華麗なる推理

「麗奈先生と仲良くなって欲しいとまで貴女は言いましたか?」


「いえ……。そんなこと知りませんでしたし……」


おいおい、なんか、本気で不利な状況にいく予感たっぷりだ……。


「言っていませんよね。まあ……麗奈先生で心を病んでいたのが理由であり、そのせいで授業中にお酒を飲むようになっていたのは確かかもしれません」


また「ですが」を使い恋ちゃんは言葉を繋げ―――。


「彼が麗奈先生と接触をする前、有馬先生は授業をするほどには回復していたのではないですか? 例の屋上での一件の後です」


「それは……」



確かに……酒飲むのは止まってたけども……。解決したわけでは無かったと思うんだが……どう考えても。


「それで解決したわけではなかったでしょう。吹っ切れるまでには多大な時間を要すのもわかってはいます」


お次は「ただ」で恋ちゃんは話を繋ぐ。


「心の病は本人の戦いであり克服すべきこと。授業中にお酒を飲む行為を完全かどうかはわかりませんが、止めたということは、その時点で貴女の依頼を完了したということ、そうではありませんか?」


「確かに……そう、受け取ることも……できなくはないですわね」


奥さんが下げ気味だった顔を上げて向けてきた視線には、先ほどまでの弱々しさから一転した怒りのようなものが混ざっているように感じた。


「では何故、彼は完了したと言わなかったのでしょう? “あの”めんどくさがりな“彼が”」


そんな、人を問題児みたいに強調しなくても良いだろうに……。

自分でも何故終わりにしなかったのかわかんねえのに……。


「何故、なんですの……?」


恐らく奥さんは刑事さん(恋ちゃん)に聞いているのだろうが、視線は依然俺の目を捉えたままなので答えた方がいいのか迷う……。


「それはお前―――」


「…………」


「いや、なんでもない……。続けて……刑事さん」


やっぱり喋らしてはくれないようだ……。麗奈先生の睨みが全てを語っていた。……“黙れ”と……。


「何故、依頼をそのまま続行し、麗奈先生に言い寄り、あろうことか幼馴染にまで屋上で手を出すような真似をしたのか」


えっ、いやいやっ……。


「お前、さっきと言ってること違うだろっ。先生に言い寄るってなんだ! あと、お前に手を出した覚えはない! どちらかといえば出されたんだ!!」


そこははっきりさせてやるっ。事件を起こしたんじゃない! 起こされたんだ!!


「おやぁ? では、認めるのですか? 先生へ言ったことは全て嘘でした、と」


「いや……そういうわけでも、ないじゃないか……」


なぜ、待ってましたとばかりに薄ら笑いなんか浮かべてるんだ……。


「どうなんです?」


恋ちゃんは顎に手を当てたまま、無言で傍らに立っている麗奈先生へチラッと視線を向けてから俺へと戻す。そして……。


「そこ、すっごい大事に受け取る方も居られるんですよ?」


と、まで言いやがった。……なんなんだこの状況っ……。むちゃくちゃなくせに、完全にこいつの独壇場と化しているっ……。


「嘘……ではない。これは命を懸けてもいい。でも言い寄った覚えもない。単純に思ったことを言ったまでだ」


そりゃ確かに、勝手にバックストーリーとか考えて、哀れみからってのも少しはあったのかもしれない……。だが、それ以上に先生の力になりたい、もう一度、一緒に木に登りたいと純粋に思ったんだ。

そこに嘘偽りは……ない。確実に。


「ふむ……まあ、いいでしょう。そこは信じてあげます」


よかった……のか……?

結局のところ、こいつが信じたところで、本人がどう受け取ったかが一番大事なわけだが……。


「…………」


わからねぇぇ……。先生は先ほどと変わりなく、顎に手を当てたまま黙ってるだけだ。

少しの変化があったとすれば、俺をジイっと見据えてるということであり……すっごい居心地が悪い。


「あぁ……その、せん―――」


なんて声を掛ければいいかわからないが、とりあえずなにか言おうとした時。


「では、次の質問です」


と、恋ちゃんが言うので思わず顔を向け―――。


「まだあんのかよっ!」


と言っていた。正直……今はこれでよかったのかもしれないと思う。

なんか気まずく、わけがわかってない頭で先生と会話しても、今より更に悪い方へいくような気がしたから……。


「何故、あなたは”幼馴染の美少女”に、手を出したのですか?」


「…………」


前言撤回……かもしれない。こんなしょうもない質問されるくらいなら、先生からビンタされようが、しつこく、それこそ納得するまで先生へ嘘ではないと訴えた方がよかった……。


「あの、出してないから、ごめん。そればかりは嘘発見器に掛けられても、平常心で居られる自信750%くらいある」


上限100%での話しなわけであるからして……650%オーバーだ。即ち、ありえない。


「ちっ……では、次の質問です」


舌打ちしよったで……。あわよくばで挟んできただけだなこいつっ。汚い手を使いやがる―――。


「ってまだあんのかよっ! どんだけ俺を悪者にしたいんだお前っ!」


もう、充分すぎる気がするんだけどっ!!


「悪者にしたいわけではありません。ただ悪を絶つ、それが私たちの定め。ですから少しでも疑いがある者へは尋問するのが当然なのだです」


なんか、また急にキャラを戻して正義の味方面し始める恋ちゃんだが……全く納得できん。


「俺の何が悪だというんだ? むしろ俺からすりゃ、お前たちが悪であり変態だぞ?」


仮面なんか付けちゃってさ……。セーラー服着た女共が活躍できるのもアニメだからであり、現実じゃあ、コスプレイヤーか変態かコスプレイヤーで変態かのどれかだ。

……まあ、あいつ等はがっつり顔は出してたがな。タキシード着た奴が顔隠していただけだ。


「大丈夫。変態は貴方だと証明してみせますっ」


恋ちゃんは俺にガッツポーズを向けると、ベンチに腰を掛けてどらさんやティンティンと会話を楽しんでいたアリスへ手招きしてみせる。


「おいっ、お前っ、ちょっとっ……! 最終兵器みたいなの呼ぶなって!!」


手招きを止めさそうと恋ちゃんの腕を掴んだ……まではよかったのだが……。


「いやぁーーー! アロマ姉さん助けてー! なんか揉まれる! 揉まれるなんか!!」


普段なら絶対そんなことしねえのに、悲鳴を上げやがった……。

つうか、なんか揉まれるってなんなんだよ……。完全ふざけてやがるじゃねえか。



でも……。


「貴っ様ーーー!! 恋からその汚い手を放せー! なんか揉んだら命はないぞ!!」


あの人には効果絶大だったようだ……。ベンチから素早く立ち上がりこっちへ走ってくる。


ただ……。


「足おっそっ!!」


威勢だけは物凄いあるんだが……兎に角足は遅い。まあ、稀に物凄い早いときもあるんだけど、今はその時ではないようで、こっから見る限り進んでいるのか下がっているのかわからない。


「おい、恋ちゃん……。あれ、待つのか?」


本人は必死なんだろうけど、待つ方としては変な間があいてしまって彼女のテンションに合わせられる気がしない。


「よ、予想外です……」


恋ちゃんも彼女が鈍足だというのを忘れていたんだろう……。

悩みの色が顔に色濃く表れていた。


「鬼白さん、走り以外は成績上位クラスなんだけどなぁ……」


呆れた様にそう言う麗奈先生は、寄っていくこともできずただ待つだけの状況に苦笑いを浮かべる。


「驚くべき新事実でしたわ……」


中島は肩車の時を思い出してるのか、難しい顔でそう呟くだけだった。


「やっぱ……あれかな……。この状況で待っててあげるのが、優しさ……?」


掴んだままの恋ちゃんの手を掲げて見せる。


「そう……ですかね」


「うん……。鬼白さんからしたら数秒しか経ってない感覚だからねぇ……」


「個人的には離したほうがよろしいかと思いますの。ですが……しょうがないですわね……」


「だよなぁ……やっぱり」


アリスが到着するまでの数十分間、俺たち四人は暇を持て余して、ただ下を向いたりして待つしかなかった……。


「きさ、まっ……はぁっ、はぁ……。な、なんか、揉んでいないだろうなっ……はぁっ……」


待つこと15、6分くらいだろうか……。アリスはようやく俺たちの元へとやってきたのだが、膝を曲げ両手を付くと、息を整えるのに必死な状態で、とてもじゃないがすぐに会話はできなかった。


「大丈夫か……? お前」


俺を散々殴り回した後でも、息が上がってるとこなんか普段は見たことなかったわけで、体力はかなりある方だと思う。ただ、今は、中島を肩車して校舎を走り回ったりした後だし流石に疲れたのかもしれない。……つうか、走ってくるより、普通に歩いてきた方が確実に早かったと思う……。まあ、更に怒るだろうから黙っとくけど……。


「私の身っ……より……はぁ。自分の身をっ……心配した方がっ……身の為……はぁはぁっ……だぞ」


かなりきてるな……。まあ、強がり、というか本当に強い子だからそんなに心配はしなくてもよさそうだけど。


「アロマねえ―――いや、鬼白先輩。貴女にも聞きたいことがあります」


恋ちゃんも同じように判断したようで早速とばかりに話掛け始めた。因みに、セクハラ騒動でアリスを呼び出した感じだった筈なのにどこへやらで、俺と恋ちゃんはごく自然に手を繋いでいた。


「ふぅ……。……なんだ?」


そう問うアリスは深呼吸をして大分落ち着いたようで、いつもの感じに戻っている。

……と、冷静に観察しているが……これはまた、非常にまずい状況ではないだろうか……?


「貴女も先ほどこの坊主頭に騙されていたのにお気づきですか?」


ああ、やっぱあかんやつや……。これはあかんやつやでぇ……。


「恋ちゃん何をっ―――」


「騙す? どういうことだ?」


聞き逃さへんし、食いつき早っ! 当たりまえっちゃ当たり前やけど、食いつき早いだろおいっ!


「なんも騙してない! アリス! 俺はなんも騙してない!!」


「うるさい。貴様には聞いていない―――ていうか、貴様っ、何、普通に恋と手を繋いでいるっ! やっぱり、なんか揉む気かっ!」


うぉうっ……逆効果来たっ……! また、胸ぐらを掴まれてるしっ……。


「そうなんです! 鬼白先輩! 私、この人になんか揉まれたんです!!」


「嘘つくな! なんかってなんだ! なにを揉んだというんだ!」


性的問題をでっち上げられてたまるかってんだばっきゃろう! 

流石の俺も、とことん勝負していく構えだぞこの野朗!!


「手をぉ……ニギニギしたもん……」


「……はい?」


手を、ニギニギ……?


「手をニギニギしたもんっ!!」


この馬鹿……。今度ははっきりと力強く叫びやがったわけだが……。


「いや、それ言うなら、俺だってよくニギニギされてるぞ、お前に。隣のボロロみたいに叫ぶことじゃねえっ」


子供の頃から数えられないほど手を繋いでるし、ニギニギする癖があるのは恋ちゃんの方だ。

しかも、その癖の成果なのか、握力が上がったようで、たまに握りつぶされるんじゃないかと思うほど痛い時がある。


「流石にお前、それは説得力ねえわ。んなもん、お前、手をニギニギて、お前」


流石のアリスも、お前、そんなこと聞いてどうしていいか―――。


「手を、ニギニギした……と……そう、言うのか……? 貴様は、か弱い女の子の手を、ニギニギ……したと……」


理解し、明確な目標を持って行動しようとしているだとっ……!?


「ちょっと待てアリス! お前話聞いてたかっ!?」


こりゃまずいと、先ほどとは比べ物にならないくらいの力で胸ぐらを掴むアリスの手を掴み、なんとか落ち着かせようと試みる。


「今日はかなり疲れてるんだろっ!? だから、怒りっぽいんだよなっ!?」


引っ張られシャツの第二ボタンが弾け飛ぶ、というかむしろ、シャツ自体が破かれそうな力強さだ。

そうなりゃ、何を着て下校したらいいかわからんし、たまったもんじゃないっ。


「貴っ様ぁぁぁぁっ……! あろうことか、私の手までニギニギしようとっ……!?」


したからといってどうなるんだーーーー!! 神様、この変な人たちを止めてーーー!!


と、叫びたいところだが、こういう時こそぐっと堪え、焦りも恐怖もできるだけ静めて努めて平常心で向き合うしかない。さっきも最悪を回避できたんだ、今回もギリギリで回避してみせる。


「馬鹿野朗! お前の手だからに決まってんだろう!!」


まずは『必殺! あんた……そんなに思てくれてはったなんて、うち……知らなんだわ』を放ってみる。

この技は簡単に言えば、俺はお前のこと好いている! と思わせるような発言をすることだ。


「う、嘘をつけ! そういうことを言って、私を騙そうなんて、そ、そうはいかんぞ!」


結構、効いてるなおい……。もう、バリアが砕け、攻撃当てほうだいってな感じがする。


「馬鹿野郎! 嘘なんて付くわけないだろ! 嫌いな奴の手なんか握るわけねえんだよ! わかるだろアリス! 嫌いだったら手を掴める距離にまず近づくことはない! パーソナルスペースに入り込む事も、入り込まれる事も無いんだよ!」


こういうときは、多少大げさでも身振り手振りを大きくした方が説得力があると思う。……もちろん実行済みだ。


「そ、それはっ……そうかも……しれない。私も……嫌いだったら極力、接触は避け……る……」


瞬間湯沸かし器で暴力的なんだけど、こうやって、すぐ信じちゃう純粋な所だけは評価する。

ほんと可愛いと思う。


「手をニギニギするという行為は悪いことではない。むしろ好意の表れといってもいいんだ」


いつの間にか力が弱まり、アリスの手が胸ぐらから放れていたので好都合だった。


「ということは、どういうことか……わかるだろ?」


微笑み、優しくを意識しながらそう言い、アリスに右手を差し出す。


「う、うむ……」


頬を赤く染め恥ずかしそうに頷き、アリスは俺の手を取る―――。


「そうそう、そうそう」


と、思われた瞬間に、恋ちゃんが間に割って入ってきた。


「そうそう、それそれ。それなんだよ」


合わさりそうな俺とアリスの手を、まるで、骨董品の品定めをしているように顔を近づけ、じっくりと見ながら何度も頷いている……。


「なんなんだよ……。何通人(なにつうじん)なんだ、お前は……」


恋ちゃんに口を開かせれば不利な状況へ落とされることは、ここまでで嫌というほど思い知らされたが、どうしても気になり、問いかけてしまった……。


「それなんですよ。鬼白先輩、貴女は先ほども―――いや、遡れば、いつの日もそうやって丸め込まれ、騙されているんです」


恋ちゃんは不意に俺の鼻先ギリギリまで、ズビシっ!っと指を突きつけてくる。


「この坊主頭に、ね」


どうやら……また、犯人は俺らしい……。

一瞬理解できなかったが、思いっきりばらされたことに気づいた時、俺は……。


「やだっ、もうっ!!」


問いかけたことに後悔し、更なる危機的状況に恐れ、嫌気が差し、気づけば顔を隠しオカマのような声を上げていた……。


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