M&R&N&A ~ 百太郎が泣く頃に ゞ ~

“きぃ~~ぃんぃん”





“くぉ~~~ぉんぉん”



「うぅ……」


放課後か……。


「はぁ……」


身体を起こす気にもなれず、小さく無数に散らばり上へ上へと流れていく雲を目で追う。


「まだ……気分悪ぃ……」


なんだかんだで、爆睡してたんだな……。学園に戻って屋上へ来たまでは覚えてるが、それ以降の記憶は無い。


「舌がまだヒリヒリする……」


ただでさえ寝不足だったのは間違いないが、それに加えて木登りなんてもんをしたからだろう。

じろさんとラーメン屋に居るときが眠気のピークだった。


「ブラックペッパーの味なんて……見るわけねえだろ……」


じろさんがやらかした手前、間違ったというリアクションを取れなかった。

平然としているのは正直拷問に近かったもんだ……。


「まあ、なんとか、騙せた……か……」


ただ、口の中のヒリヒリ感と身体内部の説明しがたい重い痛さが辛い。屋上へと来た一番の理由はまさにそれだった。眠気は序ででしかない。


「え~んえんえん……」


そもそも、ペッパーを変えたからといってどうってことねえんだよな……。

オヤジのラーメンは何もかけない素の味が一番だ。


「え~んえんえんえん……」


あの一件で変にオヤジの中で俺の株が上がってなきゃいいけど……。

職人としては一流でサービスも嬉しいけど、きもいんだよ……あのオヤジ……。


「え~んえんえんえん……。え~~んえんえんっ……」


「………………」


いや、気づいてはいるんだ。さっきから変な声が聞こえるのは……。


「え~~んへんへんへん……え~んへんえんえん……」


声と、意味のわからなさから誰かもわかってる……。


「やっぱ相手した方が、いいのか?……恋ちゃん」


顔までは向ける気になれず、視線は依然空に向けたまま、声だけ掛ける。


「言わずもがな」


言うまでもないってことでいいのだろうか……?

つうかどこの時代から来たんだこいつは。


「あのさ、一応聞くけど……どうして何の脈略も無く『えん泣き』から現れるんですか、貴女……」


雲の流れが速い涼しげな空を見つめての物思いを邪魔したんだ。

それ相応の理由がある……はず、だ……多分な。


「普通、泣いてる女の子にそんな質問します? 脳みそ雲子ですか? 百ちゃん」


いや、泣いてないだろ……。普通に喋ってるがな……。


「因みに、雲ばっか見つめてるから『雲に魅了されし子』即ち『雲子(うんこ)』と『うんこ』を掛けてみましたよ。私」


「お前は、何を言ってるんだ……?」


何の説明なんだ、一体……。


「だからぁ、百ちゃんは総じてうんこだと―――」


「誰がうんこだ、馬鹿。つうか、女の子がうんことか言うもんじゃないぞ、”うん”ちゃん」


幼馴染という立場で考えても、この子は時折意味がわからない。それこそ雲の上の次元というような……。


「そんなことを言わせる”便”ちゃんが悪いんですよ。もう、しょうがないな。こうなったらっ……隣よろしいか?」


なにがどうなったらなのかわからないが、真横でそう問われたので……。


「よかろう」


と答えてみる。


「任されたぁっ!」


そんな声が聞こえてすぐ俺の視界がなにかの巨大な影で覆いつくされ始める―――。


「って、馬鹿おいっ! お前どっからどういう角度でどう見たら『隣』が人の顔になるんだよ!!」


本物かこいつは! 油断も隙もまじでねえっ!!


「ふははふふ……。私には人間で言う、縦と横という概念が無いのだ」


そんなことを言いつつも顔に座るのは止めたようで、俺の視界に再び平穏が訪れる。


「馬鹿だ……こいつ。本物の―――って、おいっ! 股間を枕にするなっ!!」


ナンバーワンかっ! セクシャルハラスメントナンバーワンかっ、こいつっ!!


「ったく、しょうがないなぁ。もぉ~」


しょうがないやつなのは間違いなくこいつの筈なのだが……そう言うと、今度は普通に隣に腰を下ろしたのでひとまず安心する。


「…………」


更に驚くことをされてもあれなので、何故か体育座りで右手を握ってきているのはもう突っ込まないことにした。


「今日は……あれ……なのか? 体内の何かが安定しない日……とか……? ほんっと、驚くべき暴挙だぞ?」


いつも不思議な世界で生きてるとは思ってたが、今日は積極的におかしい。まあ、言っても、それが可愛いとこでもあ―――。


「んーーーっ!?」


お次は、急に鼻と口を塞ぐんですかっ!?


「んんーーーっ!?」


つうか駄目っ……! ち、窒息するっ!!


「百ちゃん、にんにく臭いよぉ~」


いや、だからって急に塞ぐとか鬼かこいつっ!!


「んむむっ、んむーーーっ!!」


でも、手荒な真似はしたくないし、どうすれば―――つうか、やっぱ苦しいっ! し、死ぬっ……。


「んもぉー……。抗わぬのかぁ……つまらぬよぉ……」


そう聞こえると同時に俺の鼻と口は恋ちゃんの邪悪な手から解放された。


「っつぁっはぁっ!……ばかはぁっ! お前ほんと馬鹿はぁっ……!」


思わず、息も絶え絶えそう叫ぶが、恋ちゃんはどこ吹く風で口笛をお吹きになっていた。


「ぴゅ~ぴぴ~~。……マカデミア~~ン……ナッツだぜぇ……」


空を見上げ変な歌まで口ずさみ始める。


「研ぎ澄ませ~……マッチョメ~ン……」


「…………」


あぁ……この歌は知っている……。


子供の頃、砂遊びをしている時に恋ちゃん自身で作詞しながら歌い始めた歌で、あれ以来癖になってるのか、ふとした拍子に歌いだし、その都度アレンジにアレンジを重ね、もはや原曲がなんだったかわからないくらいに歌いこんでいる、歌。……確か、題名は…………。


「マカデアッチョメンか……」


懐かしいな……。変な歌だけど……。


「本当は、マカデミアンマッチョメンとそのまんまの名前だったんですけどねぇ……」


恋ちゃんも同じ時代に浸ってるんだろう。視線は遠く、見えているままの景色ではなくあの頃を見ているようだ。




「言い間違えでそのまま題名になったんだよな」


間違えたことを馬鹿にして笑った記憶がある。


「百ちゃんが馬鹿にするからですよ。それでムキになって『違うもん!マカデアッチョメンであってうでゃー!』って」


クスクスっと恋ちゃんが笑う。多分、あの時の記憶と同時に訛りが酷かったのも思い出したのかもしれない。


「今思うと、かなり可愛かったよな……恋ちゃん」


赤ちゃん言葉が抜けてないのか、奥地の訛りなのかよくわからなくなるほど、たまに何を喋ってるのかわからなかった。でも、外見と相まって物凄く可愛いく、ガキながらキュンキュンな毎日だった。


「あの……すみません。可愛かったなどと、過去形にしないでは、もらえませんか……? それとも、今の私はそれほどまでに……駄目……ですか?」


なんで急に、低姿勢で控えめなんだこいつ……。


「いや、今も可愛いけどさ……」


けどさ、の後に続く良い言葉が浮かばねえ……。

なにを言っても変な空気になるか、調子に乗らすか、茶化されるだけだからな……。


「んふっ、百ちゃん。とりあえず、ワンスモア」


言わなくてもうざいんだな……これが……。


「馬鹿野郎。言うわけ無いだろ」


なぜ、もう一度言わなきゃならんのだ。……つうか、何故頑なになりつつあるんだ。俺も。


「わかった。”じゃあ”百ちゃん。ワンスモア」


『じゃあ』が意味を成してねえっ!?


「言い換えて同じこと言うんじゃない! 俺はもう言わん! 言わんたら言わん!!」


なんでこんな会話になってんだ! 誰が発端だ! 俺か馬鹿野朗っ!!


「ちぇー……しょうがないですねぇ……。わかりましたなりぃ……」


恋ちゃんはそういうと、地面を人差し指でグリグリしはじめ、明らかに落ち込んでいる雰囲気を出し始める。


「他の子には優しいのになぁ……。私には冷たいんだぁ……」



相手をしては駄目だ。



だが、だがっ……。



「そ、そんなことないだろ。むしろ誰にも優しくしてるつもりは、な、ないぞっ……」


こう問われると、ついこんなこと言ってしまうもんなんだなと痛感する。

まさか言う日が来るなんて思わなかったわけだが……嫌なもんだ。色男を気取ってるようで嫌なのもあるが、何より、否定するように仕向けられ、それに従ってる感じが凄く嫌だ。


「ふ、ふざけんじゃないよ、まったくっ……」


こういうのはロピアン辺りが陥ればいい状況であり、間違っても俺には不向きだ。


「ほんとに……?」


恋ちゃんはグリグリしていた手を止め、問うてきたので


「ああ。まじだ。大魔神」


鼻くそをほじりながら大真面目に答える。すると、恋ちゃんは下げていた顔を上げ……。






「嘘だっ!!」





そう叫んだ。



「おおっ、ちょっ……えっ……?」


急だったこともあり、俺は心底びっくりして同時に屁をこいていた。


「私、知ってるんだよ? アロマ姉さんとどらさん先輩の二人とあわよくばとか思ってること。キンパチ先輩の優しさにも惹かれていること。そして更には……」


えっ、なんか、なんか怖い。今の恋ちゃんはアレみたいだ、ひぐらし―――。


「四条先生にまで惹かれてることっ!……言ったんだよね?『俺が一番最初で一番の生徒だ』って! ……どうして言ったの、そんなこと……」


両肩を掴み、ずいっと顔を近づけてくる。


「ねえ、どうして? ねえ! ねえっ!!」


鼻先が触れ合うか触れ合わないかぎりぎりの位置でそう何度も問われ、俺はもうちびりそうで仕方がなく……。


「あ、いや、それ……」


頭も全く回らず、口もうまく動かすことができずで、何も言えないでいた。すると……。


「うっ……くさっ……。無理……」


急に恋ちゃんの方から離れていき……。


「んもぉーーーっ! 百ちゃん臭いよぉーーっ。ニンニクと腐った卵の臭いがするぅーー」


鼻を摘み、手でブンブンと俺を扇ぐ。


「…………」


ま、また……騙された……。


完全に一杯食わされかけてたんだ……。


「いいところだったのに最悪だよぉー。もう、死ねよぉー」


似つかわしくない可愛い声で、すっごい酷いこと言いやがる所を見るといつもの恋ちゃんらしくほっとするが……同時にやられた感が底知れない。


「や、やっぱ……アレだよな……。さっきの、今にもひぐらしが鳴きそうな感じは……」


一応聞いてみるが……。


「冗談に決まってマッスル」


満面の笑みで親指まで立てました。


「改まって伝えるのも照れくさいけど、一応言っとくわ。……俺はお前が嫌いだって」


俺が騙されやすくちょろいのか、恋ちゃんが多彩過ぎるのかわからないが、ガキの頃から数えるともう何百回と騙されているわけで、その都度、もう、うんざりだと思っている。しかも、どんどんとクオリティーが上がってきているのが性質が悪く、なかなか気がつけない。


「人間は所詮、主観的でしか見れないから、百ちゃんが私を嫌いでも構わないよ」


「えっ……ちょ、なに急に、その冷めた答え……」


「ううん。急じゃないの。私は、たとえ百ちゃんが激怒して殺されたとしても、怨まない。ずっとその気持ちはあるの」


「いや、お前……殺すとかそんな物騒なことは流石に……」


どうしたってんだ、今度は……。


「だって……私は……」


言いながら恋ちゃんは両目を両手の甲で押さえる。まじでどうしたんだ……。


「ちょ、おい……。泣いてるのか……?」


「だっでぇ、わだじは……」


おいおい、なにを……泣く事が―――。


「わだじはももじゃんがだいずきだからぁ!!」


「れ゛んじゃぁあああああああああああああああん!!」


号泣し思わず恋ちゃんを抱きしめる。


「ふっ……」


あ、あれ……? 抱きしめれない……?


「しゅっしゅっ……」


避けてるっ!?


「甘いぜとっつぁん。一人で猛特訓したんだ。前までの俺じゃねぇ」


明日のボクサーかっ!!


「お前もういやっ! ほんま嫌いっ!」


でも騙される俺はもっと嫌いだ!


「もぉーもぉーちゃんぁーん。う~け~る~、もう大好きっ」


今度は本当に恋ちゃんから抱きついてきたが、されるがままではあるが無視する。


「おい、百ちゃん。大好きって言われたら「お前の『好き』より俺の『好き』の方が大なり」って言わないといけないと私は思うんですよ。さあ、言え、プリッと、へいっ」


胸の辺りに顔を埋めギュッと締め付けられるが無視する。


「…………」


柔らかい感触が全身を包む感覚や髪の毛から女の子特有のいい香りがしてくる……が、我慢して…………いや、絶対無視する。そんなダサいことは流石の俺でも「言わないと死ぬ」といわれようとも言わない。


「ほらほら~「嫌いな気持ちは極めて微なり。そんな心はワールドワイド」って言っちゃいなよ~」


こいつ……絶対に俺で遊んでる。


「…………」


決めた。絶対に抱きしめに答えない、返さない。


「お、お前の好きより……俺の、す、好きの方が……」


ちょっと待て、俺の口、おい! なに瞬速で裏切ってんだ! 何年俺の身体の部位やってる!!

本能ではなく思考に従え!!


「大なり。嫌いな気持ちは極めて微なり。そんな心はワールドワイド」


早口で捲くし立てたっ!? 本当に俺が言ったのかっ……!? 本当に俺の口がっ……!?


「驚いたか? 百太郎。言ったのは俺、百太郎だ」


な、なにぃっ!? 百太郎が俺の代わりに言いやがったのか!?


「って、お前どこまで多才なんだよ……。なにが出来ないんだ、一体……」


俺になりきっているのか顎に手をやり、したり顔をしている馬鹿に目を向ける。


「私を舐めるな。出来ないことなど何もない」


次はアリスか……。まあ、恋ちゃんは昔からなんでも出来る子だったから今更驚かないがな。


「はいはい、わかったわかった~」


適当に頭を撫でてやる。


「な、何してるんですの!? 貴方達!?」


今度は中島か。もういいっての。


「わかったって。恋ちゃん。もういい」


頭をワシャワシャと撫でる。


「私じゃないよ、百ちゃん。わしゃわしゃすんなよぉ~」


手を払いのけようとしてくるが、散々遊ばれた仕返しだ。負けずに隙間を見つけてはわしゃわしゃしてやる。


「無視せず答えなさい! 貴方達は何故屋上でそんなことをしているのですか!」


五月蝿さまでそっくりだな。マジで耳がキンキンしやがるぜ。


「百ちゃんやめろよぉ~。……私じゃありませんわ!」


本当に似てるな~。


「ちょっと貴女! 私の真似はしないでくださいまし!」


「おっ……?」


中島と中島の一人芝居を始めたのか? やるねぇ~……。


「真似し易い貴女が悪いのですわ!謝りなさい!」


なんか怒られてるでぇ。


「何故謝らないといけないんですのっ! ふざけるのはおよしなさい!」


こっちも反抗しとるでぇ―――。


「って、おまっ、本物やないかーーい!!」


金髪のツインテールやないか!


「貴方、今お気づきになられたというんですの!?」


驚き叫んだ俺を信じられらないといった感じで中島は見下ろし。


「今気づいたんですの!」


恋ちゃん中島はすかさず俺の気持ちを代弁する。


「真似をするのはおよしなさい!」


「嫌ですわ!」


カオスだな……。いや、しかし……こうも中島の声が続けざまに聞こえると、耳が痛い。


「ったく……」


仕方ないな……。こうなれば……。


「てめえら二人うるさいんですわ! お黙りなさいっ!」


流れに乗り俺も中島化する。


「どうして貴方まで真似をし始めますの!? お止めなさい!」


ふっ……始めたばっかりだ。やめるわけねえ。


「嫌ですわ! 止めませんわ!」


さあ、これで中島の三つ巴ができた。誰が脱落するのだろうか見ものだな。

まあ、中島は脱落しようがないけどな、中島なんだから。


「そんなことよりも貴女は何故屋上に現れたんですの!? 私たちの邪魔をしにいらしたというんですの!?」


お前も俺の邪魔をしに現れたようなもんだが……いい質問ではあるぞ、恋ちゃん。


「邪魔とはなんですの!? やはり邪魔をされるようなことをしていたというのっ!?」


していたつもりはない。だが、お前が何故そんなに気にするのか、それはわからん。


「邪魔をされるようなことってなんですの!? 私と恋ちゃんは―――」


だが、疑問より否定が先だと思い、はっきり否定しようとしたのに―――。


「わかりませんの!? していましたわ! 貴女が現れなければいい感じになってアルファベット三文字をおっぱじめていましたわ!」



おーいおいおい! セッススーのことかよおい!


こいつ(恋)は初心っ娘をもてあそび始めやがったぞっ……。


「あ、アルファベット三文字っ……。おっぱじめっ……!?」


中島の顔が目に見えて赤く染まっていくので、直ぐ様止めに入る。


「なにを赤くなってますの!? そんなことあるわけないじゃないですの! 貴女も嘘を言うのはお止めなさい!」


見た目はイケイケ感あるが、こいつもこの手の話は間違いなく弱いから止めてあげてほしいところだ。

……あと、中嶋はそんなことはしないだろうけど、仮に学園全体にこの嘘が知れわたることになろうもんなら、俺の身はかなり危うくなるし、度々、無実でもなんか怒られる俺の身にもなれってんだ。


「嫌ですわ! 止めませんわ!」


恋中島はそういうとがっしり抱きついてくる。


「いや、なんでやめねえんだこのバカ! お止めなさいよ!」


引き剥がそうにもどこにそんな力が眠ってるのか、全くびくともしねえ。恐るべし恋中島っ。


「ちょ、ちょっと貴方っ! 真似するならちゃんとなさい! 私はそんな言葉遣いしませんわ!」


いや、待てっ。何故お前まで抱きついてくる本物中島っ!


「お前らお止めになってくださいまし! ちょっ、本当にやめろですわ! 女といえど暑苦しいっ」


傍から見たらラグビーとかアメフトの乱戦っぽいんじゃないかっ!?


「嫌ですわっ!!」


何故そこだけ息ばっちしでハモるっ!!


「ちょっ、ほんとやめろなさい! なにを取り合ってるんだですわ! ボールはボールでも違うボールとでもいうのかですわっ!!」


マジで暑苦しいっ……! なんでこんなことにっ!

因みに、俺をボールとするのか、俺の息子をボールとするのかはまた別のお話だっ。


「なんだかわかりませんが、負けられない戦いがここにはある気がするんですの!」


本物中島はそう叫び、左わき腹辺りに顔を埋め。


「貴女はそもそもピッチに立ってもいませんわ! お放しなさい! 下がってくださいまし!」


恋中島は当然と言っていいのかわからないがそれを許さず、抱きついたままの体勢で本物中島を押しのけようと右手で押す。


「いや、お前たち二人とも本当にお止めなさい! じゃないと私はっ―――」


頭をぶっ叩く。

というか、もういっそ、二人の頭をぶっ叩いてしまおうと両手を上げた。





その時だった―――。


「うるさいぞ貴様らっ! どうして中島がいっぱいなんだ!」


ややこしい人が新たに増えてしまったようだ……。肩を怒らせながら俺たち三人の下へ歩いてくる。


「繁殖したとでも言うのか! 答えろ貴様っ!!」


俺か……。また俺なんだ……。いつでもどこでもお気軽に、“俺”なんだな……。


「はぁ……」




…………。




……。




「ってことで、まあ、なんだ? 幼馴染の襲撃にあってなんやかんやで今があるということだ」


どこから説明したもんか悩んだが、とりあえず屋上で一人で居たところから今に至るまでのことをアリスと中島に説明してやる。


「ふむ」


アリスは聞き終わるとよくわかったとばかりに頷き……。


「要するに、恋といちゃいちゃしていたということなんだな?」


と、語弊が大量発生しそうな理解を示す。この、ばかやろう……。


「私の依頼そっちのけで……授業もサボって……見損ないましたわっ。百太郎様」


中島はそれをモロに間に受け非難めいた視線を向けてくる。


「チガウヨ」


恋ちゃんはというと機械音のような声で否定する。


「なんだ、その声……」


どっからそんな声が出てるのか理解に苦しむが、否定してくれるという珍しいこともあったもんだと思う。


「まあ、なんだ、恋ちゃんの言う通りいちゃいちゃってのは違う。それは短絡的過ぎる」


恋仲でも無いし、そもそもからしていちゃいちゃってのは違う。


「だが、授業をサボり、放課後になっても中島の依頼をサボってたのは確かだろう? 学園に居たというのに」


「そうですわ。貴方、今日は一度も教室に現れなくてよ?」


「チガウヨ」


あぁ、そうか。確かに、教室には一度も行ってねえ……。

会ったのも午前に麗奈先生、昼間にじろさんだけだし。事情を知らなければ、恋ちゃんといちゃいちゃしに来ただけみたいにとられても仕方がないか。


「午後の授業は、まあ、色々あってサボる形になったが、午前はちゃんと授業は受けてたんだ。それも依頼と関係ある人、のな」


中島はじろさんが麗奈先生を遊園地に誘いたいことを知っているので黙って聞いていたが、アリスは「話が読めん」と顔に書いてるようだったので、この際だから現状を全て話してやることにする。


「それでなのか……」


何回も遊園地に誘い断られ酒浸りになっていたところから……。


「なっ、破廉恥なっ」


遊園地のチケットと間違えSMクラブの券を渡そうとしたこと。


「よく飛べなどといったもんだな、貴様……」


ビンタまでくらって断られ、心底落ち込み屋上で自殺しようとしたこと。


「木登り学科……そんなものまでこの学園に……? ていうか、おろしにんにくを飲んだというのか? 馬鹿なのか?」


別にじろさんのことは皆知ってるし、じろさんのことだからいいだろうってことで今に至るまでの殆どを語った。


「ふむ……」


なんだかさっき見た気がするが、聞き終わったアリスはよくわかったとばかりに頷き……。


「で、どうやって二人の仲を進展させる気なんだ?」


と、依頼の核でもある疑問をぶつけてくる。


「そもそも貴方がどうかできることではなくなってきてる気がしますのよ……」


中島は依頼した手前、俺に申し訳なさがあるのか伏目がちにそう言う。


「チガウヨ」


恋ちゃんは―――。


「いや、お前うるさいぞっ。微妙にさっきから気になってたけど何を否定してるんだよっ」


じろさんの説明をしている間も、合間合間に入れてきて、無視はしていたが正直うざかった。


「ははは。なんだかハマっちゃいまして。……申し訳パンチっ」


何故か殴られた右肩がジンジンと痛むが、気にしないことにして再びアリスと中島に向き直る。


「じろさんには任せとけと言ったけどさ、正直、俺もどうすることもできないとは思ってる」


いくら完璧な策で仲を取り持っても、周りが作り上げた仲なんて所詮は続かないだろうし、二人の物語も薄っぺらいもんになると思う。


「だけど、まあ、諦めるのは考え付いたことやってみてからかなって……な」


もちろん、じろさんに頑張ってもらうわけだけど。


「そうか。で、具体的にどうするつもりなんだ?」


顎に手を当てアリスがそう問うてくる。恐らく、単純な興味からそう聞いただけだとは思う。


「…………」


そう理解しているつもりだが、自分自身、自信がないのもあるんだろう。

気がつけば、時既に遅し……。「お前の策とやらがどんなのものか見てやろうではないか」と上の立場である人間に力量を測ろうとされている、多大な緊張感に包まれた場面に遭遇しているかのような錯覚に陥っていた。



これでいいのか? 

上手くいくのか? 

納得させれるのか? 

そもそも策と呼べるのか?



なんて、自問がぐるぐる回り始める。



「それは……」


馬鹿にされない? 

笑われない? 

アホだと思われない? 

泣かない? 

本当に枕を濡らさない覚悟はある?


「だな……」


ティッシュは持った? ハンカチは? 

大丈夫だよ、お母さん。今日は早く帰るから。

そうかい? 無事に帰って来るんだよ、タカシ。


「ずばり……だな」


自問が浮き上がっては自答する暇もなく消え、また新たな自問へと繋がり次第に錯乱し始める。

頭が回らないなんて表現があるが、今の俺は逆だ。回りすぎて逆に考えが纏らない。


「……つまり……だな……」


ただ、何故こうなるかの理由もわかっている。

冷静に今、俺の中で起こっていることを見ているもう一人の俺が答えを初めから知っている。ずっと囁いてるんだ。




“駄目だ言うな”と。



“バスケットボール(乱ball)に麗奈先生襲わせてじろさんに助けさすなんて言うな”と。



“つり橋効果から繋がり出た考えだとお前は思ってるが、よく考えろ。なんか違うから”


……だ……とっ……!?



“それはお前、もう古典的と言っていいくらいなヤツやけど、上手くいかんいうオチつくあかんやつや”


と…………。



「どらさんから乱ballを借りて…………」


だが最終判断を下すのは俺の中の俺。



“お前言うてるやんけ! あかんやろそれ!”

と、感情的に突っかかってくるもう一人の俺を無視するどころか殴り倒し、一句くれてやった。



“知らんがな、言ってしまうぞ、ホトトギス”……と。


「麗奈先生を襲ってもらって、じろさんが助けてハッピーエンド的な……さ……?」


中島、アリス、恋ちゃんと三人の顔を順に見ながら俺は言った。

堂々とは無理。窺ってしまうのよ顔色。


「本気でそれをやるつもりなのか……お前は」


アリスは目を瞑り眉間を右手の親指で押さえ。


「凄い……ですわ。百太郎様」


中嶋は唖然としつつもなんとか笑顔を作ろうとするも口の端しか上がっていない。


「とりあえず、百ちゃん。once more」


恋ちゃんは、その発音がネイティブに近づいていた。


「…………」


三人の反応は最悪だった。

でも、しょうがないんだ多分。この手の作戦は野朗しか乗ってこないんだ。ああ、多分そう。


「俺はマジでやるぞ。そして見事成功させる」


期待されないと俺は燃えるのだ。天邪鬼まじなめんな。


「来た来たっ。来たぞこの感じっ」


そうと決まればの行動力っ! みなぎる力、ブルンブルンブルゥ! 走れ走れ、いすずの―――。


「ちょっと待て、貴様! 何故クラウチングスタートの体勢だ! なにが来たというのだ!」


スタートが掛かるのは数秒後。


「百太郎様早まらないでくださいましっ!」


セット……。上がったケツはもう下がらない。待ったももう聞こえない。


「いけいけ、百ちゃぁーん。はーしれはしれーい」



パンっ……。





俺の耳にだけ響いた音を合図に俺は走り出した。





もう前しか向かない。





止まらない。



走り続けてやる。



「いつまでも、いつまでもっ……」



作戦開始だ。

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