ケーキ修行(前編)

「よしっ……」


昨日はケーキを買うどころか店にすら入らず、よくわからない内に終えてしまったわけだが、今日は違う。


「入るか……」


学園には行かず朝一で店の前へとやってきた所までは昨日と同じだが、丁度今、意を決してドアノブを掴んでいる。もう後には引けない所まできているのだ。


「うっし……」


少し押してやると、鈴の音と共に何の変哲もなくドアは開いた。


「やっと着たわね!」


入ってすぐ、店の奥からおっさんの、野太くもいい声が聞こえ、早くも帰りたい気持ちでいっぱいにななってくる。


……だが、物の売り買いに会話は必須だからしょうがない。


「あぁ……やっぱ昨日店の前で騒いでたの見てました?」


問いながら薄暗い店内を進んでいき、ショーケースの前から店の奥へと視線を向ける。


「見ていたわ! でも、それが理由ではないの! 貴方が来ることは知っていたのよ!!」


奥に居るとはいえ、なぜそんな叫んで答えてくるのかも謎だが……それ以上に、俺が来ることを知っていたというのはどういうことなのか気になってしょうがない。


「え、ちょっと待ってください。なんで知ってたんですか?」


「なんでって、それはっ―――……いや、それは言わない約束だったわね」


はぁ、一人完結ぅっ!?  なんたってお前はなんなんだよ!!


「そんなことより早く来なさい! 作るわよ! ケーキを!!」


「えっ!? いや、嫌っ……」


ていうか、なんで買いに来たのに作ることなってんだっ!?


「ちょ、ちょっと待って―――」


「待たないわ!」


いや、何故待たないっ!?


「いいから来なさい!! もう逃げられないわ!!」


「いやいやっ、意味わかんねえしっ! つうか、逃げれるだろ―――」


言いながら後ろを振り返ると、入ってきたドアの前にシャッターが降りていた。


「ちょっと待て! なんだってんだおい!」


急いでドアへ歩み寄る。


「なんで閉じ込められてんの俺!!」


ドアを開けるが、シャッターが邪魔して開けれるはずもない。


「いやだー! ママー!!」


が、必死にドアを押してなんとか出れないかと模索してしまう。だって本当に嫌なんだものっ!


「無駄よ! そのシャッターは絶対に開かないわ! ロケットが飛んできてもびくともしない特注よ!!」


「マジかよおいっ!! なんでそんなもんが! ふざけんな!!」


こんなの聞いてねえって! ていうか聞いてても嫌だって、おいぃぃぃぃっ!!


「さあ、奥にいらっしゃい! 大丈夫! アリスちゃんも泣いて喜ぶケーキができるわ!!」


「嫌だ!! 俺は閉所恐怖症―――って、なんでアリスのこと知ってる!?」


おかしい! なんか全てがおかしいぞ!!  なぜ俺は閉じ込めらるっ!?  なぜコスプレおやじとケーキを作らないといけない!?  なぜコスプレおやじは俺が来ることもアリスのことも知ってる!?


「大丈夫よ! 貴方が今感じてる疑問は全て解消できるわ! だから奥へいらっしゃい!!」


「絶対嫌だっ!……けど……仕方ねえんだろうな……」



シャッターで逃げれねえし……あのおっさんが本気を出したら秒で床に伏せられそうだ……。



あぁ……もうほんと嫌……。


「はぁ…………」


まあまあでかい幸せがため息と共に出て行ったに違いない……。

意図せず肩も下がるってもんだ……ちくしょう……。












―――鬼我島学園、2年B組。


「では、授業を始めるぜ~っとくらぁ。へっへっへ」


なんだかふらつきご機嫌とといった感じで担任が入ってきたので、鬼我島の歴史教科書を出し黒板に目を向ける。


「ちょ、じろさん大丈夫か? 酔ってるん?」


ゴリラが担任へそう問うと、他の皆もざわめきだす。


「ばっきゃろぉーっはっはっは。んなわけねぇ~って。……ばかやろっ!」


教卓を通り過ぎ、窓際の一番前に座っている中島の机に教科書を置く担任は聞くまでもなく、確実に酔っぱらっている。


「ちょっと、なんですの!? 先生しっかりしてくださいまし! ……くさぁっ!」


驚いた中島がキーキー声で喚きよる……。

私はあいつのあの声は本当に我慢ができないので勘弁して欲しい。


「うるせえばかやろう! 俺っちがいつ授業やるっつったんだばかやろう!」


「いや、入ってくるとき言うたやん。それに、そうやないなら何のために入ってきてん」


ゴリラが皆思ったであろうことをずばりつっこむ、が……。


「しるかぁ~ってんでぇ~。自主でぇ。自習」


担任は一気飲みしたカップ酒の瓶を中島の机の上に置くと、崩れるようにして床に寝転がり、すぐさまでかいいびきをかき始める。


「…………」


百太郎が居なくても、このクラスは授業がまともに行われないのか……。


「はぁ……」


ため息混じりに、やつ(百太郎)の机に目を向ける。


「…………」


昨日に引き続き、今日も学園には来ていないようだが……


「…………」


私はその理由を知っている。随一連絡が入ってきているのだ。ケーキ屋の店主から。


「ん?」


今も連絡が着たようだ。携帯が振動で知らせてくる。


「ふむ……」


担任は寝ているし気にすることもないだろう。

取り出した携帯を操作し、受信したメッセージへと視線を向ける。



『やっと二人になれたわ(はぁと)これからケーキを作るの(はぁと)』



「きもっ……」


思わず携帯から顔を引いてしまった。


「…………」


だが、まだ文が残っているようなので、さっとスクロールし再び目を向ける。


『アリスちゃんが泣いて喜ぶケーキを作ると彼も張り切っているわ』


画像が貼り付けられていたので見てみると、胸の前で両腕をクロスし、親指と人差し指と小指を立て舌を出した百太郎が写っていた。


「張り切るというより宣戦布告じゃないのか……」


腹が立つ…………が、画像は保存する……。


『今日中には出来上がると思うわ。大丈夫。待っていて(はぁと)』


メッセージは以上みたいだ……。


「はぁ……」


携帯をしまうと机に突っ伏す。


「…………」


普段ならこんなだらしないことはしないが、今日は疲労が抜けておらず兎に角眠い。


「…………」


というのも、昨日の昼、また恋と廊下で会ってしまい、屋上に行って何をするでもなく空を眺めていると、『依頼書というのをちゃんと作り、指名制とかにしたら依頼が来るんじゃないですか?』などと、恋が言い、私もその意見に乗ったまでは良かったが……放課後、二人して思いつく限りの項目を作り、簡易ではあるが出来上がったそれをできる限り多くコピーして全教室に配置するという、言うは簡単だがやってみると結構な労力を要するその作業を、日が暮れ、『獣のような声が聞こえた』と恋が興味津々で屋上の方へ見に行こうとするのを必死に止めるまで続けていた。


「ふぁ……ぁ……」


そして、今日、少しの疲労を抱えつつも早く起床し、あと一年の教室分だけ残った依頼書配置作業の為、少し早めに学園へと登校し、恋と共になんとか終わらせて、今だ……。


「…………」


そもそも、何時間寝ようと朝が弱い私には、いつもより早く起きるなどーーー。


「ふぁ……ぁぁ……」


たまらん……物凄く眠い。

なかなかの仕事だったからな……。ちゃんと依頼が投函されればよいが……。


「ふぁ……ふぅ……」


いや、そんなことよりもまず、百太郎は【暗黒の月】を完成させれるのだろうか……。

それが問題だ。


「…………」


いや……気持ち悪いが腕は確かだ。

あの男に教えてもらえばできないことはない筈。


ただ……あの男は、アレ(暗黒の月)は技術というよりは気持ちが大事だとも言っていた。


「誰かの為に……か……」


そういう気持ちがないとできないようだが……。


あの百太郎に、そのような人物、ましてや、気持ちなどあるのだろうか……?


「…………」


それに、仮に完成品を持ってきたとしても、それは、私ではない誰かへの為立ったりするのだろうか?


「っ…………」


くそう……。自分で差し向けた筈なのに考えると色々と不安で仕方なくなる……。


「ふ、ふんっ…………」


ま、まあ、できなかったらできなかったでいいっ。

私は奉仕活動部を抜け、あいつとはもう関わらない。そ、それだけだっ。


「ふんっ…………」


…………………………。


「ぅ……」



強がってみたが、それはやっぱり……なんか悲しい……気がする……。



「…………」



完成できるのかな……。




できたら……いいな……。




いや、できて……ほしいな……。












―――シャルルン・デブ。



「あむっ……。むむっ!!」


な、なんだこれは!!  口の中で溶ける!!  つうか蒸発するぅっ!?


「んむむむっ……!!」


口の中に広がるこれはチョコレートの花畑っ!?

濃厚なのに後に残る舌や喉にドロっとした不快感がねえっ!!


「んはぁっ! 美味すぎていいんです!!」


こんなにハイテンションになれるなんて自分でも知らない事実だったが、そうなってしまうほど、この暗黒の月ってやつは美味い。


「あらあらぁ~。百太郎君はテンション上がるとジェイっちゃうのねぇ~」


「初めてなぁんです! こんなにおいしいのは、絶対に負けられないあさずけのもとだけっ!!」


天井に向って大声でそう叫んでしまう。


「うふん。まあ、これを貴方がつくるのよぉ」


相変わらずコスプレしているおっさんがごつい腕で肩を掴んでくる。


「いや、流石にこんなの、素人が何時間か練習しただけでは無理でしょ~よぉ」


元のテンションに戻り冷静にそう返し、さりげなく手を振り払う。


「大丈夫よ。生地は私が作るから、貴方はただこのパウダーを混ぜてくれればいいの」


そう言い『キモチコメンダー5kg』と書いてある紙袋を手渡してくる。


「えっ? そんな簡単なことでいいの? つうかそれだったら俺要らなくね?」


作るって感じでもねえし、楽勝過ぎるだろ。


「まあ、簡単ねぇ~。気持ちがあるならだけど」


おっさんがウインクをしてくる。


「あ?気持ちってなんだよ」


言って、ウインクを返してやる。


「誰かのことを思い、その人に食べさせてあげるんだという強い気持ち」


再びおっさんがウインクしてくる。


「ああ、そういうことね。料理の基本ちゃー基本だよな。誰かに作ったことはねえけど」


俺自身、いつも自分の為だけに作っていて自分がおいしいと思う味付けだから他のやつからしたらおいしいのかはわからないわけだが、そういう気持ちで作るんだろうな~ということはわかる。

というか、店であるからにはどんなとこであろうが、そういう気持ちで作っていて欲しいとは思う。

ラーメン屋のツンデレオヤジみたいなのでも、気持ちだけは持っていて欲しいもんだ。


「そう。基本なんだけど、毎回毎回そう思って作るの実は難しいことでもあるのね」


「ん? まあ、確かに。人間だし、そういうこともあるだろうな」


客が来ねえ日とか続いたら、気持ちがダレてしまったりもあるだろう。


「それにね、このパウダーは結構シビアなのよ。混ぜてるときに一瞬でも違うことを考えたら失敗しちゃうのね」


「えっ……」


まじかよ……こいつそんなに繊細なのか?


「そうは見えねんだけどな……」


思わず、抱えていたパウダーを見ていると……。


「私もねぇ。だからこういう格好をして、黒猫―――ベベっていうんだけどね。彼と一緒に店をやってるのよ」


おっさんが遠い目をしてなんか言い出した。


「意味わかんない。何故そうなる?」


気持ちを込めるのと、コスプレして猫と一緒にやるのとなんの繋がりがあるってんだ?


「私はズブリシリーズの『ウィッチな宅急便』が好きなのよ。その気持ちを逸らさず込めるために形にまで入ったの」


「あぁ……そういうことか」


なんとなく分かった気がする。


「毎回毎回、そう思って作るのは難しいってそういうことでもあるんだな」


好きなのに紛れなくとも、それだけを毎回考えて生きてる訳じゃねえしな。おっさんだって別のことも考えるってもんだ。じろさんだって毎時間毎秒英語教師のこと考えてるわけじゃねえもんな。


「私もねぇ、めんどくせえなって時もあったのよ。でもね、やっぱりね、そんな気持ちで作ったケーキは売れなかったの」


「あぁ……まあ、ただでさえ見た目がな……」


丸顔の無精髭で、毛深く丸太のような腕してて、兎に角全体的にごつい。ゴリラが可愛く見えるほど、ゴリラみたいな風貌だ。そんなのが作るケーキが美味しいほうが間違ってる。多分。


「そんな時だったわ。青い髪の少女に出会ったの。無表情でねぇ~……言葉に感情がないの」


「えっ……」


そんな特徴的な少女はこの鬼我島ではどらさんしか居ねえ筈……。


「不味そう。入ってくるなり一言そう言ったわ」


「ええっ……」


学園外でも本調子過ぎるだろ、どらさん……。


「私はね、その時怒るよりも雷に打たれたような気分になったわ」


「は、はぁ……」


どらさんはただ、単純にそう思って言っただけなんだろうな……。


「そこで、その少女を質問攻めしたわ。外観はどうとか店の雰囲気とかケーキの陳列とかね」


「あらぁ~……」


どらさんが一番嫌う接し方だ。首を振ってうるさいと言う絵が浮かんでくる。


「うるさいと言われたわ。首を振って『いいーーーっ!』って感じで」


だろうな。どらさんじゃなくてもこんなごついおっさんに質問攻めされるとか嫌だしな。


「そこで急に、少女が着ていた白衣のポケットからこれの試作品を出したのよ」


「あぁ~なるほど。そういうわけね。これも道具なんだ」


キモチコメンダーに目を向ける。考えてみりゃネーミングもどらさんじゃねえか。何故わからなかったんだろうな。


「これは何の栄養もないただの粉だと言ったわ。ただ、気持ちだけを察知して時に不味く、時に美味しく変化させる粉だと」


どらさん、あえて流行ってない店で試そうとしたんだな……多分。


「最初は苦労したわ。不味くしかならないの」


「あ、あぁ……そう」


おっさんが最初何考えて作ったか考えると恐ろしいな……なんか。


「でもね、試行錯誤を重ねて散々悩んで悩んで、ようやくできたのが」



“暗黒の月とこのスタイルよ”



おっさんはこれを見よといわんばかりに両手を広げポーズを取った。


「ああ……そう」


おっさんはおっさんなりに頑張ったわけだ。


「まあ、なに?  他にあったんじゃねえの?  嫁とか子供とかさ」


何故、そこに辿り着くのかは理解できん。なんで、いいおっさんがアニメ映画の主人公の、また“少女“なんだよ。真逆の存在じゃねえかどう考えても。


「婚期を逃した小汚いおっさんに何があるっていうの!?」


「えっ……」


突然叫んだことにも驚いたが、その叫んだ言葉っ……。


「気持ちを込めれるものがあるわけないじゃない!」


おっさんがそう叫び泣き崩れるので俺は唖然としてしまった。


「あ……いや、あの……」


た、確かに……ないかも知れねえ……。


「その……」


い、いや、でも、なんか……駅裏スナックの飲み屋の姉ちゃんとか……。


「あ……ぁぁぁ……」


俺もモテるタイプでも無く、ましてや人付き合いが得意なわけでもないので、何も言えずその場に膝をつくしかなかった。












「よし、もうすぐね。私が入れてと言ったら入れるの。そして止めと言ったら止めるのよ。OK?」


「ああ、任せろ。OKだ。おっさん」


初めてもいなかったが、少しの休憩の後、俺とおっさんは作業台に就いていた。


「っしょ。おいっしょっ……」


といっても、俺はキモチコメンダーを持っておっさんが生地を混ぜたりこねたりしているのを見ているだけ。


「う~ん。そろそろ……かな……」


おっさん、格好は変だが、手際の良さと丁寧さは流石プロだと思う。


「うん。いいわね……」


ただ、兎に角、腕から肝心な手まで、どこもかしこもごついわけで、何してるとか一切見えず、わからなかったりする……。まあ、この時以外はケーキなんか作らんだろうからいいんだけどさ。


「よし、入れて!!」


「おし! 任せろ!!」


おっさんが差し出してきた生地の入ったボールにドバドバと白いパウダーを入れる。


「うっしゃー!!」


「いいぞ! もっときなさい!!」


おっさんのテンションも上がってるようなので、粉が舞おうが知ったこったちゃないとばかりに豪快に更に入れる。


「おらおらおらぁあああああ!!!」


「っしゃい!! もういいわっ! 止めてぇぇえええい!!」


すぐさま紙袋を閉じると、ここからはまたおっさんの仕事だ。


「ぅぉぉおおおおおあああああい!!」


豪快にこね回し、形に流し込むとすぐにオーブンに突っ込んだ。


「ふう……後は待つだけよ……。一応完成ねぇ……」


「いや~なんつうか……。楽だな。俺のポジション」






そうして、待つこと数十分。



「さあ、切るわよ」


「あ、ああ……」


どうやら、この切るときに失敗か成功かがすぐにわかるらしい。


「ふんっ……」


おっさんがケーキ用の包丁を見た目暗黒の月へと入れる。




“どんどこどんどこぴ~ひょろろ~”




「…………」


「…………」


なんだ……? さっきの祭囃子のような音は……。


「ふぅ……失敗ね。ちゃんとアリスちゃんのこと考えてた?」


「い、いや。思ったのはなんか祭りっぽい雰囲気だな~と……」


妙に気分が上がってしまって、アリスのことなんか全く考えなかった。


「えっ? つうかなに? 俺が祭りっぽいと思ったからケーキから祭囃子が?」


「そのとおりよ。包丁を入れればわかると言ったでしょう……」


そ、そうだったのか……。

プロっぽく断面とか見てわかるのかと思ってたが……こんなにもわかりやすい仕様なんだな……。


「とりあえず、失敗作も食べなきゃわからないでしょうから……食べてみるわよ」


そう言うと、おっさんが切り分けたケーキ渡してきたので、受け取ってすぐ噛り付いてみた。


「おっ……。こ、これは……」


ソースの色がついてるのに妙に乾ききっていて、もっさりとした触感と共にほんのりソースの味がするこれは……!


「出店の焼きそばだ!」


いやぁ……これはこれで何故か癖になる味なんだよなぁ……。

あぁ……角は紅しょうがの味がする……。


「私はフランクフルトの味がしたわ……。ケチャップ&マスタードを忠実に再現したね……」


沈黙が二人を包み込む。


「…………」


「…………」


恐らくだが、おっさんもこう思ったに違いない……。



“これはこれであり”なんじゃないかと。


「あの、これさ……。結構いけるよな」


「ええ……。切り分けたら切り分けた分、出店の味があってパーティーにはぴったりね……」


一時だったとしても、これはこれで、恐らく大ヒットする予感が半端ない代物だと思う。

味で祭りを忠実に再現しているわけで、懐かしさから買う大人も結構居ることだろう。


「貴方、開発のセンスがあるわ」


「え? そうかな? いや、でも、それはちょっと嬉しいな」


開発だけしとけばいいってんなら、将来そういう職に就くのも悪くない。


「ただ、これは暗黒の月ではないわ。今で言うと失敗作に他ならない。……残念ながらね」


おっさんは本当に残念そうに作業台の隣に置いてあるゴミ箱へ祭囃子ケーキを捨てた。


「しょうがないよな……」


「本当ね……―――いや、駄目よ!  一回の失敗でこんなに落ち込んでいたら駄目! 次よ次っ!」


そう言い、おっさんが再び生地を作る準備を始めたので、俺も気持ちを入れ替え、おっさんの隣に移動してキモチコメンダーを構える。


「おっしゃ! 次こそは完成だ!」



待ってろよアリス! びっくりするほどにクソ美味い暗黒の月を食わせてやっからよぅ!!



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