VS ZERO

アタックThe教頭

翌日―――。


「えぇ~っとぉ……なんでぇ?  まあ、あの……皆にゃ、登校早々に集まってもらっちまって、すまねえと思ってる」


体育館にじろさんの声だけが響き渡る。


「それと、俺っちがなんでこんなとこ上がって、おめえ達に話をしなきゃなんねえのか……俺っち疑問がいっぱいでぇ」


それは言わなくていいだろうと思うが……。今ここにいる人たちの中で、一番見た目も喋り方も壇上にはそぐわない人物というのは自分でも分かってるが故の疑問であり、他の教員達への反抗も兼ねているのかもしれない。


「いや、だめでぇ……。ほんと、納得できねぇ、チクショウっ」


無論、俺たち生徒側も急に体育館に集合とか言われ慌てて集まったわけだが、前から順に3年、2年、1年と分かれ、学年内でもクラス順に並びいつもと変わらずができているわけで、どちらが焦って混乱しているのかは一目瞭然だ。


「あぁ……くそっ。まぁ、なんでぇ、上がっちまったししょうがねえから言うとだなぁ……」


じろさんはポケットから紙を取り出して広げると、さり気無くもくそもなく普通に読み始めた。


「え~っとぉ……私、小粒丘豆蔵(こつぶおかまめぞう)―――あ、これ教頭の本名な」


さらりとじろさんはそう言うが、俺の中では教頭は教頭っていう名前というくらいに教頭としか思っていなかったので、今更なのかも知れないが、その凄い本名に少なからず衝撃を受けてしまった。


「もぐもぐもぐ……こつぶ……むしゃっ……まめぞ……っつぁ、すんげぇ名前じゃねえか……もぐもぐ」


お前も言えんだろ。と思うのだが、横で巨大なコロッケパンを貪り食う布丸も同じように衝撃を受けたようだ。


「昨日の放課後のことであります。えぇ……えぇ?  ちぇ、ちぇ……えぇ? 」


なんか嫌だな……。文字も読めねえのが担任だなんて。


「あぁ。わかったぜぇ。ちぇけっ、ちぇらっちょ……ちぇけっちょ……?」


皆に問うように顔を向けるなよ……。ていうか、教頭も何書いてるんだよ。


「わかった。今度こそわかったぜぇっ!  よっしゃっ、いくぜぇ!」


気合入れるほどでもないだろうに。つうか、もう、勝手にどっか行ってしまえよ。


「昨日の放課後のことであります。ちぇ、チェケラッチョ、な、気分だった私は、え~~……モヒカン頭の見た目が明らかな不良っ……!? の、の生徒に、喧嘩っ……を、を売りっ……」


モヒカン頭の見た目明らかな不良っ……。


「あぁ~食った食ったぁ~」


隣のこいつだっ……。紛れも無く、コロッケパン食い終わったこいつだっ!!


「ワンパンでKOっ……!?  さ、された訳でありましてっ……!? す、数日の休日を頂くこと、とととと、な、なりなり、なりましたっ……」


じろさん……見るからに青くなっていってるな……。

まあ、それは俺もなんだけど……。隣に居るし、なにかと一緒に居るし……。


「んぁ?  なんだこれ?  俺達の周りだけ列変じゃね?」


当たり前だっ……。お前をっ―――教頭をワンパンでKOした”お前”を皆避けてるんだっ……。


「気分で喧嘩を売ってしまった、男子生徒……と、私の歌を楽しみにしている生徒諸君には申し訳なく……なんと謝罪していいのかわからないといった、感じであります……」


歌を楽しみにしている生徒は間違いなく居ない……。が、まあ、布丸へも申し訳ないと思ってるなら最悪な事態へは進展しなさそうで、とりあえずはよかったというところか……。脅かせやがって、あのハゲ。


「ですが、何も言わない訳にはいかないと思った次第であり、こういう書面での謝罪となりました。……すんませんしたっ!!」


じろさんは教頭の代わりではなく、教頭へ向って頭を下げているんだと思う。


「うちのがマジですんません!  ごめんなさいだぜぇちくしょうっ!!」


やけくそ感を滲ませながら土下座までしてるよ……。


「はぁ……。布丸、おまえさぁ……」


教頭は自分が悪いと認めてるし、大丈夫なんだろうけど……。


「教頭……ぶん殴ったのか?」


是非、ぶっ倒した経緯や、その他もろもろを本人から具体的に聞いてみたい。


「あぁ?  教頭……? …… あぁ、あのハゲか」


布丸はそもそも、じろさんが他の先生方に両肩を掴まれても尚、土下座をし続けてる意味もわかってはいないんだろうけど……とりあえず、殴ったことを覚えていてくれたのはよかったと思う。


「もしかして、あれか? あの放課後、教頭を持ってきた時がそうなのか?」


つうか、あの前にあったとしか思えないし、タイミングとしてはピンポイントだ。


「そうだなぁ。あんときはあいつがじろさんだと思ってたからよぉ。そういや、百太郎達がじろさん探してたな、とか思ってな」


いや……お前もじろさんを探してた筈だが……。


「んで、探してんぞって声かけたら……」



“君は不良ってやつだね!”


『あぁ?  不良?  ……いや、待てよ。不良って言やぁ……あ、あれか。かぶき者か』


己が好き好んでやってる頭と格好でよくそう言われることが多々あるが、俺は金品強奪や踏み倒しなんかしねえ。Cigaretteは燻らすが、自分から人を傷つけたり、迷惑を掛けるようなことは極力しねえし、してきてねえと思ってる。てめえを信じ、絶対にしねえという信条があれば、他人にどう言われたって揺らぐことはねえわけだから、別にあのハゲに急にかぶき者だとかいわれても腹も立たねえし、なんとも思わなかった。



『そうだぜ、メン。ヘイッ』



けどよ、あのハゲ。



『ヨー、いいとこに来てくれたぜ。さあ、かかって来なさいだ、メン』


とか言いやがんの。まあこれも、今だから意味がわかるわけで、この時は、一瞬ハゲが言ってることは百太郎や他のやつが言う言葉より意味がわからねえと思ったんだよな。


『なに言ってんだお前?  かかってこい?』


ただ、この学園に来る前によく言われてたな~と、思い出したんだ。

『かかってこい』ってな。でもよ……。


『なんで、お前にかかっていかなきゃなんねぇんだ?』


わかったらわかったで、更に疑問が生まれたんだ。なぜ急にそんなこと言われてんだ?って。


『急な縄張り争いこそ、チェケラッチョな証拠さ。さ、かかってきなさい』


まあ、でも、あれだ……。

この時、まだ、このハゲがじろさんだと思ってたしよ、生徒指導と喧嘩って憧れるだろ? 


『そうか。おっしゃ、わかった』


だから、直ぐにかかっていった。


『ぅおっ……』


で、頭掴んで―――。


『がっ……』


膝を入れて……な。








「あ、あぁ……」


ワンパンならぬワンキック? いや、ワンヒザ? 


「まあ、それで、倒れた拍子に頭打って血が出たとか、そんなとこ――」


「いや、ぶん投げたな」


えっ……。


「えぇえええええええええええええええ!! ぶん投げたっ!!?」


えっ、いやっ、えぇええええええっ!?


「ああ。いい当たりだったけど、まさか一発で落ちると思わねえだろ? だから下っ腹あたりに手を回して持ち上げて」


パワーボムぅぅぅぅぅぅぅっ……!!?


「少し走って勢いつけてから投げっぱなしたらよ、植木に飛んでって……な」


しかも植木に投げっぱなしぃいいいいいいいいいいい!?


「お、お前っ……アメリカの人かよっ……」


想像を絶するとはこのこと……なのか……?

ワンパンとか可愛く思えるほど現実はエグい……。バックヤード感満載だ……。


「クッションになるとかそういう問題じゃねえだろぉ……。下手したら死んでるじゃないか……」


仕込み一切無しで、ガチ投げっぱなしパワーボムとかこいつ、マジでいろんな意味ですげえわ……。

しかも、同級生同士の度が過ぎた遊びとかじゃなく教頭相手とか……脳みそ布でできてんじゃねえのか……。


「まあ、死んでねえんだろ? じゃあいいじゃねえか」


布丸がそう言った瞬間、再びザザっと音を立てて周りの生徒が身を引き、何故か俺までも避けられているようで、円形の不自然なスペースが俺たち二人とクラスの生徒全員の間に空いてしまっていた。


「はぁ……まあ、そうだな」


気にするのもめんどうなので、更に円が大きくなるのを承知で布丸に合わせた時―――。


「ちょっとぉ~。そこどうなってんのぉ~? ちゃんと並ぼうよぉ~」


聞きなれた……というか、昨日だけでも嫌というほど聞いたのんびり声が届いてきた。


「戻ろうか、布丸。どうせすぐ終わる―――」


と、逃げるように踵を返し、布丸の肩に手を置いて促したのだが……。


「こ~らぁ~。そこの明らかに浮いてる二人ぃ。逃げないよぉ~」


見つかってしまった……。


「あーぁ……」


まあ、逃げ隠れするには遅すぎたとは思ったんだがな……。


「はぁ……」


ため息混じりに振り返ると、既に背後で腕組をして立っていた麗奈先生と目が合った。

相変わらず、喋りと行動が伴ってない人だ……。声的に結構、距離離れてた筈だなんだけどな……。


「いやぁ、なんか、あの、お騒がせしてしまったようですが……ははっ」


怒ってる様子ではなかったが、何故だが、笑って誤魔化そうとしてしまう……。


「“俺は”その、何も悪いことはしてませんよ?」


本当、“俺は”と“今日に”限って言えば何もしていないしな……。

昨日となれば、隣のやつがあれなんだけど……。


「ああ。普通に並んでただけだな」


さっきの衝撃エピソードでなんら意味を成しはしないが、布丸もなかったことの様にそう言う。


「ん……まあ、ねぇ~……。確かに、君たちは“今は”何もしてなかったんだろうけど……」


あぁ……何かが続く嫌な語尾の消え入り……。また俺は、俺たちは間違いを起こしましたか……神よ答えろ。


「並ぶ所、間違ってるんだよねぇ~……。ここ、1年生の場所だから……」


…………。


「そうか……だからなのか……。前の奴も隣の奴も、ていうか、周りの奴の殆どが知らない奴ばっかりだと思ったんだ……」


なにしてるんだ、俺たちは……。なにがいつもと変わらずができてるだっ。

俺たちの焦り具合もかなりのもんじゃねえかっ。なんかもう、恥ずかしくて、下しか向けないっ……。


「おい、番長と裏番長が麗奈先生に怒られてるぞ……」


「ほんとだ。ちょ、やばくない?」


あぁ……そうだ……。一年って、俺を番長とか思ってるんだったな……。


「でもさ、大人しいぜ?」


「ほんとだ……。え、あの二人が大人しく言うことを聞くなんて……麗奈先生何者……?」


「影の支配者的な……?」


しかも、変な噂が麗奈先生にまで飛び火しだしたよ……。

まあ、影の支配者ってとこはなんかしっくりくるけど……。



「百太郎、君……」


「へぇっ?  は、はい。なんでしょう?」


名前を呼ばれたので顔を上げると。


「君は番長……なのかな……?」


笑顔ではある……。が、麗奈先生の顔は明らかに引きつっていた。


「いえいえ、違いますよっ。暴力騒ぎなんか起こしたことないしっ。番長だ! なんて名乗ってたこともありませんっ」


「そぅ……。では、綾野君は……裏番長……?」


先生……気にしてるんだな……。


「あぁ? 裏番長? なんだそれ。誰に勝って、誰に負かされたんだ? 己のことなのに存知ねえぞ。いつの間にだよ」


珍しく、布丸の言ってることが珍しく凄く場に適していて正しいな……。

俺に置き換えても同じことが言えるんだ。一体誰に勝って番長という地位に就いたんだって。


「そう……だよね。じゃあ、私は……影の支配者……?」


ぴくってしたっ……。自分で言ってぴくってなったぞこの人っ……。


「せ、先生も身に覚えないでしょ。俺たちを影で操りましたか? んなこと―――」


いや、待てよ……。俺たち二人が知らないからこそ影で操り、支配者となりうるとも考えられるよな……? もしかしたら……。


「ない……ですよね……?」


「ちょっと待ってよぉ! どうして真剣に聞いてくるの!? あるわけないでしょう!」


まあ、そうだよな……。

でも……昨日恋ちゃんから聞いたことと、どうしても被っちまうのも、事実だ……。


「…………」


いや、でもまさかな。こんなおっとりな人が操ってるだなんて……。まさか……。


「ちょっとぉ。本当に疑ってるのっ?」


「え?」


「え? じゃないようっ。私、影の支配じゃないからねっ?」


「あぁ……そっちね。いや、わかってますよ、そんなこと」


流石に、そんな中学生的なのを信じることはない。


「ちょ、ちょっと待ってよっ。更に疑問が出てきてるじゃないっ。そっちねって、なにっ?」


「え? いや、それは、ほら……」


くそっ。いらんこと言ってしまった……。


「駄目だよっ。先生に隠し事させないっ」


「いや、させてっ? 皆、少しくらい秘密はあるって」


「百太郎君は秘密だらけでしょっ! 一つくらい言いなさいっ!」


「いーや、いやっ。なんで俺だけ言わんとならんのですかっ」


くそっ、どうしたらっ……。そう思った、丁度その時だった。


“ほらほらっ。有馬先生も退場したから、皆も教室へ戻りなさいっ”


壇上に別の先生が上がり、急いではけろとでも言いうように大きく手を振って体育館の出口を指し示し始めた。


「あぁ、先生。あの……時間みたいなんで……」


いいタイミングだ。あの名前も知らない先生ってやつ、やるじゃないか。


「では……」


「ちょ、ちょっとっ……」


麗奈先生はまだ何か言いたそうにしていたが、布丸を引き連れていそいそと、一年に混ざり、体育館を後にすべく歩き出す。


「はぁ……」


なんとかなったな……。流石に、先生に操ってる奴うんぬんのとんでも話は出来ないからな……。


「…………」


しかし、おかしな事になりやがったもんだ……。こういう展開ってありえるのか……?


「おい、百太郎」


「うん? どうした?」


「いや、付いてきてるけど、いいのか?」


「え? 付いてきてる?」


何が? そう思い振り返ろうとした瞬間。


「さ、木登りいこっかぁっ」


左隣に歩を合わせて来た麗奈先生に腕を掴まれた。


「いやいや、木登りってなんすかっ? ていうか、なに付いてきてるんですかっ?」


しかも、なんか凄い力で、振りほどけないんだけどっ……!?


「行こぅ、行こぉっ」


「いや、急になんなんすかっ。つうか、つうかっ」



“彼女かっ!”



なんて言いたいくらい自然でいて、でも、ガッチリ放さないように左腕を掴む先生に、そのまま、山へと連行される形となってしまったのだった。



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