華麗なる登場

中庭、桜の木の真下―――。


「貴様のその、打たれ強さだけは、認めてやらんでもない。……さあ、もう一発いこうか」


拳を鳴らしながらゆっくりとアリスが向ってくる。


「は、ははっ……逆……に、お前はすぐっ……暴力を振るうことさえなければ……いい女っ……なのにな」


何故、俺という人間を殴るのかは彼女自身にしかわからない……。

まあ、そもそもが、理由が解明されたところでどうせ殴られるんだろうけど……。

せめて、これくらいは言ってやって殴られた方が、まだすっきりする筈……だ。


「い、いい女とか、お前に言われたって嬉しくないんだからなっ。お、大人しく殴られろっ」


ぶっ飛ばされ、たまたま着地した場所で両肘つき、上体を起こすだけで精一杯の俺にアリスは顔を赤らめながらそう言う。


「いや、大人しく……してるだろ……」


今日一日、沢山叫んで沢山動いて疲労感を感じていたところに、あの重い一撃……。


「今も……そして、さっきも……大人しく、殴られた……だろ……?」


もう動けやしない。大人しくせざるを得ないんだ。


「わかるだろアリス……。そういうこと……」


もう、どうにでもなれという気分で、両手両足を広げ大の字で寝転がる。


「そういうこと、なんやでぇ……」


今日の空はまた、雲一つなく綺麗だ……。

少し視線を上げればサクラの木が空という水色のキャンバスに僅かに掛かり、これまた綺麗で……数分か数秒後には殴られるんだろうけど……見とれてしまう。


憂鬱はどこへやら、空が晴れ渡れば俺なんかの気分も少しは晴れ渡る―――。


「ま、まさか、敢えて大人しく殴られていたというのかっ……。私の為にっ……?」


「あ……?」


「今も、そうやって私を待ってっ……!」


「え…………?」


彼女が何を思い、感じ、何故そんな言(げん)を発するのか……。

疲労感が勝っている今の私には、一瞬という、時には長く、そして儚いひと時ではあるがわからなかった。


気づいたのは普段の2秒ぐらい遅れてから。


驚愕の新事実とでもいうくらい目を見開いて驚き固まるアリスを見て、ようやく悟った。

物凄い勘違いをしている、と。


となれば、『これを利用しない手はない』と私は心の中で決断付け、ここからは身体ではなく頭を使っての戦い。即ち心理戦になることが予想された。



「そうだ……。そうだよ、アリス……。少しでもお前の気が済むのであれば、と……殴られていたわけだ」


よくわからない勘違いでここまでやってきて私をぶん殴ったわけであり、そもそもからしてなんの気が済むのかはわかっていない。


だが、しかし……そんな適当な言葉も、今の彼女には効果があったようだ。


「だ、騙されないぞっ。そうやって貴様はっ、いつも口先で私を丸め込もうとするんだっ」


言葉では理解を示しておらず、依然両手は握られているが、人を殴るための握り拳というよりは、騙されまいと頑張り、強がって握られ作られた拳に見える。


『もう一息かもしれない』そう思った私はすぐさま勝負に出ることにした。


「そんな……はぁ……お前を騙すなんて、そんことするわけ無いだろ。お前を騙して、後で殴られる俺になんのメリットがあると言うんだ」


正直言おう。心理戦においてはこのアリスより、私のほうが秀でていると思っている。

そう、言うならば、下に見ており、見下しているといわれても否定はできぬ。


「め、メリットはわからんが、よく殴られているではないか、私にっ」


それは単にこのアリスという少女が、眼鏡をいじめるガキ大将並に手を出すのが早いというだけの話だと私は思う。理不尽さはどっこいどっこいか、もしくは少し勝っているのではないかと思える場面もある。……今この時のように。


「確かに騙したことや、お前を腹だ立たせることはあるのかもしれない……。けど、ちゃんと非を認めて殴られてやってるじゃないか」


認めたことなど一度も無い。何故なら始まりが理不尽というのもあるが、そもそもが突発的であり問答無用なのだ。


「ストレスは良くないからな。俺という存在がストレスだというならそれはそれで構わん。殴ってくれて、な。お前の気が済むのであれば」


決してジーザス的な思想を持っているわけではない。

次に言おうとしている言葉布石のようなものに過ぎず、全て嘘だ。バカ野郎。


「そ、そんな……。じゃ、じゃあ、お前の気はどうやって済ますというのだっ?」


『掛かった……』何通りかの返答パターンを考え張り巡らしていた訳だが、こうも想像通りの問いを口にされると笑みがこぼれそうになる。……が、ぐっと堪える時……。


「そんなことは気にしないでいい……。でも……それによって更に気が済まないと言うのなら……」


言いながら上体を起こし、曲げ立てた右足に右腕を乗せ、そして……。


「介抱とまでは言わないけど……隣でさ……」


顔を上げ、アリスの目を見て微笑みかけるやる。


「一緒に空でも見上げてくれよ」





『決まった……』



なんて、言葉を、深呼吸のように、ゆっくりと心の中で言葉を吐き出す。



「そ、そんなっ……ことっ……」



アリスの戸惑いも想像通りだ。


でも仮に……これで駄目だというのなら、もう俺に残された次の手はない。


ぼっこぼこにされるだけだ。



「そ、そんなことっ……や、やってらんことも、な、ない……」



頬を赤らめ、少しオドオドしながら私の隣にやってくるアリスを見て、私は心の中でこうも呟いた。



“チェックメイト……”と……。



「はぁ……」


クサくて窒息しそうな言葉だが、これまでに無いくらいの決まり具合でアリスから一本を取れたようだ。ほんと、よかった……。



まあ……アリスの単純さはかなりのものだから、失敗はそんななさそうだけどな……。



「はぁぁ…………」



安堵すると共に達成感にも包まれ、座ったまま、両手を後ろに付き凭れる。



「……ん?」



露天風呂に浸かった時ぐらいの気分のよさで周りを見回してみると、すぐに周りが異変に包まれていたことに気づく。


「…………」


妙に静かだった。


「…………」


何故だか上―――正確には桜の木を見上げ、俺とアリス以外の皆は静止していた。


「うむむむ…………」


爆睡していたどらさんですら、寝転んだまま、悩ましげに桜の木を見上げている……。

どうやら、余程のことが桜の木の上で起きてるには違いない。


「なんだ……? この場所だけ時間でも止まっているのか?」


隣へとやってきたアリスもその異変に気づいたようで、そんなことを口にする。


「おい……どうした?」


本当に時間が止まっていればそれはそれで面白いことができそうだが、そんなわけないので、近くに居るサダシに声を掛けてみた。


「いやぁ……なんかぁ、おかしんちゃよぉ。……なんかぁ」


視線は桜の木へ向けたままだが、返答は返ってくるのでやっぱり、時がとまったわけではなさそうだった。



「なにが……その、おかしいんだ?」


集団怪奇現象というのは実際にニュースとして取り上げられた事例もあって、本当にあったりするが、今まさにそれが起きて、桜の木の上に禍々しいモノが邪悪な形相でこちらを見渡していたとしたら、俺は秒でチビってしまうと思う。


だから、すぐ見上げればいいものを、あえて回りくどく近くサダシに聞くなんてのをやっているわけで……なんなら、事実確認はいらない。問いすらせず、帰ればよかった。


聞いてしまった事を後悔する、と、早くも俺の中で警戒警報がけたたましく鳴りまくる。


「あ、ごめん。やっぱ聞きたくないーーー」


今からでも遅くない、と、サダシへそう言い、この場を立ち去ろうと思った矢先。



「なんかぁ……木の上に、居るんちゃよ」



サダシの口から現状を語られた。




「き、木の上って、お前、そりゃ色々居るだろ、バカお前っ。お前変なこと、い、言うなよっ」



サダシだけではなく、他の皆も見上げているので、何か居るのは間違いないんだろうが……。

それでも信用できなかったのと、モノによっては無かったことにしようと思い、チラっと見上げたのだが……。



「なっ、なんか居るっ……!」



桜木の上。そこには、仮面舞踏会で貴族が身分を隠すために付けていた仮面のような、目元だけを隠す仮面を付けた何者かが二人、太い枝の上に立っていた。



「ようやく気づいたでゴンザレスね! この悪党爆弾っ!」



「そ、そうでゴンザレスね!」



…………………………。




………………。




…………。




「いや、どないしたんや……。恋ちゃんと麗奈先生……」



格好と声からして、顔を隠そうがわかる……。



「れ、恋っ!? だ、誰のことを言ってるのでゴンザレスましょう?」



「麗奈って誰でゴンザレスです、か、かねぇ?」



「………………」



どうしよう……明らかに動揺してるのに、隠そうとする……。

つうか語尾のゴンザレスってなんなんだろう? ございますとかそんな感じ、なのか……?



「ちょっと、皆……」


“アレ”の対処について話し合う必要があると思い、皆を召集した。


「どう思う?」


円陣を組んで早々に意見を求めてみる。


「明らかに恋と麗奈先生で間違いないっちゃ。仮面で隠したのさっきだっしぃ」


「サダシのいう通りだぜ。それに今日、恋のやつ七色のパン食べてたんだぜ。多分、あれに何か入ってたんだ」


「あの仮面は演劇部の小道具に間違いない。今やってる劇の練習で使ってるやつだ」


「紛れもないな。それに語尾がゴンザレスというのも興味深い。ティンティンもそう思うだろ?」


「使いにくそうではありますが、そうですね―――って、ティンティン言うなって! 所澤っ!!」


「私としては、何故というのが3……。眠いが7……といったところだよぉ~」


「あいつらは誰なんだ? 恋とか麗奈ってのも存知ねえしよ」


「恋はいつも不可解だが……今回は特にそうだな。見ているこっちが恥ずかしい」


「どうするんですの? 百太郎様を指名しているようですわ」


皆、様々な意見を言っているわけで、それぞれ個別に詳しく聞きたいわけだが……。

中でも気になったのが最後の中島が言った言葉だ。


「はっ? 俺を指名しているだとっ……? 冗談じゃないっ!」


めんどくさいのは目に見えてるし、鬱陶しい。

今回ばかりは俺じゃなくてもいい筈だ。マジで勘弁してくれ。




……ということで。



「今回は俺、パス。サダシ相手してやれ」


と、サダシの肩を叩き、早々にバトンタッチをした。


「いやあっ! いやっちゃよぉ! 鉄っちゃ~ん!」


だが、サダシは左隣の鉄の肩を叩き。


「馬鹿サダシ! 俺はお前以上っ、餃子100万個分くらい嫌に決まってんだろ!」


鉄もまた、左隣の村井君の肩を叩く。


「なっ……いや、待てっ……!気にはなるが、私には荷が重い!」


そして、村井君は所澤君の肩を叩き。


「こいつで、この肩の叩き合いは終わる……。出番だぞっ! ティンティンっ」


所澤君は明るくティンティンの肩を叩く。


「いいんですか? お父さん―――って、私嫌ですからっ! ていうか、ティンティン言うなって! 所おいっ!!」


しかし、ティンティンもまた、もちろんどらさんの肩を叩き。


「い~や~だ~。私は絶対にい~やぁ~~」


で、どらさんもまた、布丸の肩をジャンピングで叩く。


「なんかわかんねけどよ、おもしれえなっ。この遊戯おもしれえなおいっ」


布丸は妙にハイテンションでアリスの肩を叩き。


「流れを切るわけにはいかんからな」


最早、ここまできたら全くその通りであり、アリスは中島の肩を叩く。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいましっ。ここで私が出て行くのは明らかにおかしいですわっ」


そして、最後……。中島はお決まりの様に、俺の肩を叩く。







―――つもりだったんだろうが。




「そうはさせるかっ」



すんでの所で避け、中島から距離を取ってやった。



「なっ……!」



中島も皆も、結局俺に返ってくるというオチを期待していたようで、驚いているようだ。だが……。



「甘い……。甘いんだよてめえらぁっ……!」



素直に俺が肩を叩かれるとでも? はっ。



「ゲロ甘なんだよぉおおおおおおお!!」



叫んだことにより別の戦いの幕が切って落とされたかもしれない。

……が、そんなもの知るか。こうなりゃ全員敵だ。



「くっ……」


「へっ……」


にらみ合う中島と俺。

そして、自分にも来るかもしれないと思い、俺と中島から更に距離を取り構える皆。



「あ、あのぉ~? ちょ、ちょっと、いいですか~……? 私たちを腫れ物扱いするのは、その、やめてもらえませんでしょうかぁ~……?」



桜木の仮面が何か言ってるが、そんなのは後だ。

今は仮面と誰が対話をするかの一世一代の戦いなんだ。仮面の入る余地なんてねえ。


「くっ……どうして……どうしてっ」


中島が動いた。


「何故、こういう時ばかり……私なのっ……」


顔を両手で覆い地べたに座り込む……。まさか、泣いてるとでも言うのかっ?


「すっ……ぐすっ……どうして皆して私をっ……」


嘘……だとわかっている。嘘泣きなんだと……。

泣いてなんかおらず、騙され寄ってきた馬鹿を覆った手の中で口の片端を吊り上げて笑い、蛇のような鋭さで肩を叩いてくるのだと。


「わ、わかってるのにっ……」


俺は―――いや、俺だけじゃない。野朗共全員が徐々に中島へと近づいて行っているっ……!

そう、俺たちは皆、非常に騙されているっ!


「だめっちゃ~っ。だめっちゃよ~。古典的だっちゃ~よぉ~!」


「馬鹿サダシ! わかってるなら止めろ! 確実に俺らの誰かがやられちまうんだぜ!」


サダシは自分の太ももをバシバシ叩き止まろうとするが止まらず、鉄はマラソンのような手の振り方でその場をグルグルと走り回りながらも、徐々に近づいていく。


「す、すさまじい演技力だ……。是非とも近くで拝見したい……」


「同じく同意だ……。ティンティンも……来いよぅ!」


村井君と所澤君はゆっくりとだが着実に近づいていく。だが、所澤君にいたっては、振り返りティンティンを元気よく呼んでいるところを見ると、すんでの所で避けれる自信があるのかもしれない。

……何故なら、二人は演劇部。もしかすると今のこれも演技なのか……。なんにせよ、侮れない奴等だ。


「なんだ? 次はなんなんだ? 野朗同士の番ってやつか?」


布丸はやはり根本からわかっておらず、ただ同じようにしているだけのようだった。

……だが、こいつの身体能力も今だ未知数。もしかすると一番わかりやすく、それでいて一番謎めいてるのはこいつなのかもしれない。


「くそっ……」


近づいてく野朗共を冷静に見ているつもりだが……俺も例外ではない。

ゆっくりとだが着実に中島へと近づいてしまってやがるんだ。この身体が、足が……。


「しょうがねえよな……」


誰に言うでもなく、そう呟いてしまう。


「だって、中島は……」


煩さを一旦どこかへ置いてしまうと……。あいつは……あの子は……。




“可愛いんだもんっ!!”




裏で合わそうとかいう作戦を練っていたわけではないが、布丸を除いた他の野朗たち全員の声がハモる。



「高圧的な態度じゃなかったら、お姫様みたいで可愛いっちゃ!」


「馬鹿サダシ! 高圧的な態度―――いや、ベタなお嬢様な態度がいいんだぜ!」


「王道こそが至高とはいったものでな。金髪ツインテールも良いのだ!」


「小さな体で生意気。良いではないかっ! 良いではないか、なあ! ティンティン!」


「声はキンキンして煩いし、うざいけど……。優しい奴なんだっ!」



“好きだっ!付き合ってください!”



布丸を除いた全員が下を向き、右手を中島に差し出す。


「えっ……え……? なんですの、あ、貴方たち……?」


当然、中島が戸惑うのも無理もない。だが、俺たちはあえて何も言わず、黙って右手を差し出し続ける。


「ちょっ、ちょっと、黙ってないでなにか仰ってくださいましっ。こ、困ってしまいますわ、急に、しかもこんな人数から愛の告白だなんてっ」


俺たちは何も言わず、ただ、俺たちにしか見えない位置で親指を立てあった。


”作戦は成功だ”……と。ニヤリと笑いながら。


「こ、困りますっ。困りますわっ……! やだぁっ……」


というのも、これこそが俺たちの思惑であり、奇跡的に阿吽の呼吸でなされた作戦だった。


「あ、あのっ、ど、どうか、私を困らせないでくださいましっ。取れませんわっ、だ、誰の手もっ……」


ふふっ……。そうだよ、中島。

それでいいんだ。そうなるだろうと思い俺たちは作戦に出たのだから。


「お、お願いですわっ……! 顔を上げてっ―――」


中島が本気で泣き出しそうな声を上げた時だった。




「もおぉぉぉぉぉぉぉ我慢の限界でゴンザレスっ!!!」



仮面の声と共に、俺と中島の丁度間、その辺りの地面がドスンと踏み鳴らされる音がした。



「お、おいおぃ……。ま、マジかよぉ……」



背後で布丸が心底驚いたといった感じでそう言う。


「ありえねぇ……だろぉ……おぃ……」


あの、布丸をここまで驚かす奴は、恐らくこの場では一人しか居らず……。大体想像はできるが……。



「あぁ……来ちゃったのね……」


顔を上げると、仮面(恋ちゃん)が土埃と桜の花びらが交差し舞う中心で腰に手を当てて立っていた。……恐らく、布丸が驚いたのは、人間の飛躍限界を遥かに超えて降り立ったとかそんなだろうと、思う……。


「ちょっ、ちょっと恋ちゃんっ。どうやったらそんなにジャンプできるのぉっ。ていうか、置いていかないでよぉ~」


木の上に一人残され、麗奈先生は少しムッとしているようだが……いかんせん、のほほん色が強く、癒しの光景に見えてしまう。


「ヒーローなんですから、飛べて当たり前ですよっ」


恋ちゃんが胸を張りそう言うので。


「だ、そうですよ。さあ、先生も、どうぞ」


と、恋ちゃんの隣を丁寧な仕草で指し示してやる。


「無理っ。絶対無理っ」


だが、先生は当たり前の反応を示すと、普通に手掛け足掛け木を降り始めた。

まあ、流石の先生でも、高さ15、6mくらいの位置から3、40m位の距離を飛んでくるなんて無理だ。……というか、誰も無理だ。飛んだとしても、こんな平気でいれるなんて、この馬鹿(れんちゃん)しかいない。


「ほんと……お前は……なにができないんだよ」


昔からなんでもできたわけだけど、ちょっとばかり何でも出来すぎだと思う。

俺のとこも相当田舎だと思うが、それを更に超える田舎な奥地出身だからなんだろうか……。

今のは野生児みたいで奥地出身が光ってるように思える。


「何でもできますよ。なんたって、私は人が強くなれる恋(こい)の一文字を宿した名。五月れ―――」


言いながら、恋ちゃんは少しの間固まる。そして……。


「―――んたろう王子……? で、ですからっ……」


名前を微妙に言い換えた……。


「あの、なんだって? もう、一回言ってみて」


俺の意地悪が目を覚ますのに時間は要しなかった。


「だ、だから、五月ぃ……恋太郎……王じ……」


恋太郎までしかはっきりと聞こえないな。


「五月恋太郎なんだって? もっとダイナミックに、そして、マキシマムにお腹を使って言ってみ」


ふっ……。反撃のチャンスがここで回ってくるとはな。人生わからんもんやでぇ。


「だ、だからっ……だからっ―――」


少し苛立った恋ちゃんが、ようやく大きな声で変で恥ずかしい名前を叫んでくれると思ったのだが……。


「お待たせぇ~。ようやくたどり着いたでゴンザレスわよぉ~」


と、超のんびりした声が近づいてきたので、思わずずっこけそうになってしまった。


「マイペースなゴンザレスが来たっちゃぁ……」


「馬鹿サダシ。ゴンザレスって名前じゃねえ。なんかあれだ、言葉の語尾とかなんかの……あれだっ……!」


鉄なりにまともな指摘をしようとしたのだろうが、うまくいかなかったようで、これでもくらっとけと言わんばかりにサダシをぶん殴る。


「のんびりとしているのに、ここまで来る速さと俊敏さ。侮れんな」


「それも同意だ。因みに、『あなどれん』と『アドレナリン』ってなんだか似ているような気がする。恐らく、ティンティンもそう言うに決まってる」


村井君の言うとおり、先生は喋り方と行動と顔つきが正反対で侮れない人だ。

所澤君の言うことも微妙に共感しそうになる。……だが、結局は兎に角ティンティンがお気に入りなんだと思う。


「で、オールマイティーなゴンザレス。名前は?」


先生のおかげで難を逃れたとか思って、肩の力を抜いていた恋ちゃんに再び向き直り名前を問うてやる。意地悪や仕返しに関しては俺はしつこく徹底的にやるタイプなのだ。


「ま、まだ、やるというので……ゴンザレス……か……?」


恋ちゃんは腹痛を患ってるかのように途切れ途切れにそう俺に問い、明らかに嫌そうだった。

だが、しかし、そんな反応をするなら尚更はっきりと聞きたくなるのが俺の性だ。


「当ったり前じゃないか! こうしてマイペースなゴンザレスも現れたんだし、いっそのこと、二人して名乗っておくれよ! 恋でも麗奈でもない? じゃあ誰? Who?」


大げさな身振り手振りで観客を同調させ、沸かすように言ってやる。


「私―――いや、そこにいるオーディエンス達も気になっているのだ! 君らは誰? 君らは何故木の上に? そして、何故私の邪魔をするかのように現れたのか!」



“そうだ(っちゃ)!そうだ(っちゃ)!”



「何故仮面を付けている! 仮面を付けるだけで何故変装した気になっているっ! さあ聞かせておくれよ! 手始めに聞かせておくれよっ!!」



“聞かせておくれ(っちゃ)!聞かせておくれ(っちゃ)!”



「君のっ! 君らの名前はなんていうのかいっ!」



“なんていうんだ(っちゃ)!なんていうんだ(っちゃ)!”



「さあ! さあ! さあぁっ! 答えたまえでゴンザレスっ!!」



両手を広げ天を仰ぐと、丁度強めの風が吹き抜ける。



「ふふっ……ははは……」



なんかローマ的な劇のクライマックスを演じきった気分だ……。



「え、えぇ……と……。なんかの、王様……なの、かなぁ……?」



両手を広げ天を仰ぎて目を閉じている俺の背後で、先生の控えめでありながら引いてる感ばっちりな声が聞こえて、ようやく気づいた。


“やりすぎた”



と。


でも、ここまで何かを演じきったんだ……悔いは、ない……。途中から野朗たちも一丸となり援護の掛け声をしてくれていたんだ、これはもう俺だけの戦いではない証拠。ここで弱気になるわけにはいかないんだ。奴らの、為にも。


「さあ、ここまでしたんだ。はっきりと皆に聞こえるように、仮面のお二人には名前を名乗ってもらおうではありませんか。のう? 太鼓持ち達よ」


なんだか、言葉回しとキャラ設定が自分の中で狂いまくっているわけだが……。


「いえぇえええへぇえええい!!」


拳を上げてそう叫ぶサダシ達はもっと狂っているようであり、イケイケどんどんと化しているので問題はなさそうだった。


「そ、そこまで言うなら……わ、わかりましたで、ゴンザレスわ……」


「ふん、やっとか」


初めからそうやって素直になってれば、俺もこんな事をせずに済んだものを……手を焼かせてくれるぜ、まったく。


「せんせ―――じゃない。赤仮面来てください」


「えっ? なに? なんか、嫌っ。嫌ぁっ」


恋ちゃんは先生の手を引き、少し放れた位置へと移動すると、すぐさま、コソコソと打ち合わせを始める。


「……ってことで……あんな感じで……そうそう……ぺロ~ンと……」


「こう?……あぁ~そうかぁ~……ぺロ~ンとね……」


いや、しかし……。ペローンとって、いやらしいこととしか思えないんだが……。

名乗りで、やつ等は、いったい何をする気なのだろうか……。



「服でも捲る気か……?」



ほんと、何気なくそう呟いただけだったのだが。



「ふぅううういぇええええええい!!」



俺の声に反応して、何故そこまでテンションマックスに仕上がってるのかわからない野朗共が、背後で拳を上げ叫び声を上げ始めた。



「ちょっ、お前らうるさ―――」


叱ろうとした、そんな時だった……。


「お待たせしましたでゴンザレスね! 変人爆弾少年っ!!」


恋ちゃんの声と共に、なんだか、太い導火線の付いた黒くて丸い……アニメなんかでよくありそうなベタな爆弾のようなものが、俺と野朗共の間に飛んできたのは……。


「ええっ、ちょ、まじかよっ、おい!!」


アイツ殺る気!? マジで殺す気なのっ!?


「おいおいおいおいおーーーーーーーい!! 爆の弾だぜおーーーーーーい!!」


「布丸ぅっ……!?」


わかってんのにお前っ……! 何故、足で浮かして蹴飛ばすっ!?


「まじきゃっはふぅーーー!! ばくだんっちゃふぅーーーい!」


「サダシっ、お前までっ……!」


胸でそれを受けて、ヘディングっ―――。


「ばっきゃ、さだっしゃはっふん!!」


鉄がダイレクトにオーバヘッドっ!?


「ふんっふんっふんっ! はあーーーん! っという感じで、よく見てはーーーん!!」


それを村井君が華麗に膝で受けて落として、脛とつま先で挟んで止まってまた浮かしたそれを踵で蹴り上げシューーーッ……!?


「ティンティンティティン、ティンティンティティンティン! ティンッ!」


さらにさらに、所澤君は右へ左へ華麗な足捌きで爆弾を操り、もはや誰も奪えないっ! これぞティンタジスタだっ……!!


「って、ちょおっ! お前ら爆弾でサッカーするなって!!」


どこまで仕上がってんだっ! なぜ爆弾でコンビネーションの高さを披露できるっ!!


「最後はぁ~~~っ」


所澤君が高く蹴り上げた爆弾を見つめながら言う。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……所澤ストッ―――」



ああっ、嫌な予感しかしないっ……!!



「貴公Shit!!」


「うわぁ! やっぱきたぁっ!!」


所澤君から蹴りだされた爆弾は、一直線に俺を目掛けて飛んでくる。



“貴公Shit!!”



“貴公Shit!!”



声援のつもりなのか、爆発してしまえということなのかわからないが、野朗どもの「貴公Shit」と叫ぶ声が遠くで、一定のリズムを刻むかのように聞こえる。



「ば、馬鹿野朗ぉおおおおおお!!」



そうしたところで被害は免れないわけだが……普通は避けるもんだと思う。だが、掴めそうな物体が飛んできたならば人間の行動としては、わかってはいても手を出してしまうもののようであり……そんな自分に向けての叫びだったと思う。



“ボォンッ”




前に出した両手の指先に硬いものが触れたような感触がしたと思った瞬間、そんな音がした。


そして、瞬時に―――。



「うおっ、けんむぅ―――ごほっごほっ。くさっ……なん、だよ……ごほっ……」


辺り一面真っ白濃い煙に覆われ、俺の視界から皆が消えた。



「うぅえっ、ごほごほっ」



いや、むしろ逆かもしれない。俺が皆から消えた形になってるんだ多分。



「くっ…………」



これは、どうしたら……。



と、手で鼻と口を押さえ、考えようとした時だった。



「恋いする心単純なれど、成就するは難しき」


右側から恋ちゃんの声でそんな言葉が聞こえ……。


「されど苦無き道ならば、成就するも喜び薄し」


左側からは麗奈先生の声が聞こえてきた。


「…………」


恐らく、仕切りなおしの登場シーンを演じているんだろう……。

“誰だ!”とか“何奴っ!”とか“出合え出合えっ!!”とか言って合わせてやりたいのは山々なんだが…………なにぶんケムい。無理だ。


「…………」


だから今の俺は耳を傾けることしかできない。


「苦は常、ならば手を貸すも常」


「されど小癪に謀るは捨て置けぬっ」


二人の声は前方で合わさった……。

恐らく、煙に包まれた俺を挟むような感じで左右から歩んでいき、前方で二人並んだといったところだろう。


「恋の一文字背負いしは……桃色仮面の五月恋太郎王子!」


「えっ……? ちょ、ちょっと聞いてないんだけどっ。恋ちゃんなにそれぇ~!」


…………まじか、おい。


「ちょっと、先生っ。聞いてなくても合わせてくださいよっ。流れでわかるでしょ」


「いや、流れはわかってもぉ~……私なに背負ってるのぉ~? 急に思いつかないよぉ~」


まあ……確かにそうだよな。急に思いつかないよな……。

ただ、コソコソやってるつもりなんだろうけど、丸聞こえだし、恥ずかしいぞお前ら……。


「麗を背負ってるじゃないですかっ。それでなんか考えてくださいよっ」


「え~~。でも、麗って紫とか紺とかってイメージでしょう? 私の仮面、なんか赤いよぉ?」


めんどくせえな、先生……。いや、でも、わからんでもないけど……。俺も赤ってイメージはないし……。


「先生っ! 今はそんなこといいんで、ちゃっちゃと言ってくださいよっ。煙幕が晴れるっ」


「よくないよぉ~っ。百太郎君ってこういうのつっこんでくるって、絶対」


まあ、確実につっこむけどさ……。それ以上に言いたい事が、今の俺には出来た……。


「ねえ、晴れてるよ。煙幕」


俺の視界はすっかりと晴れわたり、若干いがみ合ってる感じの二人を捉えていた。


「はっ……さ、五月恋太郎王子、さ、参っ!」


俺に気づいた恋ちゃんは慌てて屈むと、立てた右足の膝に右腕を乗せて下を向くという……なんだか、くのいちのようなポーズを取り……。


「お、同じく、し、四条麗奈ノ助、さ、参っ!」


先生も思いつかないままのふわついた頭で考えたんだろうな、というのが、よくわかるぐらい……腰に手を当てて、右斜め上を向くだけという簡単なポーズを取った……。


「…………」


正直、なんと言ってあげたら、皆幸せになれるのか……わからない……。けど……なんか言うとしたら……。


「おたくらの上下関係とかはわからないけどさ……名前からして、二人、ポーズ逆じゃない?」


そもそもからして、二人が取るポーズがおかしいというのはあると思うんだが、それをよしとしても、王子と名の付くやつがくのいちっぽくて、麗奈ノ助という和風っぽい名前のやつが王者のようなポーズ取るのは間違ってるような気がする。まあ……統一しろよってのが、一番言ってあげたほうがいい言葉なのかもしれないけどな。


「逆じゃ無いでござるっ。拙者は今馳せ参じた次第でござるゆえっ!」


引くに引けず忍者になり始めたようだ……。もう色々散らかりっぱなしって感じだなぁ……。


「そうか。まあ……パンツ丸見えだよ恋ちゃん」


敢えて突っ込まず、指摘だけして麗奈先生へと顔を向ける。


「先生は? そのポーズは何ゆえ?」


「私はぁ~ほらぁ、誰にも負けんっ! かかってくるならかかってこい! 的なねぇ~……ははは……は……」


むしろ、ヒーローが思ったり言ったりすることではないと先生も言いながら気づいたんだろう。

最後は誤魔化すように笑うだけだった。


「そうですか。まあ……先生は、胸を張るからいい感じに黒いブラ透けてますよ。思春期男子は大喜びだ」


とりあえず恋ちゃんと同様に敢えて突っ込まず、指摘だけすることにして「あ~よかったよかった」と、いつの間にか桜の下のベンチに集まっている皆の元へ歩んでいく。


「そこのスケベちょっと待たれよっ!」


「そこのエロい君まったぁっ!!」


二人から同時に呼び止められ、めんどくさいと思いながら顔だけを向ける。


「今日はもう疲れたんだ……。遠ざかるまでに用件だけ言って」


当然、歩みは止めない。重要なことやどうしても聞いてほしいことなら並行歩行で頼むって感じだ。


「ええっ、ちょっと待ってようっ!」


「止まってようっ!」


並行して付いてきたのは付いてきたが、両腕を掴まれ……なんだかうざい。

本来なら可愛い子と美人に引き止められて嬉しいとこなんだろうが、今の俺は本当に疲れているのでうざいとしか思えない。


「止まらないわっ! 早急に用件を仰ってっ!」


オカマにもなるってもんだ。


「だからっ、有馬先生と四条先生をっ!」


「八百長で仲良くさせようなんて許さないのっ!」


八百長で、仲良くさせる……?


「ああ、俺が今日しようとした作戦か……」


それなら、もう……。


「おじゃんになったのは知ってるけど、そんな貴方の考えがっ!」


「許せないのっ!」


なんでだよ……。



「いや、あのさ、俺はあくまで依頼を完了しようとしただけだぞ? そりゃまあ、あんまり賢いとは言えないかもしれないけど、最後は麗奈先生の答えに委ねるつもりだったし、八百長は八百長でも100ではなかった」


まあ……それもなんか破綻して、今更どうでもいいんだけどな。


「こうなった今なら、なんとでも言えるのっ!」


「そうだよっ。……あの一緒に木に登ったことも作戦の内だったなんてっ……」


えっ……?


「いや、先生っ。あれは作戦でもなんでもなくほんと偶然でっ―――」


立ち止まって、本気さを訴えようとしたのだが―――。


「触らないでっ!」


と、散々さっきまで自分から俺の腕を触ってたのに、拒否られてしまった……。

どうなんってんだ一体……。どんな青春を歩んでるんだ……俺……。


「いや、先生。あの、勘違いしないで欲しいんですが……あの時は本当偶然で、最後に言った言葉も行動も全て、その、本気で……」


思い出したら凄い恥ずかしいな……。気分で生きてるからこういう事が起きてしまうんだろうか……。

でも止められないしどうしようもない……性格だから。


「嘘だっ!!」


ええっ……! 恋ちゃんお前っ……!?


「ちょ、ちょっと、お前っ。今はそのネタ、マジで止め―――」


止めようと、肩に手を置こうとした……のだが。


「しゅっ……」


と、華麗に避けられた……。


「私は知っているんです。百ちゃ―――いや、そこの坊主頭は思ってもいない事ならスラスラ喋れ、行動もそれに合わせられるのです」


言って、先生には見えないように「ニヒッ」と笑って見せやがった……。

こいつ、一体何を考えてやがるんだ……。


「お前さ……ガキの頃から散々、一緒に居たからわかってるだろう。俺はそんな奴では―――」


呆れながら否定しようとしたのだが―――。


「子供の頃から一緒に居た“この子”が、言うなら信憑性は高いということ……だよね?」


いつの間にか先生の目はギャンブラー時の真剣なそれだった……。

正直、急な変化にビビりチビりそうになったわけだが、これだけは否定しとかないといけないので俺も負けずと真剣な表情で真っ向から視線を合わし、そして……。


「違います。すいません。ごめんなさい。でも本当なんです。ごめんなさいすいません。土下座でもします。すいません」


平謝りした。

いや……だってさ……。仮面付けてるとはいえ、やっぱり怖いんだもん、ギャンブラー麗奈……。


「謝ったという事は? 謝ったという事はっ?」


恋ちゃんはこれ幸いと、見えないマイクを先生へ向けやがる……。


「嘘でした……と、認めたことになるね」


先生の冷たい言葉が耳に刺さるように届いてきた。


「いや……うそでは……ない……」


何故だが、それは堪えられないことだったらしい……。無意識に全身が震えだすのを感じた。


「なに? 聞こえないよ」


聞き方は少しいつもの感じに戻しつつあるようだが、声は冷たいままであり、それが起爆剤になったんだろう。


「嘘なわけあるかぁあああああああああああああああああああああああっ!!」


気がつけば空に向って、喉が許す限りの大声で叫んでいた。


「木登りも! 麗奈ぁっ! お前もぉおおっ! 好きなのは嘘じゃねえぇえええええええええ!!」


このまま叫び続ければ金髪になって強くなれるんじゃないかと言うほど、血管を浮かび上がらせ叫ぶ。

というか、待ておい。俺が告白みたいなことしてるじゃねえか。


「嘘でこんだけ気持ちを込めて叫べれるってのかぁああああああああああああああああああ!!」


気持ちはラブだけじゃない。レイジも込めている。だからもうすぐ金髪になれるはずだ。

つうか、ほんと待ておい。なぜ愛みたいなことになってる。


「はあ゛……あ゛あ゛っ……」


柄にもないことしないほうがやっぱいいってことがわかった。

強くもないし技術もないから、風邪でもないのにジンジンと喉が痛みやがる……。

つうか、ほんとどうしたんだ、俺……。なんか思考と行動にズレが生じてる気が……。



「確かによいパフォーマンスでしたが……。そこのキンパチさん」


恋ちゃんは俺の叫びをものともせず、何事かという感じで近くまで来たんだろう中島を手招きして呼ぶ。


「な、なんですの?」


そして、戸惑う中島の問いを無視して、肩を組むと。


「この坊主。さっき貴女に告白していましたよね?」


悪っそうな笑みで問う……。

中島や他の人にはいつものニコニコ顔と違いないように見えるのかもしれないが、俺にはわかる……楽しんでいるのが……。


「ちょっど、おま゛えっ……」


だが、止めようにも、まだ声が戻らず二人に届かない……。


「た、確かに……百太郎様だけではありませんが……はぃぃ……」


頬を染めて俯いてんじゃねえぞ中島っ。

今こそお前の生意気お嬢様気質とキンキン声の出番だろうがっ。そんなんじゃ、そんなんじゃ―――。


「ふっ。そうでしょうとも。私も見て聞いてはいたんですけどねぇ」


奴(恋ちゃん)の思うつぼだっ……!


「お゛い、おまえ、やめ―――」


ようやく、普通の声が出せるまでには治りかけている喉で制止しようとしたのだが……。


「あれも作戦だった、とお気づきですか?」


少し遅かった……。言わんでいいことを言いやがった、こいつ……。


「さく……せん……?」


中島の目は驚きで丸くなっている……。最悪だ……くそっ。


「ええ。私が間に入る形であやふやになってしまいましたが……」


恋ちゃんはそう言いながら顎に手を当て数歩前に出る。

今度は名探偵かなんかになったつもりらしい……変な仮面つけてるくせに……。


「アレはモヒカンの男性以外で合わせた作戦なんです。ああすれば貴女が誰の手も取れないだろうとわかった上で、ね」


仮面を眼鏡のようにクイっとやるが……サイズがあってないようにしか見えない……。


「そんな……で、でも、打ち合わせしているような素振りはっ―――」


「ええ。していませんよ、そんなこと。……あれはその場で奇跡的にでも合わせることができた、といったところでしょうな」


本当に恋ちゃんなのか……? 凄く警部っぽい声になっている気がするんだが……。


「そんなことって……」


「この世にはね、そういうこともあるんですよ、奥さん。信じれないかもしれませんがこれは事実です」


恋ちゃんは驚きでどうかなりそうな奥さん(中島)の両肩掴み優しく言う。

もうね……なんかどっからつっこんでいいかわからないし、入れそうにねえよ……この雰囲気。


「そんな……。で、でもっ、それは百太郎様だけの犯行ではありませんわよねっ? その事実を知ったからといって百太郎様だけを―――」


と、擁護しようとしてくれた奥さん(中島)を恋ちゃんは……。


「奥さんっ!」


大きな呼びかけと手で制す。


「奥さん……。確かに貴女の言うとおり、彼だけを攻めることはできません」


そして、あっさりと認めたかと思わせといて……。


「ですが……」


なんか探偵もので良く見る「ですが」だ……。こっから物語の終わりまで一直線ってわけだ……。


「そもそもの始まり、即ち……」


恋ちゃんは中島の隣へ移動する。そして……。


「肩ポンの始まりは誰ですか?」


中島の肩をポンッと叩く。


「そ、それは……」


ああ……奥さん言うな。奥さん言うんじゃないっ。


「百太郎……様」


あぁ……言いやがった……。手に汗握っても言うんだよな……紛れも無く俺だし。


「お辛いでしょう……お気持ちはお察しします。ですが……嘘はよくない」


恋ちゃんは奥さんの肩にそっと手を置いた。


「本当……辛いですわ……」


奥さんは恋ちゃんの手に自分の手を重ね頭を傾ける。


「私はね、貴女と同じように彼に傷つけられた女性を守りたいだけなんですよ」


大嘘つきめ……。ノリノリで楽しんでるだけじゃねえか、くそっ……。


「貴女を責めるわけではありませんが、依頼したのは貴女だと聞きました。有馬先生を元の、授業を真面目にやるくらいまでに元に戻して欲しい、と」


「ええ……」


というか、やばいなこれ……。

のんびり見ていたら取り返しのつかない、大変な状況に落とされるような予感がする。


「お、おい、恋ちゃん。そろそろ止めて―――」


と入っていこうとした。だが―――。


「お黙りっ!!」


何故か、ここまで同じように、一切言葉を発せず見ていただけの麗奈先生に怒られてしまった……。


「な、何故……」


どうして、こういう時の俺の扱いってこんなんなんだろうか……。

何故、自分の保身を一番すべき時に入れないんだ……。



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