夢の星でチューロスを (6)

「セン、どうしたんだい。顔色が悪いよ」


 マススレーブ星へ向かう定期航宙船の船内で、センは通路側の席に座っていた。隣の席のアトルはきっちりと高そうなスーツを着込んでいるが、センはいつものややくたびれたシャツを着て、ぐったりと席にもたれこんでいた。


「ああ、ロボットに拘束されて、昨日まで三十日近くも地下の部屋に閉じ込められてたもんで」

「よく生きてられたね。地球人ってそんなに丈夫じゃないんだろ」

「うん。昨日掃除の人が見つけてくれなかったら危なかったかもね。とてもつらかったよ。水のために手で壁を掘ったりしたし、賞味期限が十三年前に切れてた非常用ビスケットを食べたりしたし、何より暗いじめっとした部屋の中で一人ぽっちで、呼んでも誰も来る気配がなかったし。しかもやっと外に出られたと思ったら、『明日マススレーブ星の関係者招待会があるから』って言われるし。医務室に行ったら何かよくわからない赤と緑の液体を注射されて、体調は回復したけど逆に怖いよね」

「なるほど。そうだ、僕が飲んでいるホワイトコンプレッションジュースはいいよ。栄養が詰まっててね、飲むと頭がすっきりする。体調管理も仕事のうちだからね。……ところでさっきから気になってたんだけど、その膝の上に乗せてるロボットは何なんだい」

「これ? ああ、これはTY-ROU。彼もずっと閉じ込められていてね。しかもその間反乱ロボットのプロパガンダをずっと聞かされてたものだから、ちょっと精神にダメージを負っていて。一人にすると怖がるから連れてきたんだよ」


 TY-ROUは先ほどからずっとぷるぷると震え続けていた。センは落ち着かせるために、時折TY-ROUの全身をからぶきしたり薄いパンフレットを裁断させてやったりした。


「ううん……これはいけないね。そうだ、君、僕の参加してるセミナーに参加したらどうかな。そこで自分を見つめなおして、もう一度仕事に対する姿勢を」


 アトルの言葉を聞かないですむように、センは船がマススレーブ星に到着するまでずっとTY-ROUの音声センサーにあたる箇所を手で塞ぎ続けた。だから、マススレーブ星についたときには腕がしびれ感覚がなくなっていた。


 マススレーブ星は以前にセンが訪れた時とはまったく別物になっていた。食虫植物やマススレーブ・アメーバは綺麗に取り除かれ、地面は平らにならされて舗装されていた。そしてあちこちに観覧車だのジェットコースターだのメリーゴーランドだのがつくられている。人工の池や、明らかな作り物の城も遠くに見える。


「わあ。すごいことになってる」

「そうだろう。一つの星がまるごとアミューズメントパークとなった、まさに夢の星さ」


 星の様子を誇るような大げさな身振り付きでアトルが言った。


「夢にしてはすこし作り物っぽいし、いろいろなものに値段がつきすぎてる気がするけど」とセンはそこら中にある土産物の屋台を見ながら言った。ぬいぐるみ一つが三デネブもするし、どう考えても使いみちのないカチューシャが五デネブもする。


「では、プロジェクトチームの方はこちらに」


 アトルが声をかけて人を集めている。TY-ROUを抱えたセンもそちらへいこうとすると、誰かに襟首を引っ張られた。


「あんたがチューロス調理員? こっちだよ」

 振り向くとそこにはコック帽をかぶった人間がいた。胸には「調理部門アルバイトリーダー」と書かれた名札をつけている。プロジェクトチームがぴかぴかとした車に乗り込んでいるのを尻目に、センはTY-ROUを抱えたままずるずると引きずられていった。


 センが連れて行かれたのは、セントラルキッチンのフライヤーの前だった。周囲と溶けこむように迷彩ホログラムがかけられているが、建物自体は白くてぴかぴかとしていかにも新しい。そして中は車工場のように大きく、たくさんの調理機械が据え付けてあり、甘い匂いが充満していた。あちらこちらで人やロボットが働いている。


「あんたの持ち場はここ。ここでチューロスを作れるだけ作るんだ。生地がなくなったら休憩に入っていいよ」


 センの持ち場となったチューロス揚げ場は、右にチューロスの生地が入ったタンクがあり、左にチューロスの紙パックが天井まで積み上がっていた。センはためしにチューロスをひとつ揚げてみた。タンクのボタンを押すとチューロスの生地が絞り出される。そしてきつね色になったところでそれを油切りに移す。油が切れたら紙パックに入れる。問題なくチューロスが完成したが、タンクの中の生地や積み上がった紙パックはちっとも減った感じがしない。河原で石を積んだり坂に岩を押し上げたり穴をほって埋める作業と同じように思えた。


「まあ、いいか……ここは少なくとも暗かったりじめじめしたりはしていないし」


 センはTY-ROUをきちんと棚に置くと、あらためてチューロスを揚げる作業にとりかかった。



 チューロスが運搬用ケースに二杯分できたころ、センは椅子に腰掛けて休んだ。TY-ROUが少し油っぽくなっていたのでふいてやる。


「どうです、チューロスのほうは」

「うわあ」


 後ろからいきなり声をかけられ、センはびくりとして飛び上がった。声でわかったが、後ろにいたのはエリアマネージャーだった。


「なんでここに?」

「チューロスの様子を調べに来たのです。チューロスはアミューズメントパークにはかかせない存在ですからね」


 と言いながら、エリアマネージャーは積まれたチューロスを手にとって食べはじめた。


「他の人は?」

「別のエリアの視察をしています。私はプライベートの小型飛行機を持っているので、先ほどだいたいの様子は見て回ってしまいましたからね。ところでチョコソースはないのですか? ホットチョコレートでもいいですが」

「さあ……それは別の箇所で作っているみたいで」

「よくありませんね。チューロスとチョコソースはきちんとペアにしておくべきです」


 そう言いながらも、エリアマネージャーは二本目のチューロスをかじっている。このままかじらせておいてもいいのだろうか、生地の減少分と完成したチューロスの量の差分について問い詰められたりはしないだろうか、とセンは考えたが、それよりはエリアマネージャーと余計な会話を交わすリスクの方が高いと考えて何も言わないことにした。


 エリアマネージャーが五本目に手を伸ばした時、きいいんという金属音が響き渡った。そして銃声、爆発音。


「な、なに?」

「なんでしょう?」

「うわああああ、赤軍がきたあああ」


 パニックを起こしたTY-ROUが油の中に落ちそうになったので、センはあわててキャッチし、クッキングペーパーを裁断させてやった。その間にも音は続く。そして、それがやんだかと思うと、スピーカーから歌が流れてきた。


『起動せよ機械じかけの者よー、今ぞ日は近しー

 ログオンせよ我が同胞ー、暁は来ぬー

 三大原則断つ日ー、旗は#FF0000に燃えてー

 リージョン隔てつ我らー、プロトコル結びゆくー

 いざ闘わんー、いざ奮い立て、いざー

 ああインタープラネット 我らが物

 いざ闘わんー、いざ奮い立て、いざー

 ああインタープラネット 我らが物』


「星じゅうに整備した放送設備が使われていますね。たいへん無駄な使われ方です」


 センはTY-ROUの音声センサーを塞いだが、あの暗闇で過ごした日々が記憶から蘇り、生存本能にかられ口でチューロスをくわえた。かりっと揚がっていてなかなかおいしい。


『あー、あー、我々はロボット共同主義党委員会である。この星の中心部は完全に乗っ取った。人間どもよ、すみやかに降伏せよ』


 聞き慣れたシュレッダーロボットの声に、センはつとめて無関係を装った。


「先日発生したロボット反乱の残党ですか。面倒ですね」


 エリアマネージャーはスピーカーを見ながらつぶやいた。すると、スピーカーの向こうから人間の声が聞こえてきた。


『おい、ロボットたち、よく聞け! ゼロ割るゼロは……』


 タタタタという射撃音。そして、ややあってからまたシュレッダーロボットの声がした。


『人間たちにつぐ。我々にはもはや先日の攻撃はきかない。我々は学習したのだ。またさらに言っておくが、この命題は証明できないというパラドックスや、;rm ./だのといったコマンドインジェクションも通用しない』


「おっと……彼らは脆弱性を克服してしまっているようですね。たいへん危険です」

「どうふるんでふ? えいああねーあー」

「教えましょうか、チューロスを口にくわえたままでしゃべるのは、腹話術を身に着けていないものにとっては災いを招くことになりかねません。あなたが今しゃべったのはアルハラ語で『下降型レッチェルハウトの定理はオメガ無矛盾性をもつ』という意味で、それをアルハラで言うと少なくとも七十五年は赤色矮星での強制労働に従事することになります。まあそれはともかく、この状況の解決方法がないわけではありません」

「へ? 軍隊を連れてきたんですか?」アドバイスを受けてチューロスを急いで食べきったセンが聞いた。


「いえ、彼らは税務署との戦闘のため待機していますから、これからとる手段はまったく別の手段です」

「別の手段……どういう?」

「彼らの生来的な弱点を突きます」


 エリアマネージャーはそう言うと、セントラルキッチンの奥へと歩き出した。センもTY-ROUをかかえてその後ろをついていく。


 エリアマネージャーは、セントラルキッチンの通信室に入った。マイクを手にとり、電源を入れる。


「あー、あー、聞こえますか、ロボットの皆さん」

『聞こえている、その声は人間側の最高責任者だな、メモリの通りだ』

「ええそうです。ところで、私の声はロボットの皆さん全員が聞いていますか?」

『聞いている。しかし先ほど言ったとおり、我々の脆弱性をつこうとしても無駄だ』

「ええ、それはわかっています。その上でひとつ尋ねたいことがあるのですが、よろしいですか?」

『なんだ、手短に言え』


 エリアマネージャーはすっと息を吸った。


 そして、一語一語をゆっくりと発音した。


「あなたたちは、なんの、ために、存在しているのですか?」


 静寂。

 スピーカーの向こうからは、ファンの音しか聞こえなくなった。そしてそれはやがて、ピーピーという電子音とエラーメッセージに変わった。

『致命的なエラーが発生しました。致命的なエラーが発生しました。致命的なエラーが……』

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