輝け!ノーヘア戦隊
天音 サトル
第1話
俺は子供の時、女の子向けのプリティーでキュアな感じの女の子たちが悪のオーラを集める秘密結社と戦う話を一回だけみたことがある。
そのときに子供ながらにふと疑問に思ったことがある。
何故、わざわざ動きにくいフワフワとした服に着替えて戦うのか。その疑問は普通の服よりも軽い使用になっているし、スカートの方がジーパンよりも動きやすいからということで解決した。でも、何故彼女たちは髪の毛を使って戦うわけでもないのに、髪の毛が伸び縮みするのか。ティアラで戦っている人もいたから、髪飾りが付くのには理由は無いとは言い切れない。しかし、髪の毛の伸縮に関する疑問は解決することがなかった。そのときはどうでも良かったのだが、後に髪の毛の存在に関して思うところが生まれることは、疑問に思った幼い少年時代は知る由もなかった。
これから始まるのは、どこにでもいるような、いないような、そんな俺に起こった、生きている中で一番と言えるだろう本当に濃い一夏の物語だ。
俺は梨上 桂 (なしがみ けい)。
東京都世田谷区にある、とある由緒正しい寺の息子である。うちの寺は釈迦如来像が有名であり、一度見るとその美しさに悩み事から救われるのではないかと思い再び訪れるお客様が多い…ってそんな話をしたいのではなく。そんなコテコテの、筋金入りの寺息子だけれども、俺は坊にはなりたくなかった。 確かに、継ぐものが決まっていることがあるならば、明確な将来像が見えているのでそれに進めばいいだけだ。だけど、本人の意思に拠らず用意されている道筋に本人が進みたいとは限らないわけである。俺が前からずっと目指していたのはヴィジュアル系バンドのボーカルだった。昔からハマっていた曲は寺が素朴であるがゆえの憧れかヴィジュアル系バンドのものばかりだった。それに憧れてずっと一緒にいた親友と二人、ボーカルとギターとして軽音楽部で中学生活はずっと練習に明け暮れた。たとえチャラチャラしているなどと言われようとも、キモいなんぞとバカにされようとも、この熱い、熱いV系への思いは消えなかった。
けれども。
俺にお坊さんになってもらおうと考えていて、かつ、自分の代でお寺を途絶えさせたくないと考えている親父は違った。
俺が不真面目(といっても説法を三回に一度聞かなくなったり毎日は朝の座禅をしなくなっただけ)になったのは悪魔のような化粧を施した人々が延々と何かを叫んでいるヴィジュアル系にハマったのが諸悪の根源だと考えたらしい。
ある朝に目が覚めて、何か違和感があると思ったら、体が縮んでいた、のではなく、俺が大好きなバンドのボーカルに憧れて大事に伸ばしていた自慢の黒の長髪を、ぐっすりと睡眠している時にこっそりと、しかしバッサリと切られてしまった。しかも、一本残らず。
つまりは、丁寧に手入れして大事にしていたロングヘアーの髪の毛が一本もない状況に一晩で陥ってしまったのである。野球部の少年宛らにツルツルになっていたのだ。
これに、俺はすごく焦った。
ヴィジュアル系のように髪を伸ばすためには、何年もずっと髪の毛を切らずに保つしかない。おまけに親父の髪が生えるのが遅いという部分が遺伝してしまったからか理想のロングヘアーになるまでに三年間もの歳月を費やした。それなのに、一晩でそれがハゲ…いや、髪なしになってしまったのである。とてもショックだった。
だが、それ以上に髪の毛がないこの状況でその親友に会いたくないと思った。会わせる髪がない。じゃなかった、会わせる顔がない。
どうしようと考えた結果、昔ライブに行った時に調子に乗ってかぶったロン毛のカツラを被って登校した。
そして、その日はみんなにバレずに済みなんとかやり過ごすことができた。それですっかりカツラの楽さの味を占めてしまったのだ。手入れはいらないし、何よりもカブるだけで頭の重みがない。
だが、やはり髪の毛の根本的な問題は解決していないわけで。このままの髪の毛でバンドを続けるわけにはいかないと思った。想いの詰まった長い髪の毛が切られたという事実が憧れへの架け橋が絶たれたように感じて、歌に身が入らなくなってしまったのだ。何より親友にも申し訳ない。そう思って、昔から続けていたバンドも飽きたなどと適当に誤魔化して脱退した。
そうして俺は、普通の、至ってどこにでもいるような平凡極まりない男子中学生に戻ってしまい、しばらくして寺の跡継ぎを正式に決められた男子高校生となったわけである。
そして今。
俺は高校生になって二度目の夏を迎えている。
バンド活動に憧れた中学生活とは違い、なんの憧れもなく、ただただ息をして、友人とともに日々を過ごしている。この毎日が窮屈だとか、そんな大層なことは考えていない。けれども、毎日が刺激のあった生活に比べればツマらないとは感じていた。
そしてあと一年で受験だからしっかりしろとか、志望校をはっきり決めろだとか、読経や写経を毎日しろ、と言われて辟易していた。
そんなこと、ぐるぐると考えても仕方が無いけれども、考えずにはいられなかった。
これから、そんなことが考えられなくなるほど、めまぐるしく回る毎日を過ごすとは、思いもよらなかったのだ。
****
ピピピピピーー
かちっ。
軽快な音を奏でた目覚まし時計を遮り、まだ気だるい身体に鞭打って布団をでる。起きるとは床を離れることだ、と親父には昔から何度も布団を剥がれて十何年、やっと一人で起きれるようになった。ちなみに今の時間は日の出前の四時半くらいだ。セミがミーンミーンと忙しなくないているのが聞こえる。こんな時間に起きている男子高校生なんて宿題をやっていない奴か夜更かししてしまった奴くらいしかいないだろう。ふん、と謎の優越感を覚えつつ日差しがないため真っ暗なのでぽちっと電気をつけて周囲が見えるようにした後布団をたたむ。窓を開けると、外からむわっとした空気が入ってきた。夏特有のそれに眉をしかめた。布団部屋の端において、服を制服へと着替えた。そのあと、立て掛けてあった塵取りと箒でささっと身の回りの掃除をする。毎日やっているのでほとんどゴミは出ないけれど、これをやらないと朝を迎えた感じがしないのだ。
五分くらい黙々と続けたのち掃除をやめて、下の階に降りた。この家は宮大工が作ってくれたものなので暑くない構造になっているから涼しいのだ。無駄に長く光沢のある廊下をギシギシと音を立てながら歩いた。少し埃が溜まってそうな溝を明日にでも掃除しようと決意しつつ、広い御堂へと足を踏み入れた。
広々とした広間に、燦然と輝く釈迦如来像。それを眺めていると、心が晴れやかになって、やっと一日が始まったことを実感できるのだ。障子の下のガラス部分から少しだけひかりがさしている。前に正座して、手を合わせて心の中で「今日も一日頑張ります」と話しかける。この像が喋るわけもないのだが、習慣というものは変えられないわけで、毎日話しかけてしまう。
すっかり昔の生活からは変わってしまった。ヘッドホンを常備し爆音で音楽を聴いてロックに明け暮れていたあの日々が嘘かのように今は地味な生活を送っている。
挨拶を終えた後、伸びをして立つ。今から、食事当番のためご飯を用意しなければならないのだ。家では修行の一環として食事当番制にしている、らしい。御堂から出て、離れにある食事場に行く。ピカピカと光沢ある廊下の板に滑らないように慎重に歩いた。
離れは俺の部屋や御堂のような和風の造りではなく、一般家庭のような造りになっている。俺の母と妹はこちらに住んでいる。キッチンやシンクは銀色だし、熱に至ってはコンロですらなく、最新式のIHクッキングヒーターだ。昔は火からおこして釜で炊いて、木のまな板を用いて…などとやっていたのだが、祖父がこの寺の主だったときに突然地球環境に優しいスタイルに変えたらしい。変な理由だ、と思い出して少し笑いながらエプロンを身につけ朝ごはんを作る準備をする。引き戸から米を出して何合か入れて研ぐ。シャクシャクと混ぜていき、白い研ぎ汁が出てくるのでそれを米が零れないように気をつけながらながしに流す。それを何回かやったのちに圧力鍋を取り出して入れて、ヒーターにかけた。次に縦幅の大きい鍋を取り出して、水と昨日切っておいた人参と玉ねぎを入れて火にかける。グツグツと沸騰したらお玉で味噌を溶かす。もう手慣れたものだ。味が薄くないか確認し、器に注ぐ。四つの器に注ぎ終わり、今日もうまく出来たと満足していると、たったったっと軽やかに廊下をかける音が聞こえた。
「おはよ、お兄ちゃん、朝ごはんまだあ?」
そう言いながら寝間着で髪の毛を一部ぴょこぴょことはねさせながら寝ぼけ眼で上半身をひょっこりと入り口から覗かせているのは、俺の妹の藍だ。中学二年生であり、テニス部のエース。試合は観に行ったことはないが賞状を貰ったりしているので強いのだろう。
「あとちょっとでできるから待ってくれ。」
「はーい。もーお兄ちゃん女子力高過ぎだよねぇ!頭はマルコメみたいなのに!」
笑顔でそう言う妹。妹の言葉がグサリと心に刺さる。そして悪気が無いのが恐ろしい。
「…ちょっと傷ついたぞ、今。」
「ごめーん!あ、何か手伝うことってある?」
「…じゃあ味噌汁、食卓に運んでくれ。」
「はあい!」
そう言って妹はこちらに向かって来た。パッチリとした目をもつ妹は愛らしい。じいっと見ていると「どうしたの?」とこてんと首を傾げて見てきた。何というか、癒される。
「いや、今日も平和だなって。」
「もう、へんなお兄ちゃん!これ運んじゃうね!」
クスクスと笑って味噌汁を盆にのせて妹は去って行った。その後ろ姿を眺めていると、プシューと音が鳴る。後ろを向くと、圧力鍋から白い煙が出ていたので慌てて止めた。蓋を開けるとホワホワと白い湯気が立っていて、米もふっくらと艶がある状態になっていた。その状態に満足してご飯をよそる。しゃもじを差し込みまぜると、ふわりと米独特の甘い匂いがした。冷蔵庫から漬物と梅干しのシソ巻きが入ったタッパーを取り出して小皿にすこしづつ盛った。それとご飯をお盆にのせてそれを食卓に運ぶと、父親と母親と妹が既に座っていた。
「遅いぞ、桂。」
ふん、と鼻を鳴らして偉そうに言う父親に軽く謝る。
「ごめん父さん。」
「もっと早く準備するんだな。」
「いいじゃないですか、ほら、桂が用意してくれたんです。食べましょう。」
母親がそういったことで父親は口を噤んだ。まだ食事の湯気は立ったままだ。
「「「「いただきます。」」」」
声を揃えて食べ始める。
食卓が静かなのはいつものことだ。チラチラと父親と妹がこちらに視線を送ってくるのが分かったが、視界に入れぬようにした。食べ終わったので「ごちそうさま。」といい席を立つ。未だに二つの視線は俺を追っていた。
朝食の後、皿洗いは母親がしてくれるというので髪にカツラをつけようと思い、洗面所に向かう途中で「お兄ちゃん!」と妹に呼び止められた。
「どうした?」
「お父さんったら、お兄ちゃんが食卓に来る前は、包丁で怪我してないかとか言いながらソワソワしていたんだよ?素直に慣れてないだけで怒ってないし。」
心配そうに俺を見上げる妹の頭にぽんと手を乗っける。そして背をかがめて視線を合わせて笑いかける。
「大丈夫だ、分かってるから。」
「…そうだよね、よかった!お父さんのは需要ないツンデレだけど誤解して欲しくないから!」
…相変わらず、無自覚で人の心を抉るやつである。父さんが聞いてたら確実に泣くだろうなあと思いつつ心を抉った相手を必死にフォローすることをかかさない妹の様子が微笑ましく感じて笑みを漏らした。
「じゃあ俺、髪のセットしてくるから。」
「うん!私は朝練だからそろそろ出るね!行ってきます!」
そう言って妹は離れの戸口に立つ。
「行ってらっしゃい。」
手を振りながらスカートをパタパタと翻しながらカバン片手に走っていく妹を笑って見送る。元気だな。
それをした後、くるりと踵を返して洗面所へと向かった。
ギシギシと音を立てて角を曲がると洗面台がある。そこで俺は今の自分の姿をみた。童顔と言われるパッチリと丸く妹に似ている子供らしい顔つきが坊主頭とミスマッチで我が顔ながら笑えてくる。一人で笑いながら手慣れた手つきで取れにくい特殊なカツラをつける。どうしても、ミスマッチな状態を人前に晒したくないのだ。別に坊主頭が嫌というわけではないが笑われるのはプライドに反している。ズレがないか確認して、その後に時計をみるとそろそろ家を出る時間帯になっていた。そう思い食堂にいったん戻り、置いておいたカバンを片手に戸口に向かう。すると戸口のところに母が立っていた。にこりと母は綺麗に背筋を伸ばして微笑んでいる。それを見ながらローファーを履く。こんこん、とつま先を打ち付けて靴をしっかりはいて立ち上がる。
「行ってらっしゃい、桂さん。」
「行ってきます。」
後ろからかかった声に振り返らずに答える。きっと微笑んでいるんだろうな、と思った。
家から出て、門から石造りの階段をおりて、その目と鼻の先にある商店街をゆっくりと歩く。すっかり辺りは明るくなっていて日差しか鬱陶しい。みーんみんみんと蝉も煩くなき続けている。
突然ぽん、と肩をたたかれて振り向くと、大和撫子と囃し立てられている幼馴染の姿が。
「…おはよう、桂。」
「ああ、おはよ、綺更。」
こいつは向見綺更。所謂幼馴染という奴で、ウチと宗派が同じ寺なので仲良くしている。ロングの黒髪ストレートを風になびかせる姿は寺の娘という響きを途端にオシャレにさせる。こっちは寺の息子などと言ったら笑われるというのに。
「朝から暑くて怠いわね。」
隣に並んで歩き出すと、ふとしたように綺更は言う。確かに髪の量も多く、黒髪に熱が集まり暑そうだ。じっとみてしまうと「何見てんのよ。」と笑いながらぺちりとほおを叩かれた。痛い。
「そうだな、お前はロングだから暑苦しそうだし。」
「ふっ、それを中学生の貴方に聞かせてあげたいわね。」
「うるせー。」
こいつは俺の中学時代を知っている。昔は私立の中学に入っていたため、綺更と地元の中学には通っていなかった。だから心機一転という意味で地元の高校へと入学を決めた。そのため高校では俺がロン毛だったことを知っているダチはいない。…こいつを除いて。小さい頃からの付き合いだから全て知られているといっても過言ではない。
あのロン毛で俺がカッコイイと思ってバングルやスタッズのついた服ばかりを着ていた時期もあった。黒いロングのコートに指ぬきグローブなど、随分中二病の人のような格好だった気がする。
「でも、昔から変わらないよね。」
「何がだよ。」
「性格とかかな。あと、貴方の背丈も、ね。」
「性格か…背丈に関しては反論できない。」
今、並んで歩いているけれど目線は悲しいことにほとんど変わらない。
そりゃ一センチ二センチは俺の方が高い…はずだ。でも変わらないのは事実だ。落胆のため息をついた。
「別に背なんて伸びなくても良いじゃない。大した問題じゃないのだし。それよりも私は友達が多いのが羨ましいわ。」
そうため息をつく彼女になにも言うことが出来なかった。
彼女は、孤高の美少女と称されるのだ。性格はキツくないし、協調性もある。何故友達が出来ないかと言えば、その完璧すぎる性格と容姿と脳みそが合わさった結果、高嶺の花と化し話しかけるのも畏れ多いと敬われているのだ。
しばらく無言で歩いていくと学校に着いた。相変わらず平凡を体で表したような学校だ。校門をまたぎ二人で並んで歩いていると、ひそひそと話す声が聞こえてくる。もうひそひそ話というレベルではなくペラペラ話といった方がいいかもしれない。
「おお、向見さんいるぞ。」
「相変わらず美人だよな〜、んで、朝は大体梨上も一緒だよな。」
「ま、アイツじゃ相手にされねえし、取られる心配もねえな。」
「美人はみんなの目の保養だからなー。」
釣り合わねえのは知ってるが、あからさまにこう言われるとイラっとくる。全くだ。
「何か、ごめん。」
「謝んなよ、別にお前は悪いことしてないし。」
しゅんとして眉を下げるのを、口調を強くして嗜める。悪いこともしていないのに謝るのは良くない。
「そう、ね。」
そうよね、と噛みしめるように彼女は自分に言っていた。孤高ゆえの思いが何かしらあるのだろう。干渉はせず、他の話題を振って話続けた。
相変わらず校内でも注目の的であり並んで歩いていても様々な声が聞こえてきたが、シャットアウトした。
教室が違うのでドア前で立ち止まる。彼女は笑って手を上げた。
「じゃあね、また。」
「…おー。」
バイバイ、と手を振って教室に入った瞬間、ドンッと背中に衝撃がはしる。何だと思い、振り向くとニヤニヤ笑っている男がいた。
「おはよ!また二組の向見さんと登校かー?羨ましいなァ、オイ。あの方と話せる男子なんてお前ぐらいだぜ?」
そう言いながら首に腕を回してくるのは長島誠。多分、一番仲の良い友人だ。お調子ものだがいい奴でコミュニケーション能力も高い。顔立ちも俺とは違って男前である。
「うるせー!家が近所なだけだっつの。話しかければいいだろ!」
「レベル高すぎて近づけねっての!近所とかいいつつお付き合いとかしてるんじゃないんですかぁ?」
この!とか言いながら頬をツンツンとつついてくるのがうざったい。大体本当にこの学校の奴らは綺更に夢を見過ぎていると思う。指を掴んで強く握りしめ、痛がっているところで身体を離して、窓側の一番後ろという最高なところに位置している自分の席に座ると、前に座っているクラスメイトが振り返って「おはよ、朝から仲良いよね。」と言った。綺更のことか誠のことかは分からないので「はよ。別に、そんなことないよ。」と言う。それに彼女は笑って「…羨ましいよ。」と言って前を向いた。
一体、何のことだろうか。そう考えるも、担任が教室に入ってきたことによりその思考は中断された。
はー、とため息をついて一日の授業はスタートした。
淡々と幾つもの授業を受けたのち、ふと授業の時間割を確認する。次の時間割は…古典か。そう思って憂鬱な気持ちになった。普通に受ける分には何ら構わない。得意科目でもある。だが、如何せん担当教師が問題なのだ。
ニコリ、とセンセイは笑った。
「それではこの百人一首の一首を梨上くん。読み上げてちょうだい。」
…きた。いつも古典の授業の時にこの人は俺を当てるのだ。ニヤニヤとしながらクラスメイトたちがこちらを見てくるのがわかる。それにはー、とため息を着いてからがたりと席を立った。
すう、と息を吸い込む。
「はるーすぎぃーてー、なつーきにけらーしいーしろーたえーのーころーもーほすーちょうーあまーのーかぐーやまー。」
言い終わり、ガタンと乱暴に椅子を引いて座り、教卓の方をみると先生が教卓に肘を着いてそれに顔をのせ恍惚の表情を浮かべてこちらを見ていた。友人は肩がふるえている。
「相変わらず、いい詠みねえ。」
このセンセイは、百人一首が大好きだ。そして俺の詠み方が専任読手と同じ位好きらしい。お経を読む練習を録音してCDに焼いて欲しいとまで頼まれた。無論、断ったけど。
そしてセンセイは顔を引き締めたのちカツリとヒールをならして黒板の端に立ち、チョークでカッカッと書き始めた。
「これは百人一首二番歌として覚えてる人も多いわね。でも筆者まで覚えている人も少ないかな。これは持統天皇が詠んだ歌よ。白の衣の色と香具山に生い茂る緑のコントラストがとても爽やかな感じがする歌。」
ノートにカリカリと書き終えてちらりと窓の外をみる。日差しか強く、遠くに見える山々は瑞々しい木々が生い茂っていて真緑だ。今のような季節のことを彼女は詠んだのだろうな、と昔にすこし想いを馳せた。
それからは平穏に授業はおわり、学校てまの一日が終わる。相変わらず太陽は燦然と輝きを放っていたし、蝉もツクツクボウシとマヌケな鳴き声で求愛していた。
そろそろ帰るか。席から立ち上がると、何人かが視線をよこした。
「じゃーな!」
そう言ってがらがらと扉を引いて教室を出る。後ろからそれに対するバイバイ、やら、じゃあねなどの言葉が返ってくる。それを聞きつつ廊下を歩くと、これから部活動に向かう生徒たちや遊びに行くのか楽しそうに話して廊下をゆっくりと歩く生徒たちの間を縫って歩いた。
友人の皆が部活に所属していて帰る相手がいないため、ポツンと淋しく一人で校舎を後にする。学校の構造は少し変わっていて、校舎を挟んでグラウンドと入り口がある。そのため、部活動の声は遠くに聞こえて、それがまた夕日に照らされながら一人で歩くのを虚しくさせた。その思いから逃れるため校舎の敷地内からでようと早く足を動かした。
そして、違和感を覚えて足を一旦止めた。夕日に、照らされる?
今の季節は夏で、日が照っている時刻は長いはずなのだ。その証拠にシャツはベトリと肌に張り付いている。まして四時なんて青空が広がっていてもなんらおかしくない。どういうことか。しかも先ほどまでの夏のむわりとした暑さも、いつの間にか消えていた。
「助けてくれー!」
考えあぐねていると誰かが叫ぶ声が、人のいるはずの無い垣根のほうから聞こえてきた。何処かで聴いたことのある声だ。そう思い、校門までの道のりから少し外れてそちらの方へとこそりと音を立てずに歩く。すると、木陰に人がいて争っているのが見えて何だろうかと思ったのが、間違いだった。
そこにはーーー裏地が赤い黒マントを纏った全身が黒タイツの、艶のある黄金の長髪をもった男が、叫んでいた人物こと今も抵抗を続けている我が校の長を捕らえていた。
黒マントは叫んで校長に掴みかかり、そして為す術のない校長は人通りの無い連行されて行った。見つからないうちに、自分まで道連れになってしまっては仕方が無いので取り敢えずこの場から離れなければと足を動かそうとするも、普段見慣れていないものへの恐怖とおかしなことが起こっている事実から竦んで動かない。
「何なんだよ…!」
黒マントの人物は学校の垣根の付近の木に校長を押さえつけて何かをしようとしていた。押さえつけているそいつは昔みた、三分しか変身のできないヒーローもので出てきた悪役のような面構えだった。
ここで校長を見捨てるほど、俺はまだ腐ってはいない。だが、出来ることなど高が知れている。
ツーっと冷や汗が額を伝う。
どうしたらいいのか、懸命に考えるけれど、竦んだ足を動かすこともままならない今、最善の選択は。
「(電話だ!)」
本物の不審者だからこそ、警察に電話をして校長が死ぬかもしれないという最悪の事態を回避できるかもしれないと思い、スマホを取り出した、瞬間。
突如、意識がブラックアウトした。ブラックアウトという言い方は少し違うか。深い思考の海に落とされたような、そんな感覚がする。
ぼんやりとした感覚がして、視界にうつるものが歪に見える。
ーーーーーもしもーし、コホン!
なにか、聞こえる。
ーーーーーもしもし、聞こえますか
そう声が脳内に響いてきてハッと意識を取り戻すと、何故か真っ暗な空間にポツンと後光を差しながら家の御堂にあるはずの釈迦如来像が浮かび上がっていた。何故これがここにあるのか。困惑しながらそう思っていたら。
ーーーーー今、あなたの脳内に直接語りかけています。
声が、また響く。いや、響いているから説明しなくてもわかる、とツッコミを心の中でいれつつも一つ、疑問に思った。
この声の主は、まさか…そう思い顔を上げて釈迦如来を見上げるも、口元は動いていない。ただ、何時ものように黄金の光を放ち続けているだけだった。脳内に直接語りかけているから誰が喋ってるか分からないのだが、と思いつつも見つめ続ける。すると、また声が響き始めた。
ーーーーーあなたに、先ほどの状況を打破する能力を与える!
は?と声に出そうとするも、この空間は声が出せないようで何も言うことはできない。
兎角思ったことは、要らねえよ、ということである。俺は別に自分の力で解決しようと思っていないし、ここで関わったらかなり面倒そうだ。別にヒーローに憧れていた時代がなかったわけでも無い。
でも、ヒーローになる力をもらうならば、昔伸ばしていた長い髪の毛のほうがほしい。
そんな俺の思いを他所に、俺の癒しのはずだった釈迦如来は勝手に話をすすめていく。
ーーーーーさあ、少年よ。今こそ力を解き放つのだ。
その言葉と共に、キラリと光るものを投げられる。釈迦如来が笑った気がした。
ーー瞬間、再びブラックアウト前の、現実に戻っていた。
目の前には意識を失う前と寸分たがわぬ、校長が押さえつけられている光景が広がっている。
夢、だったのか。
そう思ったのだが、腕に違和感を覚えてみると。
「なんだよコレ…。」
見覚えのない、夕焼けの光を反射させて輝く薄紫色の数珠が腕についていた。最後に投げられたキラリと光ったものと似ている。つまりは、夢ではなかったということだ。
だがしかし、こんなといってしまうのは何だが数珠なんかで怪しい不審者に立ち向かえるわけもない。
…どうしろと!?
投げやりになってぶん投げようと思って腕から外そうと乱暴に掴んだら、瞬間、眩い光を放って視界が阻まれた。
「ヘアスタイル、チェンジ!」
口が、勝手に動いた。
身体がフワリと浮遊感を覚えて空中へと上昇したのち、数珠からの光に包まれて行き、オシャレな動きやすい着物の衣装をいつの間にか身に纏われていく。最後に草履を身につけてスタッと着地した。いつの間にか校長から手を離して呆然とこちらをみている黒マントに対してクイッと口角を上げる。
「輝いてるのは頭と心!ノーヘアファイン!」
再び、勝手に口が動いた。人差し指で相手をさした。黒マントの口は開いたままだ。
そして数秒あけたのち、俺は正気を取り戻した。先ほどまでさしていた指をゆっくりと戻す。そして、謎の夕焼けでオレンジ色に染まっている空を見上げながら頭を抱える。
「いや意味わかんねえんだけど!?え!?あの釈迦如来何してくれてんの!?」
叫んでしまうのは仕方ないだろう。こちとら混乱し過ぎて何が何だか分かっていないのだ。しかも輝いてるのはってなんだ。変身したら普通は髪の毛が生えるはずと思って触ってみたけれど、宣言通りノーヘアらしい。むしろ被っていたカツラが消えている。そんなのファインじゃねえ、サッドだよ。
「お前…何者だ!」
そんな俺を他所に、先ほど校長がこっそり逃げ出したことを知らない黒マントは俺に話しかけてくる。
何者かなんてこっちが聞きてえよ。
そう思って無言でみていると、何を勘違いしたのか「名を聞くなら先に名乗れと言うことか!良いだろう!」と一人でブツブツと言い、キリッとこちらを向いた。さっきの変身後の俺と似ている。
「俺様の名はツヤアールだ!見るが良い、このツヤやかな髪の毛!」
そういってツヤアールはフサァッとその名の通りの艶やかな金色の髪の毛を手で持ち上げる。夕陽にツヤツヤと反射していて綺麗だ。たしかに羨ましいけれど、あのキャラ素でやってるならそうとう恥ずかしい奴だよな。
「…へえ。」
取り敢えず無難な反応を返しておく。すると気に入らなかったのか、それともバカにされたと考えたのか顔を赤くしてワナワナと震えながら眦をつり上げて手を重ねて俺に向けてきた。何かくる、と思い腕をクロスしてギュッと目を瞑った。
「カミフエーロ!」
そうツヤアールが唱えた瞬間、頭にガンッという衝撃、ではなくフサァッという違和感が襲ってきた。何だろうかと思い触ってみると、なんと髪の毛が…生えた!昔の親父に剃られる前の髪たちが復活している。ブワッと吹いてきた突風にフワリと髪の舞う感触が。この感覚を久しぶりに覚えることができて感動した。
いい奴じゃねえかと思いツヤアールを見ると、ドヤ顔になっていた。何故かしてやったり、という顔をしている。むしろいいことをしてくれたのだが、それをわかっていないのか上を見上げて「ハーッハッハ!」と高笑いをしている。そして俺をみてキリッとしま顔つきになり、ビシッと指でさしてくる。
「ふっ、どうだ!髪の毛が無いやつには髪の毛の重みやありがたみがわからないだろうからな!感謝しろ!眩しい頭しやがって!」
その言葉にさすがにカチンときた。こちらは好きで髪の毛が無くなった訳でもなく、親に刈り取られたという理由で髪を奪われたのだ。髪のありがたみを、知らない訳が無い。それをこいつは眩しい頭という一言で片付けた。
絶対に、許さねえ。
その思いから何かをしてやりたいと思ったのだが、生憎初変身でどのような技が使えるかなど、このノーヘアファインの力の使い勝手がわからない。うーん、と悩む。
「さあさあどんどん行くぜ!」
ツヤアールはニヤリと笑いそう叫びながら、指パッチンをして次々とまともそうな攻撃技を出し始めたので避けることに集中した。思った以上に攻撃が速く、避けるのに手一杯だ。避けられるだけ凄いとは思うが如何せん変身後の格好がとても動きにくいのだ。それにも何故かイライラしてしまう。バカにされた後に無性にイライラして、その後に些細なことでイライラしてしまうのだ。眉間にシワがよる。
復讐は何も生まない、という考えはなく、今の俺はどう復讐するかということで頭がいっぱいであった。
ヒーローにあるまじき考え方だろうが正直、何故俺がこんなヒーローになったのか、そもそもこのヒーローの必要性はあるのかという理由がわからないため正義などどうでもいいのだ。人にはそれぞれ正義があって争い合うのも仕方ないのかもしれないと言っている人がいるのを聞いたが正しいと思う。
どうでもいいことを考えつつ止まらない相手の攻撃をどうにか躱し続ける。そして、ハッとある技を思いついた。使えるかは分からないがやってみるしかない。そう思い、行動に出た。ツヤアールの攻撃の隙をつき距離を縮めて、ぐっ、と拳を握りしめたのちにバッ、と先ほどのツヤアールと同様のポーズをしながら頭の中でそのイメージを膨らませて、叫ぶ。
「
その瞬間、ツヤアールはピカッと光を放ち、そして…わなわなと震えていた。顔は尋常ではないほど蒼くなっている。髪の毛が生えたままだから、技は失敗した気がするのに。
「髪が…!俺のかみがっ!!」
そう叫んでフサフサの髪の毛をかき乱している。…成功はしているようだが、当たり前ではあるが自分には幻覚が掛からないのでその感覚がしない。ヘドバンのように頭を激しく上下させている様子から効いているのは確かだから、離れながら次なる手を考える。髪の毛技のほうが効くのかもしれない。綺麗な夕陽が目に入った瞬間、次なる一手が思い浮かんだ。
「乱反射!」
そう叫んで頭を夕陽の方向へとむける。
オレンジ色の神々しい光が俺の頭を伝って相手の目にレーザービームのように差し込まれる。
相手は地面に倒れこんで「目がぁ!」と某大佐のように唸りながら目を押さえている。余程眩しかったようだ。戦闘不能らしい。だが勝った気がせずむしろ虚しさが襲ってきたのは何故だ。
「おのれ…覚えてろよ!」
そんな俺を他所にそう捨て台詞らしい捨て台詞を吐いて、校門の方へと走って消えていった。瞬間移動じゃねえのかよ。あとあいつ、結局校長をおそった目的は何なのだろう。そう思った時には、もう消えていた。その瞬間に俺がうっとおしいと思っていた服もいつの間にか着慣れた制服に変わっていた。あっけなさすぎる。
そして空は青空を取り戻した。先ほどの涼しさが嘘のように日が照っていて暑い。蝉の鳴き声も遠くから聞こえてきた。
戦闘が終わりを迎えたのだという自覚をもった瞬間、謎の脱力感に包まれながらも取り敢えずカバンを拾い、頭にカツラがついていることを確認する。そして被っていることに安心感を覚えた。
ふと、髪の毛の意義について考えさせられた。別に、生えてなくても戦えるのか。むしろ、髪の毛がないからこそ出来ることもある。無い物ねだりをするよりも、その現実を理解した上で角度を変えてみればそれの良さがみえるのかもしれないと、謎に学んだ気がした。
今日は何だか目まぐるしくことが起こり過ぎて疲れてしまった。癒されたいと思いながら再び歩き始める。
たしか川沿いにかき氷屋さんが出店していたはずだからそこによろうか。そう決意をかためて茹だるような暑さを耐えた。校門から出て自転車とすれ違い、そよ風にうたれる。コンクリートの反射熱が嫌になる。夏だな、と当たり前のことをぼんやりと感じた。
リーン、と風鈴がなる。その耳心地のよい音に癒されながら、御座に座る。先ほど買ったかき氷は冷たいが溶けかけていた。
しゃくり。スプーンでイチゴシロップがかかった白い雪山をすくい取り口に入れる。
「あっついな…。」
キーンと苦しくなる頭を押さえながらも、パタパタとシャツの胸元を掴んで風を送る。
きっと、さっきまでのことは、夏がみせた幻覚だ。と思いたい。
たとえ、腕に紫色の数珠がついたままでも、だ。
それがやけに、重く感じることも、きっと気のせいなのだ。
輝け!ノーヘア戦隊 天音 サトル @nv286
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