密会
「うぉおおおおおおっ! ! 」
腹から声を出し、気合と共に廊下をひた走る。
「チョッ、マテヨ。ハイジョスルカラマテヨ」
同じように走る、というか転がって追いかけてくる“モノ”がそう呼びかけてくるが止まるわけがない。
「付いてくんなぁああああああ! ! 」
排除するとか言われてるのに止まる馬鹿がいるわけないだろっ。
「くそがあああああああああ! ! 」
角を曲がり階段を駆け下りる。
「え? またなにやらかしたの先輩」
「そうじゃない? さっきから騒がしくしてるの先輩でしょ? 」
途中、1年らしき女子二人が、必死な形相で階段を下りる俺を見てそんな話をしているのが耳に入ってきたが、なにかやらかしたのか聞きたいのはこっちだ。
「何かしたのか俺っ! ! 」
そうしたからといって意味があるわけじゃないが、思いのすべてを込め叫ぶ。
「何故こうなるんだっ! ! 」
俺だって、騒がしくしたくてしているわけではない。どちらかというと、穏やかで何事もない学園ライフを送りたいんだ! そりゃ……一年のころは浮かれちゃって、その時、居なかった筈の今の1年連中に広がるくらい色々したのは確かだ……。でも、もう2年。思いつく限りの悪戯やふざけた遊びはやりつくして、真新しさを感じることがなくなって落ち着いてきたんだ。卒業までの残り時間は真面目にするかは置いとくとしても……目立つことなく大人しぃ~~く、過ごすつもりだったのに……。
「くっそっ……何を間違った! ! 」
変な部活に入部させられるわ、おっさんとケーキ作らされたり担任が自殺するのを止めることになったり!人の為に動いたらすぐこれだ! ほんといやっ! 俺は人の為なんかに動いちゃいけない星の元に生まれたんだ、絶対!
「ああっ、もうっ……! ! 」
確かに、すべての始まりはアリスに消しゴムのカスをぶつけてしまったことで……自業自得だ……。
で、でも、ケーキ作ったて謝ったし、あれ以降は大人しくしていたはずだ。
なのに今この状況はなんだっ。理解できんっ。
「ブッコロストイッテルダロ。チョットマテヨ、ニゲルナ」
物騒なこと言ってるバスケットボールに追いかけられてるんだぞ! ?
サッカーボールから大げさなスチーム放出して変身したのがバスケットボールだ!?
バカじゃねえのっ!?
「うるっせ! 逃げるわ、あほっ! ! 」
なんか危険を感じるから立ち止まりはしないが……変身の意味あんのかっ……。
ちょっと大きくなって、より機械的な声にもなり、ボールの種類が変わっただけでどうなんだくそがっ……。
「…………」
走りながらずっと考えてたがわけがわかんねえ。
だから、追いかけてくる“アレ”については考えることはやめた。とりあえず逃げる……それしかない。
「きゃっ」
「な、なにっ」
並んで歩いていた女子生徒の間をすり抜け、目前に迫る木製の2枚扉にぶつかるようにして止まり、両のノブを素早く掴み、後ろに倒れんばかりの勢いで引き開ける。
「うぁぷぷっ……」
ドアが開く勢いと共に、顔の辺りまで桜の花びらが舞い込んで来て視界が遮られる。
「なむさーんっ! ! 」
……が、のんびりしてられないので気にせず外へと飛び出した。
「えっ、ちょっと―――」
扉を出てすぐにある、二段ほどの小さな階段の上を飛んでいる時、そんな声が出迎えてきた。
「あ? なんだ―――」
言いかけた瞬間、見覚えのある金髪ツインテールの生意気なガキンチョ風な女が目前に迫っていた。
「うわ、おまっ―――」
あぁ……駄目なやつだこれ……。
そう思ったとほぼ同時にツインテールと真っ向からぶつかることとなった。
『きゃぁああっ』
そろそろ……か。
「…………」
小娘の悲鳴を合図と取っていいと言っていたしな。
「ふむ……」
下を確認する必要はないだろう。
赤く染まりつつある空へ視線を向けたまま、白衣のポケットから赤と緑のボタンのみのシンプルなリモコンを取り出し、赤のボタンを押す。
「どらさん先輩も参加するということでいいんですね」
扉が開く音はしなかったが、私がどう行動するかを見届けた後、彼女が現れるだろうことはなんとなくわかっていたので、後ろを振り向くことなく返事をする。
「そういうことになるだろうね」
リモコンを白衣のポケットにしまうと共に姿勢を正し、突っ込んだままの手で白衣を突っ張る。
「…………」
こうすると、身が引き締まった気分になれるからだ。
「驚かないんですねぇ~。流石はどらさん先輩です」
ニコニコしていて愛想は良いが、故に何を考えているかわからない子だ。
「驚いているさぁ~」
まあ、私も人のことは言えないかもしれないが、この子は私以上だと思う。
「ただぁ……私が、一人になった時に現れるだろうことは予想できていたからね」
当然だ。他の連中がいる前では、まだ話せない内容の話。
特に百太郎君の前では絶対に話せない話なのだろうから。
「流石、先輩。そんなところまで予測していたとは思いませんでした。まだ……私たち二人の秘密……ですからね」
二人の秘密……か。まあ、ボインの姉ちゃんと金髪小娘の二人が知る事になるのは最後に間違いないか……。冷静な会話ができるとは思えないからねぇ。特に、ボインの姉ちゃんは。
「あの二人を参加させるのは最後でいいんです……」
「容易いので」と付けたし、彼女はクスっと笑う。
「そうか。君にとって厄介な相手は私だったんだねぇ」
振り返り、彼女―――恋の目を見る。
「そうですねぇ~。流石の私でも、先輩だけは読めません」
また、お決まりのニコニコか。
嘘ではなさそうだが、8割くらいは肯定するとわかっていたような余裕を感じる。
「大したもんだね、君は。未来からでも来たかのようだ」
心からそう思い口にした。
「幼馴染とはいえど、あそこまでわかるもんなのかい? 」
百太郎君の逃走の仕方やルート。そして逃走した先の終焉―――今、下で金髪小娘を押し倒すように中庭で倒れているアレ――を見て、私が乱ballを停止させるまで……。その全てを、この、一年後輩の小娘は予想していた。恐れ入ったとしか言いようがない。
「分かりますよぉ。百ちゃん、単純だし」
「単純……」
私にはそうは思えない……。
だが、そう軽く言えてしまう事こそが、恋――いや、幼馴染という立場の者との違いなのだろうか。
「ふむ……」
普通ではない状況に置かれた人間が次に起こす行動をここまで推測できるか、という疑問はあるが……恋がそう言うならそうと納得するしかない、か。
私には幼馴染みと呼べる者など……いや、友人と言える者さえ殆んど居らず、人との繋がり等は私の知識外だ。人間の心理や行動等は本などで学んだことはあれど、そもそも関わりが薄く、関わり方も分かっていない私には理解できるほどの経験値等なく、言ってしまえば、私の一番苦手な分野は人間であり、共存。知りえもしないことを、否定する事はできない。
「…………」
「どうしたんですか? 考え込んじゃって」
「いやぁ。幼馴染とは凄いなぁ~とね」
「凄いですよ~。なんでもわかっちゃいますからね」
「なんでも……」と、二度も付け足す恋はニコニコしてはいるが、その声には少し悲しみが混ざっているように聞こえた。
「どらさん先輩にアロマ姉さん……そして、キンパチ先輩。貴女達三人に興味が芽生え始めていることも……わかってます」
ふむ……。まあ、逆もまた然りだろうが―――。
「なにかい? 君はそれをぶち壊したいわけかい? 」
問うと、恋はスッと真顔になり言う。
「ぶち壊す……。いいですね、それ」
「……恋、それは本当かいーーー」
急な変化に真意を問おうとした瞬間、恋はクスっと笑い声を上げた。
「流石の先輩も信じちゃいました? ふふっ……そんなことはしませんよぉ~。そこまで危ない子ではありません」
恋はそう断言し「残念ですか? 」といつものニコニコ顔で聞いてきたので「まあね」とだけ返し、まだ続きがありそうなので言葉を待つ。
「幼馴染と言っても、そこまでの権限なんかありませんしね。私は見守ります」
恋はにこやかにそう言ってから、少し間を置き……。
「ただ……」
「…………」
一体何を言うつもりなのか、数秒とはいえ思案しようとした時だった。
「百ちゃんは私を選びますよ」
“絶対に……”
そう付け足す恋の目は先程見たと時より本気だった。
「貴女達がどうあがこうが、百太郎は私以外好きにならない」
その声にも本気さ―――いや、これはむしろ敵意と言った方が正しいのかもしれない。
「…………」
どちらにしろ、穏やかではなそうだった。
忌々しい気を纏っていると言われてもなんらおかしくはない。
「恋……。君……」
ただ、先程同様、急な変化に戸惑ったが、私も感情を表に出さない―――いや、出せない人間なので、悟られることはなかったと思う。
「それは……」
だが、恐怖心に少しばかり支配されつつあるのも事実……。
「その色……」
恋の瞳は明らかに左右の色が変わっていた。虹彩異色症、オッドアイとも呼ばれる左右の瞳の色が違うという特徴を持って生まれてくる動物や人というのは居る。それ自体は珍しいことではあるが、一般的な認知度もあるほうであり、私もいちいち驚いたりはしない。だが……。
「いつのまに……」
恋のは明らかにおかしい。
ほんの数分までは両方同じ色だったはずだが、一瞬で左の瞳の色だけ赤に変わっていた。
「っ……」
私の問いに恋は一瞬焦ったように見えたが、すぐさまいつものニコニコと笑顔を作る。
「なんでもありませんよ~。興奮しすぎて瞳孔が閉じれなかったんじゃないですかね~」
「恋……。それが通じるとでも思ってるのかい? 」
赤目現象というのがあるが、それはフラッシュを用いてカメラで撮影した時に被写体の目の色が赤くなる現象だ。
「でも、ほら。普通ですよ、今」
顔をこれでもかと近づけてくる。正直うざいが、確かに両目ともいつもの濃褐色、いや恋は少し緑も混ざっていて普通の人よりも明るく、淡褐色といったところか。
「確かに赤色の目をした人も居るけどねぇ、非常に珍しいんだよ。それに、恋。君のはどう考えてもメラニン色素が関係しているとは思えない」
病気などで変わっていくのとは訳が違う。恋のそれは、一瞬と呼べる間に変化を見せた。それは本人の意思なのか、はたまた、なにか理由があっての別の者の意思なのかはわからないが、解明されてないこともまだ沢山ある人体の不思議とは訳が違う。遥かに超越してしまっている。
「乙女には秘密があるもんなんですよ~。それ以上、詮索すると、いくらどらさん先輩でも……」
"やばいっ"
直感でそう感じた。
だが―――。
「こうっ! ですよぉ~」
恋の行動の速さは、私の直感の更に先をいっていた。
「うわぁ~や~め~ろ~」
ギュッと抱きしめられ必死で抵抗する。
「や~め~ろぉ~~」
本気さを感じないかも知れないが、大真面目。真剣だ。
「あぁ……やっぱいぃ~……。一回、やってみたかったんですよぉ」
「うわぁ~や~め~ろぉ~~」
見た目によらず恋は力が強く逃げれるような気がしない。
「もぉ、先輩かわいぃ~。ふわふわぁ~いい香りぃ~」
「む~む~む~~っ」
だが、私も諦めが悪い性質なので、更に抵抗すべく動き始めようとした、矢先――。
「……まり……ますよ」
耳に届くか届かないかの微妙な大きさの声で恋が何かを言ったので、大人しく抱きしめられるかわりに「なんだい? 」と、もう一度、言うように問うてみた。
「だからぁ。始まりますよ、戦いが」
敵意はないようだが、先ほどの真剣さと同じ声で恋は言う。
「……なんの戦いが始まるんだい? 」
顔が見えないので先ほどのように目の色が変わっていたらと不安に思い、無意識に身体が硬くなるが、なんとかいつもの調子で声を絞り出し問えたと思う。
「乙女の戦い。恋いの大戦争! 」
大きくはっきりと言い切るその声はいつもの穏やかなそれだったので、やはりいつものニコニコしている恋がそう言っているのだろうと思い、私は安堵した。
「恋いの大戦争かぁ~」
そうか。始まるのか。
と、納得しかけたが……。
「うむ……? 」
疑問が、瞬時に、入浴時の屁のように浮かび上がる。
「恋、それはいったい……」
問おうとしたが……。
「まだ内緒です」
恋はそれだけ言うと、私から離れて、屋上の出入り口へと向って歩き出す。
「…………」
私が言うのもなんだが、謎が多い子だ。
この場で全てを話すことはないと予想していたので、別に驚きはしない。ただ……。
「れ~ん」
呼びかけると、顔だけこちらへ向けてきたので、これだけは言っておく。
「何をしようと、構わないけどねぇ」
凄く、大事な事。
「百太郎君に危害を加えるような真似は……」
何故かはわからない。けど、この時だけは感情を表現できていたような気がする。
「許さないからな……」
言った後、恋が少し驚いた顔を向けてきたのが証拠だ。
「ふふっ……。先輩も本気なんですね」
恋はそれだけ言うと、屋上を後にした。
「本気……」
一人、残された屋上で空を見上げそう呟く。
「そうだねぇ~……」
恋の言う通り、私も本気だ。
「…………」
何をするつもりなのかはまだ、はっきりと知らない。
だが、なんであれ、私は、百太郎君を守るために、恋がやろうとしていることには参加するつもりだ。
「好きだからねぇ~……」
友人としてなのか、男としてなのかは私には分からない。
ただ、何かあれば、助けになりたいんだ。
「…………」
いずれ、どちらの"好き"なのかを知れるときがくるかもしれない。
その時、私は感情を露にできるのかもしれない。
彼には、勝手な期待感を抱いてしまっている。
「間違いはないさぁ……」
期待に答えてくれるという期待もしている。
なんて、自分で意識した事はなかったが……。
「……欲張りなんだなぁ~」
発見とは喜びなり。
それを、与えてくれるのは百太郎君だ。
「…………」
……だが、彼の周りは猛者が多い。
「ふふぅ……」
でも、彼は困ったときに私の所へ来る。
そしてその時、彼を助ける道具の開発は、通常の依頼や修理品と同時に日々続いている。
「恋……悪いけどぉ~……」
君にだけは、負けないよ。
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