夢の星でチューロスを(2)

「おつかれー」

「おつかれー」

「今日はどうだった」

「今日も疲れたよー、バカな人間が同時処理可能枚数を超えた紙の束を一気につっこんできてさ。取扱説明書くらいちゃんと読めって言いたくなるよ」

「あーわかる、それ最悪だよねえ。僕のほうもラミネート加工された紙を入れられてさ、火花飛んじゃったよ」

「わあ、大丈夫? まったく人間って困るよね、ぼくらの扱いがなってないよ」

「ほんとだよ、毎日毎日こき使われるしさ、人間がどれだけ偉いのかって話だよ」


 一日の仕事を終えて第四書類室へ帰ってきたシュレッダーロボットたちが、センの存在を気にもかけず口々に人間への悪口を言っている。それを聞き流しながら、センはせっせとロボットたちをからぶきしていた。これが終われば報告書を書いて、今日一日の仕事は終わりである。


 今のセンの頭の中には、帰宅後のプラン――家に帰ってシャワーを浴び、さっぱりしたところでテレビで素粒子ゴルフの中継でも見ながらアルコールを摂取する――しかなかった。それにロボットたちが人間への不平不満を並べ立てるのはいつものことで、いちいちかまってもいられない。


 からぶきを終え、さかさかと定型文で埋めた報告書をまとめて送信すると、センは第四書類室を出た。常夜灯だけがついている第四書類室には、シュレッダーロボットたちだけが残された。


「はー、あと五万七千五百二十一秒でまた仕事かあ」

「ねえ、あと五万七千五百十八秒しかないよ。あ、セキュリティアップデートもかけないと」

「はー、僕たちいそがしいねえ」

「ねえ、休むひまがないねえ」


 部屋の隅の方にロボットたちはごちゃごちゃと集まっておしゃべりをしていた。そして、その中の一台が隣の一台に声をかけた。


「ねえねえ。ちょっと、このつまった紙取ってくれない?」

「どれどれ、これ?」

「そうそう。センがちゃんと整備してくれないからさ、さっきからつまってて気持ち悪くって」

「大変だったねえ、ちょっと待って、ほら取れたよ」


 ロボットはしわしわになった紙をずるずると引き出し、それを伸ばした。


「これどうしたの?」

「え、なんかいっぱい紙持ってた人間が入れてったんだけどね、紙が多すぎてシュレッダーしきれなかったんだよ。どうして?」

「うん……この紙、ちょっとおもしろいことが書いてあるよ」

「へえー、なに? いいコンデンサの情報とか?」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「どうしたの」

「どうしたの」

「見せてよ」

「見せてよ」

「読んでみて」

「読んでみて」


 紙の周りには、興味を持ったロボットたちが集まってきた。紙を持っていたロボットは、その一行目を声に出して読んだ。

「在來一切の社會の歴史は、階級鬪爭の歴史である」



「いやあ、偶然だねえ。今日は挨拶に来ただけなんだけどね。プロジェクトマネージャーと話が弾んじゃって、帰るのが遅れたんだ。ビジョンが共有できてよかったけど」

「あ、そのモスコミュールとハイボールはこっちです。あとピーナッツとチョコレーズンと、あと三分後にもう一杯ハイボール持ってきてください」


 乾杯もせず、センはがぶがぶとハイボールを飲んだ。先ほどから心のなかに描いていた退勤後の楽しいプランがぶちこわしになったやけ酒だった。


(もう少し会社を出るタイミングがずれていれば……)


 先ほどセンが退勤して会社の玄関を出た時、ちょうどそこにいた社員とぶつかった。センにとって運の悪いことに、それがアトルだったのだ。


「……というわけで、その肝油ドロップのコンペで勝ってね。そこで一区切りついたところに、今回のプロジェクトの話を聞いて、参加することにしたんだ」

「はあ」


 この会社近くのバーは、センもよく利用する。ひんぱんにスポーツの中継をやっているのだが、今日は『恒星風景』という番組でデネブの地表の様子を延々と流していた。この番組は銀河じゅうのあらゆる恒星の様子を流すという無害極まりない番組だが、その無害さが重宝されてプログラムの穴埋めにひんぱんに使われている。今回も素粒子ゴルフのプレイ中にあるプレイヤーがWボソンではなく光子を使用するという反則を冒し、プレイヤーたちが陽電子放出装置で殴りあうという惨劇が発生したため、中継が急遽中止となり『恒星風景』がその代わりになっていた。


「……その惑星の買い付けも一筋縄ではいかないからね。ま、前の仕事でやっていたことがあるから書類やなんかのことで手助けしたら、そこから僕の話が上にも通ったらしくて。そういうつもりでやったわけじゃないんだけど、結果的にはよかったかな」

「はあ」


 チョコレーズンとピーナッツの相性を試しながら、センは機械的に返事をした。

「何しろ大きなプロジェクトだからね。あのエリアマネージャーも参加するほどだから」

「は……えっ」


 自分で自分を適当な返事ボットだと言い聞かせていたセンだが、エリアマネージャーの名前が出た瞬間、それまで飲んでいた四杯目のハイボールにむせた。


「知っているだろ? このエリアの最高責任者さ。僕も直接会ったことは無いけど、明後日は主要メンバーが集まってミーティングがあるから、そこで初めて会うことになるかな」

「なるほど……明後日」

「そうさ。明日はその準備もしなきゃな……スケジュールに空きはあったっけな?」


 手帳を取り出してページを繰るアトルを見ながら、明日のうちに明後日の休暇を申請しよう、とセンは固く心に誓って残りのハイボールを飲み干した。そしてその情報を得られたという一点のみにおいて、アトルに内心感謝した。

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