動き出した“時”

“んぁっ、んぁっ、んぁっ……Yo…Hey…”


「あら……?チャイム……?」


“K.I.N.K.O.N.K.A.N.K.O.N……KINKONKANKON”


「きょ、今日は……ラップっぽい感じなんですのね……」


この学園に入学してからというもの、はや2年目ではありますが……やはり、お昼や授業終了を知らせるのが、チャイムではなく教頭の歌の時があるというは未だに慣れませんわ……。


“KINKONKANKON…Um~~…Dance…with me…hey……come on!”


「なんか発音と声が凄くいい……ですわね……」


ダンスをデェンスと言ってるあたり侮れませんわ……頭のことしか頭になく、何もできなさそうなイメージだったのに……。


「それにしても……はぁ……」


黒板に目を向けるとため息しかでません……。


“自習でぇ(ラブ)”


と、でかでかと書いてるんですもの……。このクラスは鬼我島の歴史の授業のみ、ちゃんと行われた事が殆どありませんわ……。特に最近に至っては1回行われては、一回休みのような状態になってましてよ……。


「…………」


そして、隣にいる筈の方も……。何をしていらっしゃるのやら……。

結局、午後の授業終了となった今も、戻ってくる気配はありませんわ……。お昼休みに、なにやら急いでいる様子で教室を出られたっきり……。


「ふぅ……」


少しは真面目になられたと思ったのに……。

机の上に開けっぱなしで置かれている漫画と教科書を見ると、ため息が出てしまいますわ。


「…………」


でも……先ほどまで、机に突っ伏し寝てしまっていた私も、人のことは言えませんわね……。

こんなこと、一度もしたことがなかったというのに……。隣同士になってからというもの、あの方は真面目になり、私は不真面目になっているようですの。


「ふふっ……」


互いに分け与え合ってるようで、なんだかおかしいですわ。


「さて、と…………」


あの方に限っては、待つよりも、探しに行った方が早そうですわね。


「…………」


と、思い立ったまではよいですが……どこを探すべきかしら……?


「やはり……まずは、屋上……ですわね」


接するようになって日が浅いとはいえ、なんとなくわかりますの。

あの方は教室に居る時間よりも、屋上に居る時間の方が多分、長いのだろうということが。


「…………」


教室に一度もお現れにならない日でも、なんとなく、屋上に赴いてみると幼馴染の恋という子と……。


「おっぱじめ……だなんて……」


す、スケベですわ……。でも、あ、あれは……あの子が勝手に言っていたことらしいのは、必死な否定と態度から、本当のことだということはわかってますの。え、ええ。ほんと、わかってますのよっ……。


「でも……」


男性は皆、そういうところがあるのも……知っていますの。で、でも、あの方は……。


「飛びぬけて、スケベですわ……」


何故かはわかりませんが、“あの”遅れてやってきた日以来、下着の色ばかり気にしていらっしゃるように思えますの……。もしかしたら……今頃、屋上にて、本当におっぱじめているんじゃないかと……。


「い、いけません。いけませんわっ……」


学園でそんな破廉恥なことっ、私が許さないですわ!


「うんっ。絶対に許しませんわっ」


そうと決まれば、こんな悠長に考えてる場合ではありません! 急いで阻止せねば!


「待ってなさいっ。百太郎様っ!」


廊下を走るのはいけないことですが、これは一刻、一秒を争う一大事ですの!


「おっぱじめなんてさせませんわ!」


まあ、そもそも走る行為自体……苦手ではあるのですが……そんなこと言ってられませんっ!


「この時ぐらい、本気を出しますわっ!」


上靴を脱ぎ捨て、裸足で走るくらいの気合を―――。


「うるっさいぞ中島ぁっ! 静かに教室を出ることすらできないのか貴様!」


「ひゃっ……! えっ……?」


急に背後から怒鳴られたので振り返ってみますと……。


「それになんなんだ! 何故出入り口で上靴を脱ぎ始める! ここは貴様の家か! 寛ぎ空間だとでもいうのか! 私は貴様がうるさくて、それでいて邪魔で仕方がない!」


凄く怒った様子の鬼白さんが……腕組して私を見下ろして居られました……わ。


「あ、あのっ……それは、申し訳ありませんわ」


確かに気が焦りすぎた私が悪いので、これは謝るしかないと思ったのは間違いありません。

ただ……それ以上に、襲撃してくる巨人かと思い、びっくりしたことのほうが大きかったというのが正直な気持ちですわ。


「そ、それにあれだっ! ダイナミックに、お、おっぱじめるとか言いよって! 上靴を脱ぐという行為をおっぱじめているのは貴様の方だ!」


「えっ……」


う、嘘……この方はもしかして全部……。


「あ、貴女は……まさか……」


そんな……嘘でございましょう……? 思いが、無意識に口から出ていたなんて、そんな……。


「なにを驚いてる! 逆にこっちが驚きだ! 聞かれていないとでも思ったのか!? 貴様の声ならどんな騒音の中でも聞き分けてやるわ!」


「そ、そんなっ……」


い、嫌ですわっ。時と場合によっては嬉しい言葉をなんか誇らしげで仰られましたわっ……!


「なんなんだ、いったい! 百太郎が誰かと、お、おっぱじめるっ……というのか! 答えろ貴様っ!」


「え、あ、ああっ……」


いやぁあああああああ! 神様ぁぁぁぁああああああっ!


聞かれすぎでございますわっ!


もう、馬鹿ぁああああ!!


わたくしの馬鹿ぁあああああああああああっ!!


「いらんことはキーキーうるさいのに、こういうことはだんまりか! 早く答えろ貴様っ!」


「え、ええっ……! ちょ、ちょっとっ……」


何故、この方は胸ぐらを掴んできますのっ。

この血の気は巨人―――いや、鬼の末裔だからですのっ……?


「お、鬼白さんっ。落ち着いて下さいましっ。ほんと、放して―――」


「いいから答えろっ!」


何がいいんですのっ……!?


「ちょっと、本当に待ってくださいまし! なぜ右手の握り拳を上げるんですのっ!? 流石にそれは、お話の中でもあってはならないことだと思いますのよっ!」


普通にぶん殴るというんですのっ!? それは、いくら女性同士でも流石にいけませんことよっ!


「うるさいと言っているだろう! 私は百太郎と気に入らないやつと質問に答えないやつはぶん殴る主義だ! 諦めろ! さあ言え!」


剛さんっ……!? この人の中身は、ギザギザ前髪の剛さんでしたのっ……!? 理不尽極まりないですわっ……!


「わかりました! お話しますわ! だから、一旦、放してくださいまし!」


威圧感からくる精神的な息苦しさと、単純に胸ぐらを掴まれ首が少し締め付けられていることからくる肉体的な息苦しさがある状態では、とてもじゃないですが話そうにも話せませんのよ。


「“話す”と言っておいて、私に”話せ”とは……お前はなにを言っているんだ!」


「は、はぁっ!?」


私は貴女が何を仰ってるのかわからないっ! 全然分からないですわっ! 


「ちょ、鬼白さんっ! 落ち着いて下さいましっ!」


怒ったこの方は、剛さんでもあり綾野さんの理解できない”アレ”でもありますのっ!?


「私は手を”放してください”と言ったんですのよ! お話の”話せ”ではありませんわ!」


「む……? あぁ、そうか」


そう納得し、鬼白さんがすんなり手を放してくれたので、衣服の乱れを直すと同時に、私は思いました。……ほぼ、毎日こういった状況を潜り抜けている百太郎様は凄い……と。


「…………」


毎日、こういった方ばかりを相手にしている百太郎様の苦労が少しばかり、わかりましたわ。

授業中寝ているのも、精神と肉体、両方の疲労を感じてなのかも知れませんわね……。


「で……屋上で、お、おっぱじめる、と、とかいうのはどういうことなんだ?」


私も人のことを言えませんが、この方も何故、自ら苦手な話題へ身を投じようとするのでしょうか?


何故そこまで気になるというのでしょう……?


「百太郎が、だ、誰と、お、おっぱじめるというのだ? 恋か?」


やはりそれは、百太郎様が関わっているから……なのでしょうか。


もしくは、自分を慕ってきている後輩の少女の身を案じて…….?


「ええ、そうですわ……」


私は……どちらなんでしょう……?


「でも、それは恋の冗談だと奴も言っていただろう」


依頼をお願いした百太郎様が関係しているから……といっても、よくよく考えれば、私が依頼したのは、教室でお酒を飲んだりせず、授業はちゃんとする等……最低限の常識は守っていた、少し前の有馬先生に戻してほしいという事だった筈であって……それはもう、殆ど解決されていると……思いますの。


「それは……そうですの……」


今、あの方がやろうとしている事は、もはや私の依頼ではなく、有馬先生自身の手助け……。


では……何故……?


何故、私は……こんなにも気にして……。


「ただ……冗談とはいえ、あの方達は幼馴染。随分仲がよろしく……今まで無かったことが、不思議ではありませんこと……?」


恋という子は、同姓の私から見ても凄くかわいらしい子ですの……。

百太郎様がそんな気が無くとも、恋という子はそうじゃなかったとしたら……そういうこともあると思いますの。


「言い寄られれば、その、お、おっぱじめることもあるのではなくて……?」


自然と触れ合える関係なので、そういった行為も自然な流れで……。


「いかんな……それは……けしからん……」


「きゃっ……なんか、肌がっ……」


や、やだっ……。鬼白さんの様子がいつぞやに見た―――。


「痛いっ……! やっぱりあの時と同じっ……肌がピリピリしますわっ!!」


窓から飛び出したときと同じっ……! 全く同じですのよ!!


「お、鬼白さんっ。抑えてくださいましっ……!」


抱きついて止めたところで、意味が無いのはわかってますのっ。


「学園でぇ……そんなことさせぬぞぉぉぉぉ……。百太郎ぉぉぉぉぉっ……」


でも、やってしまったんですのっ! 私が余計なことをしでかしてしまったのですのっ!!


「鬼白さんっ。これは私の浅はかな推測であり、確定ではありま―――」


「いくぞ、中島ぁああああああああああっ!」


えっ……行くぞっ……?


「せーーーーん!!」


何故っ! 何故なんですのっ……!!


「いやぁあああああっ! 放してくださいましぃいいいい!!」


何故、私の手を掴んで猛ダッシュなんですのぉおおおお!!


「打ち首じゃーーーっ!!」


凄い恐ろしいことを叫んでらっしゃるぅっ!?


「いやぁああああああ!! 誰か助けてくださいましぃいいい!!」


百太郎様逃げてっ! 



逃げてくださいまし!!



神様ぁ!



どうか百太郎様をっ………….。






















『逃がしてくださいましぃいいいいい!!』


ああっ……?


「この声はぁ……中島、けぇ……?」


なにを逃がせっつぅんでぇ?


「けっ。皆は、おめぇの叫び声から逃げてぇっつぅんでぇ……。ばっきゃろう」


……お? ちょっと、待てよ。


「中島の声がするってぇと……もう、放課後なのけぇ?」


そういや、教頭の歌が聞こえてたような気もするやなぁ。


「つぁ~……まったくだぜぇ」


そろそろ百太郎のとこへ戻らねえといけねえんだろうがなぁ……。


「こんなもん、見つけちまったらおめぇ……」


しょうもねえことだと頭でわかってても、おめぇ……。


「麗奈先生への愛もぶれちまうってもんだぜぇ……」


どうすりゃいいんでぇ……。

















数分前、中庭―――。


「騙されたちきしょう!!」


ジュース買ってこいって、ただのパシリじゃねえか!!

懐かしい感覚でぇちきしょうっ!!


「もうっ、もうっ、もうっ! 俺っちのっ……!」


自販機が悪いんじゃねえ……それはわかってんでぇ。


わかってっけど……。


「ちきしょぉおおおおおおおおお!!」


頭突きかまさねえと、抑えられなくて夜中に枕濡らしちまうんでぇ!


「ちきしょうっ!」


最後に思いっきり力をこめて自販機に頭突きをかましてやったら、なんだかフラフラしやがった。


「なんだちくしょう……やべえな……」


つうことで、中庭の中心に根を張ってる、でけえサクラの木まで歩いていき、サクラの木の周りを円形に囲うように設置されたベンチの一つに寝転がることにしたんでぇ。


「お金入れてすぐ気づいたからよかったぜぇ……」


奴等に買ってやる事自体は嫌じゃねえ。

ただ、パシリの今の状態で買ってってやるのは無性に腹が立つんでぇ。


「ってぇなっ! なんでぇちくしょうっ」


気づかずに頭の下に敷いちまってた何かを、左手で引っ張り出してやった。


「あぁ……なんでぇ。ノートけぇ」


中庭で勉強するっつう生徒も結構居るみてぇだしなぁ。置き去りにされたノートや教科書なんてのも別にめずらしいもんじゃねぇ。


「…………」


ただよ、俺っちは思うんでぇ。


「勉強しに来たのに、なんで忘れていくんでぇ?」


見たり書いたりよぅ、これ使って勉強しにきたんだろうぃ?


なんでおめぇ、帰り際に存在を忘れるんでぇ?


「しかもノートだけって、おめぇ……」


ノートって結構存在感あるだろぃ。こいつ居なかったら授業なんてまともにできやしねぇ。

鉛筆は借りれても、ノート貸してなんてなかなかいえねえぜぇ。

それはもう「てめえのノート破ってよこせ」って言ってるのと同じなんだぜぇ。


「ったく、しょうがねぇなぁ……」


律儀に名前を書いてると思えねえが、誰だかわかるようなら届けてやるけぇ。覚えてたらだけどなぁ。


「おっ……なんでぇ」


捲ってすぐに目に飛び込んできやがったのは、遥か昔にこの鬼我島に居たっつぅ五色の鬼のことを線で囲ったり色分けしたりして見やすく、且つ、詳しく書かれた1ページだったんだけぇ。


「すげえなぁ……こんなことまでノート取ってやがるのけぇ……」


熱心で少し驚いたぜぇ……。これぁ、教科書には載ってねぇ。本当に鬼我島の歴史に詳しいもんしか知らないことでぇ。んまあ、なんでぇ? 言っちまえば、俺っちくらいじゃねえと知らねえことであって、授業中に少し脱線して語ってやったことなんだがなぁ。


「へっ……。ちゃんと聞いてる奴も居るもんなんでぇなぁ……」


なんか視界が滲んできやがるぜぇ……。


「これぁ、是非返してやんねぇとなぁ」


こんだけ綺麗に書いてやがんでぇ、持ち主不在で職員室の片隅に放置されるなんてのは勿体なさすぎるぜぇ。


「こんだけちゃんとしてる奴なら、名前くれぇどっかに書いてるだろぃ」


まあ、忘れるっつぅ時点でちゃんとしてね気もするけどよ、そりゃまあ、愛嬌ってことでぇ―――。


「おお……? なんでぇ、書いてるじゃねえけぇ」


ノートの一番後ろの厚紙の部分に、クラスと名前が小さく書いていやがった。


「賢いんだか賢くねえんだかわかんねぇな」


個人情報を晒したくない気持ちと、無くした時の備えの狭間で揺れやがったってのけぇ?


「まあ、いいけぇ。えぇ~……っとぉ……」


見えねえことはねえが、マジで小さな字でぇな……。


「1年A組ぃ……青空ぁ……」


なっ……。う、嘘だろ、おいっ……。


「マジけぇっ! こりゃマジなのけぇっ!!」


本当なのけぇこりゃぁあ!!


「そんな、こんなことってあるのけぇ!?」


俺っちは感激と共に困惑だぜぇっ!!


「……っちくしょぉおおおおおおお!」


どうすんでぇ! 俺っち!!



俺っちどうすんでえ!!



どうしたらいいんでぇ!!




「ちくしょぉおおおおおおおおお!!」




ちくしょぉおおおおおおおっ…………。





おおおおお…………。








おおお……..。






おお……..。







…………。




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