嵐の前の騒がしさ

放課後を知らせる教頭の歌、それは、体育館裏まで響いていた。


まるで戦を知らせるほら貝のように……。


「よし、皆。準備は、いいな……」


集まってくれた皆の顔を見回し、静かに、それでいて熱き思いを込め―――。


「作戦、開始だ……」


ゆっくりと、そしてはっきりと口にした。


「―――と、言いたいとこだが……来ねえっ! アイツ来ねえよっ!!」


そう、実は、本来ならもうスタートしているとこなのに、肝心なアイツ(じろさん)がまだ帰ってこず、作戦を始められないのが現状だったりする……。


「買出しもろくにできねえ馬鹿だったのっ!? 口笛吹きつつ丘を越えて行っちまったとでもいうのかっ!?」


最早、ジュースなどどうでもいい。

あの馬鹿が早く帰ってきて、この馬鹿げた作戦を早く終わらせたい。

皆が望むのはほんと、ただ、それだけだ。


「んぁああー!! もうっ!!」


「おやおや、まぁ~まぁ~。百太郎君」


これでもかと地面をバンバン踏みつけていると、それを見たどらさんが隣へとサッと寄ってきた。


「凄まじく馬鹿だからねぇ~。彼には難しかったんだよぉ~」


「いや、もうっ、凄まじく馬鹿だけど……凄まじく馬鹿だけどっ……! そういう次元じゃっ……!」


あれだけアホみたいに一人気合入ってたのに、帰ってくる事すらできないなんて、もう、どうすることもっ……。


「今からでも遅くないっちゃ。探しに行くっぺよ」


ぶつけようの無い怒りに悶えていると、不意に鉄との扇を解いたサダシがそんな事を言った。


「だな、そのキノコの言うとおりだと俺も思うぜ」


布丸もそれに同調し、演劇の二人も無言で頷く。


「馬鹿、サダシ。手っ取り早く、麗奈先生に明日にしてもらえるように頼んだらいいんだぜ」


急に扇を解かれた為にぶっ倒れた鉄だけは、地面に横たわりながら、いい雰囲気と作戦を根本からぶっ壊す発言をしたが……まあ、馬鹿なりに考えて、協力しようとはしているようだった。


「そうか……そうだな」


やはり、探しにいくしか今の俺達にできることはない……か。

単純に、乱Ballに麗奈先生を襲わすってだけなら、明日―――いや、いつでもやりたい時にできるのだが……。


「皆、“鉄”以外はわかってると思うけど、ここまできたらもう……」


どらさんが関わってくれた時点で、作戦自体のクオリティー上昇と共に、そんな単純なものではなくなってしまった。


「そうだねぇ~。一応、隠してはあるから、目に見えて変わったところはないけどぉ……ねぇ~?」


一見すると体育館裏に変わったところは無い。だが、実は、地面には地雷原かと言うほどにいろんな仕掛けが埋まっているし、周辺の茂みにはそれらを管理している精密機器や更なる仕掛けが設置されている……。流石に、一日放置しとくのは誰かの身に危険が伴う可能性があり、非常にまずい。


「まぁ~最悪ぅ~、明日にできないこともないだろうけどねぇ~。絶対大丈夫とは言い切れないねぇ~」


それに、仕掛けの設置自体も、昼にどらさんとサダシと鉄の三人で始まり、じろさんが買出しに行ってからは全員で右へ左へ奔走し、なんとか今さっき終わったところだった。仮に、これをまた片付けて明日の昼にまた設置する、なんてこと……。


「あぁ……嫌。絶っ対、嫌……。めんどくさすぎる……」


片付けの事を考慮すると……やはり、今日、作戦を遂行するしか道はない。


「…………」


それは、想像して青い顔になっている皆からも見て取れる。


「よし……。いいか、皆。こうなりゃ意地だ」


結果がどうなろうが、もはや関係ない。こんなにも時間が掛かることを二日もやってられるか。今日で必ず終わらせてやる。


「絶対に奴を見つけ出すぞ……」


何も言わないが、皆、気持ちは同じようで、右手を差し出すとすぐさま誰からともなく手を重ねてきた。


「…………」


こうして円を組むと、より確実にわかるわけだが……皆、いい顔してやがる。鉄でさえも頼もしく思えてくるぜっ……。



「百太郎ズ、ファイトぉー……」



何か理由があって帰ってこないのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。必ず見つけ出して、麗奈先生を遊園地に誘わせてやる。


「いっぱぁーーーーつ!!」


全員で叫びながら拳を掲げた、後。


「っつしゃぁー! 絶対見つけるぞ!!」


「俺は彼方へ行くぜ!」


「じゃあ、わーはこっちちゃー!」


「馬鹿、サダシ! 俺もそっちだ!!」


すぐさま皆、思い思いにそれぞれの方角へと走り出し、『じろ捜索作戦』が開始されたのだった。




























1時間後―――。


「どうだー? いたかーー?」


一般棟を、思いつく限り探し回ったが見当たらず、それならばと特殊棟へと向うべく中庭を通っていたところ、丁度、特殊棟からサダシと鉄が出てきたところだったので声を掛けた。


「…………」


「…………」


が、二人は上唇を噛み、下を向くばかりなので、詳しく聞く必要すらないようだった。


「くそっ……じろさんのクセにっ」


教室、職員室、屋上、この三つのどこかに行けば絶対いるというくらい、行動範囲は極めて狭いくせに……今日は何故こうも時間が掛かるっ……。


「百太郎ぉ~くぅ~ん」


「おっ……?」


この感情が掴みにくい声は……。


「あっ、やっぱりっ……」


声が聞こえた方へ顔を向けると、遠くの方から両手をぶんぶん振りながら、こっちへ向ってくるどらさんの姿があった。


「どらさーーんっ。そっちはどうでしたーっ?」


近くに来てからでもよかったのだが、心が逸り、この場に立ったまま問いかけてしまう。


「ん……? つうか、まてよ……」


どらさんが向ってくる方角ってっ―――。


「焼却炉の中を見たけどぉ~~~。入ってなかったよぉ~~~」


だよな……。いや、そうだよな……。紛れも無く、今はそんなに使われてない焼却炉がある方角だ……。


「もぉ~、どらさーーん。それは流石に、ブラックジョークが利きすぎ―――」


と、言葉を返しかけた時。


「百太郎ーー! あった! あったぞ!!」


別の方角から布丸の声が聞こえてきた。


「なんだっ? 見つけたのかーーっ? ぬのま―――」


言いながら、今度は布丸の声がした方角へ振り向くと……。


「なっ……!」


すぐさま、目に飛び込んできた”物”のせいで、驚き目を見開いてしまった。


「あったぞ! あったぞ百太郎っ!」


布丸は言いながら見つけたもの―――正確には見つけたものの一部分というべきか―――を嬉しそうにブンブン振って見せてくる……。


「いやっ!! お前、なにを拾ってきてるんだっ!!!!!」


何がどうなってそうなったのかは知らないし、知りたくないが……。布丸は明らかに教頭と見て取れる、頭から血を流したハゲたおっさんを背負い、力なく垂れ下がってぷらんぷらんしている右手を掴んで、ぶんぶん振りながら走ってきていた。


「つうか、お前ぇっ! ちょっ、来るな! そのまま走り去れ! それか返してこい!!」


冗談じゃないっ! 事件を持ち込んでくるなってのっ!!


「ああっ? これじゃねえのか? 同じ坊主頭だぜ?」


「ばかぁっ! それは自らやってんじゃねえ! 全力で逆らいつつも抜け落ちてしまったやつだ!!」


色んな意味で度胸あり過ぎだし、恐ろしすぎるわこいつっ!


「つうかなんで頭から血でてんだよ! ―――いや、やっぱいい! 聞きたくない! とりあえず返してこい!!」


知ったら更に面倒が増えて困ることになるし、最悪、俺たちが犯人にもされかねん。


「んだよっ、これじゃなかったのかよっ!……まあ、わかった。元の場所へ返してくらぁ……」


そう言うと、布丸は身体の向きをクルリと変え、再び来た道を走って戻っていく。


「こわぅ……。教頭を凄い扱いしてる会話だっちゃ~……。鉄っちゃ~ん……」


「流石に、これはサダシ馬鹿じゃねえな……。俺も怖いぜ……サダシ」


布丸の後姿に目をやっていると、背後でサダシと鉄がそんなことを言っていたが無視した。


「何も見てない、な、に、も、見てない……」


今はそれどころじゃない。それに、教頭なら大丈夫だ。……多分。


「やれやれだねぇ~。ようやく、これでうざったい歌もなくなるんだねぇ~」


どらさんまでなんか言ってるが、教頭が流血しているのは俺のせいではない……教頭なら大丈夫だ。

……恐らく。


「貴公子ーっ! ようやく見つけ出しましたぞっ!」


「貴公子のアドリブなら必ずやっ!」


俺のことを貴公子と呼ぶのは今のメンバーでは彼らしかいない。


「君らはちゃんと捜索してきたよね! 村井君! 所澤君っ!」


声がした方へ顔を向けると、二人がかなり急いだ様子で走ってきているのがわかった。


「は……?」


マスクをした女の子を間に挟むような感じで…………。


「我ら演劇部の主砲を連れてまいりましたぞ!」


「さあ、貴公子! 早速変身してくだされ!」


二人は連れてきた女の子を俺の前へ、ズイっと押し出してくる。


「…………」


押し出された女の子はただ、ジイっと俺の顔を見る。そして……。


「いや…………ちょっと、意味わかんないんですけど」


と、言った。


「…………」


当然、言われた俺も意味わからないわけで……後ろに居る、サダシ、鉄、どらさんも意味はわかっていないと思う……。


「貴公子! なにをしておられる! 早く有馬先生にならなければ!」


「この者は一年でありながら、既に演劇部に居なくてはならない存在と言わしめるほどのメイクの達人っ! 怖がらなくて大丈夫!」


わかっているのは、間違いなくこの二人だけだ……。


「あの、さっきからさ……君らはなにを言っているんだ……?」


正直、言うと、じろさんではなくて知らない女の子を連れてきた時点で「次ぎいってみよう」な気分だが……一応、聞いてみるだけ聞いてみることにした……。


「ですから、言ってるではありませんか! 有馬先生は既に敵前逃亡状態です!」


「ここは貴公子が有馬先生に成り代わり任務を遂行するしかないかと!」



………………。



「で、この子連れてきたと……?」


え……なに……? この二人は捜索を早々に諦めて、俺すら知らない”プランB”に移行していたというのか……?


「そうでありますぞ! 時間もありますまい! そろそろ理解してくだされ!」


「この“ティンティン”とやらに任せればどんな人にもなれるのです!」


す、すんごい名前っ……! それはもはや、ちんち―――。


「ちょっと先輩っ! 私、そんな明らかな股間の”アレ”の別名みたいな名前じゃないですよ!!」


「そらそう、だよな……。いやぁ……焦った……」


全くもって関連性ないもんな。性別的な意味で……。

いや、まあ、あるといえばあるってこともあるかもだけど……。


「むむっ……? 違うかったか、それはすまない。では、えーっ……と……じゃあ、メガチ―――」


「違ぁぁーーーうっ!! それ、卑猥さとサイズ大きくなってるから! 最大級並みに大きくなってるからっ!」


後輩の女の子は所澤君のシャツの胸元を両手で掴み否定する。

あと一言でも発すればぶん殴りそうな勢いだが……当然だと思う。


「大変やでぇ……」


二人の成り行きを見ながら他人事の様に感じてそう口にした時だった……。


「ふむぅ……」


不意に何者かが右手を握ってきたのは。


「どうか、しました? どらさん」


顔を向けると、どらさんは、眠気をなんとか我慢するように、閉じてしまってる両目を空いた手でしきりに擦っていた。


「次はぁ……どうするんだぁぁぁ……っはふぅ……」


「次ですか……? なんか、俺がじろさんになるとかって―――」


全員が集まった所でなんの収穫もなし……。恐らくはもう、村井君と所澤君のプランしか残されていないんだろうということを説明しようとした、まさにその時だった。


「百太郎ぉーーーい!」


……現れた。


「ひゃっほぉーーう!!」


俺たちが、今最も探していた人物……。それが、超ご機嫌にスキップなんかをしながら、一般棟の出入り口から出て、こちらに向ってきた。




「なんだろう……なんか……」




今の俺の気持ちは……。




「ぶっ殺してやりてぇぇぇ……」





と、いたってシンプルなものだった。



























中庭とある場所―――。



「ああっ……また誰か来た……」



再びタイミングを逃したので上げた腰を下ろす。


「まあ~でもぉ、好都合じゃないですか?」


そう言って、恋ちゃんがニコニコしながら一般棟の入り口を指すので目を向けると。


『俺っちは感激でぇ! おめぇら愛してるぜぇーー!!』


喜びを露に両手を広げ、百太郎君達の元へと走る有馬先生だった……。


『お前ほんまふざけんなっ! また気分はカントリーかっ! 草原でも駆け抜けてるってのか!』


怒りを露に有馬先生へそう叫ぶ百太郎君の姿に私は共感を覚えた。


「好都合……なのかな……?」


なんだか、有馬先生の様子からして……更に百太郎君達の作戦は狂いそうに見えるんだけどな……。


「まだ、なにか起こりますよ~」


口ぶりからして恋ちゃんも私と同じように見てるとは思うんだけど……。


「ふふっ」


なぜこうも楽しんでいるんだろう……?

ある程度は百太郎君たちの作戦が進んでくれないと、私達も出て行けないんだけど……。


『そんなことより居たんでぇ! 百太郎っ、居たんでぇ!!』


既に百太郎君の前へとやってきた有馬先生は、なにやら興奮気味に、手に持ったノートをノートをペラペラと捲る。


『ほれぇ! これぇ!!』


目当てのページらしきものを見つけた有馬先生は、それを百太郎君の顔に付くか付かないかのぎりぎりの位置まで差し出した。


『いや、お前っ、近すぎて見えないし―――っつうか、どっちかっつうと居たのはおま―――えっ……』


全く興味なさそうにしていた百太郎君だったけど、有馬先生からノートを奪い、凄く顔を近づけて読み始める。


「うぅ……なんだろぉ……」


周りの皆もそうだろうけど、私もすっごく気になってウズウズしちゃう……。


「一体なにが書かれているのぉ……?」
















中庭、桜の木、真下―――。


「1年A組……」


じろさんに渡されたノートには、持ち主であろう者のクラスと名前が書いてあった。


「青空……」


どうやら同学年で字の感じと名前からして女の子だとわかる。


「上羽……」


1年A組、青空上羽(あおぞらあげは)と書いてあった……。




「お前……これ……」


マジ……なのか……。こいつは……マジで……。


「なあ!? すげえだろぃ!」


震えが止まらない俺を気にすることなく、じろさんは興奮気味にそう問うてくる。


「あ、あぁ……確かに……」


こんなことが本当にあっていいのか……。こんなことがあって、地球は何事もなく回っていると……本当に言えるのか……?


「いや、凄いと思うよ……ほんとに……」



1年A組青空上羽……君にはなんの罪も無い……が、あえて挙げるとしたら、じろさんにノートを拾われたことだろうか……。



「じろさん……あんた……」



ノートを丸めて強く握る……。



「大したもんだ……その……」



そして、振りかぶって……。



「馬鹿さ加減がなぁああああああああっ!!」


持ち主には悪いが、ノートを力任せにじろさんへとぶん投げてやった。


「うがぁっ」


ノートが顔面にクリーンヒットしたじろさんはそのままバランスを崩し尻餅をつく。


「ってめっ……きゅ、急になにしやがんでぇ! 大事なノートが破れたら―――」


「うるせぇっ! 青空上羽って誰なんだ馬鹿野朗っ! 知らねえやつのノートをさも知ってるかのように見せてんじゃねえ! くそがっ!!」


びっくりするほど知らないやつのノートだったから、一瞬自分の記憶の欠落を疑っちまったじゃねえかっ。


「おめぇ……上羽を忘れたってのけぇっ……」


目を見開いて驚くじろさんの様子に俺も目を見開いて驚いてしまう。


「お前……もしかして現実と妄想の区別がっ……」


まじかっ、まじなのかっ……。このおっさんいい歳してっ……。


「上羽は妄想じゃねえっ!」


本気でそう叫ぶじろさんの姿を見て、考えたくも無かったことが現実味を帯びてきているんだと実感してしまい、鳥肌が立つ。


「や、やめろじろさん。その一線だけは越えてはいけない。越えてしまえばスーパーウルトラデラックス級にキモさが確実なものにっ……」



そんなのが担任だなんてっ…………。



部活の監視役だなんてっ……。



俺は嫌だっ! 嫌過ぎるっ!!



「うるせえっ!……わかってる。わかってるんでぇ……」


じろさんは肩を落とし、胡坐を掻いた足の上に乗っけているノートへと目を向ける。


「あれはおめぇの、俺っちを泣かせるためだけの……妄想だったってなぁ……」



「なんだ……わかってたのか……」


ひとまず安心……なんだろうか?


「でも、なんつぅか、心に響いちまったんでぇ……。恥ずかしいがぁ、アホみたいに泣いたのおめぇも見ただろぃ……」


「う、うん……」


確かにあれはアホだと心の底から思ったな……。


「……で、なにが言いたいんだ? あんたがアホだという事しか伝わってこないんだが……」


変態とピュアって紙一重なんだろうかな……。


「俺っちは……俺っちはっ……」


ノートを掴む手に力が込められていることから、じろさんが何か凄まじく嫌な事を言い切りそうな気がしてならなかった。


「じろさん頼むから―――」


“やめてくれ”なんであろうと、そう、お願いしようとしたのだが。


「上羽と恋仲に、俺っちはなる!!」


ゴム人間みたいな宣言をしやがった……。


「あ、あんたって、やつは……」


いや、別に……言うだけならいいと思うんだ。野朗数人が集まっての下世話な話くらいの狭い範囲なら……な。でも……。


「こんなにも人がいるところで、言っちゃ駄目だろぉ……」


最早、ため息しか出ない……。一応教師である身なのに、中庭の中心で生徒への愛を叫んじゃまずいに決まってる……。


「どうなっても知らんぞ……まじで……」


時間帯関係なくここは生徒達の人気スポットなのは知ってるだろうに……。

そして、それが、放課後ともなりゃ……。


「えっ、なに? 有馬先生誰かと付き合うの?」


「上羽とか言ってたけど」


遠巻きに見ている女子生徒達を軸に凄いスピードで噂が創られていく……。流石に止められねえぞ……これ……。


「上羽……―――って、嘘っ、A組の転校生っ!?」


「マジっ!? 転校生でしょっ!? 早過ぎないっ!? 教師と生徒の禁断の愛的なっ!? ―――ていうか、あの集団凄くない!?」


ああ……もう知らん。もう知らんぞ俺は。


「じろさん……。今、こそこそ言ってるの、噂好きで有名な4人だぞ……」


俺が変に有名になってしまってるのも、あの、モブというあだ名がぴったり過ぎるくらい、一見何の特徴もない4人の女子生徒のせいでもある……。一人に知られただけでも次の日には学年中に広まってたりするのに、4人揃って知られたらもう……明日には全学年どころか、全教員、学園長に至るまで……文字通り学園全体に広まっているんではないだろうか……。


「うるせえっ。言いたいやつは言わしとけばいいんでぇ。むしろ手間が減って好都合ってもんでぇ、ちくしょう」


と、じろさんは強気だが……。


「あんた、急な解雇とかはないだろうけど……学園を騒がしちまった事になるし、事実確認とかで確実に呼び出しくらうぞ……多分……」


学園内で収まればいいが、学園外に噂が出ることになれば解雇も充分ありえると思う……。

マスコミなんかに知られれば更にあることないことの上乗せになり、大問題へと発展するだろうし……また、上羽って子がどんなかは知らないが、お嬢様も多い学園だ……。もし、おやっさんがどっかの有名な会社の社長とかだったら、もう……。


「もう、終わりじゃないか……あんた」


まあ……それならそれでいいけど。


「急だけど、さよならだな……。じろさん」


考えてみれば、じろさんに世話になった覚えなんか殆んどないし、むしろ、世話してやっていた感の方が強い。あと、面倒な依頼からも開放されて、万々歳だ。うん。それで行こう。



……と、俺の中で気持ちの整理ができて、すっきりとした気分だったのに……。



「それはちょいと違うぜぇ。百太郎」


じろさんは、やっちまったことに泣き出すこともなく、タバコを銜え、ニヤリと笑っていやがった……。


「へっ、よぉーく、耳を澄ましてみるんでぇ」


そう言い、じろさんはタバコの煙を顔に向って吐き出してくる。


「お前っ、煙いだろ、くそ野朗っ。なにをよく聞けって―――」


顔を背けたと同時に、先ほどの噂好きの女子4人の声が耳へと届いてきた。


「やっぱりぃ~。百太郎君が黒幕だと思うんだよねぇ」


「そうなのかな? ―――あ、でも、あのメンバーの繋がりって、どう考えても百太郎君だもんね」


黒幕っ……! 繋がりは俺っ……!?


「黒田さんに演劇部の名わき役二人でしょ? やっぱり、壮大なドッキリを仕掛けたんじゃないかなぁ」


「ってことは大成功ってこと? え、ていうか、私達がここを通る時間まで計算されてた? 策士過ぎない?」


物凄く都合いい解釈がなされてるっ!?


「いやいや、ちょっとまて! おかしいだろっ!」


なんで俺が主体になって、お前らに壮大などっきりとか仕掛けるんだ! 


「なんのメリットがそこに存在するんだ!」


お前らを楽しませてなんのメリットが存在するってんだっ!


「おかしいだろってっ―――不細工ハゲこらぁぁぁあああああああああああっ!!」


意味がわかんねえっ! もう女とか関係ねえ!


「ちょっ、百太郎さ~ん! 落ち着くっちゃ~よ!」


「サダシ馬鹿! こういうときは殿中ですぞって言うんだぜ!」


サダシと鉄が両側から腕を掴んでくるが関係ねえ! あの噂好き女共をなんかぶん殴ってやる!!


「えっ、ちょっ、聞こえてたのっ!?」


「なんか、イノシシ的な勢いでこっち来るんですけどっ」


今更気づいても遅いわっ!!


「な、なんか、やばいんじゃないかな~っ」


「完全にうち等狙ってるじゃん。つうかマジで殴る気じゃんあの目っ」


あの時のことは未だに根に持ってんだ! こいつらのせいでっ……! こいつらのせいで俺はっ……!!


「母々島(ぼぼじま)事件を忘れたわけじゃねえよなぁああ!!」


他人からすりゃ事件なんて大それたもんでもないかも知れないっ……。

でも、俺からすりゃ事件―――いや、大事件だ!!


「おい、こらぁあああああああ!!」


気がつけば春の終盤。季節の変わり目を感じさせるように雨が続いたあの日……あの日々っ……!


「俺は忘れてねえからな! 一生忘れねえからなぁ! 死ねぇ!」


心を閉ざすべくして閉ざしたあの三ヶ月っ! 絶対に許さないっ!!


「百太郎さ~ん! 落ち着くんだっぴゃ! 思い出しても辛いだけだっぴゃ!」


「そうだぜサダシ! 今更あいつら殴ってもしょうがねえことなんだぜ!」


サダシと鉄をぶっ飛ばしてでも俺はっ……あいつらをっ……!!


「鉄っちゃ~ん! なんで、わ~がぶん殴ることになっとんちゃ! 違うだっぱ! 言い間違いダサいっぴゃ!」


「馬鹿サダシ! こういう時は聞かなかったことにするのが優しさなんだぜ!」


必死……なのか……? 鉄に至ってはほんと勝手な馬鹿野朗にしか思えない……。


「ああ、くそっ……もういいっ。もう放せっ……。ぶん殴るのは……止めだ」


馬鹿だけど、サダシと鉄の言うとおりでもあるし、なんか勢いがどっかいっちまった。


「な、なんかわかんないけど、逃げるよっ」


「そうだよ逃げるよっ」


逃げる逃げると口々にいいながらそそくさと去っていく女共の後姿に、嫌というほどあほらしさを感じ見ていられないので、じろさんへと視線を戻すと―――。


「くぅ~~! 上羽ってどんなこなんでぇちくしょうっ」


ノートを抱きしめ左右に身体を揺らすこいつは……もっと見ていられないことになっていた……。


「じろさん、あんた……死んだらいいのにな」


酷いと言われようが構わない。これが俺の―――今の俺の素直な気持ちだ。

……計画もよくわからないまま破綻し、今日一日が長く無駄な時間だったとこれほどまでに感じたことはない……。


「皆……せっかく集まってもらったのに……本当すまない」


ぽかーんとしている村井君と所澤君とティンティン(?)や、言葉の意味がわからず1テンポ遅れているような布丸に寝ているどらさん。そして、二人で扇を始めたサダシと鉄に頭を下げる。


「殴って気が済むなら……殴ってくれて構わない。じろさんを」


俺も被害者みたいなもんなんだ……。どういう事態なのか俺もよくわからないが、計画は当初の予定通りにはいきそうにないし……そもそも、もうこのおっさんの為になんかしたいという気持ちがない。


「知らない上羽って子が気に入ったんだって……。もうっ、麗奈先生に興味ないんだってさっ……!」


駄目だ、なんか感情が湧いてくる。


「こんなことってさ……予想できるかっ……? 不測の事態っていってもさっ……こんなのっ……」


なんだったんだ、一体。今までこいつの為に頭使ったのはなんだったんだっ。


「しばらくの間……不登校に……俺は――」


“なる”そう言い、この場を後にするつもりだったのだが―――。


「見つけたぞ貴様ぁああああああああああっ!!」


何度も聞いたことのある言葉癖と声にかき消された。

……恐らくだが、俺に向って言っているだろうこともわかる。


「…………」


でも、今は顔を向ける気にならない。


「はぁ……」


が、向けざるを得ないみたいだ……。

なんたって、俺が向おうとしている一般棟の方から聞こえるから……。顔を上げたら嫌でも目につく―――。


「ってっ……! ぇえええええええええっ!!」


なにやってるんだあいつっ!!


「ちょっ、なんかキモっ!!」


顔を上げるとすぐ目に飛び込んできたのはアリスに違いはなく、走ってこちらに向ってきていたのも想像通りだった。


「お前今キモいと言ったのか! 許さんっ! 絶対に許さんからな!!」


「百太郎様っ! 逃げてくださいまし! 幸い、この方超が付くほど鈍足でございますわ!!」


中島まで来ているのは少し意外だったが……まあ、そんなに驚かない。

問題なのは二人のこっちへの向い方……。あんなの見たら誰でも驚くってもんで……背後では。


「あぁ!? あぁっ!?」


じろさんは驚いた顔で口を開けたまま、アリスと俺の顔を交互に見やり。


「あれなんっちゃ? どうなってるんちゃ~?」


「わかんねえよサダシっ。あれはある種、秘密の花園的なやつじゃねえのかっ……?」


サダシと鉄も意味がわからず、困惑の声を上げ。


「あ、あれはなんだ……ステージ2とか、な、なんかなのか? や、やっぱ、魑魅魍魎だぜっ……ひぃ~……」


布丸はしゃがみ込むと目を閉じ両耳を塞いでブルブル震える。


「運動会的な、運動会的なアレのやつのソレっぽいな」


「ティンティンがメイクを施せば、中国の劇団のアレのそれみたいになりそうだな」


「先輩たちアレとかソレとかばっかでよくわからないですよ。っつか、ティンティン言うなっ!!」


村井君と所澤君とティンティンはわりと普通そうではあるが、思うことはあるようで……まあ、簡単に言えば、皆、引いてる……。


「…………」


それも、その筈……。


「鬼の形相で、中島を肩車して走るって……。どういう状況下で、ああなるんだ……」


誰がやってもおかしいことではある……。だが、学園でも二大トップくらいに知られているお嬢様二人がってとこが、更におかしさに拍車を掛けてる気がする……。


「皆……どうする……? 逃げるか?」



本人は必死なんだろうけど、本当足遅い。進んでるのかどうかすら離れた位置に居る俺たちには判断が難しいほどだった。まだまだ余裕はありそうでもあるが……判断の時は今しかない。


「面白いので見ていてはどうか?」


「俺もそれに賛成だ。ティンティンもだろ?」


「う~ん……確かに……。学園の超有名な先輩のあんな姿は見れませんしね、面白―――ってか、ティンティン言うなって!」


演劇部の三人はとりあえずここで見ていようという意見らしい。


「わ~もとりあえず待ってたほうがいいとおもっちゃね。売れる情報も手に入りそうだっしぃ」


「サダシが言うには待っていた方がいいということらしいぜ。無論、俺もな」


サダシと鉄も演劇部と同じ意見みたいだ。……ていうか、鉄が何故、皆聞いたことを解説したのかがわからない。今日は忙しかったから疲れてるのかしらんが、この短時間でどんどん馬鹿が進行しているように思える。


「後は、どらさんと布丸だが……」


どらさんは地面に寝転がり四股広げて爆睡してるし……。布丸は依然、しゃがみこんで両耳を押さえ、アリスと中島をチラリと見てはブルブル震えていて、とてもじゃないが意見を聞けそうにない。


「あ、あれ? 俺っちは? 俺っちには聞かないのけぇ?」


…………。


「お前には聞かない。消えろウンコ野朗」


こいつだけはメンバーと思わないし、許さない。


「てめっ、先生に向ってうんこ野朗って―――」


「大丈夫だ。少なくとも、この場に居る皆、俺も含めて、お前を先生だとも担任だとも思っとらん」


即ち、ウンコ野朗でよろしい。ということだ。


「貴様っ! そこを動かなかったことだけは褒めてやるぞっ! 死ねっ!!」


「おおっ……。思ったよりは速かったみたいだな」


一般棟の方へ顔を向けると、アリスと俺達との間の距離は、あと、ほんの十数メートルという、あと少しの頑張りだった。


「やるじゃないかアリス。少しは足速くなった―――」


「そこの悪の集団っ、少し待たれ―――」


「―――んじゃないか? アリス……?」


なんか聞こえた……?


「気のせい……?」


左右に目を向けても誰もいない。


「おかしいな……」


なんか、悪の集団とかって聞こえた気がするんだけどな……。


「まあ、いっか……」
















中庭とある高所―――。


「…………」


恋ちゃんは隣に立って無言で下を見下ろし、私はというと、とてもじゃないけど下を見る気になれず、同時に立ち上がる気にもなれないので、座ったまま恋ちゃんの足元へ視線を向けるのが精一杯だった。


「…………」


無言で仁王立ちする恋ちゃんを見てると、実は大人になるにつれて臆病になっていってるんじゃないかと思ってしまう。だって……私は無理だもんっ……。こんな状況で堂々とするなんてっ。


「偉い……偉いよっ……恋ちゃん」


華麗な登場をミスって……しかも、一番見せたい人に一番気づいてもらえず……周りの子達には気づかれてガン見されてるんだもの……。


「うむむっ…………」


さっきまで爆睡してた黒田さんまでも……地べたに大の字で寝転んだまま目を見開いて物凄い私たちを見てる……。


「んむむむむっ…………」


ま、瞬きをせず物凄い目力で見てるっ……!?


「…………」


他の子たちは何も言わずただ見てる……。

それもなんか嫌っ……。目は口ほどにものを言うというけど、もはや口よりもうるさい気がするよっ……。


「ああっ? 俺が屋上でおっぱじめたって?」


ていうか、気づいてー! 百太郎君っ。貴方がほんの少し上を向くだけで状況が変わるんだよー!


「誰と? いつ? えぇ~……本当にあったのかそんなこと? 本当なら俺、羨ましいぞ俺って奴が」


ちょっと、ほんと気づいてって! 身に覚えがないならそれはやっていないってことだよ! 羨ましがるとこじゃない!


「上羽ぁ~~。あ~げ~は~~」


ノートを抱きしめる有馬先生はほんっとさっきから気持ち悪いっ!

上でずっと見ていて、私決めたっ! 絶対に一緒に遊園地にも行かないし、仲良くもならないっ!


「……ってしまった……私……この……」


なんなの!?

上羽って子はなんなの!? ノートを拾ったくらいで何故そこまで気持ちが変わるの!?


「……い……しよう……私……」


悪い人じゃないと恋ちゃんに言った私の身にもなって欲しい―――ん……? 恋ちゃん……?


「やばい……この……駄目だ……」


ぶつぶつ……なんか言ってる……?


「あ、あの……恋、ちゃん……?」


視線を上げ、恋ちゃんの顔を見上げると……。


「逃げる……駄目だ……それは……」


無表情で下を見下ろして、口だけを動かしているので、耳を傍立ててみる。


「やってしまったどうしよう私こんなの初めてやばいこの状況嫌駄目だ逃げたい駄目だそれはだめ逃げちゃ駄目だそれは駄目だやってしまった―――」


同じ言葉を繰り返してる! 怖っ……!!


「ちょ、ちょっと、恋ちゃんっ……?」


私は思わず、力なく垂れ下がっている恋ちゃんの左手を握り声を掛けていた。


「駄目だそれはやってしまったどうしよう私……逃げたらあかん逃げたらあかん逃げたらあかん逃げたらあかん逃げたら―――」


か、完全に同じ言葉を繰り返すようになっちゃったっ!?


「ちょっとっ、恋ちゃんっ……!」


今度は、少し強めに恋ちゃんの左腕を揺すり声を掛ける。


「逃げたらあかん逃げたらあかん逃げたらあかん人生逃げずにこれでも食らえ逃げたらあかん逃げたらあかん―――」


なんかさり気に強気発言がっ……!


「って、そうじゃなくて!」


はやくなんとかしないとっ! こんな、飴玉のCMの歌に似てる言葉連呼してる恋ちゃんは怖いし嫌っ!!


「でも、どうすればっ……」


まさか、こんなに失敗に弱い子だなんて思わないし知らなかったし、今日初めて会ったから対処法なんてわからないっ―――。


「いやぁ、まあねぁ……やってたんだけどね。実はやってたんだけど、今日ではないかなぁ」


百太郎君はまだその会話してるっ!? しかも、なんか否定から肯定になり少し調子乗ってるっていうのっ!?


「うぐぁーーーっ…………」


と、思ったら黒髪の女の子に殴られて―――って、あれは鬼白さんっ!?


「えっ、なに、どういうことなのっ!?」


調子に乗りすぎてぶっ飛ばされたのっ!?


「ってぇ……いつもながら……効くなぁ……」


いつもながらっ!? これが彼の日常っ!?


「物凄いパンチ物凄いパンチ物凄いパンチアロマ姉さん……物凄い……パン―――はっ」


えっ、恋ちゃん……?


「先生っ、ごめんなさいっ。本当、お見苦しいところをお見せしてしまってすいませんでしたっ」


恋ちゃんは鬼白さんの物凄いパンチを見て正気に戻ったらしく、驚いてただ見やるだけの私に深々と頭を下げた。


「いや、それはいいんだけど……。大丈夫?」


いつもの恋ちゃんに戻ったみたいではある……。だけど、先ほどの生気のない瞳と感情のない声の異常さが思い出され、完全には安心できずにそう問うてしまった私へ、恋ちゃんは「大丈夫ですよっ」といつものニコニコ顔で元気よく答えた。そして……。


「さあ、今こそ本当のチャンスですっ。先生、準備してください」


と、言いながら、恋ちゃん自身も“その”準備を始めた。



華麗なる登場への準備を……。




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