失意の淵月夜拉致られ

「いやっ、ちょっと待てよっ。それ駄目なやつなんじゃねぇのか!?」


封印とか言う言葉が出てきてたし、話の流れからして笑えない出来事の筈だ。

なのに、何故爺(こいつ)は畳をバンバンしながら爆笑できるっ……?


「はははっ、いや、駄目なやつだっ。すさまじくあかんやつやっ……気づいたらバーンって―――っだははははっ」


「それ、わかってて爆笑すな馬鹿っ! 一大事だろうが!」


といってもまあ……実は、こういうなんかやばい状況ってのは何回か経験したことがあったりする……。

あれは、今よりももっとガキの頃の話なので、所々あやふやな記憶として残っている程度だけど、一つだけ共通してはっきりと覚えている部分というのもある。それは……。



「ほんっとっ、じいいさんってこういう時いっつも爆笑してるよな!」


どの記憶を辿っても始まりは爺の爆笑なのだ。


「いやぁ、ははっ。悪い悪い。あまりにも開いちゃ駄目な戸が開け放たれていたからな。ツボっちゃって」


「ツボに入る意味がわからねえよ……」


よく考えたらこのくだりも毎回だったような気がするし……。


「いやぁ、まあ、あれだ。その辺ウロウロして満足したら戻ってくんじゃね?」


「まじで言ってんのかっ? 混姫って、そんなペットみたいな存在なのっ」


もしかして、知らないところでちょくちょく抜け出してた感じ?


「ほら、あれだよ、長い間封印されていたとしても、言い換えればずっとそこで生活していたということだろ? なんやいっても、居心地よいとこに戻ってくるって」


「ま、まじかぁ……」


爺の主観的且つテキトーな見解で恐ろしく根拠がない……。


「あのさ、じいさん。正直に言ってくれ。混姫は戻ってくると思うか?」


正直に聞くのは恐ろしい……。

けど、流石の爺もちゃんとした根拠が無く言ってるわけではないだろうと―――。


「わからんね。だといいなと思って言ったよね」


思いたかった……。いや、まあ、そう言うとは思ってたんだけどさ……。


「じゃあ、どうすんの?」


更に問うてみる。流石に対処法が無いわけではないだろうと―――。


「いや、わかんない。だって何百年ぶりに外にお出になられたわけだし、マニュアル的なもんがあるとは思えないよね」


思いた……かった……。


「あのさ、じいさん。てことは、つまりあれなの? やる前からお手上げって事?」


流石に……流石にそういうことは……な、ないはずだろうと―――。


「いやぁ、どうだろうね。祠から完全に出て行っちゃったのは初めてだけど、ちょろっと戸が開いちゃってさ、ご対面したことは2、3度あるからね。その時の記憶や印象でいえば、混姫本人と話し合える余地はあるように思えるけどな」


思いもよぬ返答きた……。ご対面したことあるってっ……!


「会ったことあんのかよ、爺っ! 軽めにさらりと言うなそんなこと!」


少し安堵すると共になんか腹立つわっ!


「おいおいおいおいっ。なに俺だけみたいな言い方してんのよ。3度あるうちの一回はお前もあったことあるんだぞ? つうか、祠の中に連れて行かれたろ?」


えっ…………。


「いやいやいやいやっ。流石にあんた、それは嘘だろっ。あんな小さい入り口からどうやって入ったというんだよっ」


どう考えても入るわけがない。拳一つ入ればいいほうだ。


「馬鹿かお前。そら、正攻法でお邪魔しようもんなら手首で止まる。よく考えろ、彼女は神様とかそういう類なんだぞ? そらなんかこう、ぱぁ~~と光に包んでしゅっと招いたんだろうさ」


ぱぁ~~とかしゅっって……。そんなこと言ってる時点でうそ臭さ満開じゃねえか。


「あ、お前、信じてない顔だな?」


爺がそう睨んでくるので。


「ああ。信じてない。全く」


とはっきり言ってやる。すると、爺は……。


「はぁ~……」


大きなため息を吐く。


「あのな、百ちゃん……」


そして、急に真剣な顔つきになりやがる。


「な、なんだよ……」


まさか、マジで俺は祠に招かれたことがあるってのか……?


なんて考え、これから言われるだろう事に身構え始めた時だった。



「ぷふっ、”モモ”太郎が”百”太郎に”百”ちゃんってっ―――くふふふっ、ははははは」


なぜ、いつもそう呼んでるくせに、今になって吹き出して笑うんだ……このくそじじぃ……。


「くふっ―――は、ははぁっ……いやっ……いや、すまないすまない。……気を取り直すわ」


「頼むぞ、マジで……」


爺は深呼吸を2、3度すると、再び真剣な顔つきになり今度はちゃんと語り始めた。

























「くぅ~~~っはぁ! きっついなぁこれ! 今ので喉確実に死んだねっ! 最高ぉっ!!」


次の日が日曜ってことで、晩飯後大いに一人晩酌してた日のことだ。



「はぁ……」



縁側に座ってさ、ため息吐いては肩を落としてる、見るからに落ち込んでいる百ちゃんが居たんだよ。んで、やっぱ爺としては何があったか気になるじゃない。だからさ……。


「ど~したんだぁ~、百ちゃん。もち子ちゃんに振られたからか?」


振り向いた百ちゃんの目が『ぶっ殺すぞ』って語ってたのは未だに俺のトラウマな訳だけど……とりあえず隣に腰を下ろして、語り合うことにしたわけだ。


「じいさん……何故……知ってるんだ?」


問われた時、若干焦ったよね。質問の内容ではなく、百ちゃんのガチ落ち込み声にさ。


「じいさんはなんでも知ってるんだ。けはははっ」


素面ならもっとまともに答えたかも知れないが、この時の俺はもう、大分いい感じだったからしょうがないと思ってほしい。


「答えに……なってない……。まあ、いいけど……」


「よくはねえだろぉ~。爺だろうがプライベートは守らなきゃ~あれだ、あのぉー、ほら、漆黒じゃん」


どんだけ酔ってても記憶が無くならないのも困りもんだと思うわけだけどね。

俺はこの時”失格”が言えなかった。


「漆黒か……真っ黒な爺なのか……そりゃよかった」


因みに、この時の百ちゃんの冷たさもまた、俺の心の傷として深く残ってる。


「おいおい、百ちゃん。落ち込み過ぎだって。これまでだって別れる別れないとかあったじゃないか。今度もまた―――」


「いや……今回はマジだ。別れを切り出された数時間後に……他の野郎と仲睦まじいの……見た……」


この時言葉を失ったね。あのもち子ちゃんがっ……!?

てな感じで……。だから、とりあえずじいちゃんはね……。


「ば、ばっきゃろう! 百ちゃん!!」


と、完全にテンションでどうにかしようとし始めたんだ。


「一人の女の子に振られたからってめそめそめそめそとっ! いっちいち、そんなになってたらこの先、生きていけないぞっ!」


もうね、立ち上がって、兎に角思いつく限りの言葉で元気にさせようとしたね。


「たった一回振られただけでどん底じゃあな―――」


「いや、じいさん。これ7回目なんだわ……」


一撃必殺級のその驚くべき一言を言われるまでは……。

もう、じいさん、驚き過ぎて漏らしそうになったよ。7回目って……さ……。


「な、7回目……なの……?」


「ああ。もち子でじゃないぞ……もちろん……」


な、7人ってことっ……!


「毎回……なんだよな……。浮気もしないしさ、一筋だったと自分で思うんだけど……」


百ちゃんがそういう女を選ぶのか、そういう星の下に生まれたのかむっちゃ考えちゃったよ。

まだまだ未熟でどれもこれも欲しくなっちゃう中二とは言え、いくらなんでも7人共がそんな、bitch気質な女の子だなんて、大当たり過ぎるじゃない。


……でもね、同時に思ったんだ。


「つうかさ、百ちゃんって結果はどうであれモテるってことだよね? ……ちょっと、爺、今から修羅と化していいかな?」


発想の転換って凄いよね。哀れみから怒りにすぐさま移行しちゃうんだ。


「いや……モテはしないよ。つうか、モテてたとしても、結果これじゃあ……」


魂が出るほどに深いため息吐いてるとこ見ると、やっぱり可愛そうになってね、とりあえず刀で追いかけるのは止めて、替わりにさ……。


「しょうがないな~。ほら、これ」


お猪口渡して注いでやったんだけどね。多分、あの酒がきつかったからかなぁ、百ちゃんが覚えてないのは。


「っつぁああああああああっふぅっ!!」


一口飲んで火が出そうな叫び声上げてたからね。顔は梅干並みに赤かったし。


「きついけど、くせになるだろぉ? じいさんもさっきこのまま逝くと思っちゃったもんだけど……っふぉおおおおおおうっ!……だっ!あっ!あーーーーーおっ!」


松林の爺さん、通称ニッキーに貰った『きんぐおぶじゃくそん』っていう酒なんだけどね、これはきついけど美味いんだよな~。まあ、値段も高いから自分では買えないけど。


「振られたことなんて吹き飛んじゃうだろ? ってあれか、こんなこと聞いたら思い出すかっ。だはははははは!」


「ああ……少し気が紛れた感はあるけど……やっぱ思い出すな……」


そこで、じいさんはね、目に付いた庭の隅にある月夜に照らされたあれだよ、あれ。


「百ちゃん。あれってさ、祠だってこと知ってた?」


この時に、混姫の祠のことを語ったんだ。


「え、あれって、祠なのっ? 忘れ去られた灯篭とかじゃないの?」


当然、百ちゃんは驚いてたよね。知らなかったことを聞かされてなのか、立ちションかましてたからなのか、どちらの驚きかはわからないけどね。


「子供の頃に何度も言ったでしょ? 『言うこと聞かないと混姫が来るぞー!』って爺みたいにさ」


「いや、一応爺だけどな、あんた。……まあ、言われた気がするな」


言うと、すぐ隠れてたのは可愛いと思ったもんだ。

まあ、トイレに4時間も隠れられたのは流石のじいさんも違う意味で死を覚悟したもんだけど。


「あの時はこれ以上ビビられてさ、失禁しながら泡でも吹かれたら困ると思って、ただの躾の言葉で使ってたんだけど……混ちゃん、マジで居るんだよ。あの祠に」


「いや……まあ、流れからしてそうだとは思ったけど……本当なの? 酔いから出任せとかじゃなくて?」


中二にもなるとやはり、ビビるどころか疑いまでするもんだから、成長したな~とか思ったわけだけど、こういうことに興味を持ってくれるのも中二だからなのかなっていうのも思ったよね。


「本当だよ、ちょっと来てみ」


だから、祠まで二人で歩いていって……。


「ほら、これ」


祠の戸に張ってある、封印と書いてある札を見せてやったんだ。


「ほんとだ……むっちゃ封印て書いてある。……つうか、じいさんこれ、剥がして大丈夫なのかっ?」


「えっ……あ、剥がしちゃ……駄目……かな?」


酔ってたのもあったし、文字通り見せちゃったんだよね。普通にお札剥がしてさ。

あんだけ剥がれなかったものなのに酔いって怖いよねぇ~。無い事が有るになっちまうんだ。


「ま、まあ、こんなもんは、お前……ふっ、ふぇいくだ、フェイク。本当の封印はほら、陰陽師的な、じゅ、呪文とかが満載なんだよ。……多分」


「嘘だろっ……マジかよ……」


百ちゃんが『お前やっちまったの?』みたいに言ってるんだと思って……。


「本当だよっ、う、嘘じゃな―――」


否定しようとしたんだけどさ。


「ち、ちげえよじじいっ! 開いてるっ! 祠の戸開いてるからっ!!」


そんなことをちびりそうなくらい必死に言うもんだから。


「えっ」


ふり返ると、祠の戸が開かれてて、すっごい眩い光でさ、思わず手で遮ろうとした瞬間だったね。


「うぉああああああああああああっ!」


何かにぶっ飛ばされたんだよ。大体、そうだなぁ~、屋根を少し越えたくらいまで上がったかな。


「じじいっ!!」


百ちゃんの叫び声ではっとしてね。これやばいやつだって。んで……


「百ちゃん、ちょっと待ってって。数秒っ、いや、数分ぐらいしたら戻るからっ」


そう声を掛けて、じいさん、二階の窓突き破って百ちゃんの部屋のに入っちゃったんだ。


「ぐぅわっ……」


丁度、敷きっぱなしの布団の上でよかったと思ったね。ガラスで色んなとこ切ったりしてたけどさ、幸い骨折れたりは無かったから。


「ってぇ……」


まあ、でも、痛いのは痛いわけでね、切り傷の痛みと打撲による鈍痛みたいなね。


「百ちゃんっ!」


でも、やはり、じいいさんはじいさんなんだよ。百ちゃんの身を案じて直ぐに一階へ降りて縁側まで走って庭へジャンプ。


「えっ……ううぅ……そぉ……」


でも、祠は何事も無かったように戸が閉まってるし、百ちゃんは初めからこの家に居なかったの?ってくらいなんの痕跡も無く消えてたんだ。


「ちょっ、なに夢っ!? もう寝る!? とりあえずもう一回寝るっ!?」


もう動転してたよね。ほんと。


「いや、違うっ! いてぇし夢じゃねぇ! とりあえず、ハンマー! ハンマァァー!」


直ぐに正気に戻ると、塀とかぶっ壊すでっかいハンマーを蔵から持ってきてさ。


「百ちゃんを返せっ! バニッシュじゃぁあああああ!!」


もうね、力の限り思いっきり振った。この時は百ちゃんを助け出すことだけしか考えてなかったからね、百ちゃんの身がどうなるとかは考えてなかった。壊せば戻るしか考えてなかったわけだ。


「うぐぁおぉおおおおおおおおおおっ!?」


でもね、ハンマーは祠に当たることは無かった。ぶち当てたと思った瞬間、再びぶっ飛ばされちゃったんだ。今度は居間を越えてキッチン辺りまでね。


「ぐはぁっ……」


で、棚にぶつかり、でっかい中華なべが丁度、頭に振ってきてさ……。


「がっ……ふ……」


気を失ったんだろうね。気がつけば明るかったし。


んで……。


「おい、じいさん」


「んっ……」



どうなったのかはわからないけど、戻ってきた百ちゃんに起こされたんだ。


「百ちゃんっ!」


「うわっ、ちょっ、じいさん抱きつくなよきもいっ! 酒癖ぇ!!」


でも、当の百ちゃんは覚えてなかったんだ。まあ、違う記憶として残ってるんだと思うけどね……。















「そうか。それでか……」


じいさんの話を聞いて、ようやくわかった。確かに俺が覚えているもち子に振られた日の記憶は違うものだ……。じいさんが馬鹿みたいに夜通し飲んで暴れて、人が落ち込んでるのにこの爺がっ!とむかついた記憶になっている。


「…………」


でも、おかしな点もいくつかあって、なにか引っかかっている感じもしていたんだ。


「はっきりと見たわけではないけど、俺の言ってること信じるなら百ちゃんは―――」


「拉致られてるな……完全に……」


そう思って間違いなさそうだ。そして、拉致した相手は混姫ということになる。


「でも、何故記憶がないんだろうな?」


「それは、あれじゃないの? 百ちゃんが、招かれた立場なのに混ちゃんのパンティーとか物色して札束みたいに撒き散らして遊んだとかで、出禁的な意味―――」


爺がなんか言ってるが、それは無視するとして、だ。招いたのは混姫で記憶を消したのも混姫というのは間違いないと思うんだが、何故消す必要があるんだろうか?





いや、まあ、宇宙人的な感じでいくと記憶を消すのはなんかわかるけども、何故爺の記憶は消さない? 1対1で目撃者も居ない状態ならなんの問題も無く、俺の記憶は未だにただ爺が暴れたむかつく記憶だったはず。けど、実際はそうじゃない。今こうして真実を知ってしまった。となると、俺が何かしらアクションを起こすことになり邪魔にもなるはずなのに……。



「混ちゃんはねぇ……寂しがりであり構ってちゃんだからな」



「は? 寂しがりで構ってちゃん? 病んでるってのか?」



そういや、爺は後二回くらい会ってるんだったな。



「いやぁ、それはわからないけども、あれもあの時と同じ満月だったな……」



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