華麗なる増殖
「やはり……同じ、か……」
恋ちゃんは一瞬、何かの見間違えかと思うような、普段見たことも無い鋭い目つきで俺を睨んできた。
「恋、ちゃん―――」
だが、声を掛けようとした時には、再びニコニコ顔に戻り、後ろに居る、アリスや中島へと振り返っていた。
「では、先輩たちっ! これをっ!」
そして、アリスと中島に何かを手渡していく。
「まさかっ、これを私たちにも付けろというのか?」
「本気で仰ってますのっ?」
先ほどの目つきと言葉に違和感と引っかかりを覚えたが、考えている時間は、今はないみたいだ……。
手渡された何かを見たアリスと中島の明らかな戸惑いから、何を手渡したのか大体の想像はつき、更にめんどくさい事になろうとしていたからだ……。
「先輩達も少なからず、あの坊主に思うことがあるんですよね?」
何故……俺なんだ? という、疑問はもう止そう。代わりに二人が先生みたいに乗らないことを祈る。
「私と麗奈ノ助は彼に勝負を挑みます。そして勝って言うことを聞かせます」
恋ちゃんの声はいつになく真剣だった。
「言うことを……」
「聞かせる……?」
そして、アリスと中島の心は動きつつある……。
「ええ。敗者は勝者の言うことを聞く。これは人類が始まって以来、あることですよね?」
ん……? ちょっとまて、何かがおかしい。
「自然界でもそう。敗者は大人しく群れを離れ孤独に彷徨い逝く。人間に置き換えれば、負けました、貴方の望みどおり群れは引渡し去りますよ、と勝った方が望むモノを差し出しているわけです」
……言わんとすることはわかる。が、納得できるはずがない。
少なくとも俺は絶対に納得できないっ。なんだ、勝負とか言う事聞かせるってっ……。
「ちょ、ちょっと待ったっ!!」
腹なんか痛がっている場合じゃねえ! と、断固反対を訴えようと立ち上がったまではよかったが
……。
「ということは……こやつに勝てば……」
「なんでも言う事を聞かせれる……ということなんですのね?」
アリスと中島が怪しい笑みを浮かべ、手に持っている仮面に目を向けている姿を捉え、俺は瞬時に悟った……。
“奴等は数秒足らずで仮面を付ける”と。
「お前ら……マジか……。マジで、あの恥ずかしい一員になると、いうのか……?」
くそっ……恋ちゃんが真剣だとか関係なかったんだ。心突き動かされたのは“それ”……。
「そこまでして……俺を……?」
今以上に俺で遊べるからだ……勝者という名目で……。
「ふん、恥ずかしい一員になる、だと?」
「何のことかしら? 舐められたものですわね」
え……? じゃあ、まさか……。
「ということは、仮面を付けないってこと―――」
驚いて顔を上げると……。そこには……。
「初めから私たちは」
「一員ですわよ!」
仮面を付けた二人が、指を突きつけている姿があった……。
「おぉ……」
どうやら今日は……恋ちゃんの思い通りにしかならない日。
裏を返せば、俺の思い通りには絶対ならず、クソみたいについてない日。
「shit...」
非常に残念だ……。
俯き、右手で両目を覆い首を左右に振るという、外国人のような反応もしてしまうというもんだ。
「これで4人になりましたねぇ~。4人になりましたよぉ~。坊主頭ぁ~。ねぇねぇ~」
恋ちゃんの声があらゆる角度から聞こえてくる。恐らく後ろ手にウキウキで付近を飛び回ってやがるんだろう。
「んだよ……ここまで、する必要って……あるのかって……」
率直な質問だった。そもそも、こんなことをしなくても、俺はいつも恋ちゃんにも中島にもアリスにも色んなことで負かされてる。先生にだって勝てる気なんてしないんだ。それに、なんやかんやで言うことだって聞いてると思う。
「今更だろ……こんなの……」
勝負をして負けたら言うこと聞いてねって……今更過ぎるんだ。急に形式張る必要なんてどこにあるんだ、一体。
「必要、ありますよ」
耳元でそう囁かれたので、驚き顔を向けると……。
「おっとぉ~。いやぁ~びっくり」
恋ちゃんはおどけながら、サッと身を引く。そんな態度に、俺は……。
「なんの……必要があるってんだ……?」
始まりからしてずっとふざけてはいたし、いつもの調子でもあるのだが、なぜだか、この一瞬で、俺は怒りを覚えた……。いや、正直、限界だったのかもしれない。というか、限界を越えても尚、なんとか持ちこたえていたと言ったほうが、より、正しい。指を引っ掛けて、少し引けば切れてしまうような、細くて繊細な蜘蛛の糸のようなもんだった……。
「それはですねぇ~……」
ただ、糸は切れなかった。
切れるどころか―――。
「ここに居る、皆……」
驚きでそんなことを忘れちまう程だった。
急にあんなこと言われりゃ……な……。
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