桜木の下

鬼我島学園中庭。


一年中、絶えることなく桜を咲かせてくれる大きくて立派な桜の木があることで、学園のみならず鬼我島全体でも有名な場所。


散った花びらが中庭全体に作り出す薄ピンク色の絨毯はいつ見ても美しく、百太郎君はあまり好きではないようだけど……僕はこの場所が学園内で一番気が落ち着けて、一番大好きな場所だ。


「先輩。本当にありがとうございました」


先程まで相談を聞いていた後輩の女の子が深々と頭を下げる。


「いや、お礼なんていいよ。これが僕の所属してる部の活動なんだからさ」


本来はもっと深刻ないじめ等の相談とかなのかもしれないけど、人の悩みに大きい小さいはないと僕は思っている。


「ありがとうございますっ」


一人の人間に不安を与えていることには違いはないのだし、他人から見たら小さなことでも、人それぞれ悩みの経験値の違いもあるんだ。小さなことと笑える人はその分経験をしてきた人で、笑われる人はその時から経験をしていく人。遅いか早いかだけで、大きい小さい、偉いか偉くないかは存在しない。

馬鹿にする必要なんてどこにもないんだ。


「その、先輩……また、相談に乗ってもらってもいいですか?」


後輩の女の子は恐る恐るといった感じで聞いてくるが、断る理由なんてどこにもないし、こんな僕でも必要とされることが嬉しいという気持ちしかなかった。だから……。


「もちろんだよ。あ、でも、依頼書は通してね」


笑顔で答えた。


「は、はい! ロピアン先輩、本当っ、ありがとうございました!」


後輩の女の子も笑顔で元気良くそう言うと学園へ走っていく。


「ふぅ……。次……か」


後輩の女の子が時折振り返り頭を下げるのに、笑顔で手を振り答えながらそう呟いてしまう。

前言を撤回するわけでは絶対にない。だけど……。


「どんぐりで一日中遊ぶ方法なんて考えたこともないよ……」


悩みと同じで、人には人の好きなものもあるとは思う。

だけど、こんなにも娯楽に関して色々な物が世の中に溢れているのに、どんぐりで一日中遊ぶなんてことは、僕……やったことがない。正直言うと……子供の頃の記憶を呼び起こしても微妙だよ……。


「んー…………」


最初、からかわれてるんだと思ったけど、彼女は真剣そのものだった。

だから、僕も真剣に考えられることを全て答えたけど……。


「次、相談されたら何を言えばいいんだろう……」


今回で、僕の頭で考えられるどんぐり遊びは全ては出し尽くしたと思う。

次があるとしたら、もう僕に残されている案は一つも……。


「いやぁ、駄目だっ!こんなんじゃ駄目だっ!!」


思わず頭を掻き毟る。


人には人の好き好きもあるんだ!


どんぐりが大好きでも良いじゃないか!


少しずれていても彼女の心が綺麗ならそれで良いじゃないか!


理解しようという気持ちを持たなきゃ駄目だ!!


「だってっ……僕は奉仕活動部の一員なのだからっ!!」


自覚の再認識と共に決意も込め、両手を挙げ桜の木を仰ぎ見た時だった。


「貴方が……奉仕活動部の方でよろしいのでしょうか?」


一部始終見ていたらしい金髪のツインテールの同学年だろう女の子が、不審そうに僕のことを見ながら目の前に立っていた。


「あ、あはは……恥ずかしいとこ見られちゃったね……」


苦笑いがちにそう答えながらも僕はあることが気になっていた。


この子、どっかで見たことがある。と。


「始めまして……で、よいのでしょうか? 何回か顔は合わしているのですが」


やっぱり、この子も同じのようだ。


「僕も君を何度か見た覚えはあるんだけど……。まあ、始めましてでいいんじゃないかな」


おぼろげなら初めからやり直した方がスムーズにいくと思いそう言うと、彼女も同じように考えたのか同意しながらと笑い、互いに自己紹介を済ますと、早速とばかりに口を開いた。


「お声を掛けさせていただいたのは、その……百太郎様のことなのですが……」


「あぁ……百太郎君か……」


この子も同じクラスだしな……。アリスさん同様にまた失礼を働いたのかも……。


「ええ。あの方は、その、あのお方は……」


百太郎君関連の話や相談で伏し目がちに話を始めるのは殆んど、彼がなにかやらかした時で、僕は何度も経験がある。


「悪い人ではないよ」


こういう話し方になる子にはいつもこう答えてきたので先に口にした。

もちろん、本当にそう思うからそう言ってきたというのもある。けど……。


「いえそれはもちろん存じておりますの。そうではなくて……」


否定はするけど、依然、目線は伏している。

別の言い難いことをどうにか口から出そうと頑張っている様子だった。


「そ、そうだよね。じゃ、じゃあ、なに……かな?」


しかも“存じている”に“もちろん”まで付けて言ってるなんて……。


「あの、その、百太郎様は……」


更に、スルーしてしまってたけど、百太郎君を様付けしているってっ……。


「ええっと……。そう、私っ……あぁ、なにから言えばいいのか……」


「あ、あの、とりあえず落ち着いて、ね? 急がせたりしないから」


とは言ったものの、物凄くその先が気になる……。

驚きというのをダメージと考えたら今の僕は瀕死状態に近い……。


恥ずかしいことに今の僕は「君をこんなにも詰まらせている言葉とは一体なんなんだい!?」と肩を揺すってまでして強く聞き出したい衝動に駆られてしまってるんだ……。


「スローダウン。スローダウンだよ……」


彼女に言ってるようで、実は自分に言っているんだ。

これは僕らの中では最も気になる百太郎君の大スクープに違いないと確信できるから。


「あのお方は……いえ、あのお方のことを……その、少し気になりまして―――」


きった、きたぁっ! 気になるだってさ!


「どんな些細なことでもよろしいので、その、教えてはいただけないかと……」


おぉおおおおおおおっ! なんだい!? 僕は百太郎くんとこの子のキューピッドになれるのかい!?


あくまで心の中でだが、僕は力いっぱいに両手でガッツポーズを取った。


「もちろんだよ! 喜んで教え―――」


心からの目一杯の笑顔でそう言い掛けた時、彼女の背後、6、7メートル辺りに、長い黒髪をなびかせこちらへと向って歩んでくる、長身のよく知っている女性が目に入り―――。


「ぇぇええええええええっ!!?」


本人に聞こえるというのに、僕は思わず叫んでしまっていた。


「な、なんですの急にっ!?」


当然ツインテールの子も僕に釣られて驚き、振り返る。


「なんだ? やってきただけでそんなに驚くことか、ロピアン。……というか、中島は驚くな。貴様の声はまったくもって不快だ。けしからん」


「けしからんとはなんですのっ!? 私はただ驚いただけですわ!」


あぁ……よくは知らないけど、この感じ、二人は面識があって、悪い意味で互いをよく知ってるという間柄みたいだ……。


「ご、ごめんなさい! 本当にすいません! 僕が驚いて叫んでしまったから悪いんだ! 二人とも本っ当にごめんなさい!!」


言い合いさせてはいけない。内なる警報器が瞬時に鳴り響き、僕は猛然と二人に頭を下げていた。


「うむ……。何故、ロピアンが謝るのかは分からぬが……まあ、よかろう」


更に戦国時代の大名のようになっているような気がするんだけど……アリスさんは許してくれた。


「貴方がそこまで頭を下げる必要があるようにも思えませんけど……まあ、いいですわ」


中島さんも同様に、少し不服―――僕に対してではなく主にアリスさんに―――といった感じではあったけど許してくれたようだった。


「ありがとう。許してもらえて嬉しいよ―――」


頭を上げ、二人にそう言いかけたその時……。


「もういやぁああああああ!!」


どうやら、今日の僕は色々と遮られる運命にあるらしいね。


「なんやねんなもぉおおおおお!! くんなやぁあああああ!!」



しかもよく知っている人に。



これは……。





百太郎君の声だ……。




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