G&M



麗奈先生ぇ……。







俺……。







俺っちは……。






「くそっ……! 飲むのを止めても同じでぇ!」


むしろ、素の状態だから、胸に苦しみと痛みが押し寄せやがるぜぇ、ちくしょう!


「おいお~い。おっさんが恋煩いで胸痛なんてきもいぞぉ~」


「んあっ……?」


学園側へと顔を向けると、眠そうな目をした坊主頭が俺っちのいる門のほうへと歩いてきてやがった。


「百太郎……。おめぇ、今日はさぼりじゃなかったのけぇ?」


最近ではなかったが、こいつぁは気分次第で動きやがるから、今日はてっきりサボりやがったんだと思ってたんだがなぁ。


「ふっ、馬鹿め。今日は木登り授業を選択してただけだ。証拠もありますわよ」


紙切れを手渡してきやがったから目を向けると、確かに選択授業修了を証明する紙だったけぇ。

その科の担任らしき字で『午前中、木登り授業を受けたことを証明します』と書いてもいやがる。


「確かに……本物だやなぁ」


急に選択しちまって、遅刻だとか欠席だとかにならねえように担任に見せる紙で、それ自体は珍しくねぇ。まあ、あえて言えば、こいつから渡されるのは珍しいがな。まぁ、なんにせよ、そら結構なこったが…………。


「なんでこんなもんを選択したんでぇ?」


こう聞かずにはいられねぇんでぇ。こいつとは何回も追いかけっこをした仲だぁ。他の担任連中よりはよく理解してるつもりだがぁ、流石に普通科の授業そっちのけで木登りなんかを選ぶ理由がわからねえ。


「おめぇ、木登りとか好きじゃねえだろぃ?」


こいつぁ、かなりのめんどくさがりな筈でぇ。遊びや悪戯でならともかく、授業として木登りなんかを学ぶなんて考えられねえ―――というか、そもそも木登りの授業ってあんのけぇ? そっちのほうが驚きなんだけぇ。


「こんなもんとか言うなばっきゃろう! いくらじろさんでも木登り馬鹿にするとケツにうんこ詰めんぞ!」


な、なんなんだけぇっ……? なぜ急にこいつぁ怒りだしたんでぇ……?


「いや、おめえ……ケツにうんこ詰めるって普通だろぃ。皆詰まってらぁ」


「普通じゃねえ! 詰まってるのは腸だろうが! この腐れジャージメン!!」


ちっ……このくそガキげぇ。なんだかしらねえが、一応担任である俺っちにこの態度は許せねぜぇ。


「おめえっ、俺っちは担任だぞぉい! 腐れジャージとはなんだ馬鹿野朗ぃ!」


おめえこそジャージ馬鹿にすんなってんでぇ!


「馬鹿野朗言うな馬鹿野朗! 木登り馬鹿にした馬鹿なお前を俺は許さんぞ馬鹿野朗っ!泣かすぞこの野朗!」


へっ……言うじゃねえか。


「なんだかわかんねえが……いいぜぇ。拳で語るのも悪くねえけぇ。……かかって来いこの野朗!!」


散々悪さばかりしやがったんでぇ。こいつたぁ、一回は殴り合っとくべきだったのかもしんねぇしなぁ!


「おう、やってやらあ! いくぞボケがぁ! 覚悟せぇやっ!!」

















じろちゃんへ


この手紙をじろちゃんが読んでいる時、アゲハは隣に居るのかな? 居るよね? あ、ちょっと待って手紙から顔を外さないで。多分、爆発しそうなくらい顔を真っ赤にして布団被ってると思うからそのままにして。お願い! 向いたらぶん殴る!



な~んてね。



多分、私は居ないよね。隣に居たいけどいられないんだよね……。

だってさ、聞いちゃったんだよ。お医者さんとじろちゃんが話してるのをさ。



長くは生きれない……って。



「これ、なんてドラマですか?」って。最初は実感なかったんだ。



いや、実際は薄々気づいてた……かな。ごめん。

でもでもっ、じろちゃんはそう感じさせないくらい楽しい日々を与えてくれてたんだよ!

これは一生誇ってもいい!!


アゲハという、世界が始まって以来の最高で最強の彼女を一生、いや二生分くらい楽しませたんだから!


よくやったぞじろちゃん! 褒めてやる!


でも……あれだね……。

ドラマじゃ最後に生きれたりすることもあるよね。生かすも殺すも作家次第というか、ね。

私も生かしてくれないかな……。ていうか生かすべき……だよね。

あ、でもそうか。私はさっき書いたように、一生ではなく二生分くらい生きたんだ。

うん。充分に生きた。


こんなことを書くとじろちゃんは怒るかもしれないけど……。

私にはそう思えるくらいにすっごく(×300)楽しい日々だった。これ以上望むなんて、贅沢なんだ。うん。これでいいんだ。


……ごめん。やっぱり死にたくない。

贅沢だと言われて来世が無くなろうがじろちゃんともっと一緒にいたい!

一緒に笑いたい!一緒に泣きたい!喧嘩だってしたい!

嫌だよ!どうして死ななきゃならないの!?どんな理由があっても納得できるわけないよ!!

神様の大馬鹿!ドジ!間抜け!神というなら私一人くらい生かして見せろ!!


ははっ……本音書いちゃった……。



今、消しゴムをずっと握ってるんだけどね。多分消さないでそのまま残しとくんだろうな、と思う。

でも、やっぱり恥ずかしいな。じろちゃんの涙で滲まして読めなくしちゃってよ(笑)


この手紙自体ふやっふやにして読めなくして! 死んでもやっぱり恥ずかしいぞコンチクショウ!!


駄目だね。このまま書いてると、1000枚、いや100000枚は軽く超えちゃいそうだよ。


ほんとだよ? それほど、思い出も離れたくない気持ちもあるんだ。


だから……この辺で締めとこうかな。


じろちゃん。私のことは気にせずに、この先いい人が現れたらその人と幸せになってね。

そりゃ、まあ、空の上で嫉妬はするかも知れないけど、祝福するように頑張る。

だからじろちゃんも頑張って。「なにを?」って言う疑問はわかる。私も書きながら正直思った(笑)でもほら、あるじゃない。



私以上にいい女ってなかなか居ないわけだし?見つけるために~とかくよくよしてばかりいないようにとか?


一番許さないのは、私を理由に幸せを逃すことだからね!

見てるからね!空の上で見てるから!そんなことしたら呪う!全歯虫歯にするから!


じゃあ、ありがとうね、じろちゃん。



また、ね……。

























「あ゛……あげは……」


ち゛ぐしょうっ……。


「ふう゛う゛ぅぅぅぁ……ぁぁ……ぁぁぁ……」


ぬ゛ぐっても゛、ぬぐっても゛な゛に゛も゛み゛え゛ね゛え゛っ。


ごん゛な゛に゛も゛、ごんなにも゛な゛がさ゛れる゛どば…………。


「う゛う゛ぁ……ぁ゛ぁ゛……」


がなじずぎる……。なぜじななぎゃならねえんでぇ……。


「ふっ。口ほどにもねえな」


も゛もだろうがそんなごとをいいやがるが、みとめるじがねえ゛。


俺っじは、い゛まも゛うれづにな゛いでいる……。


「あ゛げはぁ……あげはぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」



ごのごえよ……。




ぎみに……。




ぎみにぃ……。







とどげぇ……。





……。









「やっぱりさ、さっきのじろさん泣きすぎな。流石に引いたわ」


馴染みのラーメン屋で定食を待ちながらぼーっとテレビを観ていると、不意に百太郎が蒸し返してきやがった。


「うるせえんでぇっ。ったく」


水の入ったコップを掴みぐいっと口の中に一気に流し込む。


「俺っちだって恥ずかしいんでぇ、ちくしょぃっ!」


なんで、架空の女の最後の手紙に一生分の涙を捧げちまったんでぇ! ああーちくしょうっ!!


「……大丈夫なのか? じろさん」


「うるせえってんでぇ!!」


もう、言うなっつうんでぇ! ばかやろうぃ!!


「大丈夫に決まってんだろうぃ! おめぇが作った女に未練感じる程俺っちは馬鹿じゃねぇ!!」


舐めるなってんでぇ! 馬鹿野朗げぇ!


「いや、そうじゃなくてさ……」


言いながら百太郎は俺っちの手元を指し……。






「さっき飲んだのおろしにんにくだぞ」


そんなことを言いやがった。


「ば、ばかやろぃ……。やめろぃ、そんなわけねえ。やめろぃ、おめぇ、そんなわけ……」



手に持っていたコップを見ると、底や縁になんだか白色のつぶつぶしたもんが沢山付いていやがる……。


「……………………」


あぁ……よく見りゃ、これはコップじゃねえ……。いつもにんにくが入ってる丸いビンでぇ……。



「ま、まあさ。元から臭いから大丈夫だって」



百太郎が右肩をポンと叩いてきやがった……。



元から臭いって……。



元から臭いってぇっ……。



「なんなの!? 元から臭いってなんなのっ!? 慰めのつもり!?」


「ああ」


即答で頷いたっ!?


「おめえわかっててなんで黙ってたんでぇ! 俺っちはどうなってもいいっていうのけぇ!」


「まあな」


微動だにせず肯定っ!?


「てめえ、俺っちはティーチャ―――」


「まあ、コップとにんにくのビンが並んでたから、やるんじゃないかとは思ってたんだけどな。まぁ、まさか本当にやってくれるとは思わなかった。面白かったよ……」


そう言うと、百太郎は明らかにコップではない紫色の筒状の物を口に傾け始めやがった。


「へっ……馬鹿でぇ」


人にそういうことをするからてめぇにも返ってくるんでぇな。


「んん……っ!? こ、これは……」


今更気づいてもおせえぜ。ブラックペッパーなんて飲んだら大惨事に決まってらぁな。


「おやっさぁ~ん。これ中身替えた?」


な……なんだってぇっ……!?


「ちっ、気づいたか。……ったく、おめえにゃ敵わねえな」


「駄目だぜ~おやっさん。家庭なら兎も角、店だとこういうのも含めて一定のクオリティー保たなきゃ」


な、何故おやじも普通にしてるんでぇっ!? いつものことだというのけぇ!? こいつはいつもブッラクペッパーの味まで見てるというのけぇ!?


「ちょっと待てよ、おいぃっ! おめぇなに平然としてるんでぇ! 苦しめぇ! 悶え苦しむんでぇ!!」


ありえねえだろうげぇ! 子供が真似したらどうすんでぇ!


「苦しむってなにがだ? ペッパーの味見ることぐらい普通だろ」


「普通ぅ……!? なの……けぇ……?」


いや、そんな筈はねぇ…………だろぃ……?


「へい。忍肉ラーメンセット二丁、お待ち」


「ありがと。いやぁー美味そうだな。いつもながら」


平然とラーメンを受け取って……。


「うまっ……。たまんねえな」


何事も無かったかのように食っていやがる……。


「こ、こんな馬鹿な話があるって……いうのけぇ……」


俺っちの常識がおかしい……? 覆されたってやつけ―――。


「麺が伸びたら嫌なの! 早くお食べなさいなのっ!」


「え、ああ……お、おう」


くそっ……。おやじはラーメンのこととなると、きもい口調になり物凄く怒りやがるから、これ以上の思案はできそうにねえな……。


「すまねえ……。では、いただくぜぇ」


ものすげぇ睨んでいるおやじに箸を掲げて見せ頭を下げてから、まずはスープを飲む。


「ごくっ……。っつぁ! やっぱうめえなぁっ! おい!」


決して、睨んでるおやじの重圧からじゃねえ。本心で言ってらぁな。


「にんにく臭くなろうが関係ねぇっつうんでぇ!」


そん時に美味いもん食えればそれでいいんでぇな。


「う、嬉しくなんかっ! 嬉しくなんかないんだからねっ!」


そんなことを言い、赤い顔して奥に引っ込んだおやじを見送り、チャーハンに手をつける。


「んんっ……!?」


こ、これはぁっ……いつもの倍以上うめえじゃねえかっ!!


「っつぁ! たまんえなおい! まじうまだぜぇ!」


止まらねぇ止まらねぇ! 口をパンパンに張らしちまう魔力があるぜぇ!


「なあ、じろさん」


「おぁっ!?」


口いっぱいに絶品チャーハンを堪能していると、既に食い終わったらしい百太郎が水を両手に持って、カウンターに目を向けたまま話しかけてきやがった。


「ちゅっ……なんでえ。バーにでも居るみてぇに話しかけてきてんじゃねぇ」


俺っちはこのチャーハンをもっと堪能してぇっつぅのによう。


「誰にキスしてんだよ。飯食ってるときそんな音出すってやっぱおっさんなんだな」


「あぁ?ちゅちゅちゅっ……。そんな音さしてねだろぃ。馬鹿言ってんじゃねえぞ。ちゅちゅっ……」


おっさんおっさん言われてるが、俺っちはまだ30になってねえってんだ。一歩手前だっつうんでぇ。


「むちゃくちゃキスしてるやん。わかってねえのか? 自分で」


百太郎は目を見開いて驚きやがるが……。


「ちゅっ……」


そんなおっさんみてえな音だしてねえっつうんでぇ。


「無意識怖いな。まあ、そんなことはどうでもいいや。それよりさぁ~」


言いながら百太郎は欠伸をして「眠っ」と言い両目を擦りやがった。


「てめぇ……。俺っちの食の堪能邪魔したかっただけじゃねぇだろうなぁ……」


返答次第ではぶん殴るつもりでそう聞く。


「いや違う」


目を擦りながらだが即答してきやがり……。


「麗奈先生に会ったんだわ。今日ぉ~~……ぉ……ぉ……」


また欠伸をしやがった……。


「いつ会ったっていうんでぇ? お前は木登りしてたんじゃ―――」


「その木登りを麗奈先生としてたんだよ」


………………。


「……なんだってぇっ!?」


「だから、木登り授業、麗奈先生がやってんだよ」


「まじかおめぇ! それはまじなのけぇ!?」


左肩を掴みそう聞くと、百太郎は「ああ」っと答えやがる。


「木登り学科の担任らしいよ。英語と兼任でな」


言い終わると同時に三回目になる欠伸をしやがった。


「ふぁっ……ふふぅ……」


どんだけ眠いんでぇ、こいつは……―――い、いや、そんなことはどうでもいいんでぇ! それよりもっ!!


「どうだったんでぇ! どうだったっていうんでぇ! 麗奈はよぅ!」


おやじには悪いがラーメンセットはそっちのけでぇ! 俺っち麗奈の話なんだからよぅ!!


百太郎のことでぇ、きっと良い情報とか仲を取り持つような―――。


「可愛かったよ」


「お? おお……で?」


「綺麗だったよ」


「お、おぉ……んで?」


どうだったっ……ていうんでぇ……?


「勝負好きなんだな」


「…………」


「楽しかった……」


「え……終わり?」


満足そうに微笑んでる感じ、まじで……まじでこれで、終わり……?


「ちょ、ちょっと待ててめえ! 子供の日記けぇ! それよりあるだろぃ! 俺っちのこととかよぅ!!」


てめえの感想はどうでもいいんでぇ! なんか羨ましいじゃねえかぁ! このやろうぃっ!!


「じろさんの話はなかったな。1ミリたりとも」


「え、やだ……そんな……」


嘘だろぃ……? うそ、だろうぃ…………?


「そ、そんなわけっ! そんなわけねえよなぁ!? なぁっ!?」


そんなわけあるわきゃ―――。


「いや、ないね」


「うそぉ、だろっ、なんでぇっ……?」


いや、まじでなんでなの!?


「おめぇから聞いたりなんて事もっ……」


あったと言ってくれぇ!


「ないね。因みに先生からも無かったな」



…………………。



……よし、死ぬか。それしかねえ。



「百太郎。未遂で終わってから短い付き合いだったが、今度こそ本当のお別れが近づいてきたようだぜぇ……」


前は黒田に助けられたが、今回は大丈夫だ。帰りに薬局に寄って―――。


「そう暗くなるなって。確かにじろさんの話は全くもってこれっぽっちもなかったが、俺にも策はある」



“遊園地に行けるさ”


百太郎はそうはっきりと言い切りやがったので、俺っちの心に期待という花が咲き誇っていく。


「ほんとけぇ!?ほんとけぇ!?行けるかな!?行けるよな!?」


手なんか握り聞いちまうという自分でもきもいと思うことをしてしまったが、この胸の高鳴りは抑えれそうにねえ。



「ああ、任せろ。気持ち悪いから放せ」


さり気無く酷いことを言われた気がするが気にしねえぜ。馬鹿は馬鹿だが、悪戯のセンスは光るもんがあると思ってたんでぇ。こいつぁ期待出来るかも知れねえ―――いや、期待してやるぜぇ!


「任せたぜ百太郎! お願いするぜぇ!」


前払いというわけではねぇが、ここは奢る事にして店を出ると、二人して学園へと戻っていった。


会計を済ます時―――。


「残すなんてっ!残すなんて残すなんて残すなんてっ!!」


おやじに茹でる前の生麺をこれでもかと投げられたが、今は気にしねえ。SMの店なんか行ってる場合じゃねぇんだ。むしろそういう店は卒業でぇ。麗奈先生と仲良くなれるならおやじとの友情なんざ捨ててもいいぜぇ。具体的な内容はまだ教えてくれねえみたいだが、百太郎の策とやらは期待ができそうだしなぁ。


「ウキウキだぜちくしょう」


待ってろよぅ、麗奈。


おめえと絶対仲良くなってやるぜぇ!


「へっ……へっへっへ」


へっへっへっへっへ。





へーーーっへっへっへ。








へへへっ……。









へへへへへへへへ……。





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