むっちゃ観音開き
「くさっ……」
玄関のドアを開けた時、背後に居た爺の第一声がそれだったが、無視してくぐると、靴を脱ぎ奥へ進んでいく。……と言っても、四畳半の格安家賃のボロアパートなもんで、直ぐに我が楽園なのだがな。
「砂壁だし、なんか色々汚いし、狭いし……いやぁ、いいとこじゃないか~」
こいつ……また適当なことを……。
「いいから座れよっ」
そう言い、その辺にあったあずき色の座布団を爺に投げてやると
「いや~いいねぇ~。これまた臭そうじゃない」
何が面白いのか、笑いながらそんなこと言い腰を下ろしたので、俺も窓を背に万年床と化した布団の上に胡坐を掻いて座る。
「で? なんで来た?」
再開の挨拶なんか必要ねえだろうってことで、早速、爺にそう問うてやる。
「あぁ、それねぇ~」
爺もそういうことは全く気にしない性質であり、タバコに火を着けながらそう言うと。
「ふぅ~~……」
煙を天井へ向けて吐き出し。
「忘れたよねぇ……」
感慨深くそう言った…………。
「で? なんで……きたんだ?」
聞かなかったことにして、もう一度問う。
「警察に追われてさぁ……捕まった後とかの事考えてたからねぇ~……」
爺は再び煙を吸引する……。
「なんだったかなぁ~…………」
遠い目をして煙と共にそう吐き出した……。
「そうか……。じゃあ、じいさん……」
忘れてしまったなら仕方ないので、俺から言えることは、もう……。
「もう、帰れよ」
この一つしかない。
「ええっ、帰るのっ!? ちょ、早くないっ? 爺何時間かけてここまで来たと思ってるのっ!?」
じいさんが驚くのは当然と言えるのかも知れないが、無言で頷くしかない。
「いや、早まるなって! 目的を忘れただけであって、爺の使い道はまだ無限に広がってる筈だっ!」
使い道……か。
「確かに……あるか……」
『残念だけど』と付けたし、俺は思い出したことを爺へ問うことにした。
「じいさんに聞きたい、というか聞かないといけないことがあったのを今思い出したんだけどさ……」
「おう、なに? なにっ?」
爺が目を輝かせ、身を乗り出して問うてくるのがちょっとキモかったが、ここまで言ったんだからしょうがないと決心して、恋ちゃんが言っていたことが本当の事なのか、現状に至るまでの経緯を全て爺に語ることにした。
「……で、まあ、今そんな感じだ」
爺は意外にもこういった非現実的な事象に、少なからず詳しいので何か助言をもらえるのでは無いかという期待から出来る限り事細かに全てを語った。
「うん……」
聞き終わった爺は何時に無く真剣な表情で頷き、置きっぱなしていた為フィルターぎりぎりまで灰になったタバコを一吸いして消す。
「ふぅ~……。恋ちゃんが言ってたことは本当だ……」
言いながら爺は缶コーヒーを一口飲み、再び口を開く。
「でも、それを語る前に……確認したいことがある」
言って、爺は缶コーヒーを掲げ……。
「お前、これ、本当に昨日買ったやつか? なんか、去年の初めか一昨年の終わり頃に期間限定で見た気がするんだけど?」
と、気づきやがった。
「俺が知ってるコーヒーって物ではない何かに変貌を遂げてるぞこれ。違うんだもんさ、匂いと味が」
というのも、爺が今手に持っている缶コーヒーは、話の途中でどうしてもコーヒーが飲みたいと言い出しやがった時に、冷蔵庫を開けたらたまたま入っていたやつを、昨日買ったと言ってくれてやったわけだが……ぶっちゃけいつのかわからない。開けたらいつも片隅で見守るかのように居た、冷蔵庫内の主と言える存在だった。
「つうか、もっと言えば、俺が去年だか一昨年の終わりに始めてこの家来た時、冷蔵庫に入れたまま忘れて置いてったやつがこれじゃなかったか?」
「うん。そういえばそんなことあったな」
恐らくそれが正解だな、多分。
「まあ、この時の為に置いてったと考えたらよかったじゃないか。じいさんなら大丈夫だろ」
俺たち一族は身体が丈夫なことが取り柄だしな。
「いやお前っ……―――まあ、大丈夫か」
爺も同じように考えたようで、そう笑うと。
「あと、もう一つ、というか、これが大本命みたいな質問なんだが……」
今度は俺が話した事についてっぽいが、何を質問してくる気なんだろう……。
爺は何が気になったと―――。
「おろしにんにく飲んだってマジ?」
「え、なに……?」
「だから、じろさんがおろしにんにく飲んだってまじなの?」
「あ、あぁ……そうだけど……で?」
いや、俺も最初から且つ細かく話しすぎたのは悪かったと思う。
……が、あんだけ……喉も渇くほどにあんだけ長く話したのに、気になったのそこだというのかっ……?
「ぶぅーーっはっはははははっ! おろしにんにくぅーーーっははははははは」
遅れての大爆笑をするために聞いたとっ……!? こいつまじかっ!? まじなのかっ!?
「てめっ、ぶん殴るぞ! もっと他にあるだろっ! なんでおろしにんにくが最も気になったことなんだよ!!」
枕をおもいっきりぶん投げてやる。
「いやぁ、はははっ、悪い悪いっ。ちゃんとする。ちゃんとするからっ」
爺は枕をものともせず受け取り傍に置くと、若干まだクスクスしながらタバコに火を着け……。
「ふぅ~~……」
再び、真剣な表情を作ると。
「混姫だよ、それ」
と、あっさりと何者かの名前を言いやがった。
「こ、混……姫?」
なんだろう……なんか初めて聞いた気がしないような……。
「っつぁ~っ。お前まじかよっ」
どうやら想像をしていた反応を俺がしなかったらしく、爺は掌を額に当てて『あいたた~』だのと言いやがり、大げさにやっちまった感を醸し出してくる。
「ちょっと、なんなんだよその反応っ。箪笥に入れっぱなしの昔の服以上に古臭いぞ、お前っ」
なんだか無性に腹が立ち、そんなことを言ってやったのだが、爺はそれもものともせず、それどころか。
「ガキの頃しつこいくらい言ってやったろ。早く寝ないと、歯を磨かないと、うんこ付いたパンツ隠すとっ」
勢いよく指を突きつけてきた。そして、そこでようやく思い出し……。
「“混姫が来るぞ”……か」
そう呟くと、爺は……。
「Good Job!」
親指を立て、満足そうにタバコをくぐらし始めた。
「えっ、ちょっ、ちょっと待てよ。あれはもったいないお化けとかそんな部類じゃないのかっ?」
マジで煩いくらいに言われたけど、マジで現れちゃうとか聞いて無いぞっ?
「いんや、違う。つうかもったいないお化けも居るからな」
「も、もったいないお化けも居るっ……!?」
「ああ、いる。クソ強いぞアイツ」
く、そ、つ、よ、いっ……!?
いや……まあ、それは今はどうでもいいか。
「庭に小さな祠あったろ。あの中に居る、いや、居たと言った方がいいか」
庭の小さな祠……。
「えっ、あの縁側から見えてる―――」
「そうそう、あれ。灯篭じゃなくて一応祠だぞ。……って、これも何回も説明しただろ」
う、うそだろぉ……夜トイレまで行くの面倒だったり、庭で遊んでて面倒だったりで、あれに何度も立ちションかましたんだけど……。
「ま、封印はされてて、外側からは絶対に開ける事出来ないから、心配はしてなかったんだけどな」
「ふ、封印……」
これまた非現実な流れにいく言葉が出てきた……。
「でも、それも、お前がガキの頃の話だけどね」
「えっ、えっ? ちょ、なんだよそれ。怖い展開止めろよ、おいっ」
今は違うとでも言ってるようじゃねえか、頼むぞおいっ。
「今はあれだ。つうか、最近気づいたんだけど」
“祠の戸むっちゃ開いてた”
爺はそうあっさりと言いやがった……。
“むっちゃ観音開き機能してた”
と爆笑もしやがった……。
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