キノボリ・シエスタ

翌日、体育館裏―――。


「来てやったぜぇ~―――って……なんでぇ、おめえ達ぁ。俺っちを狩る気けぇ……?」


陽気に歩いてやってきたじろさんがすぐさま警戒モードに入ったのは無理もない。


「…………」


恐らく、俺一人だと思ったんだろうが……。


「有馬先生。こんにちわだっちゃね」


「バカ、サダシ。こういうときはよく来たななんだぜ」


二人で扇をしているサダシに鉄。


「なんだこれ? ふらんくふるとってやつ美味いんだな、おい」


「知らなかったのかい? ニワトリ君。じゃあこれなんかもっと美味いよ~」


口元をケチャップまみれにした布丸に巨大なキャンディーを銜えたどらさん。


「あーあーあー」


「んーんーんー」


壁に向って発生練習をしている、演劇部の村井君と所澤君の二人と、何故かずっと体育館裏に置きっ放しにされている古いタイプの机の上に座る俺の計7人が思い思いに過ごし、じろさんを待ち構えていたからだ。


「珍しく不良っぽいとこに呼び出しやがったと思ったらよぉ……なんなんでぇ、これは」


じろさんの疑問も無理もない。昼に体育館裏に来いとだけしか伝えておらず何も知らないからな。


「じろさん……」


まあ、時間もそんなにねえし、長々と説明するのも面倒だ。


「今日の放課後、いよいよ作戦決行だ。これだけ言えば……分かるよな」


努めて真剣な表情で真っ直ぐにじろさんと目を合わせる。


「ああ……」


じろさんは小さく頷く。


「そうけぇ……えれぇ、急だがぁ……」


そして、俺の背後に居る6人に順に視線を向けていく。


「いよいよけぇ……」


再び、俺へと視線を戻すと、じろさんは確認するように問うてきたので「ああ」とだけ返す。


「そうけぇ、そうけぇ~」


じろさんは言いながらご機嫌そうにタバコを銜えると火をつけた。


「ふぅ~…………。いよいよ、なんだけぇなぁ……」


昨日の今日で凄く急ではあったが、文句を言うわけでもなく、むしろ嬉しがっているようにも見えるじろさんも、やはり、俺と同じように早く終わらせたいという気持ちでいたのだろう。


「じろさん。もし、万が一失敗したら―――」


自殺するとか言うなよ? そう聞こうとした。だが……。


「ばかやろうぃ」


と、遮られ。


「始まりからして情けなくてよぉ。今じゃこれ以上下がねえくらいなんでぇ。恨みやしねぇぜぇ」


言って、じろさんは深々と吸い込んだ煙を吐き出した。


「そうか……」


正直、恨まれるのは嫌だが、じろさんに恨まれたからといって、どうということはない。

……が、まあ、情けないと自分でわかっているようだし、恨まないと言ってくれただけましということにしとくか。


「よし、じゃあ始めるか」


机から降りるとすぐさま紙と鉛筆を机から取り出して広げ、それを見た皆が続々と机に集まってくる。


「わくわくすっちゃ~。鉄ちゃんわくわくすっちゃ~」


「バカ、サダシ。俺はお前のメロン五個分ぐらい倍にワクワクだぜ」


サダシと鉄は机の近くに来ると相変わらず二人で扇をする。結構邪魔だ。


「驚いた?驚いたよね?」


「あ、ああ…………。お前ぶったまげだぜぇ……」


どらさんはキャンディーの棒を布丸に向け、なにやら感想を聞いていた。

恐らく秒速で噛み砕くアレをしたんだろう。


「す゛ぺる゛ま゛あ゛ぁー。す゛ぺる゛ま゛あ゛ぁー」


「すぅもぉももももももももっ……なぁうっ」


村井君と所澤君はもはや違う発声練習になっていた。わりと距離が近いから低い声の叫びと高い声の叫びで化学反応的な、いや、まあとりあえず……すっげぇうるさい。


「ほ、ほんとに始めるぞ……? いいな?」


この6人…………自分で呼び出したわけだが、もう不安でたまらない。


「とりあえず、まず、ポジションだ」


だが、今日の放課後って決めたし、延期なんてとんでもない。

もう、このメンバーでやるしかないってことで、作戦会議の始まりだ。





























同時刻、中庭―――。


「ふぅ……」


やっぱり気持ちいいなぁ。


「誰も……見てない……よね……?」


いくら顧問をしてるといっても、授業以外で木に登ってるところなんて、あんまり見られちゃいけな気がするんだよねぇ……。


「でも、登っちゃうんだなぁ……やっぱり、これだよこれぇ……」


私を舐めちゃいけないんだよ。端っこの低い木だって、木なんだから登っちゃうの。


「ですよねぇ。スルっと登って、シュルっと降りる感じも最高ですよね」


「そうなんだよねぇ―――って、えっ……」


ちょっと、待って。誰にも見られないように素早く登ったのに、物凄くバレてるっ……!?


「あ、貴女っ……いつの間にっ……?」


下を見ると、私を見上げてニコニコしている女子生徒が居る……。


「ずっとですよぉ。先生っ」


「え、嘘っ。でも、登る時は確かに誰もっ……」


場所も、教室に戻るのが一番遅くなってしまうから、中庭でも一番、人気のない隅っこを選んだのにっ。


「大丈夫ですよぉ、先生。私以外は皆気づいてませんし、木なんか、皆、ペロッと登ってますよ」


少女はそう言ってクスッと笑うと、私が登っている木に背を凭れ掛かる。


「木登り学科の、四条先生……ですよね?」


「えっ……な、何故っ……」


この子、どうして、知ってるのっ……?

皆、英語教師とは言うけど木登り学科とは言ってくれないのにっ……。


「違い、ましたか……?」


少女は悲しそうな顔で見上げてくる。


「い、いや、違うことはないよっ。その通りだよっ」


え、もしかして、キタっ……? 木登りの時代キタっ……?


「やっぱりそうなんですね! 木に登ってるから間違いはないと思いましたが、なんでもいいけど、感激爆弾ですっ!」


「か、感激……爆弾……?」


独特だ……。でも、よ、喜んで、くれてる……んだよね……?


「嬉しいなぁ。私も木登り好きなので、ほんと、先生に会えて、嬉しさの宝石箱ぉっ!」


「う、嬉しさの宝石箱っ……!」


喜んでくれてるっ! やっぱり木登り時代キタっ! 


「でもぉ……すっごく興味あるのにぃ……まだ選択できていないんです……」


「どうしてっ!? 私ならいつでもwelcomeだよぉ! おいでよ! 今すぐにでもっ!」


もう感激過ぎ! 木に登ってる所、他の人に見つかっても気にしない!


「ほんとですか!? 嬉しい! 先生にそう言ってもらえるなんてもう、嬉しさのインフェルノです!」


胸の前で両手をグーにして叫ぶなんてこの子……可愛いぃ……。


「ほんとっ! もう、ほんとうにおいでよっ……先生、いつでも、待って―――ぅぅ……」


こんなに木登りが好きな、しかも女子が居たなんて……。もう、泣きそうになるよぉ……。


「でも……あの、大丈夫……なんですか……? 先生……」


「えっ……? 大丈夫……?」


むしろ、嬉しいことしか無いって言うのに、急に、どうして不安そうにするの……?


「また、何か……いやらしいことを……有馬先生がするんじゃ、ないかと……」


「え? 有馬先生?」


まさか、あのチケットのことがもう……学園中の噂に……。


「はい……。有馬先生は、その……いやらしいチケットとかを……渡そうとしたらしいじゃないですか……」


「あぁ……あのチケットはねぇ……」


確かにあれは、驚いて頬を叩いちゃったけど……。その前からも幾度と無く誘われてたし……。その都度断っちゃってるのは、たまたま、有馬先生が指定する日が全部予定がある日だっただけなんだよね……。


「だから、また……何か、麗奈先生の嫌がることとか……精神を傷つけるようなことがあれば……学科自体なくなっちゃうんじゃないかと、私心配で……」


「いや……それは、ない……かな」


有馬先生にそこまでの妨害力はないと思う……。というか、私の精神もそこまでは弱くないというか……。


「そうですよね! ないとは思うんです! ないとは思うんですが……。木登りは精神集中が重要です。ふとした拍子に有馬先生のことを考えでもして、手を滑らして……先生が入院とかなったら、私……」


確かに、ほんの少しでも気がそがれただけで、大事故に繋がる事は木登りに関係なく色んなことであると思う。けど……。


「大丈夫だよ。それに、有馬先生もそんな悪い人ではないからね」


そんなことまで心配してくれるなんて、本当にいい子。やっぱり、木登り好きにだからかな?


「そう……ですよね。そうなら、いいんですけど…………」


「うん?」


なんか腑に落ちてない、かな……?


「そうならいい、って、なんかまだあるのかな?」


いくらなんでも、流石にもう有馬先生も誘ってはこないと思うんだけど……。


「私、実は、百ちゃっ―――いや、百太郎先輩の幼馴染なんです!」


「ええっ……百太郎くんの幼馴染みっ!? 」


嘘ぉっ! あの子に居たの、そんな子が!?


「いえ、その……申し遅れちゃったと思いまして……」


「そ、そうなんだ……。いやぁ、私も、彼のことは少し知っていたつもりだったんだけどね……流石に貴女の存在は知らなかったなぁ」


でも、そうか。彼のことだけで周りまでは調べていなかったから当然と言えば当然かぁ……。


「いやぁ、まいったねぇ。こんな、木登り好きで可愛い幼馴染が居るなんて、ちょっと、嫉妬しちゃおうかなぁ」


「あ、先生。も一つ、申し遅れました。あたくし五月恋と申します。『我は幼馴染である』と、あえて公言することもないので先生が知らないのも無理もありませんが、正真正銘、1歳下の幼馴染の立場にあるものです」


きゅ、急にキャラが変わった気がするんだけど……。気のせい……?


「よ、よろしくね……。恋ちゃんと呼べば、いいかな……? それか……五月さん?」


「よろしくお願いします。恋ちゃんでよいでゴンス。あざっす」


礼儀正しく頭を下げてるけど……なんか不思議な子だなぁ……。

やっぱり、百太郎君も変わってるからなのかな……ちょっと、女の子では初めてだよ、これは。


「そんなに畏まらなくていいよぉ―――」


「いえ、いけません。初対面の時が一番大事なんでウィッシュ」


「ウィッシュ……? あの、畏まって……るんだよね……?」


「MKI(まじで、畏まって、います)です。ウィッシュ!」


私……遊ばれてるのかな……。百太郎君もだけどこの子もかなり変わった子なんじゃ……。

やっぱり、幼馴染だから似たもの同士……なの?


「それで……ですね。先生……」


恋ちゃんは腕をクロスしたまま顔を上げると、先ほどの元気の所在が知りたくなるほどの小さな声で話し始めた。


「百太郎先輩から、直接聞いたんですけど……。有馬先生と麗奈先生を……その……」


「私と有馬先生……?」


ふざけているようで、凄く興味深そうな話題を振ってきてる……。なんだろう? 


「部活で……仲良くさせる依頼を受けたって……」


「百太郎君の部活……?」


「ええ。奉仕活動部です」


「ああっ。そうか、あれっ……」


なんか体育館で妙なスピーチをしたとかって聞いた。まあ……その時も、丁度、私は高熱で休んでたけど……。


「それで? 奉仕活動部? が、私と有馬先生に何をするのかな?」


「それなんですが……麗奈先生が遊園地を断り続けて……有馬先生が自棄になってしまってたから……その……」


確かにそうなんだけど、断り続けてって、なんか私凄い悪者みたいだ……。


「有馬先生を立ち直らせて……麗奈先生とも仲良くさせようという依頼を……」


「受けた……と?」


「はい。それで……百太郎先輩は恐らく……今日……」


「なにか、仕掛けてくるの?」


恋ちゃんは無言で頷く。


「そう、なんだ……」


噛み合ってなかった歯車が、奇跡的に噛み合ったような再開も実はこれの為……って、こと……なのかな。


「…………」


木の上で言ってくれた言葉も……もしかしたら……。


「あの、先生……? 大丈夫……ですか?」


「……えっ? あ、う、うん。大丈夫だよ」


馬鹿だな、私。この年頃の子ならそんなこともあるって言うのに、なに少しショック受けてるんだろう。


「で、その、仲良くさせる依頼? それは、何をしてくるのかな?」


「その……具体的には……わかりません」


「そう……」


「で、でも、有馬先生と麗奈先生を仲良くさせるようなことは、今日、必ず仕掛けてくると思うんですっ……」


仕掛けてくる、か……。なんだか男の子って羨ましいなぁ……。

作戦会議! とか、いつまでもそういうことをしちゃうんだねぇ。楽しそうで羨ましいなぁ。


「それで……麗奈先生が、それでも仲良くなってもいいというなら、それでいいんです……」


「う~ん……」


どんな作戦かによるけど、掛かってあげるのも面白いかもしれない。


「でも、先生は勝負事がお好きなんですよね……?」


「う……。それはぁ……ははっ」


こんな汚れ無き子にまで広まってるんだ……。


「た、確かに……そう。好き、だよ」


自重したいけど……こればかりは止められないんだよね……。


「こういうのは勝負で言うと……八百長、に、なりませんか?」


「八百長……?」


確かに勝負と見るとならなくもない、かな……?


「正々堂々とではなくて、“八百長”で“負ける”ことになりますよね……?」


「八百長で、負けるっ……」


確かに、そうなるかも……。恋ちゃんの言うことも一理ある。


「どうすべきか自分で考え、自分の言葉で思いを伝えようとしない有馬先生……卑怯だとは思いませんか?」


「それは……」


すごく、卑怯だ……。それに、自分の受け持つクラスの生徒に知恵を借りるなんて……。

掛かって上げてもいいとか私なに考えてるんだろう……。勝負としてみたら、私が一番嫌いなやつじゃないっ……。


「愚問かもしれませんが…………先生は、本当に、それでいいんですか?」


「…………」


恋ちゃんの真剣な表情に、私も真剣に頷き返す。


「よくない……ね」


でも……だからといって、どうしようも―――。


「ですよね~っ! そうでなくちゃ!!」


恋ちゃんは私が否定するのを待ってましたといわんばかりにニッコリ笑う。


「え、あ、あの恋ちゃん……?」


急な変わりっぷりに戸惑っている私を気にせず、恋ちゃんは拳を高らかに掲げ―――。


「ではぶっ潰しちゃいましょ~~~う!」


元気いっぱい、声高らかにそう宣言した。


「えっ、いや、あの、ぶっ潰す……?」


なに、この子……もしかして、結構、恐ろしい……子?


「そうです! せこいことしようとする、いけない幼馴染とおっさんにお仕置きするんです!」


「いやぁ……お仕置きってのはなんだか可哀想な気もするんだけど……」


悪いことをしようとしてるのとはまた違うような気もするし……。


「といってもですね、こちらも策を用いて彼らをコテンパンに!……というわけではないのです」


「んん……。それならいい……のかなぁ……?」


で、具体的に恋ちゃんは、なにをしようというのだろう?

正々堂々とコテンパンにするんです!…………とか言い出したらそれもまた違うことだから、先生としては容認できないし、叱らないといけない……よね……。


「わかりませんか?」


後ろ手にニッコリ微笑まれてもちょっとわからない……。

でも、なんかわからないと言いたくない……。負けず嫌いって損だなぁ……。


「ヒントは先生が好きなことです。これ大ヒントですよ~」


「好き……なこと……?」


それって……まさか……。正々堂々と―――。


「そうです! やりましょう、麗奈先生っ!」


考える間もなく恋ちゃんが右手を伸ばしてくる。


「…………」


私はその手を…………。



「ま、いっか。うんっ。やろぉっ!」



がっしりと掴んだ。



「よぉーし! コテンパンにしちゃうぞぉー!」



ごめんね。有馬先生に百太郎君。



なんかわからないけど、私、やる。



「いいですね先生! その意気です!」




貴方たちを……。




貴方達の思惑をっ……。






……ぶっ潰します。


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