのに居心地が悪く、センはかつらむきの皮を途中で折ってしまった。

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