「それではここまでで解らない――」

「はい」


 りんとした声が、ざわざわとさわがしい教室にひびく。『彼女』のその一言でかしましいおしゃべりはみ、誰もが「またか」という目で声の主を見る。更には教師への同情の視線も。

 この授業を担当している男性教師からしてみれば、そんな視線などびる筋合すじあいなどないのだが、この奇妙な転入生にはほとほと手を焼いていた。……それは多分、他の教師も同様だろう。

「なぜ、そこで誰も立ち上がらないのです? 身分で逃げるべきではない!」

 その時の授業は世界史で、ちょうど剣闘士奴隷けんとうしどれいの映画をみんなで鑑賞かんしょうし、それぞれの考えをべる授業だった。それ自体は悪いことではないはずだ。しかし、この高校は所謂いわゆるランクの低い高校で、授業の質にこだわり受験するものはほぼ皆無かいむだった。ゆえに、授業も基本的には誰も聴いていない。ただひとり、この厄介な転入生を除けば。

 その中でつい先日の転入生てんにゅうせいである彼女は、何の遠慮えんりょもなしにもっと詳細しょうさいを聴きたいとねだる。教師にはそれぞれプランがあるというのに、それをまるで無視して。そのこと自体はいいことだし、今時感心な少女だと思う。……それが『いき過ぎ』でなければ。

「教科書にも載っているはずですが? ……スパルタクスは身分差別みぶんさべつをを――」

「いいえ!」

 彼女は机を強く叩いて反論はんろんする。その勢いは、まるで猛獣もうじゅうが草食動物におそい掛かるときのようだ、と男性教師は思った。そのくらいの迫力はくりょく眼力がんりきがある。自分と二回りほど年の離れた少女にそんな態度を取られる、情けないながらもつい委縮してしまう。本当に、この彼女の飽くなき向学心の原動は一体何なのだろうか。

「スパルタクスとやらは立ち上がった! これ以上ない好機こうき、なのになぜ誰も後に続かない!? 私にはそれが理解不能だ! 本気で身分差別をなくしたいのならば強くあるべきだ! 一体他の者は何をしているのだろう? もっと詳細を詳しく伺いたいです。」

「……あぁ、ええと、授業のプランというものがあるからね?」

 この年頃の少女の言い分とは思えない、勇ましい言葉に、クラスメイトが揶揄やゆするように笑う。それは特に男子が顕著けんちょだ。奇妙な色の髪は置いておいても、少女は十分『美』がつく容姿ようしだ。そんな彼女が今時教師の方が委縮いしゅくするくらい真面目に校則を守り、生真面目に授業を受けている。その構図こうずが、男子生徒にはおかしくてたまらないらしい。

「寄生木ー! お前、何マジになってんの?」

「せっかく美人なんだしさー、俺らと遊びにいかねぇ?」

「もっとスカート短くしろよ。このガッコでその長さって……ありえねーし!」

「真面目すぎるんだよ、お前! 空気読め!」

 そんな男子の一方で、整った容姿の彼女に嫉妬する女子生徒もまた便乗する女子生徒も多い。

「ホントになんなの? 調子に乗り過ぎじゃない? 転入生のくせに」

「そうよねー。だいたいそのあおい頭なんてありあえないし。染めてんなら直しなさいよ」

「ちょっとくらい美人だからって調子に乗んな!」

 そんな言葉に彼女は彼らを睨みつける。その視線には軽蔑の色が混じっていることを隠そうともせずに。

「貴様らは何を言っているんだ? 学校というのは専門家に教えをいに来るところだろう? 真面目で何が悪いんだ?」

 彼女の言い分には、それまではやし立てていた男子生徒と女子生徒はもちろん、その男性教師さえも言葉を失う。校則を守らせる立場なのに、スカートたけが短くても注意できない自分が情けなく思えた。

「大体、コウソクとやらをなぜ貴様らは守らんのだ? 私にはその方が不思議だ。貴方も貴方で、コウソクを遵守させるべき立場ならば、なぜ注意しない? 守らない決まりならばない方がましではないのか?」

「……それは」

「『それは』? なんですか?」

 そこまでの問答で、やっと授業終了のチャイムが鳴った。男性教師はこれでやっとこの厄介極まりない転入生の相手から解放される。そう思うと心が弾む思いだ。

 授業終了のチャイムが鳴ると、彼女は礼儀正しく教師に挨拶をし、頭を下げる。そこには先ほどの件で迷惑をかけた事の後ろめたさのようなものが伺えた。元から律儀な性格なのだろう。

「それでは、明日もご教授きょうじゅ願います。私は忙しいので失礼!」

 彼女――三日前に『寄生木スフィア』と名乗った少女は足音すら立てず廊下を走り去った。


+ +


 あれから――スフィアが寄生木家に世話になる事が決まった時は、母は特に驚かなかった。ちさと、という名の麒麟の母は、「まぁ、世の中って何があるか解らないからね」とお茶を飲みながらのほほんと言った。対照的に、興奮こうふんしていたのは麒麟の父だった。彼は麒麟と同様に、眼を爛々と輝かせながらスフィアの手をがっしりと握った。その勢いにはあのスフィアでさえも驚いている、と言うより若干引いている。

「……本当に、古代の?」

 彼――寄生木智という麒麟の父親は、まるで神々こうごうしいものでも見るかのようにスフィアを一通ひととおおがんだ。手を合わせて、涙すら流しそうだった。流石のスフィアもそこまでの反応をされるとは思わなかったのだろう、明らかに狼狽ろうばいしていた。

「――それで、いつ帰れるか解らないから、家に置いてあげたいんだ!」

「もちろん、良いに決まっている!」

 一人息子の言い分もあるし、考古学者としてこれ以上の幸運はない。なにしろ、研究でしか推測すいそくできない古代の生活というものをじかおのれの耳で聴ける。これ以上の喜びはない。悟は息子に負けず劣らずの好奇心旺盛な、少年のような大人だった。男というものは、いつまで経っても心は少年のままなのかもしれない。

 そして彼はスフィアに向き直り言った。

「高校に通いたいのですよね? もちろん学費も生活費もその他雑費ざっぴも気にしなくていいから、好きなだけいてください! いや、ずっといてくれても構わないし、こちらが困るなんて事は一切ないですから!」

「……はぁ」

 スフィアはやや調子が狂ったようにそう返事をした。その後、一時間も経たないうちに、彼女でも合格が容易いと思われる高校――古代の情報で解ける教科にしか力を入れていない高校を探しだし、彼女に編入試験を受けさせたのだった。

 その編入試験も、スフィアにとっては簡単だったらしく、あっさり彼女の高校生活が始まったのだった。


+ +


「あら、お帰りなさいスフィアちゃん。高校にはもう慣れたかしら?」

 スフィアが部活を終えて帰宅すると、麒麟は宿題をやっている最中らしく、ちさとはそう静かに声をかけてきた。どういう原理で動いているのかは謎なのだが、『センタクキ』とかいう道具で服を洗っていた(洗濯していた)彼女は、自分の分とスフィアの分の洗濯ものを干している最中だった。スフィアは自分で洗うと言ったのだが、一緒に洗った方が『スイドウダイ』も『デンキダイ』も『セツヤク』出来るから、と言って譲らなかったのだ。

「はい。けれど不思議なところです、『コウコウ』という場所は。秩序を守りたいのか、壊したいのか、一体どちらなのか本気で理解不能です」

「……『チツジョ』?」

「『コウソク』とやらがあるんですが、誰ひとり守ってないんですよ。この『セイトテチョウ』にも『すかーと丈』の長さについてに記述があるのに、誰も守らない。しかもこれを配布した『キョウシ』とやらも守らせる気は全然なさそうですし。私にはなにがしたいのかさっぱりですよ」

 スフィアはせっかくこれだけ優れた学びの場があるというのに不真面目なクラスメイトのことが謎で仕方がない。ここは碧玉京のように争いなどない、平和な世界だ。暗殺の危険も皆無だし、毎日の食糧に困ることもない。なのに、なぜみんな、不満そうな顔しかしないのだろうか。

「わたしの頃はもっと真面目だったのよ、みんな。昔は先生が厳しかったからね、誰も先生に逆らえないの。当時はこわいって思ってばっかりだったけど、よく考えたらちゃんとひとりひとりがルールを守っていればイジメなんて悲しいことも怒らないでしょうし、便利になり過ぎたのが逆に良くないのかもしれないわね」

 ちさとは洗濯物をぱんぱんと叩く。皺にならないように。それを見ながら、スフィアはここ数日間の平成の世のことを思い浮かべてみる。本当にわけの解らない時代だ。そうこうしているうちに、宿題を追たと見える麒麟がスフィアの元へ駆けよってきた。

「お帰りスフィー!」

「あぁ、ただいま麒麟。『シュクダイ』は終わったのか?」

「うん。数学が難しかったけどなんとかね。……まったく、中学校に入ってからというもの、毎日五教科の宿題が出るんだもん。スフィーと一緒にいる時間がないじゃない!」

「それだけお前は恵まれているんだ。我が碧玉京など、学びたい者は数多くいるが、好きなだけ学べるのはほんの一握りの数しかいないのだぞ?」

「昔って『ミブンサベツ』があったらしいしね。スフィーはなんで文字が読めるの?」

「わが国で使われている文字は象形文字だ。そこから大体の意味は解る。言っただろう? 私はそれなりに勉学も励んでいると。あとは自然と頭に入ってくる。特に興味深いのは歴史とやらだな。なぜか我が碧玉京は『セカイチズ』にも載っていないのだが……」

 そこで麒麟ははっとした。そうだ、何を忘れていたのだろうか。SF、タイムトラベル、それらの現象には、あるリスクがついて回るということを。

「……そうだよ、なんで忘れてたんだろう」

「麒麟?」

 麒麟はスフィアの方に向き直った。彼ら叱らぬ真剣な顔つきに、スフィアはさぞかし重大なことなのだろうと身構える。実際にそれは大変重要なことだった。

「いい? タイムトラベルって未来に行って知ったことや、手に入れたものを演題――未来から見れば『過去』に持ち帰るとするよね?」

「なにが言いたいんだ?」

「いいから聴いてて! 未来か過去から持ち去ったり、伝えたりしたものは、あとの世界に大きな影響を……えっと、こういう時はなんて言うんだっけ?」

「私が知るわけがないだろう。だが察するに、影響を『及ぼす』といったところか?」

「あ、うん、それだよ! スフィーがこの時代から、僕たちのこの世界から手に入れたものを過去に持っていくと、歴史が大きく変わることも考えられるんだ。SF小説で読んだから間違いないよ!」

「たった一つの根拠で『間違いない』と言い切るのもどうかと思うが、確かに一理あるな。私は碧玉京を改革したい。理想の帝国へとな。だから現代の制度を上手く使ってやっていくつもりだったが、そんな弊害があったとは……」

「僕もうっかり情報を漏らさないように気をつけるから、スフィーも気をつけて。下手したら、僕の存在自体がなくなっちゃうかもしれないんだから」

 麒麟は自分で言っていて冷や汗が出てきた。どうしてすぐにこのことを考えなかったのだろう? SF小説ならばフィクションの世界だ、自由に浸っていられる。でも実際にタイムトラベルが出来るスフィアと出逢ったことで浮かれてしまった。持ち前の好奇心がこんなところでアダとなるとは。

 スフィアはスフィアで難しい顔をして考え込んでいる。だが彼女はすぐにタイムトラベルの危険性に気づいたようだった。

「麒麟、スフィアちゃん、ご飯にしましょうか」

 ちょうど洗濯物を干し終えたちさとがそう声をかけてきた。ふたりとも頭をフル活用した後なので腹ペコだった。

「食べよっか、晩ご飯」

「そうだな。いつまでも考え込んでいてもらちが明かない」

 この日の夕食はすき焼きだった。スフィアが現代にやって来て一週間記念日のつもりのささやかなお祝いだ。別に無理をして祝う必要はないとスフィアは思うのだが、せっかくのちさとと悟の好意だ。無下にするのも失礼というものだ。

「わぁ! すき焼きなんて久しぶり!」

「どんどん食べてね、スフィアちゃん」

「すみません。ではいただきます。……うん、美味ですね」

 家族さんにん、揃いも揃ってスフィアの反応をじっと窺うものだから、当のスフィアとしてはそう答えるしかない。だが、美味だというのは嘘ではない。本当にそう思うのだ。

「これは何の獣の肉ですか?」

「牛よ」

「……牛なんて乳しか飲めないのだとばかり思っていました。そうですか、これが牛の味……」

 最初は遠慮するつもりだったのだが、初めて食べた牛のあまりもの美味しさに、スフィアはつい食べ過ぎてしまった。身体から獣の匂いがする気がする。

 食後には客人という扱いもあって一番で温かい禊ぎの恩恵にあずかり、すっきりした。これだけ便利で発達した時代など本当に知らなかった。

「……本当に、ここまで世話になっていいのだろうか?」

 湯上ゆあがりにコーヒー牛乳を飲みながら、スフィアはかたわらの麒麟に語り掛ける。麒麟はその意味がよく解らないのだが、やはり考古学者の子供だと自分でも思う通り、彼女といるのは楽しい。どんな話をしても自分の考えにはおよばない事を言うし、ためになる。

「いいんだよ! 僕もスフィーとはずっと一緒にいたいし!」

 これはまぎれもない本音だった。その言葉にスフィアは借り物のパジャマの上からでもぶら下げているあおい勾玉を握りしめた。朱の形見は今も静かにスフィアを見守ってくれている。勾玉を見るたびに碧玉京が恋しい。確かにこの時代は便利だが、みんな何か大事なものを忘れてしまっている気がするのだ。だから、一刻も早く帰りたい。ホームシックのような意味でも、招来の碧玉京をしょって立つ身の上としてという意味でも、とにかく帰りたいものは帰りたい。

「……碧玉京、今はどうなっているだろうか……?」

 ただでさえ、現在の政治は不安定だ。義兄ぎけいが摂政として治めてはいるものの、最大の不安要素ふあんようそは常に自身と碧玉京にいるはずの義兄の身にあった。がいつ手出しして来るかは全くもって予測不可能よそくふかのうな上に、彼は手段しゅだん一切選いっさいえらばない非情ひじょうな男だ。今でも朱との別れの時の記憶は忘れられない。彼さえいなければ、朱の理由も聴けたかもしれなかったのに。義兄は庇ってくれたのだが、現皇帝はたとえ実子でも一切の容赦はなかった。今その義兄は摂政の任に就き、食糧不足の危機を上手く切り抜けていることだろう。

 今のスフィアには、その義兄の身を案じることしか出来ることはなかった。


+ +


 そうしてスフィアが高校に通うようになってから半月が過ぎた。スフィアは常に真剣な眼差まなざしで、何事にも真面目に取り組んだ。学業はもちろん、部活、寄生木家の家事の手伝いなども進んでやった。中間テストというものを生まれて初めて受けた麒麟とスフィアは、たがいの点数に驚いていた。

「……なぜお前はそんな点数が取れる?」

「いや、僕の方こそ訊きたいよ……」

 ちゃんと小学校では勉強してきたつもりの麒麟が中一の一学期というごく簡単な範囲はんいのテストで六十五点、逆にこの時代の事など知らないはずのスフィアが九十五点。……これは一体どうしたわけだろうか。

「……もしかしてスフィーって、天才てんさいなの?」

「『テンサイ』? 人聞ひとぎきの悪い事を言うな!」

「え? 僕はめてるんだけど?」

「どこが褒めているんだ? それどころか完璧かんぺきに理解したつもりだったのに百点すら取れないとは……。やはり勉学べんがくきびしい道だ」

 麒麟の言ったのは『天才』という褒め言葉なのに、スフィアは『天災てんさい』と取った。だからこそ彼女は若干苛立じゃっかんいらだったわけだが、そんな事など当人とうにんたちは知らない。歳の差というものはただそれだけで厄介なのかもしれない。

 スフィアは主要五教科ですべて九十点台を取っていた。家では麒麟の父である智が彼女の話を聴きたがるので、家での予習復習の時間などなかった。それなのにこの点数、しかも十分な点を取りながらもくやしげにするスフィアの考えが、麒麟にはまったく解らない。

「それだけいい点数が取れるならいいじゃない? 別に満点じゃないからって……」

「いや駄目だ。このくらい完璧にこなせねば、誰もついてくるわけがない!」

「……ついてくる?」

 それで麒麟には以前彼女が言っていた言葉を思い出した。

「『ヘキギョクキョウ』をおさめる? のはスフィアなんでしょ? それってどういう意味なの?」

「どう、とは?」

「だから、スフィアが王様になるの? それとも聖徳太子しょうとくたいしみたいに、政治? だけをやるの?」

 スフィアはあっという間に現代の常識を身につけていたため、この問いにはすぐに答えられた。

「皇帝というのは帝国の象徴であり、実権じっけんを持つ者だ。文字通り私が治める。皇帝は代々その実子じっしにのみ皇位継承権があたえられ、その代の皇帝によって次代じだいの、つまりつぎの皇帝が決まる」

「……うん、やっぱり僕にはむずかしいよ。でも、普通は『皇帝』なら男の人で、スフィーなら女の人だし『女帝じょてい』って呼ぶんじゃないの?」

 この麒麟の言い分に、スフィアは嬉しそうに目を細めた。そして黙って頭をでる。とても優しい手つきで。それが、麒麟にはくすぐったい。

「いきなりなにするの?」

「……いや、なんでもない。確かにお前の疑問ももっともだな。我が碧玉京は、つね戦火せんかっただ中に置かれていたと言っても過言かごんではない。『強さ』こそが絶対正義ぜったいせいぎ、その次に強力な武器が『知恵』だ。だからこそ、人々は尊敬と畏怖いふねんを持って『皇帝』と呼ぶのだ。女という字が入っていてはいかにも弱そうではないか?」

「うん、やっぱりわかんない。スフィーの言ってることは難しいよ!」

「それはお前の努力不足だ! ……朱ならばすぐに理解したのにな」

「……」

「……」


 ――『朱』って、どんなひとだったんだろう?


 そんな疑問を麒麟が抱いた時だった。スフィアがいきなり張り切りだしたのは。

「よし、麒麟! 解らないところを全て言ってみろ。私がすべて教えてやる」

「……え?」

「『え?』、じゃない。ちゃんと常日頃からやっていないからこんな結果になるんだ。だから私が解る範囲ならば教えてやる。『キョウカショ』開け!」

「えええ? 僕はそんなに勉強する必要はないと……思うんだけど?」

 麒麟は勉強がそれほど好きではない。図鑑を読むのは好きだけれども。だがスフィアは麒麟のテストの点数を見て「これはひどい」と思ったらしい。

「寄生木家に世話になっている身だ。せめてお前の成績くらい上げてやろう。それが恩返しというものだろう。さぁ、解らないところは?」

「……」

 高校の制服を着たスフィアは、すでに勉強の準備は万端といったところだ。これでは逃げ場はない。成績が悪くても怒られたことはないのだが、できればもっといい点数を取ればうれしいというのが両親の望みだということは麒麟でも解っていた。

「じゃあ、数学の数直線。なんでマイナスの方向に行くと数が減るの?」

「それはマイナスの方に進むからに決まっているからだろう?」

「……」

 スフィアはなんともなさそうに言うのだが、そこが理解できないからこそのあまりよくない点数だということをスフィアは解っていない。

「いや、数学はいいや。国語なんだけど、ここの主語は――」

「それも読めば理解できるだろう? この主語は『私』だ」

「……」

 

 ――やっぱり元の出来が違い過ぎる。


「どうした?」

「いや、僕とスフィーじゃ頭のデキが違い過ぎるんだなぁって思って。スフィーって頭良いんだね、羨ましいよ」

「羨むヒマがあるのならば、自分から勉強するほうがよっぽど有意義だ。そうは思わないか?」

「うん。頭ではわかっているんだけど、どうしてもうまくいかないんだよ。やっぱり僕はまだ新中学生だから」

「言い訳をするな! 男子たるもの常に堂々としていろ。朱は一度も泣きごとなど言わなかったぞ?」


 ――また『朱』だ。


 麒麟はなぜスフィアが『ハラチガイ』の弟にそこまでこだわるのか理解できない。一人っ子にはきょうだい持ちの気持ちは解らないのだ。確かに昔は麒麟だって、兄弟が欲しかったこともあったが、それを両親に言うと「図鑑を買ってやれなくなるけどそれでいいのか?」と言われたため、一人っ子で満足している。

「ねぇ、スフィー」

「なんだ?」

 スフィアは麒麟が勉強をする気がないらしいと解ると、机の上を片付け始めていた。とはいっても、すぐに諦めてしまった麒麟の机に上にはたいしてものなんてなかったのだが。

「スフィーは一人っ子だったら良かったのにって思わないの? 一人っ子なら『コウイケイショウケン』とか、そういう難しい問題も関係なかったんじゃないの?」

「それはないな。私は兄弟がいないと駄目なんだ。もっともそれは、義兄上と朱の二人だけに限定されるがな。他の皇族は誰も彼もみな同じに見える」

「ふぅん」

 そういうものなのかと一応納得する仕草をしてみる。話題をきょうだいのことに移したおかげで、スフィアはそれ以上勉強しようとは言ってこなかった。

 スフィアと兄弟について話していたためなのか、その他の要因かは不明だが、突然スフィアの胸元――勾玉をぶら下げているあたり――が光りはじめた。それはまるで科学の図巻ずかんで読んだ太陽の周辺しゅうへんの写真を思い出させた。

「……なに?」

「これは……この光りは、あの時の!」

 スフィアが制服の胸元から勾玉を取り出す。麒麟も反射的に同じこと――制服のポケットから取り出してみると、あかく光っている。あおとあかの光が部屋一面に広がる。部屋中に広がる、紅と蒼の光。それは容易くふたりを包み込んでゆく。

「私の手を離すなよ、絶対に」

 スフィアが麒麟の手をきつく握りしめた。光りの中に自信の身体が溶け込んでいくような錯覚を覚えつつ、光りの温かさに、ぬくもりに心地よさを感じていると、ジェットコースターに乗っているような、重力を感じた。それが、麒麟にとっての初めてのタイムトラベルだった。


+ +


 ――あおい。すべてが。


 目を覚ました麒麟は、目の前に広がる『あお』を見てぼんやりとそう思った。空の色も『あお』、海の色も『あお』、植物は流石に『あお』ではないが、周囲の『あお』に比べればそれは全然『みどり』ではない。これだけ圧倒的あっとうてきな『あお』の世界を、麒麟は生まれて初めて目にした。

 今麒麟のいるところは、周囲を海で囲まれた島のような場所だった。野生の植物がぼうぼうと生えているから、ここは海ではないのだろうか? とにかく見たこともない美しい『あお』の世界だ。

 空の色も平成の世のものとは比べ物にならないほど澄んでいて、空気も美味しい。環境が破壊されていないのだろう。紀元前何年くらいの世界だろうと、麒麟は考えてみるが、図鑑の情報だけでは考察の材料にするには足りない。

「……ここが、『ヘキギョクキョウ』?」

 呆然ぼうぜんとそうつぶやくも、手をつないでいたはずのスフィアの姿はない。絶対に手を離すなと言っていたのに。まさかタイムトラベルの過程ではぐれてしまったのだろうか?

「……スフィー?」

 辺りを見回しても、スフィアの姿はない。まさか本当にはぐれてしまったのだろうか? 麒麟の背中を冷たい汗が伝う。

「スフィー!」

 麒麟はもう一度大声で彼女の名を呼ぶが、その声はどこかからか自分の元に帰ってくるだけだ。途端とたん心細こころぼそくなってきた。あれだけがれた見知らぬ古代が、急に恐ろしく思えてきた。

「……」

 多分ここならば安全だろうという見晴らしのいい場所で、麒麟はスフィアが自分を見つけてくれるのを待つことにした。あれだけ朱という人物に拘る彼女だが、似ているという理由だけで、なぜかスフィアは自分を見捨てることはないと感じた。だから、信じてここで待つのだ。

 待っている間、周囲のあおをじっと眺めてみる。眼前に広がる『あお』は、人工物など一切なく、のどかわいているのに自販機の一つもない。こんなことになるのならば、もっとコーヒー牛乳を飲んでおくべきだった。そんな呑気なことを考え始めると、一気に気が楽になった。元々もともと、麒麟はそれほど悲観的ひかんてきになるような少年ではなかった。それが幸いした。

 ほんの少しの『みどり』も、ヤシの木でもなければ南国なんごくにあるような類の木でもない。だがよくよく見ていると、それは父のような大人向けの図巻には載っていた植物だった。確か名前は……なんだっけ? でも確か食べられるはずだ。その木の葉が揺れたかと思うと、やっと待っていた人物が木陰から顔を出した。

「ここにいたのか。少し探したが、無事に見つかって良かった」

 その手には、これまた図鑑でしか見たことのない果物のようなものや、木の実のようなものが山になっていた。食べるつもりなのだろう。事実、麒麟自身腹ペコだ。

「心配したんだぞ? お前がいつになっても目を覚まさないから……。だからそのうちに食糧を確保しておこうかと思ってな」

 優しい声音こわねで告げるスフィアは、実際に心配してくれたのだろう。木の実を取る時にでもかすったのか、目の下にはいくつかの切り傷が出来ていた。じっと見つめると、そこには涙のあとのようなものが見える。

「……スフィー、怪我けがをして痛かったの?」

「そんなわけがあるか! この私が怪我ごときで泣くものか。……そんな事よりもお前だ。怪我もやまいもないか?」

 やや激しくそういうスフィアだが、心配性なような気がするくらいに心配してくれる。麒麟としてはあまりお子様扱いはされたくない。が、スフィアが相手ならば多少の子供扱いは全然許せる。

「うん、僕は大丈夫」

「そうか。ならば良かった」

 スフィアはやっとの事で安寧あんねいを得たようだった。自分は高校の制服のあちこちに穴を開けながら、顔や手足に傷をつけながらも、それには全くの無頓着むとんちゃくだ。麒麟にはそこまで心配してもらうような謂れ《いわれ》などないのだが、彼女からしてみれば美しい自身の身体の事など二のにのつぎらしい。


 ――ヘンなの。なんでスフィーはこんなに綺麗な人なのに……。


 その当のスフィアはさっそく集めてきた木の実と果物で、簡単な料理をしている。言葉遣ことばづかいから受ける無骨ぶこつな印象とは裏腹うらはらに、その手際てぎわはよく、よくもあんな一見食べられないような食材でこれだけおいしそうなものが作れるものだ。麒麟は素直にそう思った。それを伝えると「当然だ」と彼女は涼しい顔で言った。

 ちなみに怪我は軽く周囲の水――どう見てもここは島なので、それは海水だろう――で軽く傷口を洗っただけだ。なのに、ここまでも無頓着。……やはり彼女は麒麟の感覚からしてみれば『ヘン』だった。

「我ら皇位継承者は、いつ何時なんときに食事に毒を盛られるかも解らんし、暗殺の危険はついて回る。自分も、大事なものも、全てを護るには、まず『力』だ。それがなければなにも叶わず、ただうばわれるだけ。……ここはそういう場所だ」

「毒!? 本当に? でも、昔は――」

「『昔』もなにもない。今我々がいるのは碧玉京だ。食事を終えたら軽く案内してやる。……『コウコガクシャ』というお前の父が見たらどう思うのか、改善点かいぜんてんなどがあればぜひ意見を求めたいところだ。我らが碧玉京は問題が山積みだからな。平成の世の、『センモンカ』から見ればどのように映るのか気になる」

「……」

 スフィアは始終真面目しじゅうまじめな顔で、自分が取ってきた食糧しょくりょうを食べていく。若い女のひとが食べる量とは思えないが、ここで食べなければ次にいつ食事にありつけるのかも解らない。彼女にならい麒麟も一口、勇気を出して食べてみるが――。

「苦い!」

 いまだに子供味覚こどもみかく、いや、新中学生ならば無理もない。

 それはほんの少量のスパイスで味をつけてはあるが、あくまでもそれはまずさをごまかすためのものだとしか思えない。スフィアが少しやつれたような顔をしながら謝罪の言葉を口にする。

「悪いな。手持ちの材料ではこれが精いっぱいなんだ。麒麟には厳しい味だろうが、どうか食べてくれ。でないと次はいつ食事にありつけるか解らない」

「……うん。わがまま言ってごめん。スフィーは僕のために作ってくれたのに」

 スフィアがした『料理』というものは、この時代では『食べられる状態じょうたい加工かこうする』ということらしい。スフィアはまたしても心配そうに麒麟を見る。その表情からは心からの心配が見て取れた。

「大丈夫か? だが、次はいつ食糧が手に入るのか解らない」

「……うん。スフィーは昔からこればっかり食べてたの?」

「あぁ。確かに味は悪いとは思うが、腹さえふくれるだけまだいい。貧しい者は、何が危険なのかの知識もない。……だからこそ、誰もが貧困ひんこんにあえぎ、ありもしない太陽の神にすがる。……誰かが立ち上がらねばならないのだ」

「……」

「すまないな。お前にはもっと美味うまいものを食わせてやりたいのだが、上に立つ者が贅沢ぜいたくをしておきながら、自分たちばかりで食糧を独占どくせんしたら説得力せっとくりょくがないだろう? だから、えてくれるか?」

「……スフィー。うん、僕はわがままなんて言わないよ。スフィーは皇帝になるんだもんね。僕がその夢の邪魔をしちゃいけないよね。解ってる」

「麒麟……ありがとう」

 そう言って、スフィアはまた麒麟の頭を撫でてくれた。その彼女のは本気で『皇帝』を目指すような眼だった。爛々らんらんかがやいて、前向きだ。スフィアは出逢った時から意志が強く、自分の信念に従って生きている。そんなところが凄いと麒麟は思う。歳は数年と変わらないのに、こんなに大人な人がいるだなんて。中学校の同級生の女子が途端にとんだお子様に思えてきた。

 彼女が皇帝になったのならば、きっとまだ見た事もない『ヘキギョクキョウ』も平和で優しく、食べ物だって好きなだけ食べられるような国になるかもしれない。もっとも、まだその『ヘキギョクキョウ』がどんな場所かは知らないのだけれど。

 しかし麒麟は後のこの時のことをこう回想する。


 ――でも僕は、やっぱりまだ子供だったんだ。……そのことを、僕はこの後で強く後悔することになる。


 不味かったが、麒麟はどうにか食事を完食した。食べる時には苦過ぎて思わず涙が大量に出てきたのだが、それでも何とか食べた。泣いているところを見られるのは恥ずかしいが、スフィアはちさとに買ってもらったハンカチを、無言で麒麟に差し出した。何も言わないのは彼女なりの麒麟への気遣いだろう。その気持ちを察した麒麟は黙ってそれに応える。よし、涙はもう流れない。

 残った食糧はスフィアが肩にかけていた学生鞄に丁寧ていねいめた。彼女の髪の色とはマッチしたその地味な制服とかばんは、麒麟からしてみれば『女子高生のお姉さん』のイメージとは遠くかけ離れたものだったのだが、当然そんな事などスフィア本人は知らない。

 火すらない食事、しかも周囲は海で、初夏しょかのはずなのに寒い。七月とはこれほど冷える時期だったのかと麒麟のとぼしい人生経験じんせいけいけんで振り返ってはみるのだが、やはり経験の少なさは考察こうさつの材料にはなりえない。もし考察できたとしても、実行する勇気も、度胸どきょうもない、気弱きよわな少年ゆえ実行は難しいが。

「さて、一息ついたらそろそろ行くか」

「どこへ?」

「……街だ。そののちに我らが『城』に行かねばならない」

 スフィアは嫌悪けんおを顔に浮かべる。そこからうかがえる感情を何というのかはまだおさな部類ぶるいに入る麒麟には解らない。ただし、強烈な『悲しみ』の感情だけはいくら幼いと言われようとも解った。

 麒麟の中にある『城』のイメージとは、童話どうわで読んだような、絢爛豪華けんらんごうかな場所であり、王子様がお姫様を見染みそめて連れてくる場所だ。そんなはなやかな場所に対して、なぜ彼女はネガティブな感情を持つのだろうか。まだ出会って半月だが、『もう』という言い方も可能だ。

 それなりにスフィアというお姉さんのことは解ってきたつもりではあるが、なぜか彼女は夜中にひとりで泣くことがあった。なんとなくだが邪魔をしてはいけないと思ったので放っておいたのだが、それははたして彼女のためになったのだろうか?

「……」

 しばらくお腹に詰めた食事がちゃんと消化されるまで待っていると、突然スフィアが立ち上がった。そしてすたすたと歩きだした。

「よし、休憩は終わりだ。行くぞ?」

「いや、待ってよ!」

 そんな事を考えている間に、スフィアは数十歩は先を歩いていた。彼女の歩く速度は女のひとのものとは思えないほどに速く、それなりに体力には自信のあった麒麟の鼻っはなっぱしらを折ってくれた。

「……」

「……」

 しばらく、麒麟の腕時計うでどけいでは一時間半は過ぎた頃、やっとスフィアの歩みは止まった。ふらふらと歩いていた麒麟は前を歩くスフィアに勢いよくぶつかり、そこにいた彼からしてみれば『おじさん』に剣を向けられた。

 剣と言っても漫画やアニメに出てくるような先端せんたんのとがったものではない。ただ叩くためだけのものにしか見えない。むしろどうやって攻撃するのかが不明なシロモノだ。ゆえにあまり怖くはない。

「止まれ!」

何奴なにやつだ!」

 よく見ると、そこは植物で作られた城門のようなものがあった。とはいえ予想以上に貧相ひんそうつくりで、火で燃やしたらあっという間に燃え尽きそうな弱々しいもの。このおじさんたちはこの植物が食べられるという事を知っているのだろうか。

 しかし、彼らおじさんもスフィアも大真面目な顔でこの門を大事にしているふしが見受けられる。食糧が足りないのならば、これを食べたらいいのになんて麒麟が思っているとスフィアが彼らに告げた。

「通せ。これは私のれだ」

「……何者ですか? 見た事も聞いたこともないその衣といい……。その髪からして素性は察せるが念のためです。我が碧玉京皇位継承者の証を!」

 するとスフィアは躊躇ためらいいなく左腕ひだりうでの袖をまくりあげた。そこにあったのは麒麟から見れば濃紺のうこんの入れいれずみだった。星が二つとそれを上下でかこむような輪がえがかれている。ちょうど今のスフィアの髪の色と似ていた。

 おじさんたちはそれを見た途端とたん、すぐに態度をあらためた。神々しい者でも見るような眼でスフィアを見つめた後、彼女に向かって大げさなくらい頭を下げる。それからすぐに自然の城門はふたりによって開かれた。

「これは大変失礼いたしました。第三皇位継承者スフィア様」

「ですが、その者は? いくら貴女様あなたさまでもどこの馬の骨とも知れぬものを帝国内部ていこくないぶに入れるのは躊躇ためらわれます。……ましてや、『あか』だ」

「……貴様らの言い分も尤もだ。だが、朱でさえも『あか』だった。それを忘れたわけではあるまい? 『あか』だからと言ってかの従属国の者だと判断するのは間違ているのではないかと私は思うが?」

「……それは、まぁ、仰る通りですが……」

「ならば問題なかろう? これは私の連れだ。危害を加えることはおろか、近くに寄ることも許さない。これは後続の権利を行使して命じさせてもらう」

「はっ!」

 一体なんの話をしているのだろうか? 『あか』というのは自分の赤い髪のことを指してのことだとは、これまでの経験から麒麟はさっした。古代世界でもこの赤い髪は珍しいらしいとやや悲しくなるが、これは多分『イデン』というものであり、自分のせいではない。父に似ただけだ。

 それを言おうとしたところでスフィアによって口元をふさがれた。「余計な事は口にするな」、そう耳元でささやかれた。雰囲気が険悪だったので、麒麟は黙って従った。初めての古代世界というのもいざ来てみると色々とややこしい事情があるらしい。昔から人の営みというものは変わらないのかもしれない。

 初めての『ヘキギョクキョウ』の門は木々のざわめきと共に開き、そこには石灰せっかいでできたと見えるごくシンプルな建物とあちこちに噴水ふんすいがあった。そこには、初対面の時の巫女装束姿のスフィアの格好よりも遥かに粗末な格好の庶民が集い、井戸端会議をしている。

「我が帝国民だ。髪の色は私とお前だけが変わり者だ。どうだ? 安心するか?」

「うん、現代と髪の色はあまり変わらないね。なんで僕とスフィーの髪の色だけがあかとあおなんだろう?」

「私のこのあおい髪は父上である現皇帝の子で、皇位継承者の証だ。三十人以上いる他の腹違いのきょうだいもすべて同じあおい髪だ。ただ、私の髪だけは感情によって色が変わるらしい。お前は本当にどうして赤い髪なのだろうな」

「そんなこと、僕が一番知りたいよ……」

 帝国民ていこくみんと呼ばれるらしい国民は、皆一様みないちよう簡素かんそな衣をまとい、顔の形も麒麟とは違う。骨格自体こっかくじたいが違うのだということは父から古代人から現代人への進化の過程かていで変わったという話を聴いていたので、あまり驚きはしなかった。むしろ、なぜスフィアが現代でも通用するような美人なのかが気になった。……麒麟も年頃の男子なのだ、美しい女のひとには弱くもなる。

「おや、イノリ様! みんな、来て! イノリ様だわ!」

「なんだと? ……そんなわけがないだろう?」

「いや、見てみなさいよ! どう見てもイノリ様よ!」

「イノリ様だって?」

「あぁ! 本当だ!」

 噴水のそばで水をんでいた、麒麟的には『おばさん』がこちらに駆け寄ってくる。遅れてついてくるのは彼女の夫と見えるおじさんだ。ふたりがスフィアのことを『イノリ』と呼ぶのを、麒麟は当然ながら奇妙に思う。その夫婦につられて、他の者たちもスフィアの傍に集う。

「イノリ様! 今まで一体どこに行っていたのですか?」

「飢饉は相変わらずなんです! どうかお願いします、『儀式』を!」

「イノリ様――」


 ――何を言っているんだろ? スフィーはスフィアじゃないか。


 彼らを筆頭ひっとうに、スフィアのもとに寄ってくる人波ひとなみは止まらない。誰もが絶望の表情から希望を得たような、喜びを全開にしているようでもある。

当のスフィアは麒麟の前では見せた事のない作り物の笑顔で対応している。ちなみに麒麟の姿は彼らの目には入らないらしい。誰も目にめたりはしない。

「どうなさったんです、その変な衣は?」

「いや、色々と事情があってのことだ。……これから翆玉様に進言しんげんしようと考えている」

「まさか、我々の生活が良くなる、とでも?」

確約かくやくは不可能だ。だが、少なくとも悪くはならないと考えている」

 そうスフィアが答えた途端に、一気に歓声かんせいが上がる。

「流石はイノリ様!」

「我話rのことを最も考えてくださっているお方はイノリ様と翆玉様だ!」

「イノリ様、どうか手を握る無礼をお許しください!」

 民衆からの圧倒的な支持に、麒麟はスフィアの周囲に集まる人々に押されて引き離されそうになるが、頑張って踏ん張る。スフィアの口調は初めて聞く真面目で重い口調だが、そこには確かな『力強さ』を感じた。長老らしき年配の男が遅れてやって来て、その場の者たちに言う。流石は年配者、説得力が段違いだ。

「イノリ様はお疲れなのじゃろう。皆の者、そこまでにしておくべきではないか?」

 その一言で、誰もがその言い分に納得し、スフィアと麒麟が通る道を開けてくれる。

「お久しぶりです、長老。ここの生活は相変わらずですか?」

「そうですな。前よりは若干よくなったか、それとも全く変わらないか。どっこいどっこいです。儂は政治の難しいことは解りませんが、皆の生活のことだけは誰よりもよく知っております。今年も不作でした」

「……そうですか。義兄上――翆玉様に進言しておきましょう。いくつか手段は考えてありますので、摂政閣下にもお願いしてみます」

「頼みましたぞ、イノリ様」

 そこまでの会話を終えると、スフィアも長老に向かって軽く頭を下げて、その人並みの中央を抜ける。あまりにも大人気のスフィアの後ろには、民衆がぴったりとくっつき、はぐれないように必死で追った。スフィアもスフィアで、少しは麒麟のペースに合わせてくれればいいものを、自分のペースを崩そうとはしない。女子高生くらいのお姉さんと、男子とはいえ新中学生を一緒にされては困る。

 やっとのことで抜け出したその場所から腕時計で三十分歩き、麒麟が疲労ひろうに汗が流れ落ちた頃、ようやく目的地に着いたようだった。

 そこはこれまでの粗末そまつな石灰の建物とは明らかに違った。素材が何でできているのかもよく解らないし、それなりに詳しいと自信のある建築様式けんちくようしきも一切解らない。スフィアは高さのあるその建物を見上げて、独り言のように呟いた。

「……我が帝国の『城』だ」

 ここまで来た道にあった一般的な家とはまるで違う。どう見ても素材は煉瓦れんがで、それを幾重いくえにも組み合わせて多分手作業でここまで組み上げたのであろう。この城という建物はそれだけの格式かくしき伝統でんとうというものを感じさせる。……もちろん麒麟はそんな言葉など知らないのだが。

 スフィアはそれなりの高さのある、窓と見える場所から植物が生い茂る建物をにらみつけるように見上げる。『第三皇位継承者だいさんこういけいしょうしゃ』ということは、それなりに『偉い』立場のはずだし、先ほどの人々のような粗末なものをまとってはいなかった、出会った時から。ならば彼女が今考えている事と言えば、「帰ってこられて良かった」だと思うのだが、その読みはどうやらハズレらしい。

「……行くぞ」

 それまでだまりこくっていたスフィアが先を歩く。慌てて彼女を追いかけると、相手は振り返り、真剣な眼差しで言った。

「いいか、私から離れるなよ? 離れたら『死』が待っている。……ここはそういう場所だ」

「……え?」

 この平和そうな城のどこにそんな危険要素があるのだろう? 確かにスフィアは複雑ふくざつな立場なのかもしれないが、そこまで警戒けいかいすることはないだろう、とは思った。 しかし、先ほどの食事の時に彼女はさらりと毒の話をしていた。スフィアは冗談を言うような人間ではない。と、いうことは……事実?

 そう考えるとぞっとした。これまでは食事が美味しいのは当たり前で、おやつも食べられるのが当たり前。飢餓に苦しむ子供のニュースを見ても、ただ思うことは「大変だなぁ」という事だけだった。そんな麒麟だからこそ、現在いる古代と見られる時代の厳しさを垣間見かいまみた。

 青くなる麒麟に気が付いたのか、スフィアは手を差し伸べてきた。まるで「大丈夫」だとでも言いたそうな表情で。そこに見えるのは、自分に誰かを重ねている見知らぬお姉さんの顔。


 ――スフィーが必要としてるのは僕じゃないんだ……。


 出会ってまだ半月という短期間で、そこまで仲良くなることの方がおかしいだろう。だが、そんな可能性を考えられるほど、麒麟は大人ではなかった。そんな麒麟の気持ちを察したようではあるが、スフィアは彼を後に続かせる。彼女なりに麒麟の事を気にはかけてはいるのだが、ここはそれほど安全な場所ではない。

 『自分の弱点を知られること』、これこそがスフィアが最もこだわることだった。なぜならば、彼女は自身の甘さのせいで最愛の弟をうしなったのだから。

 うしろをとぼとぼと歩く麒麟を見ながら思う。


 ――お前にそんな顔をさせるのは本意ほんいではないのだ。解ってくれなくてもいい。……ただ、お前が無事ならばそれでいい。


 内部へは今度は簡単に入れた。警備もゆるく、兵士と見えるおじさんが五人立っているだけで、スフィアの姿を見つめると、すぐに彼女の素性を見抜いた様だった。

「お帰りなさいませ、スフィア様! 今までは一体どちらへ?」

「清とかいう国でも視察しさつしてきたのですか? あそこは単なる新興国しんこうこくですよ? 学ぶ事などないと考えますが……」

「静かにしろ貴様きさまら! やっとスフィア様が帰還きかんされたのだぞ? これ以上皇族こうぞく負担ふたんをかけるわけには――」

「ところで、その奇妙な衣はいかがされたのです?」

 そこで高校の制服に五人のおじさんは釘づけになり、じっとスフィアを見つめる。

「いや、見聞けんぶんを広めに行って来ただけだ。心配もいらん。この少年は私の連れだ。……通しても構わんか?」

「……『あか』ですか?」

「そうだが……文句でもあるのか? 『あか』だからといって、また朱のようなことが起こるとでも懸念しているのか? これはそんな行動力などない、軟弱な子供だ。安心して通してくれ」

 やはりまた『あか』という言葉が彼らの口々から飛び出してくる。髪が赤いからなんだというのだろう? 何かの差別だろうか? 古代でも自分はやはり差別されねばならないのか?

 そんな事をグルグルと考えていると、門を守るおじさんの一人が言い出した。

「スフィア様のお連れならば大歓迎だいかんげいではないか!」

「……だが、しかし――」

「この少年はどこか朱様を思い出させる。スフィア様がお気に召すのも道理《

どうり》ではないか?」

「……」

「……」

 やはり自分の髪の色のことはかなり重要らしい。外国では普通にいる赤毛の少年少女とどこがどう違うのだろう? 麒麟の方がやや原色げんしょくに近いというだけで、そこまで差別されるいわれはない。そう言おうとしたら、スフィアがこちらを振り向いて手を握った、力強く。

「そういうことだ。通してもかまわんな?」

 スフィアはそれだけ門番もんばんおぼしきおじさんたちに告げ、麒麟の手を引いて城内へと足を踏み入れた。石畳いしだたみが疲れた足にひびく。

 城内はこれまでの建物とはまるで違った。素材はもちろん、建物の大きさ、人々の数。これは確か学校でも耳にしたし、父からも悲しい目をされながら聞いたことがある。彼ら彼女らは『奴隷どれい』なのだ。皆一様に暗い顔をして、せすぎた身体で重そうな荷物を運んでいる。その中には麒麟より幼い少女も、老人もいた。しかも、まるでそれが当たり前のようにスフィアはだまって通り過ぎようとした。

「スフィー、なんであの人たちは働いてるの? お金はもらえてるの?」

「奇妙な事を訊くな。あれらは従属国じゅうぞくこく出身者しゅっしんしゃだ。我が国にいくさで負けた者たち。その者たちの行く末など考えなくともわかると思うが?」

「……まさか、ただそれだけの理由で?」

 麒麟はぞっとした。ただ一度だろうと『負け』れば全てを奪われる。まだ学校では習っていない範囲はんいだし、幸運にも父が考古学者だからこそ、この事実の意味が理解できた。スフィアはすずしい顔でそのまま麒麟の手を引いてゆく。触れた彼女の手が初めて冷たく感じられる。

 入り口から最も離れた場所は、やけに広かった。この時代にしては多分豪華な部類に入るであろう調度品ちょうどひんが並び、いいにおいがする。そこがどんな場所なのかは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。原石げんせきの色とりどりの宝石がちりばめられた玉座ぎょくざがあったからだ。……ここはスフィアが将来座る場所――皇帝の政治の場だろう。

 その玉座に腰かけていたみどりの髪の若い男が急に立ち上がる。そのそばには側近そっきんと思われる若い男女がパピルスを広げていた。他にも木製と見える本が左右に山積みになっている。その男は麒麟的には『お兄さん』で、身なりは庶民しょみんよりも質素で、身体の線も細くはないが、痩せている部類に入る。顔立ちは優しげなのだが、やはりお兄さんだとすぐに解る。

「スフィア……!? スフィアなのか? 本物か、本物なのか? 本当に、間違いなくスフィアなのか?」

「お久しぶりです、義兄上あにうえ

 あのスフィアが礼儀正しく頭を下げる。『あにうえ』ということは兄妹なのだろうと麒麟は思う。しかし、スフィアが『妹』というのもなぜか不自然だ。彼女はあちこち破れた酷いざまの制服を着ているが、相手のお兄さんはさらに酷い。元々簡素なものを何年も使っているのだろうが、穴は空き、生地自体もほつれている。そんな彼はスフィアの名前を連呼れんこしながら、妹を強く抱きしめる。……その光景はどこかシュールだった。

「スフィア、スフィア、スフィア! どれだけ心配したと思っているんだ!? てっきりあの男に毒でも盛られたのだとばかり……。とにかく心配したんだぞ? 今までどこにいたのだ? 食事はどうしていた?」

「詳しくはもう申せませんが、とにかく私は無事ですし、どこにも異常もありません。どうか、ご安心ください」

「……スフィア」

 仕舞いには涙まで浮かべつ始末。本当に。心の底からスフィアを心配していたというのに、相手に対してやけにドライなのがスフィアだった。


 ――このお兄さんって、もしかしてシスコン?


 そんなことを考えている麒麟にやっと気づいた様子の彼は、一瞬だけひるんだのだが、すぐに笑ってスフィアに尋ねた。やや驚いたように見える気がした。

「……あの少年は誰だ?」

「私が世話になった少年です」

 スフィアがこれまでの事情を話すと、相手はしばらく姿が見えなくて心配だったとやや過剰かじょうとしか思えない心配を口にした。そして妹が無事だったと知ると安堵あんどしたように胸をなでおろした。彼は今度は彼は麒麟に向き直り、自己紹介を始める。

「私は碧玉京第二皇位継承者へきぎょくきょうだいにこういけいしょうしゃ翆玉すいぎょくという。現在は現皇帝げんこうていに変わり、摂政のにんについている」

「……僕は、寄生木麒麟です。お姉さんとは――」

 そこで邪魔が入った。低い声だが、男か女か、判別に迷う声音が聞こえてきた。

「相変わらずだな、愚昧ぐまい。まだあの愚弟ぐていを忘れられんと見える」

 麒麟が自分とスフィアの関係を説明しようとしたところで邪魔が入った。どう見ても三十代の女、『おばさん』にしか見えないその人は、古代独特こだいどくとくの化粧をしていた。あちこちに奇妙な色の塗りぬりものが塗られ、口紅くちべにも派手な色だ。

 翆玉が頭を抱える。まるで、こうなることは予測よそく出来ていたのに対処できなかったことをいているようにも見える。

「……貴方あなたこそ、ですね。愚兄ぐけいが」

 互いに罵り合っている、ということまでは理解できたのだが、具体的にどのような関係なのかは麒麟には解らない。そこで翆玉は悲しそうに耳打ちした。

「彼は青梅あおうめ。スフィアの実の兄だ」

 この場に現れた、やや綺麗な人が、スフィアの『兄』だと知った衝撃は大きかった。どう見ても『彼女』と呼ばれるような、ひらひらしたきぬだと思われる高価こうかそうな服に、髪は現代でも通じるように凝った結い方をし、その髪には多分黄金おうごんでできているであろうかんざしを何本も刺している。

 身体も細く、お姉さんだと知っているスフィアよりも女の人らしい。強烈な匂いも、香水のものだろうが、彼女、いや彼が纏っていると思うと嫌悪感けんおかん半端はんぱではない。しばらくするとその体臭たいしゅうは男の人のものだとすぐに解る。

 彼――青梅はそんな男の人だった。

「愚昧とはいえ、お前がいない事で摂政閣下せいっしょうかっか大慌おおあわててだったのだぞ? その責任はどうするのだ? どうつぐなう? 申してみろ。出来るものならばな」

「……久方ひさかたぶりの市井いちいの生活ぶりを目にしました。ゆえに、『儀式』の許可を頂きたいのです、摂政閣下。そして愚兄、貴方に答える言葉などありはしない。この場から去るが良い、邪魔だ」

「ううむ……。だが、その様子のお前には荷が重いのではないか? 見たところ怪我だらけではないか」

「見た目ほどではありません。ご心配なく。そんなに私のことなど気になさらないで下さい。私よりも沢山の民の方が最優先すべきものです。弱気民すら護れずに、何が帝国碧玉京でしょうか?」

 さんにんの『きょうだい』は思っていることを口走る。スフィアは一切青梅という実兄じっけいの方を見なかった。最初から相手にしないつもりらしい。

 スフィアの言った『儀式』とやらの見当は皆目かいもくつかないが、真剣に妹を心配する眼での翆玉の言葉は本気で迷っているように見える。何にしても、おかしなきょうだいだと麒麟は思う。

飢饉ききんのきざしは以前からあったはず。この城の食事の事情からもそれは明らかです。現皇帝すら満足するような食事ではないようでしたし……市井の者も飢餓にあえいでいます。ここで私が立ち上がらなくてどうします?」

「……そこまで見抜いていたとは。やはり『父娘おやこ』というもののきずなか?」

「あんな男など『皇帝』の器ではないと思いますが、現在の拠り所には適任てきにんでしょう。それに、摂政閣下が倒れたら一体誰がこの帝国を守るのです?」

「これは痛いところをついてくる。……やはり次代皇帝じだいこうていはお前が最有力さいゆうりょくだ」

「待て。この愚昧のどこが……!? もっとも皇帝に相応ふさわしいのは第一皇位継承権だいいちこういけいしょうけんを持つこの青梅だ!」

 事情がややこしくて解らないけれど、『皇位継承権』というものが大事だということと、『摂政』は翆玉というお兄さんだという事だけは理解できた。つい先ほどこの国に来た麒麟4でさえも、青梅というスフィアの兄は皇帝の器とやれではないと思った。なのに、その『皇位継承権』とやらが一番というのが不思議だった。

「それで、許可はいただけるのでしょうか? 貴方とて、いたずらに帝国臣民ていこくしんみんが苦しむのは見たくもないでしょう?」

「お前が倒れてしまったら、その方がこの帝国にとっての大損失だいそんしつだ」

「私はすでに命をささげる覚悟かくごはできています。この国のためであれば、私は自分から、どんな目にもいましょう。それが皇位継承者のさだめ。悲観ひかんもしていないし、むしろ光栄こうえいきわみ」

「……そこまで言い切るところが逆に惜しいと思う。やはり頼むしかないだろうか、『儀式』を」

 するとスフィアは目を輝かせ、『兄』を見上げる。そこに見えるのは純粋な好意と尊敬だった。翆玉の言っていることからして、簡単なものではないだろうに、どうして喜べるのかが不思議だった。

 そしてなぜ彼女があれだけ偉そうな事を言うのかが理解できた。自分を常に戒め、努力をしているから。だからこその自信だったのだ。

「それでは次に太陽が昇る日でよいか? 伝統通りに現皇帝も出席せねばならぬことだ。その頃ならば体調も幾分いくぶんかはよくなっておられるだろう」

「はい。私もそれまでに準備を整えておきますゆえ。それでは失礼致します」

 そう言ってスフィアは麒麟を連れ立って、狭い廊下を歩く。時々奴隷たちが頭を下げるが、スフィアは一々いちいち相手にしない。それが当然のように通り過ぎていく。それが、麒麟には理解はできていても悲しかった。


 ――スフィーはもっと優しいはずなのに。

 そう、思わずにはいられなかった。


+ +


「着いたぞ。ここが私の部屋だ」

「えっ?」

 スフィアが自分の部屋だと言った場所は、どう見ても城の内部だとは思えない部屋だった。確かに庶民の家よりは豪華だが、他の部屋に比べて格段に狭く、見知らぬ植物がぼうぼうと生えている。木製の板で作られた書物が山積みになり、それらを乗せるためのテーブルらしきものは比較的形の整った岩だ。その他には何もない、麒麟の部屋より何倍も広い空間ではあるが。

「……それでは私は儀式に備えて眠るが……食事が足りなければ奴隷を呼べ。そして必ず奴隷に毒見どくみをさせろ。それからでなければ決して何も口にするな。いいか、絶対にこれだけは忘れるなよ? それから、部屋から外へは一歩も出るな。他に質問は?」

「……布団ふとんは?」 

「『布団』? あの柔らかいものか。ない。悪いが床で寝ろ」

「……」

 それ以上何も言えなくなった麒麟は暇潰ひまつぶしに彼女の部屋の本を開いてみるのだが、文字すら読めず、途中でリタイアだ。夕食も食べていないので、彼女の言う通りにして、やはり不味い食事で腹を満たし、眠りについた。

 食事が不味かろうとも疲れた身体は睡眠を欲していたらしく、すぐに眠れた。


+ +


 麒麟が目覚めた時、スフィアはすでに身支度みじたくを整えていた。初めて彼女と出会った時の格好をして、顔を洗っている最中さいちゅうだった。黄味きみがかかった白いあさ和服わふくらしきものに、短い濃紺のはかまを身に着けている。むすび目が前にきているのは『儀式』とやらのためなのだろうか。腕時計を見ると、既に十二時をしていた。こんなに寝坊したのは初めてだったので、かたい床から飛び起きる。スフィアはそんな麒麟の方を向いた。

「よく眠れたか?」

 優しい目でそう呟く彼女の髪は、今日はスカイブルーだった。それが儀式用と見える格好に似合っていた。無言で頷くと、彼女は満足げに「そうか」とだけ言った。

「朝食を持ってこさせよう。腹が空いては戦はできぬからな」

「……スフィーは食べたの?」

「いや。戻ってきてからは一度も何も口にしていない」

「大丈夫なの!?」

 麒麟の感覚では三食きちんと食べていても、おやつは欲しい。ここに来てからは不味い食事だけだった。しかも当然おやつもなし。それでも他の者よりは破格の待遇なのだ。そう翆玉に言われた時には驚くしかなかった。……それなのに、彼女は一度も食事をしていないという。だからこそ『大丈夫』と訊かずにはいられない。

 スフィアは微笑んだ。それで優しく自分より背の低い麒麟の頭を撫でる。

「大丈夫だ」

 その言葉は本心からのものなのだろうが、心配でならない。ただでさえ彼女は細身だし、自分の命について無頓着だと昨日の会話で知った。危ういのだと彼女が『兄』と慕う翆玉でも心配するところはそういう点なのだろうと簡単に察せた。

「……なんで『コウイケイショウシャ』のスフィーがそんなことしなくちゃいけないの? 他の人に任せることはできないの?」

「違う。皇位継承者だからこそ、せねばならないことだ。おのれのすべきことを果たしてこそ、皇帝となれる。それがこの帝国を守り、民を導く資格が与えられるのだ」

 相変わらず彼女に言い分は難しい。だが、それだけの覚悟、それだけの意識があるからこその『第三皇位継承者』という立場なのだろうと思う。

 スフィアが左腕の袖を捲り上げた。そこには星が二つとその上下に輪っかが描かれていた。昨日門番に見せた刺青だ。彼女はそれを麒麟に見せる。

「これが何を意味するか、理解できるか?」

「え? ……星と輪っかでしょ? 偉い人ってこと?」

 スフィアは少し悲しそうな顔をしたと思ったら、それ以上は何も言わなかった。麒麟は謎を抱えたままで、スフィアと共に昨日翆玉と話をした部屋へと向かった。

 翆玉は忙しそうに木の板を組み合わせた書物、ではなく、陳情ちんじょうの山を相手に悪戦苦闘あくせんくとうしていた。しばらくは声をかけるのもはばかられるその真剣さに麒麟は何も言えずにいたのだが。隣のスフィアが声をかけた。

「閣下、そろそろ時期でしょう」

「スフィアか……。すまぬな、つい没頭ぼっとうしていた」

「いえ、それでこその閣下です。……皇帝のご容体ようだいは?」

「今は安定している、と見ていいだろう」

 そこで麒麟は疑問に思っていた事を言ってみる。

「……あの、皇帝ってどこか悪いんですか?」

「皇帝は突然職務せきむ放棄ほうきして、病床にせっている。皇族の直属医ちょくぞくいさじを投げる難病なんびょうだ」

 それはもしかして、と麒麟は『ある病気』の事を考えてみたのだが、実際にその調子を確認していない以上は素人しろうとの出る幕ではないと引き下がる。テレビでは頻繁ひんぱんに報道されるその病気。当然、この時代には概念自体がいねんじたいが存在しないに違いない。

「では、始めましょう。支度は?」

「整っている。すまないな、本当に。現在我が国には、お前以上の巫女はいないゆ。不甲斐ない私をどうか赦してくれ」

「そんな情けないことを二度と口にしないと誓えるのならば赦しましょう」

「あぁ、二度と口にはせぬ」

 儀式の会場はまずしい人々で満杯まんぱいだった。最も広い広場に大きな篝火かがりびをたき、その周辺を黄味がかった服を着た他の巫女みこらしき女たちが囲んでいる。最も火の傍で、スフィアは燃え盛る《もえさかる》木の棒を両手に持ち踊っている、ように見える。

 『スフィア』という皇族としての名ではなく、『イノリ』という巫女の名を名乗った彼女は、巫女たちの中心に一直線に向かてゆく。

「では、これより豊穣の祈祷きとうを始める。ほのおを持て!」

 女奴隷おんなどれいが太い松明たいまつをイノリに差し出し、それを受け取ったイノリは一心不乱いっしんふらんに舞い踊る。時に飛び、時にしゃがみ、時に炎に身を任せるかのようなギリギリの舞いを披露ひろうする。そのたび見物人けんぶつにんがありがたがるかのように彼女を拝む。イノリは祈りに集中し、見物人には目もくれない。彼女の全身からは汗があふれだしていた。

 翆玉は「麒麟を頼みます」というスフィアの願いを聞き届け、皇族の専用席から彼女を見っている。その傍では痩せ細った皇帝が娘の様を見ているが、その目の焦点しょうてんは合っていない。

「……これが『儀式』?」

拍子抜ひょうしぬけしたかね?」

「なんでご飯を抜くんですか?」

「巫女の身体はけがれていてはならない。ゆえに食事によって穢すことは許されない。それに、彼女は『第三皇位継承者』だ。皇位を継承するには、それに値する実力があることを身を持って証明せねばならならない。私としてはスフィアには素質そしつは十分にあると考えてはいる。が、彼女は女だ。これまでに女が皇帝になった記録はない。だからこそ、彼女には並の男以上の素質がなければ駄目なのだ」

「……それで」

 それでスフィアはあれだけ自分に厳しかったのかと納得した。誰よりも皇帝になりたいから、誰よりも優しいからこそ、自分を殺してまでも努力をするのだ。そんな彼女は三時間は重い木の棒を両手に持ったままで舞っている。苦しそうな顔は一度も見せない。そんな虚勢きょせいを張っている彼女がつらそうで堪らなくなる。

 異変いへんを感じたのはその時だった。どこからか、誰かに見られているような気はしていたが、具体的にどこからかとは答えられなかった。その視線の正体が、今やっと解った。

「……『あか』だ」

 そのしわがれた声には、徹底的てっていきてきな敵意というものを感じた。一体何事かと声の聞こえた方向――真後まうしろろを振り返ると、そこには現皇帝がいた。彼は怒りにふるえ、唇すらも興奮こうふんで震わせていた。

「……え?」

「逃げろ!」

 そう翆玉がうながそうとしたのだが、一足遅かった。皇帝の言葉に素早く反応した兵たちが翆玉もろとも麒麟を取り囲み、武器をかまえている。彼らは口々に『あか』と口走る。


 ――あか? それが一体……。


 最後まで考える間もなく、麒麟はあっさり兵たちに捕われた。彼らはまだ『あか』という単語を繰り返している。

皇帝閣下こうていへいか! 彼はスフィアの……」

 翆玉の弁明を遮り、現皇帝は悲鳴にも似た叫び声を上げる。

「ええい、やかましい! 我が最愛の妻殺しの罪、たっぷりと味わわせてくれるわ!」


 ――妻殺し?


 そんな麒麟の疑問はすぐに消えた。考える余裕もないくらい、乱暴に麒麟を捕える兵の腕の中で、翆玉の声を聞いた。必死に現皇帝を説得しようとしているが、相手は錯乱状態で、まともに話など出来る状態ではない。現皇帝は顔を真っ赤にして、怒りを露わにしていた。まるでこの世のすべての憎しみの元凶がそこにあるかのような言い方だった。

「彼は似てはいますが朱ではありません! どうか目を覚ましてください!」

「言い訳などいらん! 『あか』は一人も残さず滅ぼすと決めたのだ。邪魔立てするのならば貴様かて容赦ようしゃはせんぞ!?」

「……ぐっ!」

 翆玉にはそれ以上援護えんごの言葉は見つからないようだった。……そうして麒麟は兵に連れて行かれることになる。そのことなどつゆとも知らないスフィア、この場合は『イノリ』は、儀式に集中していて、その事など全く頭になかった。

 麒麟が兵によって連行される様子を見て、青梅は満足だった。気に入らない二人――スフィアと翆玉が絶望するのが目に浮かぶ。それは彼の望むところであった。

 日頃から自分よりも彼らを持ち上げてばかりの民たちにもウンザリしていたところだし、この機会に二人とも皇帝の庇護ひごから外してしまえればそれが一番だと考えた。そうすれば皇位継承権第一位である自分が皇帝として君臨くんりんし、この碧玉京を思いのままに出来る。つまり彼好みの軍事国家ぐんじこっかとして最強の帝国にみちびける。

 しかし、と彼は思う。あれだけ朱に似た少年をあの愚昧はどうやって見つけてきたのだろうか? 彼女には『あか』にえんでもあるのだろうか? そう、現皇帝の子である何よりの証――あおい髪をいじりながら考える。

 自分とスフィアの母親は現皇帝が最も愛した妻であり、だからこそ、その息子である自分が皇位継承権第一位であり、皇帝も気に入らないながらも能力があるが故に翆玉がそれに次ぐ、皇位継承権第二位。更に女であるが、やはり最も愛した妻の娘であるがゆえ贔屓ひいきもあってのスフィアが皇位継承権第三位なのだ。そのことは不満だが、母親が皇帝に愛されていたという事の恩恵おんけいは大きい。だからこそ自分の身が危うくなるようなことは言わずに、我慢がならないほどに実妹が気に食わないながらも皇位継承権が彼女にある事も大目に見ていた。

 だが、その彼女の最大の弱点と見える少年が現れた事で、その考えは大きく変わった。昔からじょうあつすぎるのが青梅の実妹の一番の弱点だった。困っている市井の者がいれば手を差し伸べねば気が済まない性格は変わっていない。だからこその命に執着しゅうちゃくしない性質せいしつも、実の兄だからこそ、彼女がしたう翆玉よりもよく知っていた。これを利用しない手はない。


 ――相変わらずの詰めの甘さ。それがお前の弱点だ。


 機会さえあれば、『あか』を連れてきたことを口実に彼女自身もほうむり去ってやりたいところではあるが、そこまでは現皇帝もしないだろう。だが、青梅としては妹が立ち直れないほどに精神的にまいるだけでよかった。この時――城に戻ってきてからは一度も見せなかったすきが出来るこの時を待っていたのだ。

 儀式の舞いを踊る妹を見つめる現皇帝は、本当に病で臥せっているのかが不思議なほどに嬉しそうだった。それは気に食わないが、そういう時ほど彼が血が上りやすいということを経験として知っていた。だからこそ耳打ちで自然に言ったのだ。

「スフィアが連れてきた『あか』の少年はどこだ?」

 あくまでもさりげない風を装い、かたわらの奴隷に尋ねた。相手はやせ細った女性で、乳飲ちのみ子がいるらしかった。青梅は、彼女に向かって言っておいたのだ。『逆らえばその子供を殺す』と。その効果は絶大だった。彼女は青梅の望む反応をした。

「……その子供でしたら、翆玉様とご一緒のはずですが」

 誰でも自分の子供のことは大事に決まっている。現に自分とスフィアの母親もそうだった。その奴隷が『おびえながら言う』ことの効果は絶大で、彼女は『見知らぬ『あか』に怯えている』と現皇帝に思わせるのに一役ひとやく買った。

 実際は残虐ざんぎゃくと奴隷たちの間でおそれられる青梅に『自分の子供を殺されそうな怯え』だったのだが、当然そんな事情など病に臥せる身である現皇帝には解らない。そのためこの時に青梅の言葉を鵜呑うのみにしてしまうのも無理はなかった。

 皇帝はすぐにその『あか』の少年を連れてくるようめいじ、翆玉と共にスフィアの舞いを眺める麒麟のところへと向かったのだった。……つまりはこの青梅という男は悪知恵だけはえる男なのだ。他の事には大変疎うといのに。


 やっと儀式を終えたスフィアは麒麟がいたあたりが騒がしいことを不審ふしんに思う。現皇帝が見学している以上は警備が厳しくなるのは当然だが、やけに兵が翆玉のいるであろう辺りに集中しているのもおかしい。

「一体何があったのだ?」

 そう周囲の者に尋ねても、ただ揃って首を左右に振るばかり。嫌な予感がしたスフィアはすぐに汗をぬぐい、大事なふたりがいるであろう辺りを目指す。が、そこにいたのは狼狽した様子の翆玉と、それを見張る兵が数名だった。警護けいごするのならばともかく、なぜ彼がこんな扱いを受けているのかが疑問だった。

「……本当にすまない。少年が――」

 ただそこまで言われただけで、スフィアには何があったのかすべてを察した。怒りで手が小刻みに震える。

「なんですと? 義兄上がついていながら?」

「現皇帝をかどわかした者がいる。お前も知っている人物に相違ないだろう」

「……あの愚兄が!」

 ふたりには目星めぼしは容易くついた。そういう人間だということをこれまでの出来事で十二分じゅうにぶんさとっていた。だが皇帝の一番のお気に入りである彼に、表立おもてだって逆らうほどにはおろかではなかった。

 翆玉は己の翠の長髪が風に揺れるのを感じる。大抵の場合、儀式の後にはこんな風が吹く。厳しさの中に、豊穣の匂いを感じさせる『みどり』のような風が。その風の中で、翆玉は自分を不甲斐なく感じながら、『妹』にい言い聞かせる。その『妹』であるスフィアは今にも爆発しそうな怒りで燃えていた。

「……」

「スフィア、朱の時の二のにのまいは嫌だろうが、今の自分の立場を考えるべきだ。私がついていながら、本当に情けないことに。本当にすまない。」

「……」

 スフィアの髪は今や黒に近い濃紺へと染まっていた。その様で翆玉には、彼女の感情は無言でも十分に察せる。


 ――麒麟、お前は私が必ず助ける。


 スフィアはそう強く誓うが、そんな時に限って試練はおとずれる。

 本来は太陽は信仰しない主義であるスフィアが、その象徴である『火』を使った儀式を行った。そのためかもしれない。彼女は水を信仰しているが、『皇族の務め』という事で、それは明らかにしてはいない。それがわざわいしたのか、隠すように首から下げている朱の形見の勾玉が輝いた。

「まさか!? こんな時に!?」

「どうした?」

 らしくもなく焦る『妹』に翆玉も狼狽する。しかし、なぜそんなことを豪胆ごうたんなたちの彼女が動揺どうようするのか。スフィアはまたしても『あの時代』に向かってしまうのだと確信し、翆玉に言伝ことづてを頼む。

「義兄上! 麒麟に伝えておいてください! 『私は何があろうともお前を救う』と!」

 言い終えると同時に、翆玉の妹の身体は文字通り『消えた』。

「スフィア? どこに行った!? スフィアぁ!?」

 残された翆玉はただ『妹』の名を繰り返し叫ぶことしか出来なかった。


+ +


 ――一体、僕が何をしたんだろう?


 城から離れているらしい粗末な牢獄ろうごくの中で、麒麟はこれまでのことを思い返す。牢の造りはごくシンプルで、今時の空き巣ならば簡単に開けられるであろう代物しろものだった。そんな理由であまり恐怖は感じない。あくまでも『今のところ』だが。

 スフィアが儀式を行う最中に、麒麟は見知らぬ兵によって連れ出された。確か、『あか』と言っていたが、それがなんなのだろうか? スフィアだって『あお』い髪なのだし、赤い髪がそんなに不自然なのだろうか? たしかに大歓迎どころか、みんなが嫌っているようだったが、なにか嫌な事件でもあったのだろうか。

  麒麟が連れてこられたのは、今この場、つまり捕われている牢獄だった。その時はまだ、この時代がどれだけ危険なのかをほんの少ししか知らなかったし、平和な平成の世に生きる少年には戦乱の世など想像もつかない。父から聞いていたのは、あくまでもロマンあふれる考古学としての話のみだった。……それゆえに、素直に牢獄の中に入ってしまった、全く警戒けいかいせずに。

『これでいいの?』

『あぁ。……そうして死ぬまでそこにいろ』

『……え?』

 ……その時になってやっと、幼い少年はめられたのだと解ったのだった。平和な世に生き、平和な一般家庭で育った彼には、人間の持つ根本的こんぽんてきな『悪意』というものを想像すらしたことがなかったのだ。学校でもからかわれることはあっても、『イジメ』には今のところあった経験はないのだし。

 それからずっと、この牢獄にいる。

「……スフィー」

 彼女は無事なのだろうか? 確かにスフィアは強いひとだ。だって男子の麒麟でも逃げたくなる不良のお兄さん二人を簡単に締め上げていたし、意志も強い。予備知識と呼ばれるものがなくても、学校での成績も上々。……しかし、彼女はそれゆえに『弱くもある』のではないだろうか?

 たまに見せる『朱』という人物の名を呟くときに見せる、あのさびしげでかなしみに満ちた表情を、麒麟はひそかに見ていた。確か『腹違いの弟』だと聞いた。つまり、血の繋がりは半分だとか。それでも『弟』だと言い、どう考えても行きすぎた愛情を注いでいた、ように思える。

「『朱』って、どんな人だったんだろう?」

 歳は自分と近いはずだ。この赤い髪も同じだという。そしてここに来ても誰もが言い出した、『似ている』と。なぜこの時代の人間に現代人である自分が似ているのだろう? 『他人の空似』というヤツだろうか? 

 そんな事を考えていると、狭い牢獄に足音が聞こえる。牢獄といってもただの硬い石でできた格子で、いざとなったらなんとかできそうな気がする、心もとない牢獄。その土が露出ろしゅつした場所に、見覚えのある顔が見える。

「……あなたは」

 入ってきた男は、相変わらずの粗末な身なりだ。庶民よりも遥かに質素で素朴。そんな印象を与えるが、体格は成人男性らしい。彼は心底すまなそうに首を垂れる。そのひとみ誠実せいじつそのものだ。

「君をこんな目に遭わせるつもりはなかったんだ。……それだけは信じてくれるか?」

 麒麟は無言で頷いた。この人がこんな弱々しい表情をしているところなど、とてもではないが一般人には見せられないだろう。翆玉は事の詳細を話してくれた。

 ……なんでも、『麒麟はスフィアをたぶらかし、この碧玉京を乗っ取ろうとたくら不逞ふていやからで、兄として彼女を放ってはおけない』。そう、あの青梅が現皇帝に告げ口をしたらしい。

 どこかでそのような男の話を読んだ事があるような気がした。実力はないに等しいのに、悪知恵というものだけは人一倍優れている人物のことを。実際に眼にしてみると、なんという小物くささだろう。あの男はスフィアの兄には相応しくない。

「……本当にすまない。あの兄妹は昔から仲が悪かったんだ。性格も能力も、まるで逆だろう? 妹であるスフィアが自分よりも遥かに優れているのが気に食わないのだ、彼は」

「実のお兄さんなのに?」

「この碧玉京は、血塗ちぬられた歴史でできているようなものだよ。きょうだいの骨肉こつにくの争いなど日常茶飯事にちじょうさはんじだ。……スフィアは私にとっては『妹』のような存在だ。愛らしくてたまらない。あれがどんな駄々だだをこねようとも、どんなに無理難題むりなんだいを言おうとも、彼女が望むのならばいくらでもしてやりたい。……非常に残念な事にそんな事は一度もなかったのだがね」


 ――やっぱりこのひとシスコンなんじゃないの?

 

 そんなことを考える余裕が、麒麟にはあった。子供ゆえの無知は、時には人を安堵させるものだ。世の中には知らない方が幸せな事もある。その良い例だ。

「……」

「そのスフィアから伝言だ。『お前は私が必ず助ける』と、確かにそう言っていた。そしてどこかに消えたのだ!? 君は何かしらないか? スフィアの行き先に心当たりはないか?」

 タイムトラベルは歴史を変えてしまうかもしれない、危険な一面もあるということを、麒麟はスフィアと共に考えていた。だから、今も間違っても自分のいる平和な現代――平成の世にいる、などとは口が裂けても言えない。

「すみません、心当たりがありません」

「……そうか。あれと同じような衣をまとった君ならば何か心当たりがあるのかと思ったのだが……甘かったか」

 制服の事には気づいていたらしいが、そこまで詳しく追及してこなかったのは、ただ余裕がなかったからだと、この時になってやっと解った。

 碧玉京の事情は大体察せたものの、人の心というものは本当に解らない。そんな事を考えていると、木靴の独特の足音を立てながら、もう一人の男が現れた。この状況でここに来る人物の心当たりはスフィアか、あの人しかいない。

 スフィアはどうやら平成の世に再びタイムトラベルしてしまったらしいと密かに隠し持つ勾玉の反応で察していた。自分はたしかに危機一髪だが、せめてスフィアだけでも無事な場所にいてくれてよかったと思う。麒麟だって男の子だ。少年には少年なりのプライドというものがある。たとえどれだけ幼かろうが、すべての男の子ならば当然持っている感覚だ。

「お前が『朱』に似ているのがすべての元凶げんきょうなのだ!」

 男――女のように小奇麗に着飾った細身の青梅がそう怒鳴りつけてきた。

「そして、お前は処刑が決まった」

 牢獄で青梅の声がはっきりと聞こえた。格子越しに麒麟と向き合っていた翆玉が眼を見開いた。彼は青梅に向き合い、檄を飛ばす。

「まさか……正気ですか!? 第一、現皇帝の決定なしには処刑はり行われることはないはずです!」

「私もこの心が痛むのだが、現皇帝が結論を下されたのだ。我々は彼の血を継ぐ者とはいえ、あくまでも現段階では『臣下しんか』だ。ならば現帝王の決定には従うべきであろう? ……いや、貴様は直接の血の繋がりはなかったな、翆玉」

「……まさか、《《また》貴方の差しさしがねですか?」

「人聞きの悪い事を言うな。あれは当然のむくいだ。『あれ』に同情する愚昧も貴様も、どのような神経をしているのだ? 私にはその方が疑問だ」

「……」

「特に貴様は先代皇帝の子の末弟という身分だ。この際に少しはその高慢ちきな態度を改めたらどうだ?」

「……くっ!」

 大人ふたりが何を言っているのか、麒麟には見当もつかなかった。『あれ』とは一体何のことだろうか? 会話の流れで大方の察しはつくのだが、根拠がない。青梅は満足そうに麒麟を見ると、鼻を鳴らしてせせら笑う。

「もう二度と目にかかる事もないだろう、朱の亡霊ぼうれいよ」

 青梅は翆玉に「共に行くぞ」と合図を出したのだが、そこへ兵が駆け寄ってくる。あの時から変わらない、原始的な剣を持ちながら。

「大変です! 属領国じゅうぞくこくである紅薄京べにはくきょうの連中が攻めてきました!」

「なんだと!?」

「そんな馬鹿な!? あの国はすでに再起不能さいきふのうなはずだ! 徹底的てっていてきつぶしたのだから!」

 ここで麒麟はスフィアが言っていた事を思い出した。『強くあらねば守れない』。この時代では力こそが正義なのだ。……だがやはり、理解はできても納得はできない。もっと平和的に解りあう方法を探す方がずっといいはずだ。

 自分より年上の頭の良いはずの彼らは、なぜそのことに気づかないのだろうか?

「この少年のことは放っておけ。どうせすぐに殺されて終わりだ」

「しかし、スフィアの――」

「現在帝国の全権を預かっているのはこの私だ。反逆罪はんぎゃくざいで貴様も牢に入りたいのか?」

「だが!」

「いい加減にしろ! 前時代ぜんじだいの遺物が!」

 兵になだめられ、やっと青梅は落ち着きを取り戻したようだった。それほどまでにこの男は血気盛けっきさかんらしい。それがいい事なのか悪いことなのかは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 翆玉は「すまない」と口に出しそうになるのを必死でこらえているようだった。だから麒麟も口パクで返す。「大丈夫です」と。いくら幼いと言われようとも、自分は男の子だ。女の子のように泣くわけにはいかない。

 それからすぐにこの時代における『いくさ』とやらが始まったらしい。質素だが、それなりに堅牢な造りに入るこの牢獄にも、叫び声や悲鳴があちこちから聞こえる。

 麒麟はそれをみょうに感慨深く聞き入っていた。なぜか、根拠は全くないのに、自分は『大丈夫』なのだと思えた。……本当に、不思議なことに。

 そしてこの牢獄にも火が放たれたということを視覚的しかくてきに知った。壁にはこけが生えているため、燃える物質には困らないのだろう。一度上がった炎は全く鎮火ちんか気配けはいを見せず、むしろ増すばかり。しかし、麒麟には『恐怖』の実感じっかんがない。

 実は麒麟には火や熱にはなぜかは知らないのだが耐性たいせいがあった。どれほど火の近くにいても、熱さを感じず、火傷もしない。本当にあり得ないことなのだが、実際にそうなのだから、いくら不思議でも受け入れている。

 だからこそ、この外では悲鳴が飛び交うこの状況でもらしくもなく冷静でいられるのだと思う。冷静になり過ぎて、むしろ頭がぼんやりしてきた。


 ――本当に、昔から戦争はあったんだね。


 そんな事をぼんやり考え込んでいる時だった。急に冷たい風、ではなく水がかけられた。下手に熱耐性ねつたいせいがある分、逆に寒さや冷たさには苦手だったのだ。ぶるっと頭を振り回すと、水滴が辺りに飛び散る。

 水をかけてきた相手の方を見る。そこにいた相手――男のひとは赤い服を纏っていたし、どう見ても碧玉京のものよりも簡素な身なりで、武器とは呼べないような剣を構えていた。

 そんな彼はぼそりと言った。

「……まさか、君は……」

 彼は何事かを必死になって悩んでいるようであった。何をそれほど驚くのかと麒麟は大げさに思ったのだが、彼には驚くだけの十分な理由があった。

「ありえない。だが、まさか――」


+ +


「スフィアちゃん、落ち着いて!」

 麒麟の母親である、寄生木ちさとは息子の命が危ないというのに、平然とお茶を飲んでいた。スフィアからしてみれば、そんな彼女の呑気のんきさが全く理解できない。大事な一人息子の命の危機を全く理解していない、しようとしない。朱を喪ったスフィアからしてみれば、今、再び麒麟を喪うのは耐えられない拷問ごうもんひとしい。

「ですから、麒麟が死んでも良いのですか!?」

 そう食って掛かっても、元来物事がんらいものごと7を深く考えない性格のちさとからしてみれば、赤の他人であるはずの麒麟にどうしてそこまで深入りするのかという疑問の方が強かった。本当に、

「……」

 スフィアは黙り込んだかと思えば再び唇を震わせた。その目には涙が光っている。いつも強気と見えるはずの彼女の涙にはちさとも驚いたのだが、同じ女同士、感情の共有は可能だろうと考えた。

 ちさとの考えでは、少年というものは自分から親離れして成長するものだと思っている。だから、過干渉かかんしょうはしないのだ。

「なにがあったの? あの子にそこまで入れいれこむむだけの理由でもあるの?」

「……麒麟は、似ているんです」

「似ている? 誰に?」

「……もうこの世にはいない、大事な『弟』にです……」

 その後、どれだけ朱の話をしたのかは覚えていない。彼を喪った時に涙はれたものだとばかり思っていたが、話を続けるにつれて、溢れるように流れ出した。……本当に驚いた。人はまだ泣けるのだと。

 スフィアは寝食を共にするようになって以来、麒麟は麒麟でいいではないかと思い始めていた。朱だって、『あお』ばかりの碧玉京で唯一の『あか』として黙認されていたように。

 確かに朱とは似ても似つかない性格と気性きしょうだが、それもまた『麒麟』という名の少年なのだと認識にんしきを改めた。あの朱だって、こんな平和な時代に生まれていれば、同じようになっていたかもしれない。

「……朱」

 言葉を発するようになったのも、自分よりも遥かに早いと思った。

 歩き、走る身体能力しんたいのうりょくも、馬術ばじゅつも、剣の扱いも自分よりも遥かに長けていた。

 その読書量やすぐに覚える頭脳も、自分よりも遥かに上だと思った。


 そんな、大事で、大切で、愛しい弟。

 それが、なぜこんな事になってしまったのだろうか?

「教えてくれ、朱よ……。お前はなぜ我が母上を殺したのだ? どうなるかなど考えるまでもないだろう? なのに……なぜだ?」

 現皇帝の寵姫ちょうき。その身分は『愛情』が続く限り変わることはないはずだ。三十人以上いる義きょうだいの母親たちは、皆美しいが、自分の母こそが最も美しいと同じ女であるスフィアが誰よりも知っていた。

 その美貌を保つために、どれだけ努力しているのかも知っていたし、愛されるためにどれほど芸や舞をはじめとした特技とくぎみがくくことをおこたらなかった。だからこその『寵姫』。

 性格もおだやかで優しく、誰にでもあわれみを忘れない、そんな女だった。それは実の娘である自分が一番よく知っていた。悪い事など考えない。そんな彼女から青梅のような人間がなぜ生まれるのか純粋に疑問だ。……それだけの、自慢の母親でもあった。

 愛する朱が、同じく愛する母を殺した。

 その事実を知った時には、思わず耳を疑った。何を言っているのだろう、と。

 朱が、聡明そうめいで能力を鼻にかけない謙虚けんきょな朱が、そんなことをするはずがない。

 母と同様以上どうよういじょうに、自分は朱をよく知っていた。自分より幼いながらも、いつも口癖のように言っていた。


『私が義姉上を生涯お護りいたします!』


 そう溌剌と。その朱が、自分の嘆くことなどするわけがない。……本当に、『なぜ?』。

 スフィアは勾玉を握りしめる。朱は大事な弟。だが、もう死んだのだ。無残むざん磔刑たっけいにされ、火を放たれて。遺骸いがいも残らなかった。骨の一本も残らなかった。それほどまでに現皇帝は怒り狂った。……愛のために。

「朱、せめて罪滅つみほろぼしをする気があるのならば、私を碧玉京へといざなってくれ!」

 スフィアはそう祈ることしか出来なかった。


+ +


「さぁ、こちらです」

 麒麟は敵国の者と思われる男に牢から救出された。相手も髪が赤い。

首尾しゅびは?」

 そう言いながらもう一人も寄ってくるが、麒麟を一目見ただけで動揺した。やはり麒麟には、助けてくれる理由も、ここまで驚かれる理由も解らない。


 ――自分だって、同じ色の髪じゃない。


 そう思っているが、ここは逆らわない方がかしこい選択だろうと判断する。敵国の兵二人は何やら話し出した。

「……あのお顔立かおだち、どう考えても、なぁ?」

「だが、あのお方はもうくなられたと……」

 わけは解らないが、どうやら『敵』とはみなされていないらしい。むしろ好意的こういてきですらある。それも、やはり解らない。

「君の名は?」

「ええっと、麒麟です」

「キリン? 『朱』様ではなく?」

「……」

 これでやっと納得した。自分はやはり『朱』という人と似ているからこそ、ここまで丁重に扱われるのだと。そしてて騎兵二人は喜びを露わに、麒麟に向かって言う。心底嬉しそうに、実際に嬉し涙を流している。

「碧玉京では生きた心地がしないでしょう?」

「我々の陣地じんちにお連れします! 王もお喜びだ!」

「……え?」

 なぜそんな結論になるのかは解らないが、これは所謂いわゆる『トロイの木馬』というものではないだろうか? 図鑑で読んだことがある。せめて情報だけでもあれば、互いに解りあえるのではないだろうか?

 そう考えた麒麟は頷く。やはり喜ぶ敵兵二人。

 そんなやり取りののち、連れてこられたのは牢屋の下に隠されていた秘密通路を通っての敵陣だった。ただ木を組んだだけの本当に簡素な陣地で、麒麟は敵国の王の前に誘われた。


「……」

 王様と見える隻眼せきがんの男は心臓の位置だけに木製の、今でいうところのプロテクターをつけ、剣を握っていた。しかし、麒麟の姿を見つめているうちに、滝のように涙が溢れた。麒麟から見れば『おじいちゃん』の年齢と見える。彼もまた赤い髪で、愛しいものを見る眼差しで麒麟を見つめる。スフィアが麒麟を見つめてるのと、その眼差しはよく似ていた。

「……生きていたのか? 生きていてくれたのか!? 我が愛しい孫よ!」

 そう言って無理矢理に麒麟を抱きしめる。麒麟は苦しくてたまらないが、情報のためならば耐えるしかない。彼を連れてきた兵二人は、予め『朱と名乗れ』と言っていた。その理由がやっと少しだけ解った気がする。

 この老王ろうおうを少しでも喜ばせ、再起さいきさせるためだ。大将の気分だけで士気というものは大きく結果が変わると、父から教わっていた。

 今の碧玉京は麒麟にとっては危険な場所でしかない。ならばここでかくまってもらった方が何倍もいい。麒麟はどうにかしてしばらくここで置いてもらえるよう、必死で頭を回転させる。トロイの木馬作戦は、有効なはず。

「お前の母は、べには、あの野蛮やばんな碧玉京に人質として連れていかれた……。我が国が二度と逆らわぬようともっともらしいな理屈をつけてな。ふざけるな! 紅は我が唯一ゆいいつの愛しい娘だ! 誰があんな好色こうしょくな男になどやれるものか!」

「……」

「……だが、朱よ、愛しい孫よ。お前には全く罪はない。このつややかな赤髪は、熱に強い体質は、まさしく紅の息子だ! さぁ、もっとよく顔を見せておくれ……」

 そう言ってまぶしいものでも見るような、それでいて優しい目で老兵は麒麟の顔を眺める。幼く、経験の少ない麒麟でもはっきり理解できるくらいに、相手の目は優しさに満ちていた。そして、麒麟はつい油断してしまった。……新中学生ならば無理もない、たわいもないただの間違い。

「はい、おじいちゃん」

「……ん? なんだと?」

 麒麟が状況に合わせて『おじいちゃん』と呼びかけると、相手は逆上ぎゃくじょうした。

「碧玉京の人間は卑劣ひれつだな! 朱はわれをそんな聞いたことのない呼び方でなど呼ばない! 朱の偽物にせものめ! 死ね!」

「えっ!?」

 老人が手にした剣を抜くのを見て、麒麟は今度こそ命の危機を感じた。これまでの喜びが大きかっただけに、殺意さつい倍増ばいぞうだ。麒麟は『可愛さあまって憎さ百倍』という言葉を思い出した。ぞっとする狂気きょうきに似た殺意。今度こそ殺されると直感的ちょっかんてきに悟った麒麟は、とっさに落ちていた木の枝を手にしていた。


 ――いやだ! 死ぬのはこわいよ! 死にたくないよ!


そう、心が悲鳴を上げていた。そして予想外のことが起こった。

「死ねぇー!」

「っ!」


 ――いやだよ、死ぬのは怖い!


「たすけてスフィー!」

 ……だが、次の瞬間に聞こえたのは、これまで話していた老人の微かな声だった。

「がっ!」

 思わず手にしていた木の枝で、相手の喉を突いていたのだ。老王は短く悲鳴を上げ、そのままぐったりと倒れた。そして、それを実行したのは、もちろん麒麟だった。

「……え?」

 そこへいきなり悲鳴があちこちから聞こえ、陣は混乱状態におちいった。なんでだろうかと考える間もなく、青で統一した衣をまとい、武装ぶそうした碧玉京の兵たちが入ってくる。すでに紅薄京の殲滅戦せんめつせんの後なのだろう、よろいと見えるものには血が大量に付着していた。麒麟はそれを見て吐き気がした。ここまでの道のりで、一体どれだけの血が流れたのだろうか? ……なんて、酷い。

 その戦士たちの先頭にいるのは……青梅だった。

「紅薄京の王の首、私がもらう!」

 すでに絶命しているにもかかわらず、青梅はそれに気づきながらも剣で首をのこぎりで切るように落とす。その視界に入ってくる情報には、幼い麒麟には到底耐えられない。視覚から強制的に侵入してくる悪夢に、麒麟はいつの間にか意識を手放した。


+ +


 ――私はただ護りたかったんです、貴女を。


 誰かの声がする。だが耳から聞くのではなく、直接脳に語り掛けるような声だ。相手は少なくとも自分ではない。だって、相手は声変こえがわりしたやや低い声だから。


 ――真実を明かせば、貴女は絶対に傷つくと断言できます。だからこそ、なにも残さなかったのです。


 脳に語り掛けてくる以上、自分も話しかけられるのではないか? そう思った麒麟は『おもって』みる。


 ――だれ?

 

 すると返ってくるのは自分とあまり年の変わらない少年の声。


 ――例え貴女に憎まれても、うらまれても、嫌われても、いくらでも汚名おめいを被りましょう。


 麒麟の語り掛けには全く応えずに、声の主はただ一方的に語るだけ。まるでCDをリピートで再生している気分になる。


 ――それが、私が出来る貴女から頂いた愛への返し方。


 いい加減に頭が痛くなりそうだ。いや、実際もう痛い。ズキズキという音が実際に聞こえてきそうだ。それでも強制的に声を続き、最後に一言、何か大事そうな事を言って声は消えた。


 ――どうか、私のことはもうお忘れください。その代わりにこの少年がいるのですから。


「麒麟!?」

 戦場ではないどこかで、麒麟は目を覚ました。見覚えのある場所だた。どうやらここは碧玉京のスフィアの部屋のようだと、覚醒かくせいしつつある頭で考えるが、まだぼんやりとした感覚はぬぐえない。

 そんな麒麟の眼に真っ先に目と耳に飛び込んできたのは、スフィアの泣きそうな顔と自分の名を呼ぶ声だった。彼女は一睡いっすいもしていないと一目で解る表情で、ずっと麒麟のことを見守っていたらしい。ちょうど溢れた涙が麒麟のほほに落ちた。

「……スフィー?」

 彼女は一通り麒麟の様子を確かめる。心臓、首筋、頭。それでようやく安心したとばかりに、麒麟を無理矢理抱き締めた。……同じことをされた『あの時』を思い出す。自分を『朱』と勘違いして果てた憐れな老人を殺してしまったことを。

「そうだ! あのおじいちゃんは?」

「紅薄京の王か? 首を晒した上で水につけてある。水は罰の象徴だ。……同時にいましめの象徴でもあるがな。皇族は水信仰だからな」

「なんでもう死んでいる人にそこまでするの? ……僕は、人をひとり殺しちゃったんだよ!?」

「なにを言っている? やらねばお前がやられていたのだぞ?」

 心底不思議そうなスフィア。そして彼女は麒麟が無事だと知り、初めて満面の笑みを見せる。しかし、それは素直に喜べない。

「流石は聖獣の名を持つ者だ。まさしく麒麟児だ!」

「……」

「紅薄京はもう瓦解がかいした。王も死に、その娘である紅元妃べにもときさきも我が国で病死だ。跡をぐ者がいない」

「……スフィーが僕を褒めてくれるのは嬉しいよ? でも、やっぱり人が死ぬのは間違ってるよ! ……もっと、人と解りあおうって頑張がんばろうよ! 争いは何も生まないてお父さんが言ってたもん!」

「そこまで言うのならおう。……お前は自分が死んでも相手が生きていればそれでいいと思っているのか?」

「それは……」

「……朱の二の舞いだけはご免だ、絶対に。今度お前の身に何かあったら、私はどうすればいいのだ?」

「……」

 そこまで似ているのだろうか? やはりキーワードはこの『朱』という人物にありそうだ。

「……ねぇ、スフィー」

「なんだ?」

「『朱』って、一体どんなひと……ううん。どんな『弟』だったの?」

「……」

 いつかは訊くべきだと思っていたけれど、それはきっと今だ。スフィアはしばらく黙り込んだ後、「長くなるぞ?」と麒麟にたずね、彼が「いいよ」と返すと重い口を開いた。

「……朱は――大事な『弟』だった」

 その一言だけで、スフィアがどれだけ『朱』という人物に愛情を注いでいたのかが窺えた。本当に優しい声音だった。彼のことを思い出しているのだろう、こころなしか表情もやわらかい。直前に「やらねばやられていた」と言っていた者と同一人物のものなのか、疑問なくらいに。

 やはり彼女は根は優しいひとなのだと悟る麒麟だが、どうしてそこまで血のつながりが片方だけの人物を愛せるのかが不思議だった。逆に、血が繋がっていながらもスフィアを憎む青梅の方も疑問だ。本当に、似ても似つかない兄と妹だと思った。

「皇位継承権こそなかったが、私は朱こそが皇帝の器だと今でも思っている」

「なんで?」

「あの幼さであの利発りはつさ、機転きてんも利く。男子である以上は女である私よりも身体能力も高くなるだろう? ……だからだ」

「……」

 その『利発』や『機転』といった言葉の意味も、麒麟にはよく解らない。しかも手元には辞書もなかった。

「朱の母親である紅元妃は、属国ぞっこくである紅薄京から人質も兼ねて、現皇帝が無理矢理妃にしたのだ。彼女もまた美しいと私は思うのだが、男の好みというのはよく解らんものだな。……私とあの愚兄の実の母上が寵姫をして愛されたのだ。確かに我が母も紅元妃よりも美しいが」

「『寵姫』って?」

「……お前のすぐ相手に質問するくぜは何とかならんのか? 男子として恥ずべきことだと自覚しろ」

 こつん、と軽く小突かれた麒麟だが、不思議とスフィアにされる分には嫌ではない。むしろなぜか嬉しい。本当に、世の中には謎がいっぱいだ。

 父が考古学者という職業を選んだのも納得だ。スフィアは自嘲じちょうするような笑みを浮かべている。その意味もよく解らない。大人になれば解るのだろうか?  今、まだまだお子様でしかない自分が心底いやになる。

「『寵姫』というのは皇帝の最も気に入る妃という事だ。母上は本当に美しい。芸も巧みだ。だから、男は母には参っているようだ。……本当に、男の考えというのは理解に苦しむな。そのような事情で、あの愚兄――青梅が第一皇位継承者で、その次の第二皇位継承者が先代皇帝の遺児いじで、きょうだいの末弟まっていである翆玉様だ。私は実の兄よりも彼の方を慕う。彼は私よりも遥かに実力もあり、頼りがいがあり、民からの支持も厚いからな」

「……」

「そしてその次の第三皇位継承者が私というわけだ。……他のきょうだいは三十人はいるが、最有力で、他に並ぶ事なないという点で女ながらも私なのだ」

「……」

   またしても彼女は自嘲の笑みだ。相当、母親がスフィアのコンプレックスらしい。だが、こうして客観的きゃっかんてき把握はあくできるという点では、スフィアもまた翆玉と同じく民に慕われているのだろうと思った。初めて碧玉京に来た時にも『イノリ』として慕われていたのだし。

 しかし、彼女はそれでは納得できないらしい。案外面倒な彼女に、麒麟は何も言えないでいる。麒麟は自分の経験不足が嫌になった。趣味で考古学の図巻は読んでいても、それを生かせるほどではない。


 ――やっぱり僕は、まだまだ子供なんだ……。


 新中学生になっても、やはり子供であるという事実が悲しい。どうにかしてスフィアの気持ちを悟り、期待に応え、彼女を助けられるような、そんなヒーローのようなひとになりたかった。

 そんな麒麟の反応を案じてか、スフィアは声を発した。

「……すまない。愚痴ぐちになってしまった」

「ううん! いいんだよ。僕だってデリカシーのないことを言ったっていう自覚くらいはあるし……」

 スフィアは目をぱちくりさせたが、それはただ純粋に驚いただけだろう。その証拠にスフィアは今度こそ本物の笑い方をし、満足そうに麒麟の頭を撫でる。その手つきの優しさは、心地よく麒麟を包み込んでくれる気がした。

「良い子だ」

「……」

  近所のおばさんにやられても嫌な思いをして終わりなのに、相手がスフィアとなると、嫌でも胸が高まった。男子って、やっぱり単純だ、と麒麟はその男子である自分が嫌だ。更に、男子な自分が嫌だ。男子なのに、女々しいから。

「以前、朱と共に狩りに出かけた事があるのだ。その時のことだが――」

 どうやら思い出話らしい。麒麟は黙ってスフィアの言葉に耳を傾ける。


+ +


 その日は、『あお』く澄んだ空が飛びきり美しい日だった。私と朱は護衛ごえいをふたり連れて狩りに出た。獲物えものはなかなか現れず、私は苛立いらだっていた。それでも朱がいつものように穏やかに笑っていた。苛立つ綿足を静かに諭すように、朱はそっと言った。呑気な声だった。

義姉上あねうえ、美しい大空ですよ。義姉上さえよろしければ、一緒にながめませんか? きっといつもよりも壮大な心持になれるはずです』

『……そんな事を言っていて、獲物が逃げたらどうするのだ?』

『それでもいいではないですか。私は無駄な殺生せっしょうは好みません。ここに来た目的は、あくまでも訓練くんれんでしょう? 必ず獲物を捕らえるためではないはず。獲物が出れば確かに食卓しょくたくにぎわいますが、血が穢れます。大事な義姉上のお身体にさわったらと思うと、私は心配でなりません』

『……』

『いい色ではないでしょうか? この空は、訓練と同等の価値があると私は思います。それに、美しい景色は心身しんしんけがれをはらうと書で読みました』

『……やはり、来てよかったな。誰よりも、お前が言うのならば、事実なのだと信じられる』

『ありがとうございます』


 朱は無邪気に笑う。そこには何の裏もなく、ただ私を慕っているようだった。声が低くなる最中のことだ。それだけ幼いながらも、私の知らないことを知り、私の気性に最も効果的な事を言う。利発だろう? しかも素直だ。……ここは、ここだけは本当に似ているな。他は全然似ていないが。

 そしていざ、獲物が現れた。


『よし、弓にするか、槍にするか……』

実践じっせんに向けてならば、弓が適しているかと考えます』

『それはなぜだ?』

『私の持論じろんですが、戦いは可能ならばしない方がいい。……争いというのはどのようなものであれ『きず』が残るからです。ゆえに戦争も、可能ならば避けるべきです。それも死者が出たり、貴重な物資ぶっしが必要となるからです。ですが、いざ戦闘となるのならば、距離を取れる武器であれば、こちらの怪我を防げることは多くなるはず。そのようなわけで、私は距離を保てる武器を鍛えておくのが得策だと考えます。更に付け加えるのならば、複数の武道を嗜んでおくものが総合的に強いのは当然でしょう』

『……成程。流石さすがは朱だ。まず戦わないという選択肢せんたくしは私にはなかった。やはり聡明だ』


 私がそう言って笑うと、朱ははにかんだように微笑み、満足そうにした。髪型は微妙に違うが、お前の時代でいう襟足えりあしの部分が両方とも長いと言ったところか。笑顔も時々ハッとさせられる。あまりにも朱に似ているからな。

 ……この時のことだけでも、どれだけ朱が皇帝の器かが窺えるだろう? 年頃もお前より少々年長というくらいだ。


+ +


「……すごいひとだったんだね」

「私が心から愛した弟だ。このくらいでは足りないくらい優れた少年だった。……お前とは大きく違うだろう?」

「うん」

「……その素直なところだけは似ているのがまたにくいな」

 そう言ってスフィアは再び麒麟の頭を小突く。しかし、やはり麒麟も嫌な思いはしない。……本当に不思議な事に。

 そんな気持ちが通じ合ったふたりの心を組んだのか、暖かな光が空間に満ちる。いつものあれだとふたりは同時に目を閉じる。タイムトラベル。きっと今度は平成の世に飛ぶのだろう。……そんな、全く根拠のない確信が二人の仲にはあった。光は優しく二人を包み、確信の通り、ふたりを平成の世へと導いた。


+ +


「……」

 平和な『現代』、平成の世で、麒麟は考えていた。あの脳に直接響く声。それは何一つ根拠はないが、不思議と確信があった。『彼』――朱と呼ばれる人物のものだと。そして、なぜ自分がその朱に似ていて、その声らしきものがけるのかを本当に疑問に思っていた。だが、それを直接スフィアに言う勇気などなかった。それはなんとなくだが、彼女を傷つけてしまう気がしたから。……本当に、色々な意味で『なぜ』?

 部屋のベランダで一人考え込むひとり息子を見かねたのか、父である悟がいつの間にやら麒麟の横でタバコをふかしていた。

「うわぁ!」

「ははは!驚いたか?」

「いるんなら、声をかけてよ!」

「いや、らしくもなく真剣になにやら考えごとをしているようだからね。考えが混乱するんじゃないかと思ったんだけど……余計なお世話だったか?」

「……ううん。謎が多すぎて、僕は混乱してたところだよ」

「スフィアさんは?」

「『明日は久方ぶりのコウコウだから寝る』って言ってた。だから、僕ひとりで考えごと」

「なるほどね。……それで、何について考えて、何について混乱しているんだ?」

「……」

「どうした? いつもならすぐに訊いてくるところなのに?」

「いや、言っていいのかな? って……」

「……これはまた、おかしなことを。麒麟くらいの年頃ならもっと子供でいてもいいんだぞ?」

「いや、僕ももっと勉強しなきゃって思って。……『朱』ってひとと僕は大違いだし」

「『朱』? 誰だいそれは?」

「今はもういない、スフィーの腹違いの弟だよ。……僕もそのひとみたいになれたら、きっとスフィーも僕を認めてくれるはずだから」

「……まさか可愛い息子の初恋が古代のお姉さんとは。『英雄色を好む』というが、案外、麒麟のようなタイプが大物だったりするのかもしれないな。『麒麟』と名付けて良かったと胸を張って言えるよ」

「どういう意味?」

「私も、いい息子を持って幸せだと思っただけだ。麒麟の名前の由来は『麒麟児』という言葉から取ったんだ。我が家の名字は『寄生木』、この言葉はあまりいい意味じゃない。だからこそ、コンプレックスにならないようにというのと、そうあって欲しいという願いを込めて『麒麟』と名付けたんだ」

「『麒麟児』って言葉の意味は、後で辞書を引いてみるよ」

「これは驚きだな。いつもはすぐに意味を訊いて来るのに……。なにかあったのか?」

「スフィーが言ったんだよ。『すぐ人を頼る癖が良くない』って」

「一理あるね。最近の麒麟は急に成長したように頼もしいと思うよ。……それは親としてはやや複雑だがね」

「……」

 麒麟は当然親になった経験などない。だから、悟の考えなど全く解らない。ただ、父の性格はよく知っていた。好奇心こうきしん旺盛おうせいで、楽しそうな事には目がない。だからこそ、考古学者という職業を選んだのだ。

 おかげで生活は物質的ぶっしつてきにはあまり豊かではないが、家族の話題がえることもなく、いつも楽しい空気が流れている。麒麟が興味を持ったことは苦労してでも習い事をさせてくれたし、応援してくれる。……おかずの量は減るけれども。そして止めたと言った時には責める事なく止めさせてくれた。かといって、学校の成績が悪くても、一度も叱られたことなどなかった。だからこそ、今のような素直な性格の少年に成長したのだった。

 その一人息子が可愛くないはずがなかった。父親である悟からしてみれば、麒麟は目に入れても痛くないほどに可愛い息子だった。だから、頼られるのは大変嬉しいし、父親として誇らしい。……その麒麟が何やら深刻な顔で悩んでいる。それを放っておく事など不可能だった。

「……それで、その『朱』と麒麟は、一体どんな関係なんだ?」

「向こうに行くと必ず言われるし、間違えられるんだ。『朱』ってひとと。スフィーも外見は似ているというし、朱ってひとのおじいちゃんも僕を本人だと勘違かんちがいするんだ。……どうしてそんなに似てるのかな?」

 朱の声が聞こえるという事はせておいた。その方がいいだろうという直感的な判断からだ。ここで余計な情報を与えるとかえって混乱しかねない。……だからこそだ。

 悟はしばらくブツブツと、麒麟には意味不明なことを口走る。これは彼の考え事をする時の癖で、しばしばこういった状態になる。麒麟からしてみれば慣れているが、他の者が見たら狂人きょうじんだと見られてもおかしくない悪癖あくへきだ。そうして彼は考えを口にした。

「……まず第一の可能性としては『他人の空似』というものがある」

「意味は多分知ってるとおもうけど、正確にはどういう意味?」

「聞いたことはあるだろ? 『世界には同じ顔が三人はいる』って。連ドラでも観てたじゃないか。その可能性だよ」

「つまり、全然関係ないのに似てるってこと?」

「そういう事」

「第一があるってことは、第二もあるんだよね?」

「おっ、うちの息子も成長したな。前は気づかなかっただろうに。そう、第二の可能性も考えられる。あくまでも『可能性』の話であって、そうだとは限らないが、ロマンがある」

 『ロマン』という言葉に、麒麟の心が躍る。父に似たらしく。麒麟はこの言葉に滅法めっぽう弱かった。ワクワクしてきた。

「何、その可能性って! 詳しく聴きたい!」

「ダーメ! さっき自分で言っただろ? 『スフィアさんに認められたい』って。そのくらいのことが考えつかなくて、認められないぞ。難しく考えなければいいんだよ。これはヒントだ」

 タバコの煙をくゆらせる父は、吸い終えるとベランダから部屋に戻っていく。麒麟には全く見当のつかない『可能性』。その正体など、まだまだ未熟な麒麟には全く思いもよらない。


+ +


 平成の世で、平和を絵に描いたような世界で、スフィアは高校に通う。相変わらずの生真面目さで、周囲からは浮き、友人と呼べるような人物など一人もいない。 それでも彼女は学べるだけで満足だった。この時代は平和すぎて、逆に色々と考え込むこともしばしばだ。


 ――朱、私はどうするべきだと思う?


 スフィアの胸にあるのは、『今は』という前提つきだが、『弟のような』麒麟のことだった。かつて愛した朱に似た少年。彼の名に恥じない活躍をした時には素直に「流石は麒麟児だ」と感心したが、果してただそれだけの理由だったのだろうか? ……自分で自分が解らない。自分の『弟』は朱ただ一人だというのに、麒麟のこともまた放っておけない大事な『弟のようなもの』だった。


 ――馬鹿な。私の弟はお前だけだ。


 首をブンブン振って否定しようとするが、それは逆効果らしく、かえって脳内を麒麟が占める。自分もやはり『女』である以上は感情的になってしまうのがまた嫌だった。だからこそ翆玉を兄と慕い、彼にあこがれるのだ。……彼は感情に流されないから。そこがまた素晴らしいと思うのだ。

 すっかり慣れた帰り道、ちょうど麒麟と出会った裏路地ろじうらで、『また』懲りずに『カツアゲ』とやらをしている男二人を見かけた。あの時は動揺どうようしていたためか、脳裏に焼き付いて覚えている。彼らは相変わらず弱そうな中学生と見える少年にたかっていた。

「おい貴様ら! 少しは懲りろ!」

 そうスフィアが声を張り上げると、彼らもまた『女にシメられた』という屈辱を覚えているのか、顔を見返した。

「やべ! あの時の激強ねーちゃんじゃねーか!」

「逃げよーぜ! あの女に関わるとやべぇ!」

 そう捨て台詞を吐いて、男たちはすぐに退散たいさんした。殴られていた少年は痛みに耐えているようだが、やはり『女に助けられる』という事実がまた彼にとっては屈辱らしい。

「……あり、がとう、ございます」

 礼の言葉がたどたどしかったのは、前歯を数本折られていたからだろう。スフィアはこんな卑劣な真似を平気でできる神経が理解できない。こんな平和な世の中で、あの男二人は一体何が不満なのだろう? 自分の生きる時代は殺したくなくとも殺さねば生きられないというのに。

「大丈夫か? 止血しけつはしておいた方がいいな」

「いえ、だい……じょうぶです」

「大丈夫なはずがないだろう? ひどい怪我だ。骨が折れているかもしれん。用心ようじんしたことはない」

「……」


 あらかじめ寄生木家にある『家庭の実用医学』という家庭の医学本で、人体の仕組みから的確てきかくな処置の方法は予備知識として学んである。本当に『医学』とやらが発達した現代は便利だ。

 スフィアの手際手際の良さに、相手の少年は明らかに動揺した。当然ながら、彼女にはその意味するところが理解できない。

「……助けてもらっておいてなんですが、あなたは、ヤンキーですか?」

「『ヤンキー』?」

「そのあおい髪の色……染めてるんでしょ? もしかして、さっきの連中の仲間だったりして……」

 今度はやけにはっきり言ってきた。しかし、なぜ的確な処置が出来るからと言ってあの男二人の仲間になるのかが理解できない。そこが生きる時代の齟齬だった。

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味です。これ以上は話したくありません」

 それだけ言って、彼は早々に去っていく。


 ――何が言いたいのだ?


 やはりこの世は意味不明だ。自分の時代の方が理に適っていて解りやすい。そう思うと、望郷ぼうきょうねんが押し寄せてくる。碧玉京、課題も多いが、これからいくらでも発達可能な国。その国の皇位継承者である立場が誇らしい。その一方で、やはり自分は『弱い』のだと思う。


 ――朱。私は一体どうすればいいのだ?


 麒麟が寝る時には、おやすみとは言った。自分はまだ学ぶべきことがあると告げると、彼はあっさり納得した。……やはり彼は朱とは違う。朱ならばこういった義姉の微妙な心の動きに敏感びんかんなのに。

 部屋のベランダに出ると、麒麟の父である悟がタバコをふかしている最中だった。構わずに、スフィアはベランダに出る。遠慮はするが。

「……」

「こんばんは、スフィアさん。この時代には慣れましたか?」

 相手はタバコを消した。先に害がある物質だという事は知らされていたが、なぜわざわざ身体に悪いものを摂取せっしゅするのかがスフィアには理解不能だった。煙の臭いも気に食わない。だが、それを直接恩義おんぎのある相手に言えるほどにはスフィアも図々ずうずうしくはなかった。

「こんばんは」

「数日前は麒麟が悩んでましたよ。……貴女の弟さんのことについて」

「……麒麟が朱のことをどこまで話したのですか?」

「それほど詳しくは教えてくれなかったですね。難しい年頃になったものです」

 彼は苦笑いをした。それはこの状況そのものをたのしんでるようでもあった。

「……」

「なんでも、その少年のようになれば貴女に認めてもらえると期待してのことらしい。ははは……本当に、単純でしょう? まぁ親の贔屓目ひいきめですが、そこがまた放っておけない可愛さがありますね」

「……確かに、彼は放っておけない可愛らしさがありますね」

「本人には言わないでやってください」

「なぜです?」

「男の意地というヤツですよ。幼い少年にもあるものです」

「……」

「それに、うちの息子の初恋は、どうやら貴女の様で。父親としては貴女のお気持ちをうかがいたいところです」

「……私は、自分で自分が解らないんです。恥ずかしいことに」

「『女心』というものは難しいですからね。ご本人にも解らないことが、我々男に理解できるはずがない」

「……」

「強気な女性も魅力的ですが、弟さんは亡くされているのですよね? ……私の前でくらい、泣いたらいかがです? 泣けなかったのでしょう?」

「なぜそれが解るのです?」

「これでも貴女よりは人生経験というものは豊富ですからね。状況と貴女の気性から察しただけです」

「……」

 これだから年上の男は厄介やっかいなのだと、スフィアは思わず舌打ちする。翆玉も目上だが、やけに自分に対して甘いとスフィアは思っている。それは年上の余裕というものだろうか? ……実の兄には全く尊敬できる要素がないのに。

「……泣きたくとも、私は泣いてはならない。他の誰でもない、朱のために」

「……私は『朱』という少年のことはまったく知らないと言っていい。それでも、彼の立場ならば、貴女には泣いて欲しいかもしれませんし、逆に笑っていて欲しいのかもしれない。とにかく、彼が一番嫌だと思うのは、いつまでも自分に捕われていてほしくないということだとは思いますよ? 少なくともそんな顔をしていては、彼は絶対に喜ばないと断言できます」

「……そうですか」

 スフィアは空を見上げた。自分たちの時代とは似ても似つかない、星の少ない空を。碧玉京では夜になると満天まんてんの星がかがやき、民も、皇族も、奴隷も、全ての者の心をいやしてくれたものだった。それがこの現代ではこのざまだ。

「おっと。スフィアさん、明日も朝から部活でしょう? 剣道部は楽しいですか?」

「はい。剣術の応用を学べるのはとてもありがたいことです。感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」

 スフィアが悟に頭を下げる。剣道の道具は安くはないのだ。それでもこの夫婦は笑って支払ってくれた。本当に、感謝しかない。

「礼なんて要りませんよ。そうですね、どうせなら息子の想いに応えてやってくれませんか?」

「え?」

「冗談ですよ」

「言っていいことと悪い事があります! 貴方には感謝していますが、そう言ったところはご子息に良くないと思いますが?」

「これは手厳てきびしい。しかしスフィアさん、あの子は私とは違う。きっとなにかを成しなしとげてくれるでしょう。だから私はその時が来るまで見守ってやるつもりです。親バカですかね?」

「……確かに麒麟はその名の通り麒麟児のような面もありますし、私も助けられています。ただ、本当にこの思いが恋心なのかが解らないのです。自分で自分の事が解らないのに、納得できないのに、私には中途半端ちゅうとはんぱ真似まねなど出来ません」

 悟は微笑んだ。

「それでいいんですよ。人間は迷うから美しいんですよ。迷いのない人間などただのロボットだ。そんなつまらない生き方など貴女にも麒麟にも似合わない。存分ぞんぶんに迷うと良いと思いますよ。まぁ、息子の想いにはどうか答えを出してくださると嬉しいのですがね」

「……善処ぜんしょします」

 そんなふたりの会話を、こっそり聞き耳を立てている者がいた。……麒麟だ。彼は寝たふりをして、父の性格とタバコを吸う時の習慣から、こんな事があるのではないかと思っていた。


 ――スフィーの本音はなんなんだろう?


 そんなモヤモヤした想いに捕われて、麒麟は寝ようにも寝付けない。頭だけがやけに冴える。

 この夜、ある『夢』を見た。スフィアが捕われている悲劇の、過去の断片が夢になってうつし出されたのだ。まず見えたのは碧玉京の城の中、見たこともない広い部屋だ。

 スフィアの部屋よりも数倍は広い部屋一面に、すべて絹でできた美しい衣があちこちに散らばっている。貝殻に詰められた塗り物も古代独特の色だが、この部屋にいる綺麗な女のひとにはよく似合っている。彼女は何事か呟いていたが、誰かが早に訪れる気配を察知して、急に押し黙った。硬い木の靴が床にぶつかるような音がする。

 彼女はそそくさとどこかに隠れようとしたが、足音の主はそれを赦さなかった。素早く女のひとの喉元を先を尖らせた木の枝で突いた。どっと血が溢れ、彼女は喘ぎ、ヒューヒューと喉を鳴らす。それはどう見ても致命傷ちいめいしょうだった。足音の主――赤い髪の少年はどこかほっとしたように胸をなでおろした。

『……』

 少年の顔はよく見たら自分の顔で、ただ髪型だけが違った。襟足が長く、後ろに中華風に髪を結っている。表情はまだ見えない。だが息が荒かったし、頬には緊張の汗が流れている。しばらくして、少年は呟いた。

『……私は義姉上をまもった』

 彼はやっと顔を上げた。りた顔だった。血しぶきが自分の顔に降りかかっても、それすらも清々すがすがしいといった感じで、堂々どうどうとしていた。ひとを一人殺したというのに、なぜかとても安堵しているようにも見える。

『……朱、様?』

 男奴隷おとこどれいが三人、この場にやって来た。この赤い髪の少年の犯行はどう見ても明らかだ。三人は少年に詰め寄る。貴方がやったのか、と。だが、彼は一切言い訳などしなかった。むしろ進んで自供した。

『……そうです、私が殺しました』

 そこへ見覚えのある顔の少女が駆けつけてくる。スフィアだ。いつもの彼女らしくもなく、冷静さを欠いている。彼女の顔は真っ青で、女のひとの方などちらりともみずに、ただ少年の姿だけをその瞳に映している。

『朱! 何があった!? ……母上!?』

 どうやらこの女のひとはスフィアの母親らしかった。思い返してみれば、どこかスフィアにも彼女の面影があった。スフィアはたった今、息を引き取ったばかりの母親に縋ろうとするが、朱の方を振り返る。信じられないものを見る眼だ。だが、肝心の言葉が出てこないらしく、代わりに奴隷が質問した。

『朱様、これは貴方がやったのですよね?』

『ええ、私がやりました。相違そういありません』

 朱は落ち着いている。それとは対照的たいしょうてきに感情的なのはスフィアの方だった。これまで一度も見せた事のない怒号に似た悲しみに満ちた顔で、朱に詰め寄る。

『なぜだ! なぜ、お前が、我が母上を!?』

『……』

『答えろ!』

 少年は奴隷たちに連れて行かれる。慌てて夢の中の風景を追う麒麟は、スフィアが若干幼いことに気づく。これは朱という人物が亡くなった原因を示す夢なのだろうか? なにか意味がある夢なのだろうか?


 場面が変わった。ここは見たことはないが、たぶん城の一部分だと思われる。玉座には壮年そうねんの男が腰掛けていて、おごそかに詮議せんぎを始めた。奴隷たちが赤い髪の少年の上にのしかかって、身体の動きを完全に封じている。ただ、強制的に顔だけは正面を向けさせられている。

『朱、なぜ我が愛する妻を殺した?』

 見た事のない顔だったが、この男のひとがスフィアの父親なのだr¥ということは簡単に位察しがついた。髪があおいのだ。

『……』

 朱は何も答えぬまま、ただ正面を見つめている。スフィアの父親――現皇帝は更に厳しく朱の身体を痛めつけるよう奴隷に良いわたし、さらに迫る。

『答えよ!』

『……私の母上の邪魔になるからです』

 少年の顔にはそれが嘘だと書いてあった。周囲の者たちもそれに気づいている。スフィアは縋る。翆玉もどこか悲しそうに、だが諦めようとはせずに朱に言葉をつむがせようとする。しかし、少年は一切答えない。

『嘘だ! お前はそんなことなどしない! なにかわけがあるはずだ! 答えてくれ!』

 スフィアの方を振り向いた赤い髪の少年は、満足げに微笑む。まるでその顔が見たかったとでも言いたげにも見えるが、真実というものはよく解らない。だから、子の表情の意味もよく解らない。

『現皇帝として罰を下す。朱は磔刑の上、火刑かけいに処す!』

『お待ちください父上! どうか、どうか、もう少し時間を!』

 叫びながら、スフィアが大粒の涙をこぼす。若干若い青梅が実妹を見て嫌味いやみらしく言う。その言葉に賛同するのは丸々と肥えた他の皇族たち。

『我が愚昧は、我らの母上を殺した相手を庇うとは……。最低だな』

『皇帝陛下、朱は貴方様の息子でもあります! ご温情おんじょうを!』

 スフィアが恥も外聞がいぶんも捨てて実父にすがる。だが、父皇帝の怒りは頂点に発していて、静まる気配がない。相手は叫ぶように言った。

極刑きょっけいだ!』

 朱は、また、満足そうに笑った。


「……どういうこと?」

 夢から覚めた麒麟は、大量の寝汗ねあせをかいていた。自分が殺される恐怖を朱に重ねて感じていた。十字に組まれた木に括りつけられ、むちうたれ、最後には火を放たれる。恐怖で心臓がバクバクいっている。

「……これが、朱ってひとの最期さいご? なんでスフィーのお母さんを殺したの? ……ねぇ、聞こえてるんでしょ? 答えてよ!」

 麒麟はいつか聞こえた声に語り掛けてみるが、一向に返事がない。一緒の部屋で寝ているスフィアが寝返りを打った。

「あっ!」

 彼女を起こしてはなるまいと、声を潜める。本当に、なぜ? なぜ朱はスフィアの母を殺めたのだろうか。それにあの言葉、『護る』の意味とはなんなのか?

 とてもではないが二度寝など不可能で、結局睡眠時間けっきょくすいみんじかんは六時間だった。


+ +


「……義兄上あにうえが呼んでいる気がするんだ」

 ある日の放課後、スフィアが突然そんなことを言い出した。翆玉は身なりこそ質素だが、頑丈な成人男性だと麒麟は思っている。その彼に何かあった? それはスフィアの持つ二つ名『イノリ』の巫女としての勘なのかもしれない。

「タイムトラベルって……出来るかな?」

「今、私の頭に義兄上の血まみれの映像が映った! 義兄上の危機だ! ……頼む、向こうへ誘ってくれ!」

 しかし、こんな時に限って勾玉は発動しない。スフィアは悔しげに唇を噛む。

「……なぜだ? お前は私たちに何をさせたいんだ? 碧玉京を護るためにくれた朱の力だろう? 義兄上の危機なのだ! 頼む、助けてくれ!」

 スフィアの碧玉の勾玉は全く発動の気配がない。その代わりに麒麟のルビーの勾玉は大きな光を放ち、麒麟ひとりを碧玉京へと誘った。

「麒麟!」

 スフィアが麒麟の手を掴もうとしたのだが、光がそれを邪魔して、彼女の望みは叶わなかった。


+ +


「……ここは?」

 気がついた時にいたのはいつか自身が捕われていた牢獄だった。相変わらず粗末な造りだ。スフィアは翆玉の危機だと言っていたが、まさか彼がここにいるとでもいうのだろうか?

「あの……すみません、誰かいませんか?」

 すると奥の方からうめき声が聞こえた。それは間違いなく翆玉のものだった。

「……ぐっ」

「翆玉さん!」

「……」

 麒麟はこうなることを予防するために、現代からカッターナイフを持参していた。ちんけな造りの牢の木を辛抱強しんぼうづよく削る。

「……君は……?」

「麒麟です。スフィーにお世話になっている!」

「あぁ、君か。私もしくじった」

 翆玉が自虐的じぎゃくてきに笑う。麒麟にはその理由が解らない。

「何があったんですか?」

「青梅に摂政の座を奪われた。更に悪いことに、私は命も狙われている」

 これには驚くしかなかった。やはり巫女イノリとしてのスフィアの勘は正しかったのだ。

「スフィアは一緒ではないのか?」

「はい。僕だけ飛ばされたんです」

「……飛ばされた?」

「いえ、なんでもないです」

 翆玉曰いわく、スフィアが生活の質を向上させると約束したというのに、それがなされないのは摂政である翆玉が無能だからだと青梅が言いふらしたのが事の発端らしい。現在では青梅が摂政となり、自分たち皇族だけが食べ物を独占しているそうだ。

「……我々は国を治める者なのだ。それなのに、自分たちばかりが贅沢しようなどと……このままでは暴動ぼうどうは避けられない。ただでさえ飢饉ききん貧困ひんこんにあえいでいる民たちだというのに!」

 麒麟には難しい話は解らなかったが、翆玉が本心から言っているということだけは理解できた。父に聴いたことがある。一揆いっきというヤツだ。

「それを防ぐためにはどうすればいいんですか? 僕が出来ることなら頑張ってみますから、手伝わせてください!」

「君は――」

 翆玉は麒麟のんだ瞳の中に、朱の面影おもかげを見た。翆玉にとっても大事だった、まったく血のつながらない『義弟』。スフィアと仲良くしているのを見ていると、いつも癒された。その彼に似た少年が協力してくれる。これほど心強いことなど他にありはしない。

「……ありがとう、少年」

「僕は何もしていませんよ?」

「それでも、ありがとうと言わせてくれ」

 麒麟からしてみれば何もしていないのに礼など言われると照れくさくなる。

「じゃあ、まずはここから出ましょう。怪我は大丈夫ですか?」

「君がいてくれるのならば、このくらいの痛みなど何ともないさ!」

 翆玉が、少年のように笑った。


「……イノシシの肉は美味よなぁ。魚はれたか?」

 玉座に腰掛ける青梅は、まるで自身がすでに皇帝のような気分だった。邪魔な妹は姿が消え、邪魔な血のつながりのない『義弟』は追い払って罪人扱ざいにんあつかい。これほど気分の良いことはない。

「次から次へと持ってこさせろ! 私の命令がきけないのか!」

 そう奴隷に怒鳴りつけるだけで、自分たち皇族の元には、庶民には到底手が届かないだけの豪勢な食事が運ばれてくる。もちろん奴隷にはエサは与えない。奴らはモノであって、人間ではないのだから。

「青梅様、あたし青梅様とお揃いの簪が欲しいわ」

 腹違いの、何番目か下の義妹がそうねだる。その顔の造りは自分とは比べ物にならないほどみにくい。更にえて、でっぷりとした体格は顔の造作ぞうさの悪さを強調している。


 ――まぁ、あの愚昧よりはましか。


「よし、くれてやろう」

「わぁ!」

 自分は時期皇帝じきこうていなのだ。このくらいの贅沢は当然の権利だ。

 こうしてのんびりと夕餉ゆうげ献立こんだてを考えるのもまた楽しい。豚の肉はどんな味がするのだろうか? オオカミは? 牛は? 次々に湧いてくる食欲は止まらない。

 そんなおりだった。

「青梅様、大変でございます!」

「どうした?」

「群衆が城に押し寄せております!」

「……愚民どもめ。構わん、殺してしまえ」

「ですが……」

「摂政の私の命令がきけない部下などいらんが?」

 青梅はぞっとするような美しい笑みを浮かべた。これはこの男が残虐ざんぎゃくな事を考える時の表情だ。兵は思わず引きさがる。


 ――翆玉様……。


 兵は一時いっときの感情に身を任せたことを猛烈もうれつに後悔していた。この兵の家は殊更ことさら貧しく、乳飲み子にも乳を飲ませてやれなかった。そんな時にスフィアが言ったのだ。『確約はできないが生活の質は向上するどだろう』と。

 しかしそれが叶うことがなく、つい青梅の味方について翆玉を失脚しっきゃくさせてしまった。なんということをしてしまったのだろうか。

 長老の言葉がよみがえる。

『イノリ様は我々のことをお考えになってくださっている。青梅様などよりもよっぽど皇帝の器だ。青梅様だけには絶対に皇帝の座を渡してはならん』

「殺せ! 殺してしまえ! 奴隷たちで城門を固め、兵たちは適当に戦術せんじゅつでも練って戦え。私は夕餉の献立の支度で忙しいのだ!」

 兵はついカッとなってしまった。手にしていた武器で、力一杯青梅を殴りつけてしまったのだ。

「そこは翆玉様の場所です!」

 青梅は玉座から転がり落ち、頭を押さえる。兵が我に返った時にはもう遅かった。

「……無礼者! 摂政たる私に狼藉ろうぜきを働くとは何事だ! この者を死罪しざいにせよ!」

「あ……あああ」

 家には妻と乳飲み子が腹を空かせて待っている。ただでさえ飢饉続き、飢えに飢えている。それなのに、今ここで自分が捕まってしまったら? 考えるだけで目の前が真っ暗になる。

「いかがしました?」

「大丈夫ですか?」

 他の兵たちが駆けつけてきた。青梅は兵を睨みつけながら命じた。

「この者が私の頭を殴ったのだ! 死罪だ! 死罪にしろ! 水没刑すいぼつけいだ!」

 水没刑とは、見せしめやいましめのための罰のことだ。生きたまま海にしずめる刑罰けいばつで、その苦しみは計り知れない。磔刑、火刑、についでの重罪。兵は身震いした。だが、その場ら逃げるだけの体力だけは残っていた。

「逃がすな! 追え! 私を傷つけた者を決して許すな!」

「はっ!」

 こちらは比較的裕福ひかくてきゆうふくな生まれの、青梅の側近そっきんの兵二人だ。……たされている者には、満たされない者の気持ちなど理解できないに違いない。だからこそ、青梅に媚を売るのだ。


「翆玉様、ご無事でしたか!?」

 麒麟と翆玉が牢獄から出て、こっそりと街の様子を見にいった時、長老はあっさり翆玉を見つけた。

「ご無事ですか? ……いや、こんなひどい手傷を」

「いや、私の痛みなどなんともない。そんなことよりも皆の生活だ。食料は? ちゃんと青梅様は治められているか?」

 長老は翆玉に意味ありげに笑ってみせた。

「それがあの悪餓鬼わるがきは相変わらずで……」

 そんな毒舌どくぜつを聴いて麒麟はぎょっとした。

「えっ、おじいちゃん、そんなこと言って平気なの? 摂政って偉い人なんでしょ?」

 これまた翆玉が意味ありげに笑う。

「長老は先代皇帝につかえた身なんだよ。私も青梅様も、彼に育てられたんだ」

 そこにいた者たちは驚きを露わにした。

「どうりで色々と詳しいわけですか」

「納得です」

 みんなは久しぶりに笑った。青梅ではこうはいかない。翆玉の人望じんぼうがあってこそだ。

 そこへ赤ん坊を抱えた女がふらふらしながら現れた。手足が極端に細く、顔もやつれ、顔色が悪い。

「長老様……」

 赤ん坊も、母親自身も、ひどく弱っているようだった。もう何日も食べていないに違いない。その証拠に足取りがおぼつかない。

「どうした? 悪いが我々も自分の家の食い扶持ぶちだけで精一杯せいいっぱいなんだ」

 心底すまなそうにみんなは言うが、彼女は更に困った顔をした。いや、絶望した表情とでもいった方が正しいか。

「……私の夫が、青梅様を殴ったというとがで水没刑に……」

「なんだと?」

 翆玉の眉をひそめる。

馬鹿ばかな悪餓鬼は相変わらずか。まったく、図体ずうたいばかり大きくなりおって……」

 長老がため息をつく。育て方を間違えたかな、という顔をしているが、それは彼のせいではないだろう。なにせ、同じ者に育てられても翆玉のような人格者じんかくしゃは確かにいるのだから。

「私は民を護りたい。そのためならば私はどうなってもかまわない。たったひとりの民すら護れずに、何が摂政だ!」

 翆玉は怪我の痛みに耐えながらも、うなる。

「……私はひとりで義兄上あにうえと戦う。皆は来るな」

 いいえ、とみんな微笑む。

「わたしたちは皆、翆玉様のためならば我が身を投げ出す覚悟です!」

 長老が、にっと笑った。

「そういうことじゃ、真面目坊まじめぼうや」

 翆玉は何度も頷く。

「ありがとうみんな。これだけ人数がいればどうとでも出来そうだ! それでは作戦を練ろう。まずは――」


 青梅は不機嫌だった。

 自分を殴ったあの兵がまだ見つからない。それが不満だ。まるで自分の兵が無能のよな気がして。

 気分転換きぶんてんかんに酒でももうと各地から取り寄せた名産品を現皇帝のねやから漁る。

「……」

 現皇帝は原因不明の病で臥せり、もう数年になる。そろそろ寿命も近いことだろう。早めに跡継ぎはこの青梅だと遺言をのこしてもらわなければならない。ああ、それにしてもあの男は一体どこへ逃げたのだろうか? 城には百人以上いる異母いぼきょうだいが大量に詰まっているというのに。


「……ところで翆玉様、そちらの少年は?」

 麒麟は自分のことに初めて触れられて焦った。またあの儀式のときのように牢獄に入れられるのだろうかと心配したが、それは無用だった。

「この少年は私の命の恩人だ。朱によく似ているだろう?」

 てっきり敵意をむき出しにされるかと思ったが、ここではそうではなかった。

「そうですね、朱様によく似ています」

「素直そうな優しい少年なのでしょうね」

 素直で優しのならば、なぜ朱はスフィアの母親を殺したのだろうか? おばさんたちにおもちゃにされながらも、麒麟はそんなことばかりを考えていた。本当に、なぜ?

「まだ処刑のめどが立っていないということは、まだ捕まってはいないはず。なぁ、じいや」

「あぁ。城には長年仕えたものしか知らぬ抜け道が大量にあるのだ。きっと彼はそこに入っている。悪い子には仕置きが必要じゃな」

 長老は冷静に言った。流石はおじいちゃん! 僕よりも遥かに物知りだ、麒麟はそう感動した。そして手伝うと言ったのに、何もできない自分が不甲斐なくて、悔しかった。


 ――僕がもっと大人で、力や知恵があれば……。


 そんな麒麟の肩を慰めるように翆玉が麒麟の肩を叩く。

「君は私に戦う勇気をくれた。それだけで十分に活躍しているよ」

 その言葉は本心だと解っていても、少年の身からしてみれば複雑だ。暗に、『君に出来ることなど何もない』と言われているようなものだから。

「よし、抜け道は数か所あるが、玉座の間の位置からして彼が逃げたのは数か所に絞れる。手分けして探そう」

 それと、と翆玉は麒麟に耳打ちした。

「君には重大な任務を頼みたいんだ」


 青梅はいい加減にイライラしていた。未だ罪人は捕まっていない。


 ――この無能どもめ!


 この私に恥をかかせるとは。この罰はあの兵にたっぷり上乗うわのせして償わせよう。そう青梅が決めた時だった。

 ドンという大きな音と共に民たちが押し寄せてきたのは。

「何事だ!?」

「は! 木で乱暴に城門を壊して侵入した模様です」

「そんなことなど解るわ! 私が訊いているのは、なぜ愚民ぐみんどもが我らが神聖しんせいなる城に押し寄せているのかだ!」

 流石の青梅付きの兵も、「それは蜂起ほうきです」とは言えない。そんなことを言えば、自分の首が飛ぶだけだ。

「……さて、なぜでしょうか?」

 青梅にこびを売るのは、この男は自分に仕える者には贅沢三昧ぜいたくざんまいをさせてやるという法則があるからだ。誰だって楽をして稼ぎたい。それは誰だって同じだ。……これが青梅に付く者の言い分だ。

 しかし、時代は常に正しい者の味方だ。たとえどんな苦難があろうとも。

「義兄上、降伏こうふくしてください!」

 翆玉の声だった。確かにこの手で殴りつけ、こん棒でも殴り、兵にも殴らせて、散々痛めつけてから牢獄に入れた義弟。その彼が、先陣せんじんを切って城へと入ってきた。その表情には疲労の色は一切見えない。

「……なぜだ? ろくに食べてもいないはずなのに、なぜそんな顔色がいいのだ!」

 よく見てみれば、翆玉の後に続く民の顔色も格段に良くなっている。いったいこれはどうしたことか。

「貴方が嫌うあの少年のおかげですよ」

「あの『あか』だと?」

 忌々しい愚昧と共に消えた少年がまた戻ってきた、だと? にわかには信じがたい話だ。青梅からしてみれば朱によく似たあの少年の存在は、それ自体が悪夢だ。スフィアの姿が見えないのが気になったが、どうせ大きな法螺ひらでも吹いて逃げ出したのだろう。

「彼の魚や植物の知識は我々を遥かに凌駕りょうがしています。食べられる美味な食材を探し出し、調理法を教えてくれた。おかげで我々はぴんぴんしているというわけですよ」

「なんだと?」

 確かに朱を嫌っていた青梅ですらも、彼の聡明さは認めざるを得なかった。そして密かに嫉妬しっとしていた。自分にはないその頭脳と行動力が羨ましかった。母親を殺されていなければ、自分が朱を暗殺していたかもしれない。

 あの朱の面影のある少年は、そんなところすらも朱に似ているというのだろうか。

「義兄上、今ならば民もほこを収めましょう。降伏してください。我々はあらそいたくないのです。いたずらに民を傷つけるのは果して皇帝の器でしょうか?」

「ええい! やかましい! 私が第一皇位継承者だ! 私に従わない者は……」

 突然辺りが青い光に満ちた。麒麟にだけは解る。勾玉が共鳴するように光っている。スフィアが来たのだ。

「殺す、とでもいうのか? この愚兄が!」

 突然姿を現したスフィアには皆一様に驚いている。

「スフィア……?」

「義兄上。ご無事でしたか?」

「あぁ、私は無事だが。スフィアは大丈夫か?」

「私も無事です。ご心配にはおよびません」

 青梅はスフィアと翆玉、そして民衆みんしゅうすべてを敵に回す事は無理だと判断したらしく、大人しく降伏した。心から悔しげな顔をして。

 他の皇族たちも文句を言う者ばかりだったが、スフィアと翆玉の説得には応じてくれた。乳飲み子とその母親、父親の三人家族は無事に見つかり、滋養じように良い食べ物を皇族用の蔵から出して与えて休養きゅうようを申し付けた。その時の兵の顔は涙にぬれていた。「やはり摂政閣下は翆玉様です!」と涙ながらに謝罪されて、逆にどうすればいいのか困るくらいだった。

「しかし、スフィア。お前は今までどこにいたんだ? 心配していたんだぞ? たまには私にもお前を可愛がらせろ!」

 無事摂政の座に戻った翆玉はただ一つの不満を義妹にぶつける。スフィアもスフィアで「それはできません」の一点張いってんばり。血のつながりがないながらも、よく似たきょうだいだと麒麟は思う。

「麒麟は頑張ってくれたな。ありがとう」

 そう言って、スフィアはいつものように頭を撫でようとした。が、すでに互いに気持ちが解りあっている。果してこれが恋というものなのかはスフィアはしたことがないので解らない。麒麟ももちろんそうだ。いつもよりぎくしゃくとした二人の間に入る形で、取り持ってくれたのはやはり翆玉だった。

「ふたりとも、なにかあったのか? なにやらぎこちないが?」

「いえ、何も!」

「本当になんでもないんです!」

 その照れているふたりをこれ以上からかうのは酷というものだ。ふたりとも顔が赤い。

「朱の髪の色みたいだな、ふたりとも」

 そんな軽口かるくちが、今では重い。恋心を自覚した麒麟と、それにどう応えるべきか迷うスフィア。ふたりは引き離されるように今度は麒麟だけが平成の世にタイムトラベルした。


+ +


「ねぇねぇ、寄生木くんって雰囲気変わったと思わない?」

「うんうん、思う思う!」

「なんか大人っぽくなったよねー」

 中学一年生の階下、廊下で女子たちが麒麟のことを話題にする事が多くなった。麒麟自身、それにはどう反応していいのか判断が出来ない。周りが言うほど、ちゃんと大人になれているのだろうか? それともただの『っぽい』だけなのか。直接意見を訊いてみたいという気持ちもあるけれど、それは自惚うぬぼれていると勘違いされそうで怖い。結局、自分は臆病おくびょうなのだと麒麟は自分を卑下ひげする。

「先生、この時代って――」

 考古学者の息子、というだけあって、歴史の授業で質問したことは一度もなかった。それゆえ教師は驚いた顔をしたが、次の瞬間には平然へいぜんと「何が訊きたい?」と言ってくれた。

「『碧玉京』という帝国を知りませんか?」

「『ヘキギョクキョウ』? そんな国、教科書には載っていないだろう? あるわけがない」

 教師はあざけるような視線を麒麟に向けるが、スフィアと出逢であった以上、少なくとも『存在していた』はずだ。

「……もういいです」

 またいつもの赤い髪を注意された時の気持ちになってしまった。

「それよりも寄生木、その赤い髪もいい加減に黒髪に戻せ」

 教師はやれやれとでも言わんばかりに黒板に向かう。質問したことに対しての野次が男子からあちこちから飛んでくる。


 ――碧玉京に行きたい。


 あそこならば、自分を認めてくれる、自分が自分でいられる場所だ。赤い髪だって気にしなくていい。制服のポケットにはちゃんと勾玉とカッターナイフが……ない。

いや、勾玉はあるが、カッターナイフがない。まさか、前回のタイムトラベルの時に落としたのではないだろうか。

 背筋を嫌な汗が伝う。何事も起きなければいいと、碧玉京のものより遥かに汚れた空のあおを見ながら思った。


+ +


「第一皇位継承者青梅様、しばらくは自粛していただきます」

 今度牢獄に入れられるのは蜂起を起こさせた元凶げんきょうの青梅だった。牢に入れる側――スフィアと翆玉は複雑な心地だ。

「ふん! どうせ私のいぬ間に好き勝手するのだろう」

「我々は義兄上とは違います」

「義兄上、こんな愚兄に敬語など不要です」

「しかし、スフィア」

 残りの皇族の皇位継承権は適当だった。現皇帝は好色な男のため、側室そくしつは大量にいる。そして異母きょうだいが三十人以上いる。しかし誰も彼もいまいちパッとしないので、皇位継承権は青梅、翆玉、スフィアの三人に与えられているのだった。

「しばらくそこで頭を冷やすがいい。愚兄よ」

 そうしてスフィアと翆玉が去った後、青梅は見た事も聞いたこともないものを見つけた。それは薄いが硬く、切っ先がある。試しに自分の指をそれで撫でてみると、血が溢れた。それは青梅がこの牢で手にした、自国の剣などの比にはならないくらい丈夫な『凶器』だった。

「……」

 そう、それは前回のタイムトラベルの時に麒麟が落としたカッターナイフだったのだった。

「思い知らせてやる」

 暗く、女物を着た男が呟いた。


+ +


「ねーねー寄生木くん、『ヘキギョクキョウ』ってなーに?」

 休み時間、クラス分けで友達と別れてしまった麒麟は新しいクラスにはいまいち慣れていなかった。ついでに言えば、同じ年頃の女の子にも慣れていなかった。だから声をか開けられた時には戸惑とまどった。

「……ええっと、実はあったんじゃないかって父さんが研究してる国だよ」

「寄生木君のお父さんって三琉の考古学者だったよね」

 流石に父のことをこういわれては頭にくる。しかし、ここは我慢だと耐える。

「うん。あまり学会には呼ばれないけど、でも好きでやってるお仕事だから」

「ふーん。で、寄生木君も大きくなったら考古悪者になるの?」

「うん」

「うん、って、つまんないねー。一流の考古学者じゃなきゃ意味がないじゃない」

 碧玉京では実力だけがすべて。一流も三琉もない。無性に碧玉京が恋しい。もはや麒麟にとって碧玉京は第二のふるさととなっていた。

 碧玉京にはスフィアがいて、翆玉がいて、優しいみんながいて――。

 そこまで考えて、麒麟の瞳から涙が出てきた。人前で泣くなんて、カッコ悪いにもほどがある。相手の女子はバツが悪そうにしているが謝る気配がない。なんだ、現代でも変わらない。実力だけがすべて。でもこの時ばかりは碧玉京でみんなの優しさに包まれていたかった。


「翆玉様、お疲れでは?」

 そう言いつつ、スフィアは水の入った器を兄と慕う相手に勧める。相手はそれを黙って受け取り、口をつける。このふたりの間には確かな信頼関係があった。

「いや、疲れてはいないさ。それよりも義兄上がやけに大人しいのが気になるのだが、お前はどう見る?」

 問われたスフィアは巫女としての直感から意見を述べる。

「そうですね。あの男がこれほど大人しくしているなんて怪しいです。何かたくらんでいなければよいのですが……」

 今でも瀕死の重傷を負った翆玉の映像が頭をかすめる。何かを見落としている気がする。でも具体的に何かとは答えられない。そんな薄気味の悪さが恐ろしい。

「だが、蜂起が起こって良かった事もあるとは思わないか? 他の皇族たちも目を覚ましてくれればそれでいい。自分たちが現皇帝の子息・子女だからこその待遇だという認識にんしきを改めさせるいい機会だった」

「義兄上は優しいですね。それでこその私の尊敬する義兄上です」

 そんなふたりの元に新しい陳情の山が届いた。届けに来たのはやけにいい匂いのする女だった。スフィアは直感的にその正体を悟った。

「危ない義兄上!」

「死ねぇ! この愚弟が!」

 それはカッターナイフを構えた青梅だった。


+ +


 今日の分の宿題を済ませようとしていると、突然勾玉が光り出した。今は自宅で勉強中。制服ではなく、Tシャツにハーフパンツという格好だ。勾玉は常に身に着けているが、他の武器を探す時間がない。武器を持たずに行くことは愚かだと考えた麒麟はせめて時間稼ぎのためにカーテンにしがみついた。しかし。そのカーテンごと、光りは麒麟を包み込んだ。

 碧玉京に着いたと気づいた時には、スフィアの首が血の赤で染まっていた。麒麟が慌てて彼女の傍に駆け寄る。

「スフィー!? 何があったの!?」

 慌てて手につかんでいたカーテンを裂いて作った包帯で止血してから、心臓の音を確かめてみる。……よかった、ちゃんと動いてる。

「スフィアは私をかばったんだ」

 翆玉が申し訳なく言う。近くでは青梅が羽交はがめにされていた。麒麟は彼をきっとにらみつけたが、相手はまったくこたえた様子がない。

「ふん。たかが第三皇位継承者が死んだところで誰も困らん! それよりも第一皇位継承者に対するこの仕打しうちは何だ!? 無礼者!」

 スフィアの呼吸が安定してきた。どうやら見た目ほどの重傷ではなかったらしい。麒麟はホッと胸をなでおろしていると、やや弱ったスフィアの声が聞こえた。

「……き、りん?」

「良かった!」

 麒麟は思わずスフィアを抱きしめた。ちゃんと心臓が動いているか確かめるためでもあったし、ただ単に、触れたいという気持ちもあった。スフィアの身体からは海の匂いがする。しおの匂いは東京では感じられないものだ。

「今回ばかりは見逃すわけにはいきません義兄上。なにしろ私の大切な義妹いもうとを殺そうとしたのですから」

「その小娘は死んで当然だ! 朱のことを庇い、我らが母上を裏切った! 最低の売女ばいただ!」

「……それは! 朱にはきっとなにか理由があったはずです! なぜ朱があれだけ懐いていたスフィアの母上を殺さねばならぬのですか? きっとなにかわけがあるに違いありません。あの時も貴方はその理由を訊く機会を奪った。今度は、スフィアだけは奪わせない!」

 麒麟はいつかの夢の内容を思い出した。朱が綺麗な女のひとを殺すところを。そして声も聞こえた事も覚えている。自分を怨んでもいい、嫌ってもいい、そう言っていた。


 ――僕にはあなたがどんなひとなのか全然わからないよ。


「朱、とまた逢えるかとも思ったが、それも叶わなかったか」

「……え?」

 スフィアは今になって朱のことを思い出し始めた。愛しい弟。その面影がある麒麟がいるにもかかわらず、死者である朱のことを考えている。スフィアは相当危ないようだと翆玉は彼女の身体を気遣きづかう。

「すまない少年。どうか部屋までスフィアを連れて行ってやってくれんか? 私はまだやることがあるのだ」

「僕は構いませんが……」

 スフィアをおんぶしてみて驚いた。本当に自分よりも背が高いひとなのか疑わしいくらいに身体の重みがなかった。巫女として断食しているためかもしれない。

「スフィー、こんなことばっかりじゃ身体が壊れちゃうよ」

「……意識が混濁している時、朱の夢を見た。朱が私をどこか遠くへ呼んでいるのかもしれない。行かなければ、と私は思ったんだが、途中で邪魔が入った。……麒麟、お前だ。なぜ私を生かす? なぜそのまま死なせてくれなかった? そうすれば朱の元へと行けたかもしれないのに……」

 スフィアらしからぬ弱気な言葉に。麒麟は悲しくなってきた。こんな時にはなんと言えばいい? 学校では教えてくれなかった。なぜ学校で大事なことを教えてくれないのだろう。数学や理科なんて、知らなくても生きていける。でも、ひととしてどうすればいいのかは絶対に知るべきだ。なのに学校では教えてはくれない。そのことが今の麒麟には不満で仕方がなかった。

「スフィーは碧玉京の皇帝になるんでしょ? そんな弱気な事を言ってちゃダメだよ! 朱ってひともきっとスフィーが皇帝になるのを望んでるよ、きっと。だって大好きなお姉ちゃんだったんだから」

 麒麟はやっとのことでそれだけ言えた。こんな時に恋敵こいがたき(?)の名を出さねばならないなんて我ながら情けないが、今のスフィアには『朱』という言葉が特効薬とっこうやくだと思った。

 スフィアは眼を見開みひらいた。それは麒麟に朱の面影を見たからだ。

「……本当に、憎らしいくらい似ているな。なぜ朱は私とお前を引き合わせたのだろうか?」

「それは僕も解らないし、僕も訊きたいよ」

 そう麒麟がねてみせると、やっとスフィアはいつものように笑顔を取り戻した。

 ふたつの勾玉が同時に光を放つ。あおとあかの光り、タイムトラベルのきざし。麒麟は横になっているスフィアの白い手をしっかりと握りしめた。


+ +


 現代に戻ると、麒麟の父・悟はすぐにスフィアを病院に入院させた。麒麟のほどこした処置しょちはあくまでも応急処置に過ぎず、まだ失血死しっけつしの危険が懸念けねんさせるからだ。

「スフィアさんはこんなにもボロボロになって、一体何をしたいんですか?」

 ちょうど平日で、麒麟は学校があった。スフィアの髪の色がいらぬ誤解を招かぬよう、手痛い出費だが個室を手配してもらった。悟はスフィアにそう問いかける。

「碧玉京を治めたいのです、私が。卑劣漢ひれつかんの兄上に代わって、私がやらねばならぬのです」

 スフィアの瞳は濃紺に変色していた。感情がたかぶるとこうなるのだろうと悟は推測する。一人息子の初恋は、どうやら前途多難ぜんとたなんのようだ。

「そうですか。でも、ならばこそ、なぜ翆玉とやらを庇ったのですか? 一歩間違えたら貴女が死んでいたというのに……」

 スフィアは窓の外を見た。碧玉京とは比べ物にならないほどけがれた空のあお。それはそのまま自分が穢れてしまった気がした。

「今の碧玉京には摂政としての義兄上のお力が必要だからです。民は皆、飢えている。有能な摂政が不在では国は瓦解してしまいます。それは私の望むところではありません」

「国を治める前に、国自体が壊れては意味がないから、ですか?」

「そうです」

 きっぱりと言い切るスフィアは潔かった。何とも頼もしい少女だが、どこか危うい。息子である麒麟はきっとそんなところにかれるのだろうと悟は思う。「それに……」とスフィアが口を開く。

「麒麟が朱に似ているせいか、私はもう吹っ切ったつもりでいる朱のことを思い出してしまうのです。昔から私は朱のこととなると我を忘れてしまって……」

 そのスフィアの表情から、悟は彼女の気持ちを汲み取ってみる。

「愛しておられたのですね、義弟さんを」

「……はい」

 スフィアは久しぶりに涙が零れたのを感じた。最期のときも、朱は微笑んでいた。まるで「心配はいりませんよ、義姉上」とでも言いたげに。だから、自分も強くあらねばならなかった。弱点を知られては、青梅の思うつぼだからだ。だから泣きたくても泣けなかった。いつかの悟の言った通りだった。『泣きたくても泣けない』、これはどれほど辛いことだろうか。

「今のうちに全部泣いてしまえばいいんですよ。今ならば麒麟も学校です。なにも恥じることなどありません」

「……」

 それからスフィアは静かに泣いた。朱のために取っておいた涙はもう枯れたと思っていたが、予想以上に大雨になった。


+ +


「寄生木くん、ちょっといい?」

「なに?」

「いいからこっちに来てよ!」

 中学一年生の放課後は掃除当番が回ってきていた。どうやら碧玉京にいた時間と演題の時間はリンクしているようで、麒麟は出席日数がギリギリだった。そのことで担任教師から呼び出され、その帰りに掃除当番の担当場所――焼却炉の周りを掃除している。そんなときに声をかけられたのだ。

「『ヘキギョクキョウ』なんてインターネットで調べても全然コンキョがないってー! 寄生木くんのお父さんってやっぱり三琉だよね」

「なにが言いたいの?」

「別に? ただジジツを伝えただけ。そんな実在しない国なんかよりも、あたしと付き合ってよ! デートしよう?」

 相手は麒麟が断るわけがないと思い込んでいる。確かに麒麟自身、自分が優柔不断ゆうじゅうふだんだという自覚はある。だが、スフィアと出逢ってからは少しは変われた気がする。

「付き合う気もないし、デートする気もないよ」

「……え?」

 相手の女子は信じられないという顔をした。でも嫌なものは嫌だ。

「だから、付き合わないし、デートもしない」

「ちょっと寄生木くんさぁ、最近チョーシに乗ってない?」

 別の女子が集団で麒麟を囲んだ。l麒麟以外の男子はサボってゲームをして遊んでいる。

「別に調子に乗ってるわけでもないし。ただ自分の気持ちに素直になろうって思っただけだよ」

「なにそれ? 新しい扉開いちゃった系?」

「ウケる!」

「寄生木くんのくせに生意気!」

「前に泣いてたくせにね!」

 まただ。また、この調子。碧玉京へ行ってからというものの、この現代がひどくつまらないものに感じられた。向こうでは文字通り命がけで精一杯生きているのに、現代では何不自由もないのにイジメやいわれのない悪意にさらされる。

 ――碧玉京に行きたい。

 そう制服のポケットの中の勾玉に願いをかけるも、ルビーの勾玉は一切反応しない。

「あー寄生木くん、ポケットに何か入れてる!」

「なに持ってるの? 見せてよ!」

 いくら相手が女子とはいえ、複数でかかられては身動きできない。女子たちはルビーの勾玉を見つけると嬌声を上げた。

「きゃあ! キレイ!」

「寄生木くん、学校には不必要なものは持って来ちゃいけないんだよ?」

「だから、これはあたしたちが没収!」

 それだけは駄目だった。

「返して! 大事なものなんだ! お守りなんだよ!」

「宝石がお守りとかおかしいでしょ?」

「あたし達が持ってる方が喜ぶって! だから、頂戴ちょうだいね」

「ダメだよ! それは僕の――」

 そこへ担任の教師が現れた。サボっている生徒はいないか監視するためだ。麒麟はホッとした。これで勾玉は無事だ。そう思っていたのだが、驚いた事に教師は女子の味方だった。

「せんせー、寄生木くんがこんなもの持ってきてるんですよぉ」

「校則違反ですよねー!」

「だからあたしたちが没収しておきました!」

 麒麟の担任教師は若い女性教師だった。美人ではあるが、それは派手な化粧のためだろう。けばけばしい香水の匂いが鼻につく。

「偉いわねー。そうそう、寄生木くんは学校にこんなものを持って来てちゃいけません! 罰として彼女たちにあげなさい。男の子の寄生木くんが持っているよりも、可愛い女の子が持っている方がルビーも喜ぶわ」

「なんですかその理屈は! それは我が家の家宝で、お守りなんです! なんで先生は贔屓なんてするんですか?」

 涙目になってしまったが、それだけは言えた。この勾玉だけは譲れない。

「だって、寄生木くんイジメもないのに不登校なんだもの。サボってる不良生徒よりも、毎日通う優等生を贔屓するのは当然です」

 「それは――」と言いかけたが、ここでタイムトラベルの話を明かすのは賢明ではないと辛うじて残っていた理性が囁いた。勾玉は女子たちが乱暴に扱い、元からいびつな形にますます歪んでいく。

「お願いです先生、返してください!」

「ダメです!」

 母親のちさとが恐れていた事態になった。彼女は一度だけ私立わたくしりつの中学校に行かないかと提案してきたことがあったのだ。なぜかと理由を訊くと、「都立の先生は頼りないから」と返事をした。当時はピンとこなかったが今ならば意味が解る。若い先生は経験不足で未熟だ。だからこそ、私立に入れたがったのだろう。それも、今では後の祭りだが。

「……どうしよう……」


「なに? 勾玉を取られた?」

「……うん」

 寄生木家の夕食は、今はスフィアは入院中のため彼女はいない。久しぶりの家族さんにんでの食事だ。麒麟は悟にすべてを話したら、父は生まれて初めて麒麟の前で激昂げきこうした。

「信じられん! そんな悪い教師がいるなんて! 私の息子が何の理由もなしに学校を休むわけがないだろう。なぜその先生は相手を贔屓するんだ?」

「相手の女の子は学校を休まないユウトウセイだからって」

「……やっぱり私立にいれるべきだったわね」

 ちさとは表情こそいつも通りだが、お茶を持つ手が震えている。これは彼女の怒りの証だ。

「いいだろう。私が直接、その教師に言ってやる。ちさと、電話を」

「はい、あなた」

 学校の職員室の番号にコールすると、ちょうど相手は麒麟の担任教師だった。好都合とばかりに悟は相手に怒鳴どなりつける。

「うちの息子の言い分を一切聞かなかったそうですね?」

「いえ、そんなことはありませんよぉ? ちゃんと双方の言い分を聴いて、公平に判断を下しただけです」

「あんたは嘘つきだ! 我が家の家宝だと麒麟はちゃんと言ったのに、それを信じず、女子に渡してしまった。そのことで、どれだけ息子が傷ついていると思いますか?」

「家宝ならば尚更学校に持ってくるべきではないでしょう。それに、いい加減にあの赤い髪も染め直すようにお父様からも言ってやってくださいよ。これでは示しがつきません」

「赤い髪は私もそうです。我が家の遺伝です」

「嘘つきはそちらではないでしょうか? 赤い髪なんて海外の人のものでしょう? あれだけ鮮やかな赤い色は染めているとしか思えません!」

 電話から聞こえる声は担任教師がいつも媚びるような声とはまるで違っていた。いつも学校では男性教師に媚を売ってばかりの癖に。

「ではせめて、勾玉だけでも返してください。あれは家宝でもあり、お守りなのです。私も若い頃はいつもあの勾玉に助けられました」

「あぁ、それは不可能ですね。女子にプレゼントしてしまいましたから」

「……なんですって?」

「ですから、没収したものを担任教師の私がどうしようとも私の自由です。女の子たちの方が似合うのでプレゼントしたんですよ」

 悟の手がわなわなと震え出した。そこでちさとが素早く電話に変わった。

「もしもし、わたしは麒麟の母です」

「あぁ、これはこれはお母様ですか。どうかお母さまからお父様と息子さんに言ってやってください。私の言い分が正しいと」

「ふざけるんじゃないよ!」

 思わず悟も麒麟もちさとの方を見た。彼女が激昂する姿など父と同じく初めて見た。

「若い男に媚び売って結婚に必死なのね。そうまでしてわたしの息子を利用する気? あんたは自分のお腹を痛めて産んだ子がしいたげられているのを見ていて黙っていられるわけがないでしょ!」

 相手が急にしんと黙り込んだ。

「勾玉を返しなさい。そのままの形で。いいわね?」

「……それが、女の子たちは面白がって弄るものだからあちこちが欠けてしまっていて……」

「ふざけるんじゃないわよ!」

 再びのちさとの剣幕けんまくは恐ろしい。母は強し。その言葉を寄生木家の男ふたりは噛みしめていた。

「そうやって弱い者いじめをすることに教師までもが加担かたんするからイジメはなくならないのよ。自己中心的じこちゅうしんてきな教師がいるから、いつまで経っても誰も優しくなれないんじゃない。恥を知りなさい!」

「……明日、女の子たちに勾玉をどうしたか訊いてみます」

 それだけ言って電話は切れた。そしてちさとの表情は怒りに染まっている。

「ちさと」

「なぁに?」

「ありがとう。私では麒麟を護れなかったよ」

「なに言ってるのよ。息子を護るのは母親の役目よ。麒麟、明日は堂々と学校に行くといいわ」

 そう言ってちさとはお茶を啜る。寄生木家の夕食は荒れた。


「寄生木くんさぁ? 親に頼るとか情けないって思わないの?」

「ホント。せっかくカッコイイかなーなんて思ってたのに」

「ダサいよ」

 学校に着くや否や、例の女子さんにんに絡まれ、思わず麒麟は怯む。だが、ここで諦めてしまっては、家宝の勾玉は戻ってこない。

「……カッコ悪くても、ダサくてもいいよ。勾玉さえ返してくれるなら」

 すると女子たちはにやりと笑った。嫌な笑い方だ。

「あーあれね」

「あたしたちさんにんで分けちゃった」

「文句ないよね? 先生の言う通りにしたんだから」

 

 ――僕の勾玉が、分けられた?


 頭を鈍器どんきで殴られたかのような衝撃を受けた。まさかそこまではするまいと思っていたのだが、それは甘かったらしい。

 教室には担任教師がとぼとぼと入ってくる。

「寄生木くんに勾玉を返すよう、ご両親から抗議の電話が来ました。さんにんとも、ちゃんと返してあげてね。寄生木くんは親離れできていない赤ちゃんだから」

 どっと教室中に笑い声が起こる。

「寄生木クーン、ママが恋しいでちゅかぁ?」

「乳離れできてないんだね、ぼくちゃん」

 

 ――この先生は、教師失格だ。


 ちさとの言った通りだった。やっぱり学校は私立にすればよかった。そんなことを考えている時だった。教室のドアががらりと開いたのは。

「スフィー? なんでこんなところに? それに怪我は――」

「何者ですか? ここは学校です。関係者以外の立ち入りは禁止で――」

 次の瞬間、スフィアのビンタの音が教室中に響いた。それは並の男よりも遥かに強烈な一撃だった。叩かれた担任教師はその場にへたり込む。

「なにをするんですか!?」

「学校は勉強をするところだと聞いた。それなのになんだこの無法地帯むほうちたいは? やかましい上に、不真面目極まりない」

「貴方には関係のないことです。それに暴行罪ぼうこうざいうったえますよ!」

「好きにしろ。どうせ私はこの世にはいない者だ。するだけ損だぞ」

「一体何の話をしているんですか?」

「少なくとも貴女は教師の器ではないことは確かだ」


 ――スフィー。


 スフィアはまだ安静にしていなければならないはずだ。それなのに来てくれた。

「そしてそこのさんにん」

「ヒッ!」

「麒麟の勾玉を分類したようだな? それが麒麟の宝なのだぞ? なぜ平気でそんな真似が出来る? 私にはまったく理解できん」

「……それは」

「『それは』、どうしてだ?」

 スフィアのあおい髪の色のことなど今は関係がないらしい。女子さんにんは怯えている。可哀想なくらいに。

「スフィー、それ以上責めないであげて」

「なぜだ? こやつらはお前の宝を、家宝を奪ったんだぞ?」

「スフィーはひとりで男のひとふたりを苦しめちゃうくらい強い」

 ここで教室がざわついた。まさかこんな少女にそんな真似が出来るのかと半信半疑だ。

「だから、殴らないで。僕はスフィーが誰よりも優しいひとだって知ってるから」

「……」

 すると例の女子さんにんはみっつに分かれた勾玉を麒麟に返してよこした。勾玉はもう修繕不可能だろう。せっかくの家宝が台無しだ。

「これでも、許せるのか?」

「しょうがないよ。こうなったのは僕が弱いのが悪いんだから」

「強くなればいい」

「うん」

 スフィアが麒麟の頭を撫でる。久しぶりのそれは麒麟を心地よくす摘みこんでくれた。彼女の素朴な優しさに触れながら、もう二度と泣くものかと、麒麟は心に決めたのだった。


 そしてそんな時、碧玉京で事態が思わぬ方向に発展しているとは、ふたりともまったく考える余裕がなかった。事態は急変しているとなど、本当に予想もできないことだった。

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