茂呂平の約束

「くそっ」


引っかかるもんが何も無くて、マジで腹立つくらい思い出せねぇっ……。


「うぬぬぬっ」


こうしたらいけるかもしれないと、両手で頭を掴み指先でマッサージしてみる。


「いや、己ヘッドスパやめろ、おい。そんなんじゃ思い出せないって」


「うるせえ爺。己の気持ちがよいとこは己が知ってるもんだろ」


自分で言うのもなんだが、結構考えるタイプなんだ。凝り固まった頭じゃ思い出せないものが更に思い出せないはずだ。


「いや、自分で言ってるじゃないか。ただ気持ち良いだけだろ、それ」


「そ、それは……」


否定するにあらず……。だって、本当、真っ白なんだもん。思い出せる気なんてこれっぽちも無いのさ……。


「まあ、あれだ。爺さんはさ、思うんだよ」


爺が思うことなんてろくなことない。……と、俺は思うわけだけど。


「思うって何が?」


とりあえずは問うてみる。すると……。


「すぅ~……ふぅ~……」


爺は天井へ向かって深々と煙を吐き出し……。


「その記憶がないことにこそさ、約束ってもんが繋ってるじゃないか……ってな」


と言い、消した煙草で灰皿の中や周りを掃き掃除するように灰をかき集めることに集中し始める。


「なんか、ほら……試されてるような」


「試す?」


記憶を消して試したいこと……?

……いや、考えても全然わからんな。記憶を消すだのなんだのの話自体、非現実過ぎて俺にはさっぱりだ。


「まあ、なに? 混ちゃんについてはこんな話もあるんだけどね……」


と、爺はまた昔話を始めるのかと思ったら無言になり……。


「…………ほっ」


いつの間にか灰皿の中心に吸殻を綺麗に並べて築いたピラミッドの最上部にあたる、最後の吸殻を慎重に乗せると、真剣な眼差しで色んな角度からピラミッドの出来を確認して……。


「っしゃあ!!」


両手を挙げたままの体制でそのまま後ろに倒れこむように寝転んだ。


「で? 混ちゃんの話は?」


爺の手遊びなんていつものことなので大して気にもせず、大きな欠伸をかましている爺にそう問うてやる。


「え~っとなぁ~……混ちゃんだろ? 混ちゃんだけにこんな話がぁ~……ふぁぁ……ぁ」


再びした大きな欠伸の味を確かめているのか口をモゴモゴと左右に動かすと、爺は少し顔を上げ……。



「なんだっけ?」


とか言いやがった……。


「…………」


「じょ、冗談だって。そんなに睨むなよ。い、今思い出すからっ」


思い出す……だと?


「俺ぁ、許さねぇよぉ……」


「ああー! ちょっと待って、お前馬鹿っ! 俺のピラミが!!」


ふざけすぎるからこうなんるんだ、馬鹿が。つうか、少し揺らしてやるとあれよあれよと崩れた吸殻のピラミッドになんの思入れがあるというんだこいつは。馬鹿めが。



「んさぁ、話をするんだよぉ、ん爺ぃ……」


四つん這いになり灰皿を真上から見下ろして震えている爺へ、威圧感を込めてヌルッと言ってやると。



「酷い……酷いよ……お兄ちゃん……」


誰が、お兄ちゃんだ、この馬鹿。


「いいから話せよ、爺。時間はもっと有意義に使え。そんなもんどうでもいいだろ」


吸殻ピラミッドのに使う時間なんて数分でも勿体無い。


「そ、そんなもとか……どうでもいいとか……」


爺は先ほどより更に身体を震わせながら、ゆっくりと状態を起こす。そして……。



「その通りだな。あれはなぁ……」



と、全く気にしてないように話し始めた。










むかしむかしのことじゃったぁ……。


「いつもすまないねぇ。茂呂平さん」


「いやいや、これがあっしの仕事でやんす?」


脚夫、今で言うところの郵便配達人をしていた雲孤茂呂平(うんこもろへい)という男が居った。


「もろへいさ~。あそぼあそぼ~」


「遊んでやりたいのはやまやまだけんども、あっしは今仕事中でやんすから?」


言葉使いはおかしいが、それはもう働き者で村人達からたいそう好かれておった。


「ここを上りきれば藤太郎さんとこまでもう少しだ」


それはいつもと同じように、山を抜けておったときのこと。


「ん? おやぁ? これは……」


ふと空を見上げると、真っ黒な雲が真上に広がっておる。


「いんや、大丈夫だぁ」


雨の日だろうが風の日だろうがいつもと変わりのない、時間通りに届けることをぽりしーにしておる茂呂平は気にすることなく歩を速めて山道を上がっていった。


「はぁ……はぁーっ……。ほら、大丈夫だったべ。これで……今日も無事―――」


山を上がりきり、茂呂平が膝に手を置いて息を整えとると……。




“サーーーーー”




「あらまっ。なんじゃてこりゃ。人が山さ上がったの見とったかのようじゃ」



霧の様に降り出した雨はすぐに大粒の雨へと変わり地面に溜まり場を作りよる。


「これは駄目じゃ。藤太郎さんとこまでもたねえ」



手紙が入った鞄を服に隠して濡れないように凌いどった茂呂平じゃったが、雨は止むどころか強くなるばかり。


「そうじゃっ。こんなときは」



ふっと何かを思い出した茂呂平はすぐさま近くの林へと入っていった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


できるだけ葉の雫で濡れないように服の上から鞄を抱え茂呂平は林の中を走っていく。


「確かここを抜ければ……ここじゃっ」


林を抜けた先は、お祭り用にと村人達が手分けをして草木を刈り取った大きな広場になっておった。


「え~~っと……」


茂呂平は辺りを見回し。


「おっ、あったあった」


一際大きな木の下にぽつんと佇む灯篭の様な祠を見つけ、その前まで歩いていく。


「これしかないんじゃが、どうか許してくんろ」


茂呂平はポケットにあったカシューナッツを三粒祠の戸の前に乗せ。


「福の神様。おらは無事に配達できることが幸せなんじゃ。どうかどうか、少しの幸運をもたらしてくんろ」


二度手を打ち合わし、両目を瞑り祈った。


「…………」


すると……。



“キィィィ……”



戸が開くような音が聞こえてきた。



(本当じゃっ。あの話は本当だったんじゃ……)



福の神の祠へ供え物をし、拝むと、福の神が現れ願い事を叶えてくれることがある。



この村の人間ならば老若男女問わず知っていることだが、茂呂平はこの村の人間ではなく、数日前に届け物をした家でその家主から聞かされるまでその話を知らなかった。


それ故に、その続きがあることも知らなかったんじゃ。


「ふ、福の神さま……かの?」


薄目を開けて、福の神を見てしまった。




“福の神の祠へ供え物をし、拝むと、福の神が現れ願い事を叶えてくれることがある”





“ただし、そのお姿は見てはいけない”





“もし見てしまったのならば……”





















「―――ごめん。ちょっとうんこ」



爺はそう言い片足を立てる。


「えっ、ちょっ、我慢しろよ。茂呂平どうなったかだけ言っていけよっ」


すっげぇふざけた名前だし、供え物カシューナッツしかないってことはないだろアホ、とか思うけど、めっちゃ気になるじゃねえかよ。


「いや、もう限界だ。屁をする度に降りてきてるし、背後に誰も立って欲しくない気分がマックスに達し―――」


しなくていい説明をしながら立ち上がった爺だったが、急に窓の外へ視線を向けたまま動きを止め

た。


「おい……爺さん。まさかお前っ……」


この近い距離且つ、狭い空間で生まれたりなんかしたら……。


「いや、流石に漏らしてねえからな」


爺はあっさり否定すると、窓を指差し。


「さっきこの部屋を見上げてる女の子居たぞ」


と、なんだか怖いこともあっさりと言った……。


「マジで言ってんのか? 爺、まじで……?」


ふざけてるとはいえ、話してる内容が内容なだけに若干鳥肌が立ってくる。


「大真面目だ。なんか、黒髪で前髪ぱっつんヘアーの子だった」


く、黒髪ぱっつんヘアー……。


「いや、誰だよ、それ。そんな知り合い居ないぞ」


アリスは黒髪だがぱっつん前髪じゃないしな。他は薄い濃いはあれど茶毛であったり金髪だったり青だったりだから違う。


「でも、明らかに見てたぞ? 目が合ったし。百ちゃんとこの制服だったしさ」


怖っ……。ストーカーされるほど愛されてみたいとか思ったことあるけど、やっぱりこういうことばかりで怖いのか……。つうか、話の流れからして……。


「それ、混ちゃん……じゃないのか……?」


あくまで可能性として爺にそう聞いただけだったが……。


「だろうな。俺が知ってる混ちゃんはもっと幼い感じだったけど、姿は変えられるのかもしれん」


『それに』と爺は続け……。


「去り際、不適な笑みでチャオって言ってるかのように右手の指を動かして見せてた」


と、微笑んだ。


「おいっ、それ、なんか宣戦布告的なやつじゃねえのかっ。その緩んだ顔はなんなんだよ、お前っ」


また会えて嬉しいとでもいうのか、くそ爺めが。


「まあ、とりあえず、話はまた後にしようぜ。爺さんは逃げずに堂々とうんこだ」




爺はそう言うと……。




“ぶっふぅぅぅぅぅぅぅぅ”




でかい屁を残して、トイレへと向かいやがった。




「くっさっ……!」



オナラと一緒に部屋に残された俺は一刻も早く息をしたかったので、素早く窓を開けて深呼吸を一度すると、先ほど聞いた話を思い出しながら混姫らしき人物が居たらしい場所をぼんやりと眺めていた。




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