月夜と爺と少女とピザ味ポテト

あれからしばらく経った頃だ。ようやく鬼尻爺四天王との日々の活動にも慣れ、筋肉のトニーの説得により俺も晴れて四天王の一人に加えてもらえることになった。


そんな時だ……。


「っつぁ~……今日は一段と美味いなっ」


俺はこれから第三くらいになる我が人生が幕を開けることに悦びを感じ、真ん丸に輝く月を見ながら縁側で晩酌をしていた。


「ピザ味のポテチがまたこれ……」


「モモたろ―――」


「くっさぁっ!!」


味を知らず、この袋の中に充満している臭いから入ったならば確実に口には入れない所だ。

でもこれの美味さを知ってしまうと、この匂いも含めて超うまなのだ。


「な、なんじゃ急にっ。くさいとは―――」


「うんまっ!!」


当然の如く俺はこの味を知っている。

この、普通のポテチより少し重みのある濃厚な味を知っているっ。たまに食いたくなるこの絶妙な旨さを知っているのだ!! 旨いワインにピザポテチ! 俺は今たまらなく幸せ!


「んもぅ! 最高なんだからぁあああああああああっ!!」


この思い、作ってる人たち、そして、月へと届け。


「あむっ……。お? これは……もぐもぐ……なんとも奇妙な味……もぐ……じゃ」


奇妙な味……だとっ……。この美味なる味をたった一言、奇妙な味と片付けるだと……? 

そんなことがありえていいはずが無い!


「取り消せ! そして謝れ! 開発に関わった全ての人と今尚変わらずに作り続けている人たちと俺に謝れ!」


「な、なぬぅっ!? そ、そんな怒るべきことなのか!? あちは言わずもがなのことを申してしまったというのかっ!?」


勝手に食い、そしてあろう事か奇妙な味などと言いやがったんだっ! ここで怒らなければ、じゃあいつ怒るの? 今でしょ!!


「ああ! そうだ! 言わないほうがよかったことを言った! 特に! 俺の前では言わないほうがよかったこと言ってしまったんだ! お前は―――」


ん……? ちょっと待って。俺一人晩酌だった筈。百ちゃんも修学旅行で居ないし……。



「えっ……嘘でしょ、霊? やだ……そんな、怖い……」



機械化したかのようなスローな首の回りで隣へ顔を向ける……。


「うむ?」


口の周りにポテチの食べかすを沢山付けて、不思議そうな顔で見上げている少女と目が合った。



「ぅおおおおおおおおい、おいおいっ、ちょっと待てよ、酔ってるのか俺は」


これでもかとごしごし目を擦り、意を決してもう一度顔を上げて目を開く。すると……。


「ほぉっ……やっぱ見間違―――」


言いかけて気づく。なんか……おかしい。なんつうか、逆の方から気配を感じるというか……。


「ごくごくっ……」


そう、これっ。今はっきりと聞こえたこれだよっ。喉を鳴らして何者かが何かを飲んでる音―――。


「やっぱり居たぁあああああ!! っつうか、それ俺のこじゃれたワインっ!」


飲まれたことはどうでもいいが、いくら混ちゃんでもそんな瓶ごと滴らしながらごくごくいくとっ……!


「っぷはぁ~~っ。んん~~っ不味いっ!」


平気みたい……。ていうか、全部いっといて不味いとか……言うな……。



「ああ、もう。グビるから着物の前真っ赤になってるし、口周りも食べかすと赤ワインで……それ、お前、どうなってんのよ」


つうか、よく見りゃ床までびちょびちょじゃないか。混ちゃんはなに? 赤ちゃんなのか?


「こんなもの着替えれば済むのことじゃ。口周りもこうして拭けば……」


と、混ちゃんは着物の袖口を掴み口まで持っていく。


「豪快だなおいっ。姫様なのにはしたないぞ」


本人がいいのなら構わんのだが、なんだかイメージと違いすぎて思わず口を突いて出てしまった。

ただそれだけの言葉だったのだが……。


「はしたない……かのぅ……?」


口元を拭く寸前ではっとしたように手を止め、そう問うてくる。


「いや、気にしてんのかよ。まあ、どっちにしろそんなになってからじゃ手遅れだ」


ラーメンとチャーハンの大盛を同時進行で食ってから太るとか悩んでるようなもんだ。


「て、手遅れなのかっ? あちはもう……はしたなさの……宝石箱っ……」


混ちゃんは着物の悲惨な状況に目を向けると、へなへなとその場に座り込んだ。


「ひゃっ」



と思ったら、飛びのくように抱きついてくる。ほんと……なんとも忙しい子だ。混姫という名の由来は人を陥れるからというわけではなく、自らが様々な事柄にいっぺんに支配されているからなんだろうか。


「おいおい、なんだなんだ、おい。娘みたいと言ったがまだ認めたわけでは―――」


言いかけて気づく。どうも、混ちゃんのケツ辺りが赤く染まっているような……


「冷やっこい……。お尻が冷やっこいぞぉっ! 妖術か! お主あちに妖術を掛けたのか!?」


しがみ付き、泣きそうな顔でそう問うてくるが、当たり前のようにそんなわけがない。

つうか、どっちかというと妖術云々は俺ではなくこいつの方だ……。


「混ちゃん……俺がそんな微妙に嫌な術掛ける訳も、掛けれるわけも無いだろ? ケツが冷たいのはさっきアホみたいに零したワインだよ」


俺とこの子の時代が合わないことから起こった事柄ならわかるが、まさかこんな当たり前のことを説明してやることになるとは思わなかった……。流石の爺も呆れるってもんだ。


「だ、誰じゃっ! あちが座るとこにアホみたいに零しよった輩は! お主かっ!」


「いや、お前だよっ! すさまじく馬鹿かお前っ!」


「ば、馬鹿となっ……! ゆ、許さぬっ……許さぬぞっ! こうなったらどれだけ歯を磨いても口臭がにんにくになるようにしてやる!」


「するなーーっ! 微妙なようで生き地獄じゃねえかそれ! お前だよお前! 俺のワイン飲んでるのか零してんだかわからないお前だ!」


トニーがくれた酒だけどむっちゃ高いから実はショック受けてんだぞ!


「そ、そんなことした覚えは無いっ! それはお主の一時のトリップだ!」


こいつっ、なんで否定できるんだよ!


「覚えはあるだろ! 自分をよく見ろ! 着物とか着物とか、き!も!の!と!かっ!!」


胸元から帯にかけて真っ白な着物が深紅に染まってるじゃねえか! ふざけんじゃねえぞ!


「こ、これは、あ、あの……と、吐血したから! あちはもう長くない!」


「死を超越してる奴がなに言ってんだ! 何故そんな頑なになる! つうか、何しに出てきたんだよお前!」


封印解除されたらやってみたかったことが人のワイン飲んだりポテチ食ったりして白を切ることだとでも言うのか? もし、そうなら、祠の中どんだけつまねえんだ!


「それは……言わぬ」


普通に戻ったっ……!? しかも、言えぬじゃなくて言わぬっ!?


「ちょ、ちょっと待てよ。じゃあ、尚更なんで出てきたんだ? マジで人のポテチと酒を―――」


「否じゃ! あちがそんな意地汚いと思うというのか!」


む、むっちゃ思う……。いや……むっちゃ思う。あんなの見たらむっちゃ思う。


「無言で何度も頷くで無いわ! 愚か者め!」


「いや、酷い言われようだけどさ……意地汚いよ?」


加えて、あるまじき豪快さではしたない……。


「意地汚くない! あれはお主が悪いのじゃ! 全部お主が悪い!」


更に強情も加えるべきだな……。


「もうよいわ!」


混ちゃんは、なにがなのかわからないがそう言うと……。



「もう一人の愚か者に言っておけ!」





“約束は果たせ”









「……と、まあ、こんな感じかな。約束ってなに? 百ちゃん」


「えっ? えぇ~……と」


急に聞かれても思い出せるわけがねえんだけど……。つうか、祠に入った記憶がごっそり抜けてるからわかるわけがねえ……。


「おんやぁ~? それは忘れてしまったという顔だねぇ~? いけないねぇ~」


「いや、見てわかることに変な芝居始めるな。それに爺も知ってるだろ記憶無いの」


くっそ、何故だっ……。その前後やそれよりもっと後の記憶はうっすら覚えていたりで、思い出せなくても、ただ忘れただけと思えるけど、あの時の記憶はうっすらどころか一切思い出せず、完全なる空白のページみたいだ。




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