あの時いた布丸という存在の意味と中島の言葉の意味を僕はまだ知らない。

「で、なにしてたんですの……」


ふぅ……これはまいったな……。


「いやぁ……なにって……そりゃ……」


クラスに戻る途中、布丸と談笑しながら階段を上がっていたら、今まさに、一番会いたくなかった奴人物に会ってしまった……。


「今日は真面目に授業を受けるんではなかったのかしら……。午後の授業全て終わりましてよ……」


中島のやつが、いつものようにキーキー声で叫んで言ってこないのは、それはそれで進歩だと思うが……。


「…………」


逆に心配になる……。むっちゃ怒ってるんじゃないかと。


「そ、それはお前、あれだ。予想外の昼寝をしてしまうこともあるし……。というか、そ、そんな気分だったというだけで。や、約束した覚えはないぞっ」


まあ、怒っていようがここはちゃんと言っとかないといけない。

してないことはしていなし、後々めんどくさい展開は御免だ。


「そう。まあ、確かに約束はしてませんでしたわね」


ん……? 怒ってるわけでもないのか……? なら、いいか。


「そうだろう。そうだろう」


中島の頭をポンポンしそう返す。


「それはそうと……。私の依頼は進んでいるのかしら?」


中島は俺の茶化しを物ともせず、代わりに刺すような鋭い視線を向けてくる。


「い、依頼? あ、ああ。依頼だろ」


なんだってんだ……ハクチョウ台に住んでるお嬢様は皆こうなのか?

アリスで慣れたとはいえ、気分がいいもんじゃねえ。


「百太郎様のことですし、もちろん、進んでいるのでしょうね。だからこうも、余裕なんでございましょう?」


つうか嘘だ……慣れてない。こんな視線の女怖いに決まってる。

目つきはきつく激しいのに対し、言葉は静かで落ち着いているのが逆に恐怖を駆り立てる。


「す、進んでる……と思う。いや、進んでる。良くも悪くもだけど……」


思わず、布丸をチラッと視線を向ける。“お前のせいでな!”っという意味で。


だが、当の布丸は……。


「あぁ……なんだぁ? あの、俺、トイレだったか……? まあ、行ってくらぁ」


えっ、逃げた……?


「おいおいおいっ! ちょっと待てよおいっ!」


なんてことだ……あの布丸でも中島は苦手なのかっ!?なんかそそくさと去っていきやがる!


「おいっ! ちょっと待てって!  禿げ待て!  禿げおぉいっ!」


「布丸君は放っておきなさい」


「うぅ……」


やっぱ駄目か……。ノリでそのままいけるかと思ったんだが……。


「…………」


右腕をがっしりと掴んでいる手を視線で辿っていくと……。


「逃げようたってそうは行きませんわよ……百太郎様」


これまたがっしりといった感じに中島と目が合う。


「に、逃げるわけないだろう。なんで逃げるというんだ、まったく」


内心は物凄くエスケープだけどな! マジで会いたくなかった!


じろさんがあの後どうなったか知らないし、一旦情報を集めて“俺も”“まさに”トイレへ行って、整理したいというところだ!


「では何故、さりげなく布丸君を追っていこうなどとしていたんですの?」


「いや、それはあれだ。あの、あいつ馬鹿だから。小のほうで大をするかも知れないとかそういうことを懸念してだな……」


苦し紛れすぎると、自分でもそう思うが、他に思いつかない。


「ふむ、そうでしたのね……」


そう頷く中島だが明らかに納得はしていないようで、顎に手をやると思案するように黙り込んだ。


「いや、あれだぞ? そんな真剣に考えても気持ち悪い画が浮かぶだけだぞ? やめといたほうが―――」


注意を促す俺に中島は「いえ、そのことではありませんわ」とあっさり返し、そして……。


「それより、アレはどういう経緯でなりましたの?」


解せぬ。という気持ちをありありと込め質問してきた。


「どういう経緯で~って……その質問もどういう経緯で?」


全くわからん。あれってなんだ?。


「知らないとは言わせませんわ。お昼を終えてから急にいらっしゃった有間先生が麗奈先生にあんなことを……」


俯き恥ずかしそうに言う中島に嫌な予感しかしない……。

有間次郎(あるまじろう)。じろさんの愛称で親しまれているのかはわからないが、あの野朗は少女が恥らうことをやらかしたようだ……。


「まさかあんなものを……」


俺は駄目教師の失態までも尻拭いしないといけないのですか……? そろそろ教えてくれないか……神よ。


「どう……しましたの? 天井を見上げて、一筋の涙なんか流されまして……」


「いいや、なんでもない。それより教えてくれないか。じろさんは一体なにをしたんだ?」


無意識に流れていた涙を拭い、中島に向き直る。


「私が見たわけではありませんが、聞いたところによると、有間先生はその……麗奈先生が授業をしている教室に急に現れ……」


やっぱり行きやがったのか……。まあ、でも、ここまでは予想通りな展開だ。恐らくこのあとは……。


「紙切れを麗奈先生に差し出して……」


だろうな。6回目のお誘いなわけだ。


「一緒に行ってください。そう言ったみたいですの……」


あれ? 待てよ? 普通に誘ったなら何故こうも中島が言い辛そうに……?


「紙を見た麗奈先生は叫び……そして、受け取った紙切れを落としてしまって……」


…………。


「落ちた紙を近くに居た佐々木さんが見て叫び……。次々に叫び……。助けを求める声まであがり……。阿鼻叫喚(あびきょうかん)……」


あ、阿鼻叫喚っ……!? ものすごいことになってるじゃないかっ……。


「麗奈先生は有間先生にビンタを少々……。事態収拾叶わず有間先生はどこかへ逃げ果せ、今どこにいるのか……」


状況は嫌というほど理解できた……。奮起しすぎてSMの紙と間違いやがったのかあの馬鹿め……。





……で、俺にどうしろと……?



「何故あんな卑猥なものに有間先生は誘ったのか……私は理解できませんわ……」


「信じていたのに」っとつぶやく中島は少し悲しそうだった。まあ、裏を返せばそういう奴だと少なくとも思ってはいたんだろうが、ただ、認めたくはなかったんだろうな。

そらそうだ。ただでさえ学園に不似合いなおっさん。そして担任だ。不似合いなのは見た目だけで、中身はちゃんとした教師だと思いたいのは自然なことだ。



「いや、まあさ……」


ただ、これに関しては誤解だ……多分。いや、誤解な筈。

あわよくばとか思いそうな奴だから、なんか肩を持ちたくない気持ちはあるんだが、正しといた方がいいだろう。


「それは多分、間違ったんだよ。本当は遊園地に誘いたかったんだと思う」


本当、嫌々ではあるがそう口にすると……。


「やはり、何か知っているんですのね!」


中島は下がっていた顔を上げ、掴みかからんばかりの勢いで顔を近づけてくるので、少し圧倒されつつも、公園で話したことを説明してやることにした。






「そう……5回も誘って……」


聞き終わった中島の第一声はこれだった。引いているし、ちょっと意味もわからないっといった感じではあるが、要点はわかったというところだろうか。


「正直言うとさ、間違ったじろさんは気の毒だが……俺はどうしたらいいのかわからん」


というか、じろさんの為に麗奈先生と話すというのもなんか嫌だ。内容が内容なだけに、いくら俺でも変態の為に必死になる変態を演じたくない。


「そうですわね……。貴方には……大変な依頼をしてしまったようですわね……」


「ごめんなさい」と中島は深々と頭を下げた。


「い、いや、中島が謝ることではないだろっ。じろさんが誤った変態なだけでっ……」


今日の中島はなんか素直で良い奴過ぎるっ。調子が狂うったりゃありゃしない!


「いえ、私も説得したら済むと軽い気持ちで貴方に依頼してしまったのですわ。本当、ごめんなさい―――」


「いや、いいって! 依頼くれたのは嬉しかったし! こんなもん難しくもなんともねえって! 任せろ!」


って、あぁっ……。俺はなんてことを……。



「そうですの? でしたら引き続き“最後まで”お願いしますわ」


思ったときには時既に遅し……。微笑む中島を見て凄く後悔する……。





“やってもうたぁ……”





と……。どうやら、またハメられたようだ……。

こいつ、短時間で何故こうも俺の扱いに長けてしまってるんだろうか……。




「ふっ……」




まあ、いいさ。じろさんに恩を作れば学園掃除を免れるかもしれんしな。


「おう! 任せろ!“中島の為に”やってやるぜ!」


「わ、私の為っ!?」


あと、こいつにもこれぐらいの仕返しはしてやるぜ。


「ああ、お前の為だからな! お前の依頼じゃなかったら俺はやらないところだ。まあ、任せろよ。“中島の為に”俺はやる!」


「ちょっと、百太郎様!そんな大声で―――」



中島の制止を振り切りその場を走って後にすると、俺はあえて全学年のクラスの前を通りながら屋上へと向った。









もちろん、“中島の為に!!”と、叫びながら。

































「おお。お前、遅かったじゃねえか」


屋上に出ると、フェンスにもたれて座っている布丸が声を掛けてくる。


「遅かったじゃねえよ。お前逃げんなよなー」


見た目はアレなくせして、金髪チビツインテールが何故怖いんだよこのクソ野郎めが。……まあ、わかるけどもさ。


「いやぁ~なんつうかな……。俺さ、頭が金色(こんじき)で目が翠色(すいしょく)な奴。あれ、駄目なんだわ」


「は? いや、苦手なのはなんかわかるけど、お前の理由はなんか時代錯誤じゃね? どういうことよ」


俺が言うのもなんだが、同じクラスで学ぶ仲間であり、また英語を喋ってるわけでもなく、ちゃんとした日本語でコミュニケーション取り、黙ってたら可愛い部類だ。そりゃ、キーキーうるさいってのが嫌ってんならわかるけど、見た目が駄目って、なんか若人としてどうかって感じだ。


「いや、俺ぁさ、一回、異国人と拳闘したことがあんだよ……」


「ほう……」


こいつの言う所の拳闘はボクシングであってるのだろうか……。なんか違う気がしてならんのだが……。


「いやぁ……彼奴等(きゃつら)は魑魅魍魎(ちみもうりょう)。馬力が違いすぎる」


「…………」


何言ってるんだ、ちみは……。


「なに? 外国人と殴り合って負けたからトラウマになったって?」


「トラウマ? トラウマってなんだ」


ああー!!もうめんどくさいなこいつ!


「だから、金髪の奴に負けたから―――」


と、めんどくさいながら説明しようした、その時……。


「はっぁぁっ……」


布丸の目が限界まで開かれ、俺の背後に釘付けになったので、悟る……。きやがったか、と。


「許さないですわ……百太郎様」


振り返るとやっぱり居た。扉の前で仁王立ちしてやがる。


「あ、あの目だ……。あれは殺る目だ……」


それを見て、布丸はガタガタブルブル震え、両足を抱え殻に閉じこもった。


「あ……あぁぁ……」


マジなんだな……。外国人相手に余っ程怖い思いをしたみたいだ。


「許さないって、俺はなんも悪いことした覚えは―――」


と、言い訳を探しながら視線を少し上げた瞬間それは目に入った……。


「なぁっ!?」


転落防止フェンスの頂上付近。そこに動く物体が居る。


「お前何やってんだっ!!」


すぐさまフェンスへと向って走る。


「な、なんですの!?」


急に叫んだ俺を中島は頭がおかしくなったとでも思ったのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。今は―――。



「こんなしょうもないことで死ぬ気かぁ!!」



あの馬鹿(じろさん)を止めることのほうが先だ。


「しょうもないことじゃねぇ! 俺っちにとっては死ぬほどのことなんでぇ!!」


じろさんはフェンスの頂上に跨るように座りそう返してくる。


「いや、お前っ、たかが好きな先生に変態と思われて、学園の女子全員達にも嫌われただけだろ!」


「全員じゃねぇ! そこまで悪くなってねぇ!!」


そこは否定すんのかよ……。別のクラスでの話なのに中島が知ってるってことは、大概の女子が知ってるっつうのに。少なくとも2年の全クラスの女子は。


「じゃあ、いいじゃないか。前と大してかわらんて。降りて来い」


「ちょっ、おめえなんなの!? それで止めてる気!?」


え? いや、止めてる気なんだけどなぁ……。


「あの、あれだ、俺が言いたいのは……あれだ。あの、ほら、あれだ……そ、そうっ! 命懸けれるくらいに本気ってんなら、あの、まだ死ぬのは早いだろってことだっ!……な?」


「説得下手くそぉっ!? おめえ、俺っちのときだけなんか下手くそじゃないけぇっ!?」


ちっ、うるせえな……。てめえも死ぬ気はねえくせしよって。


「有間先生! 自殺なんてやめてくださいまし!!」


ようやく気づいたらしい中島も、隣に立ち説得に参加し始める。


「中島ぁ……おめぇは黙るんでぇ……。うるせぇ」


こういう状況でも、いつものように中島にそう言うじろさんは、やっぱじろさんなんだと思う。


「うるさいとはなんですの!? そう言うなら降りてきて私の口を押さえたら―――」


「ごめん。俺が無理だわ。鼓膜破れる」


いい台詞を言おうとしたのかも知れないが、じろさんの代わりに中島の口を押さえ、再びじろさんへと顔を向ける。



「ナイスだぜぇ……百太郎。悪い奴じゃないんだがなぁ。うるせぇんでぇ」


「だな。俺も今日だけで、こいつはいいやつだと認識したが……。うるさいよな」


逃れようと腕の中で暴れる中島の頭をポンポンする。


「前は男くせぇ感じだったのによぉ。最近はクラスの女の子と仲良くしてるじゃねえか。羨ましいぜ。死ねえぇ」


「仲良くとは違うけと思うけどな。まあ、前よりは楽しいんじゃないかな」


だらしないのは変わりないが、なんというか、発見の毎日で楽しくはある。


「俺っちもぉ。そうなれたらよかったのになぁ……」


「いや、なれるだろ。別に大勢じゃなくても一人の女くらい仲良く―――」


言いかけて気づく。なれなかったんだ、このオヤジ……。


「本気だったのによぉ。最後の気持ちで行って、馬鹿なミスしちまったぁ。捨てとくんだったぜぇ」


と言って、じろさんははっきりとはわからないが、恐らくSMの紙だろう物をポケットから取り出したライターの火であぶる。


「いや、まあ、そんときは驚いただけでさ。5回も誘ってんだから、わかってる筈だとは思うぜ? 麗奈先生もさ」


「いや、もういい。もういいんでぇ。どっちにしろ断られてんだろうしなぁ」


…………。駄目だな……。どう言ったらいいかわからん。どうしても悪い方に落ち着いてしまう流れを断ち切れそうにない。頑張っても、現状維持が精一杯な気がする。


「…………」


「…………」



なんだ、この間は……。できれば早く終わらしたいっつうのに……。

今はまだ俺たちしか知らないが、他の生徒まで知ってしまったらかなりの大事になるし……。

つうか、なにより、じろさんが向こう側に降りてしまったら最悪の事態になっちまう。


「どうすれば……」


と、回らない頭をなんとか回転させようと呟いた時だ。


「よっこらっ……せっ……とぉっ」


じろさんはフェンスの向こう側に居り、また一歩、最悪の事態に近づきやがった……。


「百太郎ぉ。わかってると思うがぁ、フェンス上がってこようとしたら俺っち飛ぶぜぇ」


「ま、待てよじろさん! じゃ、じゃあ、仮に俺がずっと何もしなかったらどうするんだ?」


とりあえず、話しかけて時間を稼ぐしかない。


「そうだなぁ~。ゆっくり飛ぶ……けぇ?」


じろさんは真上の遥か上空を飛行する鳥に目を向ける。


「ゆっくりって……。あのさ、じろさんは何をそこまで思いつめてんだ? 仮にも俺達より長く生きてて、本来なら止める側であんのに今は逆に止められる側に居るんだぜ? 恥ずかしくないの?」


同じように鳥を見上げてそう言ったとき、横目に青い鳥が見えたような気がした。


「そう言われちゃー恥ずかしいに決まってんだろぃ。ただ、昔からこうだったってのを思い出しちまったんでぇ」


じろさんは未だ真上の鳥を見ているが、俺はどうもさっきの青い鳥が気になって辺りを見回してしまう。


「上手くいったことがなかったのか……―――えっ? ってことはじろさん……」


「それ以上言うねぇ。お前が思った通りでぇ。死ねぇ」


そう……だったのか……。


「まあ、それだけで男は決まらないからな。結局はどれだけの人数とじゃなく、自分が好きな奴とどれだけ愛し合ったかじゃ……ねえかな……」


あ、青い鳥が居たっ―――つうか、あれは……。


「それ以上言うなと言ったろうげぇ……。でも、そうだやなぁ。張り合うならどれだけラブラブかで勝負してぇもんだやなぁ」


「だろ? じゃあ、まだ終わったわけじゃないよな?」


青い鳥が寄ってくる―――正確には、屋上から見て少し顔を覗かしてるかなくらいの位置で止まっている。


「…………」


青い鳥はじろさんを指差しOKの合図を出すと、エスカレーターの下降のように消えた。


「確かにそうだけどよぉ。俺っちはもう諦めたぜぇ」


そう言うと真上を見上げるのも止め、じろさんは屋上の縁に向って歩き始めた。


「ちょ、ちょっと待て! じろさん! いや、まじで待てって!!」


思わず声を掛けるが……。


「最後に話せてよかったぜぇ。じゃあな百太郎」


振り向きもせず、手を上げたままで縁に向っていく。


「じゃ、じゃあ、じろさん! さ、最後のアドバイスだ! 飛ぶとき目を瞑れ! じゃないと怖気ずく!!」


「な、なに言ってますのっ!? 百太郎様ぁっ!!」


存在すら忘れていたが、俺の手から逃れた中島が非難めいた顔でそう叫ぶ。


「いや……大丈夫だ。信じろ」


上手くいくかはわからんが、中島には静かにそう返すしかなかった。


「それはそうだなぁ。よっしゃ豪快に飛ぶぜぇぇ!!」


そう言い、じろさんは残り少ない縁までをダッシュしてそのまま飛んだ。




「有間先生ぇええええ―――」



「うるっさっ―――ちょ、静かにしろ中島っ」



素早く中島を捕まえ口を押さえる。



「お゛もがもがむがもごごごごっ」


何か言っているが、絶対に今は離さない。うるさいし、こいつまでフェンスを登っていきそうだ。



「いったっ―――ちょ、中島大丈夫だって! た、助かったか―――痛いって、まじで止めてっ!」


こいつっ、マジで痛いっ! 顎に頭突きしてくるわ、わき腹に肘打ちしてくるわ、指は噛むわ、かなり多彩だ。


「い゛っ!!」


「放しなさい! 愚か者っ!!」


全体重をかけてつま先を踏んできたので、流石に手を放してしまった。


「何を根拠に大丈夫だと言えるんですのっ!? 元気よく飛んで逝ってしまってよっ!?」


「だ、だから……。それは―――」


中島に手で制しながら説明しようとしたとき、頭上に風を感じると共に…….。


「おうお~う。今日は金髪ちびっ子とよろしくかねぇ~」


無感情な声が降ってきた。


「な、なんですのっ!?」


中島は驚きで目を丸くして、頭上のそれを見ていた。


そう『Fly TATAMI』だ。


「た、助かったよ……どらさん」


つま先のい痛みに堪えながら、中腰で手を上げお礼を言うと……。


「ふむふむ」


どらさんは顔が見える高さまでFly TATAMIで降下してくる。


「助けるかどうか~最後の一瞬まで悩んだんだけどね~。これは百太郎君を助ける事と考えを変えたんだ。偉い~?」


「偉いです。本当、ありがとう。俺じゃどうすることもできなかった」


どらさんと握手を交わす。



「今度デートしよう。それでちゃらにしてあげよ~う。えっへん」


「で、デートですか? まあ、構いませんけど。ていうかじろさんは?」


そう問うと、どらさんは乗り出していた身を引き、「んっ」と、体育座りのまま寝転がり泣いているじろさんを指差した。


「ちょ゛う゛ごえぇ……あ゛んなも゛んずるもんじゃねぇ……ごえぇよぉ……」


キモいが、一応懲りたみたいだからよかった。


「あの、一応、保健室連れてってもらっていいですか?」


そう言ってみると、どらさんはじろさんの頭を一発叩き……。


「しょうがないね~。まかせなぁ~」


本当にしょうがなさそうに了承して再び畳で空を駆けていき、屋上はいつもの静寂に―――。




「一体どういうことですのっ!?」



戻らなかった……。



「はぁ……」



どういうことか、説明しなくても自分で少しは考えて欲しい……。


「あの青い髪の子はどらさんで、どらさんが乗ってたのが『Fly TATAMI』。たまたま通りかかって、助けてくれたんだよ」


本当、感謝してもしきれんな……。って、俺じゃなくてじろさんがな。

最悪、元気よく死んでいたとこだし、いろんな意味で恐ろしいぜ、まったく。




「違いますわっ!!」


「うるっ……さいなぁ……。何が違うってんだ……」



違うことなんか一つもねえっつうの。



「違いますの。違いますのよ……。そういうことではなくて……」


「はははっ。なにそれ、おまっ……」


なんかもじもじし始める中島は見ていて面白い。


「わ、笑わないでっ、くださいましっ」


が、このとき見た中島の顔と言葉は……僕は忘れない。






「あの方とデートって……どういう……ことですの……?」







少なくとも、1日、2日は……忘れないだろう。



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