週刊!毎週届くどんぐり。第1号は2割増で全て帽子付き

「……ってことで、急いで逃げててああなったわけだ」


地べたに胡坐をかいて座る俺を取り囲むように三点に立ち見下ろしている、アリス、ロピアン、中島の三人へここに来るまでの経緯を今、説明し終わったところだったりする。


「なんとも信用しがたいが……。兎に角だ、殴っていいか?」


「いいわけないだろ馬鹿! 何故そうなる!?」


全てを聞いといて何故このアリスという生命体は……

→『殴る』

→『蹴る』

しか選択肢が無いんだ……。


「大変だったんだね。お疲れ様、百太郎君」


「ありがとうロピアン。わかってくれて、僕ぁ、嬉しいよ」


やはり出来る男は違う。握手を求めてしまうってもんだ。


「きゅ、急に人様に抱きついておきながら、しゃ、謝罪の言葉は無いんですのっ!?」


「そうだよな。本当、お前には悪いことをしたよ。ありがとう、気持ちよい感触だった」


頬を赤らめ恥ずかしそうにしながらも怒っている中島には素直な気持ちを言葉で表し、頭を下げるしかない。


「謝ってないじゃないですのっ!」


うん、まあ怒るよな。

中庭へと飛び出した途端にこいつが目の前にいたもんだから、プロレス技のプランチャーを仕掛けんばかり、飛び付いてしまったようなものだったしな……。

でも、強打しないよう咄嗟に中島の後頭部を守った事は我ながらカッコよいとは思う。


「それになんですの!? 気持ちよい感触って!!」


ただ、まあ、それは……当たり前だが、危機的状況から逃げていた俺にしかわからないことであり、傍から見たら、急に中島へとジャンピング抱きしめを繰り出したようにしか見えず、誤解を解くのにーーーまあ、一名まだ解けていないかもしれないが……ーーー少々時間が掛かった。

これは身の保身の為に言うが、不可抗力だったのは間違いない。それは紛れもなく間違いない。

……が、抱きしめた際、気持ちの良い感触だったのも間違いない。即ち、そのことに関してお礼を言うのもまた間違ってはいない。



なんたって……。



彼女もまた特別な存在なのだから……。


「まぁ、あれだ。ソーリーとセンキューの狭間で揺れた俺の複雑な男心だ」


ありがとうとごめんなさいは、実は紙一重なのだ。


「い! み! がっ! わかりませんわ! なぜ誇らしげなんですの貴方っ!」


中島は地団駄を踏み「いーーっ!」となっているが、俺はその際にチラリと見えた物に驚きを隠せず思わず目を見開いた。



「む、紫っ……!」




“百太郎さんのこと好きなおなごの下着の色”




“ピンク、紫、白、黒”




サダシの声が何十にも頭の中でこだまする。



「ま、まじかよおいっ……」


授業中に下着の色を聞いたのは無意識であり、こいつが好意を持っている女の一人では? とかそういった推測からの確認ではなかった。だが、こうして物的な事実を突きつけられてしまうと、流石の俺でも驚きを隠せずドキがムネムネだ。


「中島おまっ―――ぱあぁっ!?」


急にビンタ!? しかも……。


「へ、変態めっ! 下着をそんなに見るもんじゃない!」


アリス、お前がっ!?


「なんでですのんな……姐さん」


右頬を押さえ、涙目でアリスを見る。


「お、お前が、中島の、ぱ、パンツを凝視するからだ! お前が悪い!」


いやいや、また、こいつは人聞きの悪いことを。


「いや、凝視してねえだろ。しかも、お前が恥ずかしがる意味もわからねえよ」


カルシウムのカの字もこいつの体内にはないんじゃないか? 大丈夫なのかほんとに。


「む、紫とまで叫んでっ……。い、いかがわしい。いかがわしいぞ貴様っ!」


うわぁ、やべえっ。貴様とか言い出したらキレてる証拠だっ!


「む、紫というか、ぱ、パープルっ!!」


「うぶぇぁっ……!」


な、中島っ、お前までっ……!?


「む、紫とパープルは一緒……なのに……?」


右頬を打たれたからのか……?

右頬を打たれたから左頬も差し出したということなのか……?


答えておくれよ……。


「ジーザス……」


精神と肉体的を両方やられた気分であり、俺はもう、地を見やるしかできなかった。


すると……。


「ちょ、ちょっと、二人とも、もうよしなよっ。それ以上百太郎君を、い、いじめるなら、僕は、僕は百太郎君の友達としてっ……」


なにやら、見かねたロピアンが俺の前に立ちふさがり守ってくれてるようだ。


「友達としてどうするつもりだ?」


「どうするおつもりですの?」


だが、ドスの聞いた声でお嬢様ズに詰め寄られ、奴は大丈夫なのだろうか……。


何か、秘策でも……。


「そ、それは……」


早くもどもりやがった……だと……。


「どうしたのだ、ロピアン。早く言え」


「そうですわよ。早く仰って下さいな」


『さあ! さあ! さあ!』という風に、既に三歩も詰め寄られているロピアンだ。

もしかして、凄く使えないやつなのか、こいつ……。


「ど、ど……」


え、なに? どうしようの『ど』なのか、ロピアンっ。

マジで言ってんのか、お前っ。


「どうしよう……か?」


「おふざけにならないでくださいまし。ロピアンさん」



ちょ、ロピアン何やってるんだお前っ。もうケツは目の前だぞっ。

迫り来るんじゃねえよっ、ロピアンケツてめえっ! 何か言えっ! 頼むから何か言って―――。




「どんぐり」



いいぞロピアン! よく言った!!



「……はっ?」



思わず、口を開けたままロピアンを見上げてしまう。


「…………」


「…………」


アリスも中島も同じように口を半開きにして固まっている。

これが、狙いならこいつは凄い奴だと思うが……。いや、しかし、なんでも良すぎやしねえだろうか……? どんくりってなんだ……?


「ど、どんぐり少女をここに呼んで、き、君たち二人が熱心に相談に乗ってくれると言うよ。い、いいのかい?」


どんぐり少女……? いや、話が見えない。見えなさ過ぎるぞロピアン。


「きょ、今日、今さっきまで相談を受けてたんだけど、す、凄いよ彼女。どんぐりで一日中遊ぶ方法を日々模索してるんだ」


どんぐりで一日中遊ぶ方法……? ていうか、何、相談されてんのこいつ……。


「い、いいかい? 少し、ほんのちょっと、び、微量でも馬鹿にしようものなら……」


馬鹿にしようもんなら……?


「ごくっ…………」


「しようものなら……」


「どう、なりますの……」


絶妙なロピアンの溜めに、俺も含めた三人は固唾を飲んで続きを待つ。




「う、裏山中のどんぐりをかき集め、毎日家に郵送されるんだからねっ。しかも速達でっ」



なっ…………なんだとっ。




一回で大量に送ってくるのではなく、小分けで毎日送ってくるというのかっ……!




ベアゴスティー二のコレクションみたいにっ……!?



「な、なんという微妙な嫌がらせなんだっ……」


「そんなことされたら、精神的にきて、どんぐりを見るたびに逃げ出してしまいますわっ……」


塵も積もればってヤツで、どんどんと溜まっていくやつだ……ストレスもどんぐりも。



「お、恐ろしい……」



そんな、凄いやつの相談を受けてたとは……こいつ、ほんま、凄いやっちゃでぇ……。


「いいのかい? ほんのさっき、中庭を見ながら一般棟の廊下を歩いてるのを見かけたんだ。呼べばすぐ来てくれるよ?」


『さあどうする! さあ! さあ! さあ!』という風にお次はロピアンが詰め寄って行く。


「くっ……卑怯な真似をっ……」


「駄目ですわっ……。もう、既にどんぐりがトラウマになりそうでっ……」


やるじゃねえかロピアン。窮地をこんな方法で脱するなんて考えもつかないぞ、普通。


「くっ……」


「くぅっ……」


詰め寄られていたのに、今は為す術が無くなった二人を仲良く後ろに下がらせてるなんてな。





ん……?




二人して……仲良く……?




下がる……。




「っそうだ!」


スクっと起き上り、両のこぶしを上げ空に向って叫ぶ。


「わかったぁあああああっ!!」


これだ!これならもしかするとっ!


「ええっ。急にどうしたんだいっ?」


「な、なんだ。何がわかったというんだ」


「またパンツですの!? またパンツですのっ!?」


急に叫んだ俺を驚きを隠せない様子で三人は見ていたが、そんなことはどうでもいい。


そうと決まればってやつで、俺は屋上へと一瞬視線を向けると、一目散に走り出す。





“まだ居てくれ!頼む!!”




と強く念じながら。













ーーー屋上。


「どらさーーーーん!」


そう叫びながら、屋上の扉を勢いよくぶち開ける。


「あ、あれ……」


下で叫んだときは居た気がしたが……。


「居ねえ……?」


屋上は静まり返り、ひとっこひとり居ない状態になっていた。


「おっかしいなぁ……」


そうしたからといってなにもないのだが、どらさんが居たであろう場所へと移動してみる。



すると……。


「充電をぉ~……しようよぉ~……」


「…………」


「充電をぉ~~~……」


「ああーっ、もうっ!! うるせえんだよお前っ!!」


左脇に抱えていたバスケットボールを叩く。


「人を散々追い掛け回しといて、充電しろとか同じ歌何度も歌ってんじゃねえ!!」


ったく、ここに来るまでに拾ってやっただけでも感謝しやがれってんだ。

思いついたことにこいつが必要不可欠だからこうやって持ってるだけで、必要なかったなら今頃埋めてるところだ。


「かぁ~んぱぁ~い、いまぁ―――」


「うるせえって言ってるだろ!」


もう一度ぶっ叩き、ボーリングのように思い切り転がしてやる。


「今日はここに居ろ! 俺もう帰るから!!」


ボールにこんな言葉を吐くなんて傍から見たら気が狂った人間にしか見えないことだろうが、奴―――乱ballは妙にうざさが人間臭く、どうしてもこうなってしまう。


「そんなことされたら……。私は次いつ目覚めるのだろうか……」


知るかっ、んなもん。そもそも、充電したらまた俺を襲うに決まってる。


「さあ、帰ろ、帰ろ」


無視して歩き出す。


「私には三人の子供に嫁もいるのに……」


な……に……!


「い、いや、気にならん。知らん知らんっ」


振り返りそうになるのをぐっとこらえそのまま歩く。


「とみー……りー……じょーんず……えみりー……私は……」


くっ……。


「お前たちにはもう……会えそうにない……」


くうぅぅぅ……っそうっ!!


「わかった! なにすれば黙るんだお前は! 言ってみろ!」


乱暴に乱ballへと近づきそう問う。


「そうですね。家にでも連れてってもらえれば黙るんじゃないですかね。ありがとうございます」



「…………」


やっぱ腹立つわ……こいつ。


「お前を泊めろって言うのか、俺の家に? そしたら黙るって? お前自分がわかってるのか? 喋るってだけでボールだぞ? ああ?」


片足を掛けながら、どこが目かはわからないがものすっごい睨んでやる。


「でしゃばりすぎっちゃって……。なんかごめんね」


「………………」


俺は、何をしてるんだろう……。

なんでボールと対話してるんだ……。しかも喧嘩までしてさ……イケメン風に謝られちゃったよ。


「もういい……わかった。お前ただのボールだしな。ほっといても邪魔にならないだろ」


言いながら、乱ballを左脇に抱え……。


「帰るか、とりあえず」


俺は人生で初めてバスケットボールにそう言葉を掛けると、夕日を背にして帰路に着いたのだった。



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