走れ! ジロス!

「うわぁああああああっ!!」


「な、なんなんだ、おまっ―――がぁああああああっ!」


それは急に届いた悲鳴から始まった。


それまでは何の変哲もない、だらだらした一日だったのに……反転。


もっとも過酷な一日へと変貌遂げやがった。


誰か想像できただろうか……こんなになるなんて。


「ふっ……」


無理に決まってるな。誰も想像できやしねえんだ。


「バスケットボールが人を襲うだなんて……」


でも、事実だ。


「馬鹿げてやがるぜ……」


しかも、それを俺なんかが止めねえといけねえのも、これまた糞みてぇな事実だ。


「なんだてめっ―――うぐぉあああああああっ!!」


「ちっ……」


ゆっくり煙草も吸わせてくれねえのか。


「ったくぅっ―――ふっ、はっ……はぁっ……」


あ、ちょっと待ってっ……後、もうちょっと待って―――。


「ぶぅあくしゃいひぃっ!!」


「カァアアアアアットォ!! ヨーロレイヒーみたいなくしゃみしてんじゃねえぞこのやろう!」


うおっ……。危っ……!!


「ちょっ、おめえっ! メガホン投げてくんじゃねえ! しかたねえだろげぇ!」


俺っちだって真剣だったんでぇ。ちくしょうっ。


「うるせえ! もう少しだったのに、急に気分はカントリーか! 糞野朗っ!」


ちっ……くしゃみしただけで、なんでこんなに怒られなきゃならねえんでぇ。


「NG、お前っ、11回目だぞっ!? こんなんじゃ麗奈先生を振り向かすことなんか夢のまた夢だ!」


「そりゃ……おめえ……」


くそっ……。

腹が立つが、百太郎が怒るのも、まあ、理解できるんでぇ……。

確かに、何回もNGを出しちまってるしなぁ……。脳みそ腐ってんでぇ。


「…………」


ただ、やっぱり、引っかかることもあるんでぇな……。



“このくだり意味あんのか?”ってぇな。



今まで長々と練習してるのは麗奈先生を呼び出す前。

正直、ばっちり決めたところで麗奈先生は見てねえ訳で……。


『こういうのはリアリティーが大事だから、細かいところまで作り込んでいった方がいい』


とか、百太郎が言いやがるからぁ、俺っち含めてこの場に居る全員が賛同して演技を続けてる。

でもよぉ……やっぱ、これ、なんかちげえぜぇ。仮にこの場をバッチリ決めたとして、誰特なんでぇ、一体……。俺っち以外にも疑問持ってるやつ居るんじゃねぇのけぇ?


「人が話してる時にどこ見てんだじろさん!」


つぁっ……くそっ。俺っちがこいつによく言ってる言葉じゃねえけぇ。だりぃなぁ……ちくしょう。


「まぁ、その、なんでぇ……なんかすまねぇ。……監督さんよぉ……」


頭なんか下げたくねぇ……。

でも、こいつぁ、妙に張り切っちまってるし、なんか言い出せねぇんでぇな……。


「じろさん。そう頭下げながらも、本当は、意味あんのか? とか思ってるんだろ」


「え……。いや、それは……おめぇ……」


無茶苦茶思ってるっつぅんでぇ……。馬鹿野朗ぃ……。


「というか、じろさんだけじゃない。他の皆も、なんの意味があるんだ? とか思ってるんだろう?」


百太郎は、全員の顔を見回して言いやがる。正直、わかってるじゃねえか、としか思えねぇ。


「麗奈先生が来る前だろ? 誰得? なんて思ってるんだろ?」


皆、下を向いて黙ってやがる。やっぱ俺っちだけじゃなかったんでぇな。


「いいよ。じゃあはっきり言ってやろう」


ふんっ。聞かせてもらおうじゃねえけぇ。意味無いと思いながらも、百太郎のことだから何か、他の奴とは違う見方で物事を見てこんなことやってるんじゃねえかって、実は、ここに居る全員が期待してたりするんでぇ。目からうろこって奴をなぁ。


「意味は無いよ。うん。全く」


え、嘘っ……。ちょっ……。


「ないのけぇえええええええええええええええええっ!!!!????」


こいつ……まじで……ぶん殴る……―――。


「まあ、なんというか……皆にはさ、集まってもらった訳だけど……正直、このメンバーに不安があったからな」


「ああ? 不安? なにがでぇ」


「いや、なにがって、わかるだろ。作戦自体は至って簡単だけど、こういう作戦は大抵不測の事態が起きる」


「不測の事態?」


確かに、そりゃあるかもしんねぇ。

が、それと、あの無意味な三文芝居になんの関係があるって言うんでぇ? 意味わかんねえぜぇ……。


「俺は皆を知ってるが……皆は違うだろ? あいつ知ってるけど、こいつ知らないとかって感じの、言ってしまえば初対面集団なわけだろ?」


「あぁ、まあ、そうだやなぁ……」


俺っちで言えば、あの演劇かなんかの二人やおかっぱ眼鏡の二人は、顔は見たことあんのかもしれねえが、知らねぇっちゃ知らねぇ。


「チームワークどころか互いの素性すら知らない訳だ。そんな状態で不測の事態が起きた時対処なんて恐らく無理。フォローなんてできないし、すべき対象なのかどうかもわからん」


「お、おう……まあ、そりゃ……」


おかっぱ二人にオレンジモヒカンに青い髪…………どこのパフォーマンス集団か聞きてぇくらい怪しい集団みてぇだしなぁ……。新しく輪に入れられたような演劇の二人なんかは戸惑うだろうし、逆もまた然りかもしんねぇ……か。


「まあ、なに? とかいって、実は俺が、一番わからなかったんだけどな」


「あぁっ? なんだそれ、おいっ」


呼び集めた本人なのに、てめえが一番わかってねえのか、こいつぁっ……! 


と、同じことを思ったに違いねえ。黒田や言葉を理解していなさそうな綾野を除いた残りの、俺っち含め5人は百太郎へ驚いた顔を向けらぁ。


「だってさ、どこかトラブルが発生したら、俺が駆けつけてフォローすることになるわけだろ?」


「んまぁ、そうなるやなぁ……」


綾乃に演劇二人はやられ役、黒田は演出全般、おかっぱ二人は黒田の補助をしつつ見張り。

フリーなのは確かに、百太郎しかいねぇ。


「指示って言ってもさ、裏で手に汗握ってじっとしとくわけにもいかないからな。いくら機動力が高いからって、これ以上サダシと鉄に任せるのはオーバーワークってもんだ」


本当に使えるおかっぱなのか未だに信じられねえが、確かに全体のフォローまでとなると任せすぎでぇ。黒田がちょこまかと動き回ってたことを考えるたぁ、結構大掛かりな仕掛けをしてるみたいでぇな。おかっぱ二人もそっちの手伝いで手一杯かもしんねぇ。


「まあ、これまた、とはいっても、じろさん達のフォローって、やれることはあんまりないけどな」


「んぁ……? ちょ、ちょっと待てよ。それはどういうこってぇ」


ちゃんとしてくんなきゃやだろうぃ、主に俺っちが。


「だって、やられ役ってのは、そもそもが不測の事態を演じてるようなもんだし、この作戦自体がじろさんのフォローみたいなもんだぞ?」


「えっ……いや、まぁ……そりゃぁ、確かにぃ……」


「結局のところ、じろさんの頑張りどころであり、やらなきゃいけないことだろ?」


「…………」


い、言うとおり……でぇ……な。


「まあ、ここまで用意したんだ。俺、いや、俺達皆、最大限手助けはするつもりだけど、最後はじろさん……」


百太郎が肩に手を置いてくる。


「あんたがバシッと決めてくれ」


「…………」


そうか……。そうでぇなぁ……。


「っよっしゃっ! いっちょやったるけぇ!!」


両手を強く握って叫び、気合の充電でぇ!


「ぜってぇ麗奈をものにしてやるぜぇ! その為ならなんだってやってやらぁ!」


俺っちも男でぇ! びびってなんかいられるかってんでぇ! ばかやろうぃ!!


「いいぞ、じろさん。その意気だ。とりあえず、全員分のジュース買ってこい」


「おう? 早速任務けぇ!」




任せろってんでぇ! 走っていってくらぁっ!



「ぬぁ、うざってぇ!」



草履なんかこんなもん―――。


「うらぁーっ!」


走るのに邪魔なんでぇ! 茂みにでもいっとけぇ!


「よっしゃぁー身軽だぜぇ! 男は裸足! 走るジロスでぇ!!」


ジロス爆誕でぇ! 木も茂みも校舎も生徒も同僚もどんな景色も人もっ……! 皆、俺の後ろへ流れていく! 



「前に居ていいのは麗奈だけだっつぅうでぇ! ばっきゃろうぃ!!」



“今の俺っちは止められねえ!”



「麗奈待っとけぇ!! ラブへ一直線!! 爆走でぇ!!」



その為に今目指す先はっ……。



「じはぁーーーーーーーんき!」



皆、待っとけようぃ!



俺っちが、とびっきり冷えた清涼飲料水を届けてやるぜぇ!! 




「ひやっはぁーーーーーうぃ!!」



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