木登りダイナマイトアッポーセムテックスセンキュー、センキューベリィマッチョセンキュー

「痛っ…………」


またか……。指先を見ると茶色の木の皮が針よりも細く削げたものが刺さっていた。


「せんせ~い。まだ登るんですか~?もう疲れたぁ~……」


うんざりだとばかりに遥か上に居る先生に声を掛ける。


「ちょっとぉ~、はやくなぁ~い? 頂上はまだだよぉ~。あと、パンツ見たでしょぉ~」


先生が小さな木の枝を落としてくる。


「ちょっ、危っ―――んっ!??」


間一髪で避けたのがよかった。


「…………」


距離があったから小さな枝に見えただけで、近づいてきてみりゃ結構な大きさの木片じゃないか……。


「なにやってるんだ、あんたっ! 木を愛してるんだろ!! なにを折ってまで落としてお前っ……! 見えるさ! セクシーなやつだってこの距離でも認識しとりますがな!!」


あんなもん当たったら身体ごと持っていかれるレベルだ。エロいの穿きやがって……ったく。


「こ~らぁ。人聞きの悪いこと言わないの。アレは折れて引っかかってたから落としたの。百太郎君が登りやすいようにしてあげたんだからね」


先生はそう言うと、一際大きいしっかりとした枝に腰を下ろし、両足をゆっくりパタパタしながら上を眺め始めた。


「登りやすいようにって、それに俺が当たってたら意味無いでしょ……。昔のゲームのゴリラみたいに樽でも投げてきたのかと思いましたよ」


「大丈夫だよ。君の身体能力の高さは私が保証します」


言って「にししっ」といった感じで笑う先生の笑顔にこちらも自然と笑顔を返してしまう。


「でも歳相応にスケベだよね~……。私知ってるんだよ?」


「えっ……知ってる……?」


な、なんのことだろうか……。


「な、なにを言ってるかわからないわけだけどね、せ、先生よ。そりゃ男女で、しかもスカート穿いた女性と木に登れば、み、見えるもんだと、わ、私は思うっ」


つうか普通着替える筈だろ。そのままのスーツ姿でスルスル登っちゃうからこっちが焦ったつうの。


「ち、が、う。そのことじゃなくて。君……」


先生は真剣な表情を作り、そして、言った。




「手抜いてるでしょ」




と。




「…………」


返そうと思えば返せたのだが、何故か俺は黙ることを選んでいた。


「天辺に巻きつけてあるネクタイ。あれ、君のでしょ」


…………。


「はぁ……」


バレてたのか……。それなら、しゃーないな。


「良くご存知で……」


この木―――裏山の頂上に根を張る一際目立つ大きなこの木に俺は何度も登った事があるし、名前も付けていた……モッキーと。頂上にあって更に大きいからモコッと出てる=モッコリ+木=モッキー。


「そうです。アレは私のネクタイです。だっふんだ」


まあ、二年に上がってからモッキーに登るのは今日が初めてだがな……。

一年……あの頃も変わらずゴリラとロピアンを連れまわして馬鹿やって、時折学園を抜け出してはこのモッキーに登って一人物思いに耽ってた。


「やっぱりっ……君だったんだ」


「え? やっぱりって、確信あったんじゃないんですか?」


木登りを再開しつつ俺がそう問うと、先生は「あったよ」とあっけらかんと言い放ち。


「でも、君の姿を見たことはなかったんだよ……。見たのは……」


下を見下ろす先生と視線が合わさる。


「名前だけだった……」


そう口にすると再び先生は上を向く。


「やっと天辺にたどり着いたと思ったら、百太郎って名前が書かれたうちの生徒のネクタイが巻きつけてあるんだもん。いわくつきの木に登ったんだって最初はビクビクしたよ」


「あ、あぁ……」


それは……確かにそんなことも考えるかも知れない。でも、薄汚れた朱色のネクタイに黒のマジックで「百太郎参上」とでっかく殴り書きしたような気がするし、そんなやつが自殺すると思うだろうか?


「まあ、あれですよ。他に登る人が居るとは思わなかったのと、一年だったのでね。なんか調子に乗ったみたい……でっ……!」


言いながら、先生が腰を下ろしている枝に両手をかけて、ヒョイッと上体を上げ


「すいませんでした」


笑顔で謝った。


「本気で御祓いとか考えたんだから。もう座らしてあげないっ」


と言いながら、先生は詰めて場所を空けてくれたので、隣へと腰を下ろす。お茶目な先生だ。


「っはぁ~……」


丁度、地上と天辺の中間辺りのこの太い枝も懐かしいや。

当然これにも名前を付けてたしな。モコリ木と。休む+止まり木+モッキー=もこり木だ。


「ふぅ〜……」


よく、このもこり木に座ってぼーっとしたり考え事したり、幹を背もたれに居眠りこいたり、エロ本読んで本当にモッコりしたもんだ。


「あぁ…………」


やっぱりいいもんだな。人より高いところに居るのって。下界のなんと小さき事よ。


「…………」


しかも……。


「…………」


綺麗な大人の女性って感じな先生と二人でなんて、いつか思い描いてた妄想そのままだ。


「いいもんですね~木の上って。なんか空気もいいですし。……なんだろう? ほのかにいい香りもしますね」


深呼吸をして胸いっぱいにいい香りを堪能する。


「はぁ~~~……。いや~~~っ。本当いい匂いだな!」


なんて、言ってから俺は気づいてしまった。


「あっ……」


無意識にいい香りのする方―――即ち、先生へ近づき深呼吸をしていたことを……。


「…………」


そう、この香りは先生の付けている香水の匂いだった。


「…………」


当然ながら先生も気がついたんだろう。身を引くと「なんか気持ち悪いね」と仰った。


「い、いや、違いますよっ。いや、違うこともないけど、いい香りだったのは本当だしっ、なんというか、あの、そのっ」


必死に取り繕おうとしてるわけだが、自分でもわかる。どんどん気持ち悪くなってるだけだというのは。


「いやっ、そのっ、あのっ、あ、あうわはぁっ」


で、でもっ、本当に違うんだっ。なんつうかそのっ―――ああー!もうっ!どう表現し、お伝えしたらいいのだっ! このもやっもやした気持ちはっ!


「本っ当に違うんです! 違うくないけど違うんです! お分かりいただけないでしょうか! 私めのこの気持ち!」


どうしたらいいんだこういう時はっ!


「いやぁ、そんなに取り乱さなくても、じょうだ―――」


これが取り乱さないとでもいうのか!? 貴女のパンツも何度も見てるんだあっしは!


「先生っ! ほんと違うっ! 違うんだ先生!」


変態と言われればそうかもしれない!だが、違う!違うからもやもやすんのよ!


「このもやもやは俺という人間を狂わせる!なんなのだこの気持ち!本当に違うんだ!」


ほとばしる情熱のようにふつふつ燃え上がるもやもやっ!


「いや、百太郎君?だから冗談―――」


先生はそういうかもしれないが、俺はじろさんとは違う! 変態と一括りすれば同じかもしれないが蓋を開けてみればジャンルの違う変態な筈なんだ! というか変態じゃなくて変人なんだ!!


「先生ぇっ! もう、いっそ、わかってもらうために殴ってもいいですかねぇっ!?」


言葉で駄目なら拳で伝えれることもある!


「なに言ってるのっ!? 駄目に決まってるでしょ! それに、さっきから言ってるじゃない!  冗談だって!」


「……え?」


さっきから言ってた……? 冗談って……?


「ま、またまたぁ、そんな冗談を……」


冗談だったなんてそんな―――。


「……言ってましたね。すいませんでした。なんかどうかしてました……」


どうやら俺はダイナミックに人の話を聞かないときがあるようだ……。


「ほんと、申し訳ない……」


先生に頭を下げながら項垂れ、自分という人間の新事実とそれから生まれた恥ずかしさに向き合うしかない。


「熱演の一人芝居を見ているようだったよ……」


「凄いね」と苦笑いで付け足す先生はやはり若干引いていた。


「まぁ……一年の頃、演劇を選択していたときもありますからね……」


アドリブの貴公子なんて呼ばれたこともあったような気がするよ、くそっ……。


「そうか~。演劇も選択してたんだねぇ~……」


何故なのかはわからないが、先生のその言葉に感慨深さのようなものを感じ、下げていた顔を上げ先生の横顔を見る。


「実は先生ね……。君の事…………」


「ぬぅっ……!?」


え、なにっ……なにこの展開!? ま、まさか、す、好きとか―――。


「よく知ってたんだよ」


「…………」


……だろうね。そんなことねえと思ったぜ、ちくしょう。

先生が俺のこと好きなんてことあるわけがねえんだ。そもそも先生と生徒という仲であるわけがねえし、あったとしても先生から告白だなんて―――。


「ちょっと待ってくれ。なんだって? 俺のこと知ってた?」


普通にため口で聞いたのを言ってから気づいたわけだが、先生は怒るわけでもなく「うん」と頷き


「だから……勝敗は決まってたんだよ」


“ごめんなさい”


先生はそう深々と頭を下げた。


「…………」


そうだったのか……。初めから俺の負けは決まって……。

いや、まあ、おかしいと思ったんだ。あんだけ全然違う名前言ってたのに、最後の最後に自身に満ち溢れたはっきりとした口調で……。




“君の名前は百太郎”



ってな……。



「はぁ……そうか……」



勝負好きのギャンブラーは演技も上手かったわけか……。これは完敗だ……。


「いやいやぁ……」


まあ……でも、元々勝負好きでもないし悔しいとか腹が立つとかもない。だから……。


「先生は木登り人(きのぼりにん)として失格ですね」


未だ深く頭を下げている先生の頭頂部を指先で軽く押す。


「木の上でそんなに下向くと危ない」


まあ、押すという行為も危ないから失格ではあるかもだけど、今はいいだろうそんなこと。

たまには格好をつけさせてくれと思う。


「怒らない……の?」


顔を上げた先生は戸惑っている様子だったが、そんなの当たり前だ。


「先生なんだから生徒のこと知ってるのは当然でしょ」


この学園じゃ学科も生徒の数も物凄く多くて、同じ生徒同士―――特に俺みたいな奴―――は、全員の顔や名前を覚えるのは難しいわけであって、先生方もそれは同じことだと思う。自分の受け持つ学科を選択してやってきた生徒だけを覚えようにも毎回ころころ変わったりで大変なことだろうことは想像できる。だが……。


「特に、俺みたいな大小さまざまな問題を起こしていた奴は、嫌でも覚えてしまうんじゃないですかね……」


自分で言うのもなんだけど、俺―――百太郎という生徒は学園内じゃ一番知られている可能性はある。

勿論、悪い意味で……。


「…………」


やめとけばいいのに、あの頃の事を少し思い出し、恥ずかしさ吹き荒れる荒野に立たされた気分で俯いてしまう。すると……。


「いや、違う。違うのっ」


先生は、なぜだか必死に俺の言葉を否定する。


「確かに君は問題を結構起こしていたいたし……教員の間ではD認定されていた」


「D……認定……?」


「そう。……D認定」


「A、B、Cの次?」


「ううん。DangerのD」


デンジャーのDっ……。危険認定まっしぐら……!?


「あ、あぁっ……。そ……そうか。俺、デンジャーなんだ……」


「うん。しかも、スーパーとかウルトラとか超が付くやつね」


お、おぉ……。なんか、凄いや俺……。

ま、まあ、でも過去だ。今は大人しい方だ間違いなく。




廊下で大玉転がしとかしなくなったし……。



「有名人と言っても過言じゃないよ。少なくとも、学園内では、ね……」


「でも……」と少し言い辛そうにして、先生は更に言葉を繋ぎ話を続ける。


「私が言う、知っていたというのはそのことじゃないの。なんというか、その……もっと深くというか……」


「もっと、深く……?」


「うん……そう。……君の……個人的な事、というか……ね……」


「俺の、個人的な事……? うーん……」



いや、何をモジモジする必要があるんだ……?

深かろうが浅かろうが、生徒のこと知っているのは先生としては当たり前だ。先生も人間だし、生徒一人一人の情報量に個々の差ってもんはあるかもしれんが、そんなモジモジして生徒に言うようなことではないはず―――。


「はっ……。ま、まさか……」


先生の黒ってっ…………!



“ピンク、紫、白、黒”


“紫、白、黒”



“白、黒”



“黒”



「あ、ぁぁぁ……」



幾重にもサダシの声がこだます―――。



「越えたい存在だったんだよ……君は……」



は…………?


「え、ああ……。えっ? 越えたい存在?」


やっぱり違うか……。いや、まあ、わかってはいたけどさ……。流石にサダシの言う4人の一人ではないって……。でも、こうも早く打ち砕かなくてもさ……。超えたい存在とかってのも意味わかんねえし……。


「この木の天辺まで登り切る事。それが私の―――木登り部顧問でもあり、木登り学科の担任でもある、私の夢だった……」


「結局、木に戻るんですね……」


なんだか、他にも色々突っ込みたいところはある。が、それ以上に何を語ろうとしているのか気にはなるので、黙って続きを待つ。


「幾度となくこの木にチャレンジしてたんだけど……最初は半分も登れなかったんだよ」


手が滑り落下してお尻を強打したことや、手がそげだらけになり一本一本ピンセットで抜きながら涙を流したこと、そして、スカートが破けた事を知らずにそのまま帰路に着き、家についてから顔を真っ赤にした事等など、数々の失敗談を穏やかな表情とのんびりとした口調で先生が語るので、相槌と共に、時に驚き、時に笑い、時に顔をしかめながらも聞いていく。



「……でね、まあ、先生もたっくさん失敗したわけだけど、“ようやく”天辺にたどり着けたんだよ」



この後、何が言いたいのかは強く強調した“ようやく”という言葉で想像できる。



「そしたら薄汚れた君のネクタイがね……。百太郎参上と大きく殴り書きされた君の“ネクタイ”が……ね……」



先生は急に悪に支配されたかのように闇を纏い恨めしそうに俺を見る。



「いや、なんか、あの……」



他にこの木に登る人が居るなんて想像もしていなかったし、ましてや天辺とか非常に留まり難いとこ来るやつなんて……。



「ほんと……」


現に目の前に居たわけで、なんか知らぬ間に誤解を招いたようなので、もう謝るしかなかった。


「すいませんでした……」


深々と頭を下げると、少ししてから先生の「ぷっ」と吹き出した笑い声が聴こえ……。


「冗談だよ。じょう~だん」


本気ではなかったようで、またいつもののんびりとした声で先生はそう言った。


「いやぁ~、まあ、わかってはいましたが、一応謝ろうと―――」


なんて、俺も軽い調子で言いながら顔を上げたると――ー。


「うん……冗談だよ……」


「えっ……」


「本当に……冗談……」


「いやっ、ちょっ、重っ!!」


やっぱり根に持ってやがるのか先生は暗く沈んだ表情で、宙に彷徨わせている両足を見つめ、呟いていた。


「もう、せんせ~、ネクタイが巻きつけてあったくらいでなんですかってんだい。はっはっは」


「ははははは。巻きつけてあったくらいとか言うな。ははははは」


二人して顔を見合わせ笑う。


「はっはっは。自殺なんかするわけねえ、俺はここに居るぞって。はっはっは」


「ははははは。遺書もどきなこと木に彫っといて言うな。ははははは」


もこり木の上で二人して楽しそうに笑う。


「はっはっは。ここで会えたがなんとやらで、暗いのよせって。はっはっは」


「ははははは。この木は私にとっては特別だったんだから、許さないよ。ははははは」


先生と生徒ということはいったん忘れ、歳の少し離れた仲の良い異性の友人同士の様に語らい笑う。

二人の仲では細かいことなんか一切ないんだ。


「ごめんごめん。冗談だよぉ。今度はほんとにっ」


言いながら先生は、これも冗談――というか、からかいの一種なのか、本当に信じて欲しいのか、そのどちらでもないのかわからないが、俺の右腕に両手を添えてくる。


「でもぉ……。あの時の先生としては気になるでしょ~? 百太郎という生徒がどんな子なのか、そして存命であるのか……とか」


確かにそれはそうだよな……。

ただ、なんなんだこの小悪魔なキャバ嬢が馬鹿な男を自分の思い通りにする為にしそうな“これ”(添えられた両手)。話からして、何か許しでも請おうとしているのか? この人。



「だからぁ……。調べたんだよねぇ。君の事」


いや、先生が生徒のことを調べるのは普通のことな筈だ……。

他学科から移ってくる生徒も沢山居るし、前の先生や、生徒の評価なんかを調べて……。


「ごくっ…………」


いや、上目遣い、やばっ……。ちょ、破壊力っ……。



「生唾飲み込んだね。今」


「ごくっ……えっ……? ご、ごくっ……えっ? ……なにが?」


の、飲み込んでねえしっ……。というか、飲み込めてね、ねえしっ……。


「いやぁ、よかったぁ。先生もまだまだピチピチだぁ~」


なに、その緩いガッツポーズ。


「え、ちょっ、先生? さっきのは……」


またなの? また私は遊ばれたというの?


「ごめんねぇ。普通なこと過ぎて楽しくないから……ちょっとふざけちゃいました」


「てへっ」とか言いやがった……。



なんだこれ、おい。






もし、ここに居たら、お前なら何て言う?










ゴリラよ……。








…………。







……。














「うっ……うぇぺっ!!」


あぁ~……なんか急にきた。


「どうしたのゴリラ君? なんかメキシコの覆面レスラーみたいな声だしたけど、大丈夫?」


「なに、メキシコの覆面レスラーって? ゆいはプロレス好きなん? さっきから結構プロレス絡めてくるけどさ、しかもメキシコの」


てか、こいつまで、普通にゴリラって呼んでくるやん……。

間違いなく百太郎のせいで広まってるやろこれ。

なんなら、今さっきのくしゃみも百太郎のせいちゃうん。


「そんなことより、ほんと大丈夫? ゴリラ君?」


「あぁ、大丈夫や。先行こ。遺跡あんねやろ? この先」



帰ったら、とりあえず叩くことにして、今はゆいとこの山を楽しもう。



冒険部という名目のデートやからな。俺にとっては。




…………。





…………。





……。









「はっ……はぁっ……アハァーッ!?」


おぉ……何故このタイミングでくしゃみが?


「え? なに? 急に陽気な黒人みたいにどうしたの?」


いやいや、先生よ。息を吐きつつも吸い始めたとこでわかるだろ、くしゃみって。


「いえ、なんでもありませんよ。それより、続きを話してください」


ゴリラのやつか。ゴリラのやつじゃないのか。人のことを噂しやがったのは。



「うん。じゃあ、さっきも言ったように……君のファイルを見たんだけど……」


俺のこと調べるのに、そんな回りくどい事せず、じろさんに聞けば一発でわかると思うんだけどな。


「いろんな授業を何の法則もなく、気分次第でいっぱい受けてるみたいに……その、無数に科目が羅列されてたから……逆に混乱してしまったのね」


「ああ……確かにそんな時期も……ありましたな」


一年の頃は確かにそうだったな……今思うと、何故あんな馬鹿みたいに受けていたのかわからないけど……。


「まあ、“木登り”と“英語”はなかったんだけどね」


「え……? あ、ああ……でしょうね」


なんか視線が痛い気がするな……気のせいかな。


「でね、どんな子なのか、一目見ようとあらゆる学科に張り込みしてみたりしたんだけど……出会えなかったの」


張り込みって、どこまで木登り少年が気になるんだよ、この人。


「この“木”の傍や、“一般棟”の“教室”でも待ってみたりもしたんだけどね」


つうか、気のせいじゃないな。やっぱり、時折刺すような視線が飛んでくる。まあ、無視でいいか。


「それでね、どうしても出会えないから、どんな子なのかと聞き込み調査を他の先生たちに開始することにしたの」


人が多いとはいえ、同じ敷地内に居んのに、聞き込み調査しないといけないくらい先生との縁がなかったというのも凄い事だな。


「じゃあ、悪戯ばかりする問題児だって、皆口を揃えて言うの……」


「だけどね」と先生は言葉を繋ぎ、真っ直ぐに目を合わすと言った。


「『評価自体はAだ』と、殆どの先生が言っていたの」


「“えー”って……なに、次はAngryのAとか?」


もしくは、“AHO”のAとかか? 間違っても上位ランクの方じゃないだろうし……。


「ううん。AはA、B、C評価のA。一回きりで来ないから、勿体無いって言ってる先生ばかりだったんだよ」


なんだってっぃ……そんな……俺ちょっと凄い奴だったっ……?”

つまんね!”とか”めんどくさ!”とか思って一回しか行かなかった学科はそれこそ腐るほどあるのに……。


「演劇でも……評価はそれなりに高かったんじゃないかな。まあ、これは私の想像だけど……。全部の学科に聞きにいけたわけじゃないからね」


「そう、なんですかねぇ……」


確かに、即興でアドリブ芝居とか言われて適当にやったのが、たまたまウケてアドリブの貴公子の名をいただいた気がする。


「因みに、”英語”は2年に上がっても教室に居ないことがしょっちゅうだったり、私とは別の先生が授業したりで出会うことはなかったけど、”木登り”はSSランクだね」


「いや、英語と木登りはいいです……」


本当、無視しても気にせずちょいちょい入れてくるなこの人……。


「まあ、そんなわけでね。めげずに調べ続けて、会ったことはないけど、どんどん君の事に詳しくなっていったんだ」


「そうか、それで……」


悪戯だけではない部分まで知っているから、深く俺のことを知ってるなんて言ったのか――。


「お祖父さんの事も……知ってるんだよ」


「えっ…………?」


「い、いや、でも、安心してっ。他の人には一切喋ってない。絶対に言わない」


「…………」


あぁ……マジか……。この焦り方は……マジなんだろうな……。


「そう……なんですね……」


まさか、じいさんのことまでとは……。恐るべきリサーチ能力……といったところか。


「怒った……? かな……?」


目に見えて恐る恐るといった感じで先生が聞いてきたので「いや」と首を振る。


「喋ったところで信じないと思うから言わなかっただけですし、先生がそれを信じて、秘密にしていてくれるというなら、それで全然構いません」


爺は爺なんだけどアレじゃあかえってややこしいから、ゴリラ達にすら言っていないだけで、秘密にしているってのとはまた感覚が違うかったりする。


「ありがとう。そして……ごめんね……。そこまで調べる気はなかったんだよ、ほんと……」


「…………」


「ごめんなさい……」


「…………」


先生は本当にそこまで調べる気はなかったんだと、今の申し訳なさそうな様子からして見て取れる。そこを疑う気なんて一つもないし文句を言う気もない。だから……。


「木登り人アターック!」


「えっ……?」


少し前と同じように、今度は眉間を軽く指で押してやった。


「眉を下げ下は見るな。眉を上げ上だけを見ろ。それが木登り人」


我ながらなんと恥ずかしいんだろうか。自分で作ったのにこの空気無理だ……。


「……と、隣のじいさんの弟の孫のお母さんの息子の兄の子供が言ってました」


「隣のおじいさんの弟の孫のお母さんの息子……の兄の子供……? 最終誰……?」


先生は顎に手をやり思案し始めるが、正直、適当に言ったことなのでそんなに考えないで欲しい……。


「ま、まあ、簡単に言えば、気にしてないし、気にすんなって事ですよ」


取り繕い方下手っくそと自分でものすっごい思う……。


だが……。



「ふふっ。全然言ってないよ、そんなこと」


先生が微笑んでくれたからよかったということにしとこう。


「本当……不思議な子だね、君は。話していてたのしい――――」



“お~ひるわぁっはぁ~~~ぁんぁん”




“まぁんまぁのぉ~~てずくりぃ~~~”






“冷凍ピッザァ!!”





“アハハハ……アハハハハハハハ……・”




“フハハハハハハハハハハハッ……授業終わり……ハハハハハッ”



「…………」


「…………」



いい雰囲気が……。



「あの禿げ……」



なんか嬉しい事を言ってくれてたっぽい先生の言葉を遮りやがって……。




教頭……。




俺はお前を……。




ぶっ殺す……。



「さて、じゃあ今日の授業はここまでにします」


学園の方を睨み完全な悪に変貌を遂げる寸前で、先生が伸びをしながらそんなことを言ったので驚いて顔を向けた。


「授業? え? これ授業だったんですか?」


罰ゲームで先生の木登りに付き合わされたんじゃなかったのか……。


「うん、授業。先生、今日の午前中は木登り学科の先生なんだよ」


えっへんとばかりに胸を張る先生はなんか可愛いと思った。が、今はそんなことは置いといて。


「木登り学科の先生はわかりました。ですが、その……」


選択した覚えはねえし、ずっと二人で喋ってただけじゃないか……?


「いやだな~。な~んか、先生が傷つくこと言おうとしてる目だよぉ~」


単純に気づいたことを言おうとしてるわけだが……それに気づく先生もやっぱり、自分でわかってる……?


「先生……あの、もし、俺が木にボールをぶつけなかったら……そして、もし、遅刻しなかったら……あ、あなたはぁ……ぁぁ……」


駄目だ……この先が可哀想で言えない……。


「ちょっとぉ! 勝手に泣くなぁ! 袖口で拭うなぁー!」


先生は顔を真っ赤にしてポカポカと叩いてくるが、涙が止まらない。


「だって……だってっ……!」


この人、待ってても誰も来ないから、誰に教えるでもなく一人で木に登ってたんだぞ……。


一番輝く、もしくは輝きだす、いい歳した大人の女性が木に一人で登ってさ……。


「ここはねぇ~」とかエアー生徒に話しかけていたとか、バックストーリー考えるともう涙腺崩壊だ……。


「やめろよぉー! 先生も泣いちゃうぞぉーー!!」


「い゛い゛っ! あ゛んたは泣いていいっ!!」


「ええっ! ちょっ―――」


「先生!! 俺ぁあんたのっ―――木登り学科の四条先生の一番最初で一番の生徒だぁっ!!」


なんかもう、わけわかねえほど熱いものが込み上げ大声で叫ぶ。

柔らかい感触とすぐ近くでいい香りがするから先生を抱きしめているのかもしれない。

―――が、んなもんどうでもいい。


「覚悟してくれ! これからは嫌と言うほど選択してやる!」


神という奴に誓ってもいい、ばっきゃろう!


「あ、ありがとう……。うぇっ……うぇええええええん」


「いいんだっ……。好きなだけ泣けばいいっ……」



今までとさよならするために。



涸れた頃には絶対幸せがやってくるから。



来なかったら、俺がしばいてでも連れてきてやっから……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る