来たけどよっ!アリスの家

「うわぁ~~っ。海外旅行に来た気分ですね~」

2、3歩進んだ辺りで、恋ちゃんが目をルンルンと輝かせそう言う。


「だな」

「やな」

「え、ええ、ですわね……」


俺とゴリラ、そして中島でさえもそれには同意するしかない。


「王妃かなんかに招待された気分だな……」


本当に戦車二台が余裕ですれ違えるほどに馬鹿広い家の入り口まで繋がっているだろう赤レンガの道。そして、その両端には4、5メートルぐらいある木が中央に見える噴水までの道を示すかのように、間隔を開けて植えられている。


「どんだけの土地所有してるんや……?」


ゴリラの疑問は最もだ。木々の間から向こう側が見えるのだが、芝生がどこまでも続いてやがる。


「なんなんですの……あれ……」


中島の顔が引きつるのも、これまた最もだ。入り口の門と王宮を繋ぐこの赤レンガ道の中心辺りには、角の生えた筋骨隆々で見るからに強そうな人物が腕組みして立つ、巨大な噴水がある。


「なんかもう……恐ろしいわ……」


噴水の奥にそびえ立つ、城“みたい”じゃなく、“まんま”城のなんたらキンガムとかいう銀紙噛んじまったかのような名前の城みたいなの見えてるしな……。洋風建築の建物は沢山あれど、敷地の広大さや建物の大きさまで国内で再現しているのはあまり――――と言うか“住み処”としては今まで見たことがねえよ……。


「あぁ……俺なんてことしたんだろぅ……」


まさか自分が通う学校の近所で―――住まう町の近所でこんなの見るとは……。

しかも、まさか同じクラスの女子の家とは……。


「…………」


まさかその女子の頭に鼻かみティッシュを付着させたとは……。


「まさか……」


遂には口にまでしてしまう程、まさかの連鎖に填まり、闇へと浸りそうになった時だった。


「うっわっ!ヤバぁっ!何あれ、カッコいいっ!!」


と、恋ちゃんが声を上げやがったので、視線を追ってみる。


「こっちが恥ずかしいぐらい堂々と立ちションしてる!!キャーッ!最っ高!カッコいいっ!!」

噴水の中央に立つ筋骨隆々の像、彼のファンになったようだった。


「…………」


この娘は、放尿に関して並々ならぬ思いれがあるのだろうか……。


「何故っ!?何故、な、ん、だいっ!!腕組みこのやろっ」


確かにでかいし、威圧感もあって、圧倒されるのはあるけど、キャッハーと興奮を露にするのはおかしい。しかも、乙女が。


「…………」


幼馴染みとは言え、この“恋”と言う生き物に関しては知らないことが宇宙ほどある気がする。だが……


「それがほんとの恋(こい)なのかい!おい、筋肉!どうなんだいっ!」


一緒に乗ってキャッハーしちゃう俺も他から見たら謎なのかもしれない。何故なら……


「…………」

「…………」


ゴリラと中島の顔を見たらよくわかる。目は口ほどにものを言うというのはこの事だ。と言うか、場合によっては口よりうるさい時もある。


「イェェアッ!恋ちゃんっ」

「イェェアッ!百ちゃんっ」


だが、そんなこと気にしてもしょうがない。

楽しければそれでいいと、二人でハイタッチを交わし。乾いた音が辺りに響く。


「ほっほっほ」


すると、俺と恋ちゃんの様子を少し離れた所で窺っていたらしい、黒スーツのじいさんが微笑みながら俺達4人の下へと歩み寄ってくる。


「な、なんですのっ。あの素敵おじ様」


「わからん……―――が、流れ的に執事的な人じゃないか? てか、素敵おじ様ってなに?お前、じいさんフェチ?」


冗談で中島に問う。


「おじいさんフェチでは無いですわ!!謝りなさい!」


そう返ってくると、思ってのことだったのだが……。


「たまらないですわ……。あの優しそうな……アゴヒゲ……」


ウットリとじいさんを見つめ、そう呟いただけだった。


「マジかよ……。意味わかんねえよ、ばか野郎……」


まさかの反応で、そう呟くしかなく下を向いていると……。


「おやおや、驚かしてしまいましたかな?」


目の前へとやって来ていたじいさんはそう言い穏やかに笑う。


「いえ、大丈夫です」


「それなら安心しました。それと、申し遅れました。私は……」


じいさんの自身の説明によると、やはり、執事らしい。


「お嬢様方が幼い頃から身の回りの世話をさせていただき、オムツまで換えましたからな。もう孫ですな」


「あ、あぁ……。そうなんですか……」


オムツこのじいさんに換えられてたのかアリス……。

ていうか、じいさん執事の立場で孫とか自分で言っちゃうのか……? そんなもん?


「そうなれば、御主人達は息子夫婦となりますな。あの世話しないどら息子めぃっ。ほっほっほ」


「えっ……?あぁ、そうなんですね。あははっ……」


ちょっ、なんか大丈夫なのか……?と、なんだかこっちが気になってしまい、思わず回りを見回すが、じいさんは気にもせず続ける。


「私の事は以後、じいや、じい、執事、なんとでもお呼びください」


「あぁ……じゃあ“じいじ”で」



依然、周囲を警戒しつつ適当に俺は返していた。


「じ、じいじっ…………!」


じいさんは目を見開いてしまったので、やっちまったかと思いすぐさま謝ろうとした。だが……。


「なんと親しげな事かっ!光栄です!以後そうお呼び下され!」


怒ったのではなく感激した様子でじいじが興奮気味に握手を求めてくるので、とりあえずガッチリ交わす。ただ、少々俺個人の中で状況が変わってきた……。


「あ、あの……」


だから、俺はじいじが次何か言う前に、アリスでもアリス姉ちゃんでも執事でもメイドでも何でもいいので、兎に角、アリス宅の誰かにあったら言おうとしていたことを今まさに口にする。


「トイレ借りていいですか?」









「ふむ……で?」


目の前に並んで座っているゴリラと恋、そして何故居るのか分からないが同じクラスの確か……中森……?中本……? ま、まあ、中なんとかに説明を求めた。


「奴は何処に居るんだ?」


と。家に電話し人の家の住所を調べてまで謝りに来たはずだ。なのに、何故、奴は居ないくて代わりに全然関係無い、中なかんとかが居るというのだ? とことん意味が分からない。我が敷地内に足を踏み入れた瞬間、蒸発してしまったとでも言うのか?


「…………」


奴の一番の仲良しだろうと思われるゴリラに目を向ける。すると、ゴリラは苦笑いする。


「あいつ、トイレ行ってるわ」


ゴリラがそう言うと、お次は恋が興奮気味に身を乗り出してくる。


「メイドさんに案内されて嬉しそうに付いてきましたよ。アロマ姉さん。奴、冥土に連れてきましょうや」


なんだか、上手いことを言っている。


「じいじさんをくださいませ!」


ん? 中なんとかの奴はさりげに誰かをくれと言うのか? 

して、じいじとは誰だ……まさか、あの最近バイトで入ったあの虚言癖のあるおじいさんか……?


「じいじとかいう人物が誰なのかは知らんがやるつもりはない。後、冥土へはいずれ連れていくつもりだ」


中なんとかと恋にそう答え、ゴリラへと視線を向ける。


「ただ、奴が不在では話が進まんではないか。どうするのだ?」


ゴリラに聞いた所でどうにかなるわけではなかったが、私はそう聞かずにはいられない。


「いやぁ~……。俺に聞かれてもわからへんけど……」


友人と呼べる人物が居らず、ましてや家にまで押し掛けてくるなど、こ奴等が初めてだった。


「てか、アリスは……」


それ故、どう接していいのか分からない部分がある。人と接する事が苦手な訳では無いが、親しき人物――――友人という関係の者との接し方がいまいち分からない。と言うか、そもそも「友人と思っていいのか、その辺から既に分からないのが本音だ。


「ほんま辞めるつもりなん?」


「ああ……。奉仕活動部か……」


そうか……。まあ、そうだろうな……。こ奴等は“ただ”家に押し掛けてきただけなんだ。部活の為に。


「ふむ……」


まあ、そうであったにしろ、私も少々感情に任せ過ぎたと今は思っている。あの時は辞めると思ったが、冷静になった今、自分でもよく分からないといった感じだ。もっと言えば、百太郎への怒りも正直言って無い。辞めても続けても―――まあ、始まっても無いが―――どちらでもよい。


「それは……」


だが、謝りにきたとは言っていたがあやつ―――百太郎の本心を見極めてから辞めるか、続けるか、許さずぶん殴るか、許してぶん殴るかを決めようと思っていた。


……が、肝心の奴はトイレに行き、付き添いだらけのこの室内……。


「まあ……奴次第だ。辞めるも続けるも」


「そうか……。まあ、アイツも戻って欲しいと思てるで。そうやないと家までこんし」


ゴリラは付き合いが長くそんなことをいうが、私としては奴が何を考えているか全く分からない。

何を仕出かすかも分からない……。それは会話をするようになって日が浅いとは言え、日頃の言動から察することが容易だ。


「ふむ……」


ただ……ただ、一つ言えるのは……。


「…………」


頼むから、私の家では何もしでかすことなく帰ってくれ……。









「ぬわぁああああああああああおっ!! なんやこれぇおぉいっ!!」

おっと失礼……。素が出た。


「コホン……。おやおや、なんですかこれは、おい」


紳士的に改めてトイレを見回す。


「いや……。やっぱり意味わかんねえよ」


大きめに幅を取られた個室が入って右側に計6個、その前にあたる、入って左側に小用が6個、これも感覚は大きく空けられていて家のトイレにしてはあまりにも広い、軽く見積もってもウチのクラス程かもう少し広いかぐらいだ。


「何故なんだ……」


床や壁はピッカピカの石―――恐らく大理石とかいうヤツだろうが、それよりも……。


「何故噴水があるのっ!? どうして!? これがほんとの憩いの場っ!?」


入って直ぐに―――サイズは二回り程小さいが―――外にも居たあの屈強そうな人物が迎えてくれる。

まあ、しょんべん小僧ならぬしょんべん鬼と呼ぶべきコイツは確かにトイレにあってると言えばあってそうだが……。


「なんの意味があるの?貴方」


聞いた所で言葉が返ってくるわけでは無いが、ずっとこちらを睨んで立ちしょんしているこやつにそう問い、噴水を回り込むと一番手前に位置する個室へと入り用を足した。









「あっ……」


トイレから出ると案内してくれたメイドさんが待っていてくれたのだが……。


「よかったぁっ。ご無事でしたかっ?百太郎様っ」


と、何故だか、俺の顔を見るなり安堵した様子で走り寄ってくる。


「え、いや、そりゃ無事でしたが……? 紙もケツも切れること無く……」


俺が知らないだけで、実はトイレって危険な場所だったんだろうか? 上流階級ではわりとポピュラーな事実みたいな?


「いえ、そうではなくて……。あの、大声を上げていらしたので……」


と、なんだか恥ずかしそうに言うメイドさんだが、むしろ恥ずかしいのはこっちだったりする。

全部聞かれていたという事実を突き付けられたのだからな……。


「でも、確認しに行くのも、何もなかったとしたら……」

「い、いえっ、この通り大丈夫ですっ。ただ、でかさに驚いただけなんですよっ。そ、その、なんかすいません!」


それも仕事の内なんだろうが、この人はなんていい人なんだろうと思う。顔を赤らめ恥ずかしそうにしているのも、あれだ、純粋に可愛いと思ってしまう。


「で、でかさにっ……!」


ん……? あれ?


「やだっ、大きさだなんてっ……。ああっ、やだって言っちゃ駄目っ。百太郎様はお嬢様のっ―――」


なんだってんだろう? どうしたんだろう?


「でもっ、そんな“モノ”の大きさを自慢する人は嫌っ―――ああっ、駄目っ。私はなんてことをっ」


えっ、ちょっ、ほんとどうしたんだこの人?


「あ、あの、ちょっと……? すいません?」


自分の頭をポコポコ叩き出したメイドさんに圧倒されつつも、恐る恐る声を掛けると……。


「はっ…………!」


文字通りハッとした様子でこちらを向き……。


「も、申し訳ありませんっ!!百太郎様がそんなゲスな方とは思わず私ったらついっ―――って、ああーっ!ごめんなさいっ!!」


「ええええええっ!?」


自分の頭を叩いたと思ったら、酷いことをさらりと言って終いには土下座っ!?


「いやいやいやいやっ!何を謝ってるのか分かりませんけど大丈夫ですから!」


と、メイドさんを立たそうとするのだが……。


「いえいえいえいえっ!私は最低なメイドです!どうぞお踏みくださいっ!!」


頑なに拒否し、そんなことを言ってくる。


「いやっ、出来るわけないでしょ!てか、どこ踏めってんですか!そんなコアなプレイ想像した事もありませんよ!」


「そんなっ、それでは私の気が収まりません!百太郎様はゲス野郎なので大丈夫です!さあっ!」


いや、さあじゃねえしっ。


「そんなことを言われてもっ―――てか、ゲスゲス言ってるけどあんたなんか勘違いしてるからね!ウンコじゃなくてトイレだから!!」


「えっ……」


メイドさんが驚いた顔を上げこちらを見てくるので、ため息混じりに続ける。


「だから“でかさに”ってのはトイレの広さに驚いたんですよ」


「トイレの…………広さ…………・?」


「ええ。この家の人は見慣れて麻痺してるかも知れませんが、初めての奴はあの規模のトイレなんて驚くってもんで…………」


て言うか、一般的には説明しなくてもそう解釈してくれると思うんだがな……。


「決して、自分の“モノ”の快調具合とかそんなのではありません」


なにを騒いでるか、わからないにしても……。



「で、では、私はその、盛大な勘違いを……」


見る見る内にメイドさんの顔は赤く染まり……。


「申し訳ありませんっ!!」


ドゴンッ!!っと凄い音立てながら再び土下座する。


「いやいやっ、そんな謝らなくていいですって!てか、頭大丈夫ですかっ!?すんごい音しましたよっ!?」


「だ……大丈夫ですぅ……。そ、それより……わ、私は……ふぅぅ……ぅっ……」


泣いてんじゃねえかよ……。ったく、可愛いなコノヤロウ。


「いや、もう謝らなくていいですから。それより頭診てもらった方が――――」


と、シクシク泣いているメイドさんを立たそうとしたその時……。


「死ね~~~」


のほほんとした調子の恐ろしい言葉と共に何かがおもいっきりぶつかってきて……。


「うごぉっ……」


なんだかよく分からないまま、身体が宙を舞い……。


「ぐはぁっ……」


ようやく地に落ち着けたと思った頃には、元居た場所から20メートルは離れていようか……と、言った位置まで吹っ飛ばされていた……。


「い、一体……何がっ……」


そう呟きながら上体を起こすと……。


「えっ……」


細く透き通るように白くて綺麗な足が目の前に現れた。


「ど、どういうこったぁ……?これぁ……」


とか言いつつも、原因究明をしたがらない俺が沢山居た。と言うか、正直、そんなものはどうでもいい。


「ふぁぁ……」

ずっと見ていたかった。この足をこの自然な芸術を―――生きる芸術を―――神々しさすら感じるこの光輝く足を。


「…………」


目が放せず、文字通り釘付けになっていると……。


「こんにちは」


天から可愛らしい声が降ってきたので、惜しまれつつも視線を少し上げる。


「なっ……」


そこにはなんと、赤い髪の天使が居た。


「こ、こんにちは……」


挨拶を返すと天使は微笑み、胸ぐらを掴んでくる。


「あ、あぁ……」


天使よ……―――って、胸ぐらっ!?


「ふおおおおおっ!」


瞬く間に立たされ、顔を近づけられる。


「え、えと、あ、あのっ……な、なんか知りませんが……ご、ごめんねっ……」


顔はニコニコとしていて本当に可愛らしく天使の様だが、なんだか雰囲気やオーラという見えないが感じるものが怖くて、思わず謝ってしまった。


「家の使用人を泣かしといて謝って済むと思いますか?」


穏やか~な、のほほんとした感じで問うているが、胸ぐらを掴む力はさっきより更に強く、若干息苦しさを感じる。


「い、いやっ……泣かした覚えはないってか……勝手に泣い―――く、苦しっ」


つうか、もう首を絞められている。しかも片手なのに物凄い力―――てか、浮いてるっ。両足浮いて―――ああっ、駄目っ……。意識がっ……。


「く……くぁっ……」


朦朧とする意識、ぼやける視界、そんな中で最後にうっすらと見えたのは、メイドさんが何かを言いながらこちらに走ってきている。そんな様子だった……。








「ごめんね~。てっきり鈴(りん)をむちゃむちゃにしようとしてるのかと思っちゃった」


そう赤い髪の女の子は笑い、鈴と呼ばれた、トイレまで案内してくれたメイドさんは


「笑い事じゃないでしょ!もうっ。シアの早とちりはいつか殺人を犯すよ!」


と、赤い髪の女の子を叱る。


「…………」


見ていて和やかだが、俺は未だに赤い髪の女の子を見ると震えが止まらない。


「…………」


あれは死への一歩手前だった……。このメイド―――鈴さんが誤解を解くのが数秒遅れていたら俺は死んで、この広大な土地の一部になっていたかもしれない……。


「もし、彼が死んでも、一体くらいなら埋めてもバレないよ」


「なっ……!!」


お、恐ろしい思惑がシンクロしたっ……! 思わず顔を上げ、シアと呼ばれた女の子の顔を見る。


「もうっ、バカ言わないの。百太郎様恐がってるでしょ」


「ごめん、ご~めん。冗談だよ~」


微笑む、シアさんだが、一緒に笑う気なんて起きねえ……。


「ところで……あの……」


と言うわけで、話を変える為といきなり色々ありすぎて聞きそびれた事を聞いてみることにする。


「貴女は……誰……?」


鈴さんは明らかにメイドと分かるような服を着ているので趣味とかじゃなければ、こんな屋敷だし考えずともメイドだと分かるわけだが……。


「今更なんだ~~あははははっ」


何故だか爆笑しているこのシアとかいう人はメイドでもなけりゃ、当然執事でもない。


「あはははははっ」


おおっ、屈みこんでまで爆笑するからパンツがっ―――じゃ、なくてだな……。それどころか、俺やゴリラ達と同じ学園の制服を着ているわけで、今思い返せば、声に聞き覚えがある気がする……。てことは、それらから察するに―――。


「こう見えても、アリスお嬢様やルイお嬢様のお姉さんなんですよ。シアは」


出そうとした答えを鈴さんがさらりと言い「残念ながらね」とまで爆笑するシアさんに目を向け、ため息と共に付け足す。


「あぁ……やっぱりそうなんですね」


と、鈴さんに返した時……。


「やっとわかったか。この~」


首にチョップをくらい、視界が物凄くぶれる。


「こらっ、シアっ!何故今日はそんな攻撃的なの!やめなさいっ!」


「ごめ~ん。ちょっとした戯れだよ~。怒んないで~」


た、戯れで危険な部位を……?


「っつつ……」


あぁ……ゴリラの言ってた「首は危ない」ってのが今わかった。確かに危険だな……。て言うか、このシアという人が危険なんだな。ロシア軍にでも居たんだろうかな……。


「あははははは」


アリスはアリスで危険だが、この姉さんは更に輪を掛けて危険な気がする……。

なんか、己の肉体のみで容易く人を殺せる力と技量を兼ね備えている、超危険人物な気がするんだ。


「やだ、ほんとに怒っちゃった~?」


「い、いや、怒ってないです。てかむしろ、恐れ戦く(おののく)と言うか……。て言うか、て言うか……」


何故人の腕を取って、上腕に頬擦りしてくるんですか……?


「ごめんなさ~い。怒んないで~」


ああ~……駄目だ。色々柔らかい……。そして、可愛すぎる……。アリスがお嬢様なら、シアさんはお嬢ちゃんと言う感じで、内情知らず、どちらが姉かと聞かれれば間違いなくアリスと答えると思う。


「あ、あの、本当に怒ってないですから。止めて欲しくないですが、もう、その大丈夫と言うか…………」


惜しまれつつも頬擦りは止めてもらおうと、そう言うと……。


「えっ……やだ……百太郎様はロリコンっ……?」


またもや鈴さんから避難めいた視線が飛んできた……。


「ロリコン違いますよっ!」


声を大にして反論するが、言った後に迷いが直ぐ様やってくる。


「…………」


100%違うとは言えないのではないか?……と。思えば、変人が寄り集まった様な学園で、一、二を争うくらい変わり者で幼顔などらさんに唯一なつかれているわけで、俺自身、それを嫌と思わない。と言うかむしろ、嬉しく思い、誇れることだとも思う。良い所を挙げるとなると、キリが無いほどだ……。困った時には必ずスカートや白衣のポケットから自作の便利道具を出してくれる、優しく親切な所。思ったことをハッキリとストレートに言う裏表無い所。凄く気まぐれでマイペースで媚びない猫っぽい所。どんな些細な発見でも跳び跳ねて喜ぶ子供の様な純粋な所。物知りで頭の回転が速く天才としか思えない所。……ほら、キリがない。好きな所や尊敬する所がぽんぽん出てきやがるんだ。


「……ハハっ」


しょうがないよね。僕は夢の様に恵まれているんだ。そうさ、夢の国の番人なのさっ。

当たっているとことになるね。やったねっ。ハハッ。


「…………」


いや、ちょっとまて、なんというか……俺はアリスも綺麗だと思ったし、お姉さん的なニオイがする鈴さんもアリだと思ったんだ……だからっ―――っShit!!!


「っちげえよっ! そもそも俺がロリコンとかそんな話じゃ無いでしょう!!」


何の話だったかは覚えていないが、少なくとも俺がロリコンかどうかの話では無かった筈だっ。

というか、いつまでもこんなだだっ広い廊下でのんびりやっている場合では絶対に無い筈っ。


「ああっ、そうっ! アリスお嬢様の部屋に案内するんでした!」


「そう、それだっ」


なんで忘れてたんだまったくっ。この家に来た目的は正にアリスじゃないかっ。馬鹿っ、俺ほんと馬鹿っ。


「鈴さん。では、さっそく案内して、くれるかな?」


「いいとも―――」


なんて、今更遅いかもしれないが、意気揚々と歩き出そうとしたその時。


「ああっ!私も忘れてたっ!!」


俺と鈴さんに待ったを掛けるかのように、大げさにシアさんが叫ぶ。


「シアは何を忘れてたの?」


鈴さんが振り返り、問うと……。


「いや~それがね~。ま~た、あのお爺ちゃんが呼んでたよ~。洗濯機が暴走したとかでね~」


と、シアさんはなんだか面白がっているように面白そうなことを言った。


「嘘っ。またあの新人さんやらかしたのっ!? もぉ……普通に使ったら洗濯機なんて暴走なんてしないのに…………」


だが、それを聞いた鈴は非常に面白くなさそうだ。


「…………」


洗濯機を暴走させるじじいなんか絶対に面白いに決まってる。そう思うのだが……。


「はぁ……」


深々とため息を吐く鈴さんを見ていると、そんな気持ちも―――無くなりはしないな、やっぱ。

でも、なんだかメイドって大変なんだな、とは思うわけで、同情と共に見やるしか無かった。


「案内は私がするよ~。鈴は直ぐいってらっしゃ~い」


ヒラヒラと手を振る、この人(シアさん)も間違いなく面白がって止めもせず見ていただけなんだと思う。


「う~ん……。任せるのも不安なんだけどなぁ……。でも屋敷中泡だらけになったら大変だしぃ……」


鈴さんは思案し出したと思ったら、直ぐ様、シアさんに向き直る。


「じゃあ、頼んだよ、シア。百太郎様をちゃんと部屋に案内してあげてね」


そして俺には。


「百太郎様、誠に申し訳ございません。お分かりだとは思いますが急用が入りまして……」


と、頭を下げつつ……。


「業務を放棄することをどうかお許しください。気が済まないとと申されるなら、いつでもお踏みいただいて――――」


土下座するなっ。


「いやいやっ、そんな堅苦しく無くてもいい―――ってか寝そべるな、おいっ! 許すもなにも怒ってないですって! どうぞ、はやくお行きなさいよっ!」


やっぱ、調子狂うわ……この人。悪い人では無いけど勘違いが猛スピードで進行するし、何かにつけて踏まれたがるし……。


「ちっ…………。お許しありがとうございます。では行って参ります!」


えっ……?


「ちょ、ちょっとぉ。今、『ちっ』て……」


「いってらっしゃ~~い。鈴、頑張って~」


「うんっ」っと元気よく頷くと、鈴さんは走り去って行く―――。


「てか、はやぇえなおいっ!!」


俺やシアさんが居る位置から廊下の突き当たりまでは軽く百メートル以上はあるだろうという距離なの

に、鈴さんはもう既に角に消えようかというところだった。


「…………」


見えたのは―――と言っても微かにと言う感じたが、お尻とエプロンの紐ぐらいなもんだ。


「なんなんだよ……。メイドって忍者並に万能なのか……?」


まあ、エプロン外せば充分に暗闇に溶け込める紺色だしさ……実際の忍者は諜報活動が主だったらしいが、彼女はリアルに暗殺までこなせるんじゃないだろうか?あの素早さは。


「…………」


そうだとしたら、なんかいいよな……。主人を守るため、闇から忍び寄り悪党バッタバタも悪くない。


「『にん!にん!』とか言ったりしてなっ。いや、言っちゃバレるかっ。でもいいな。エロ可愛いなっ、ははははははは」


「妄想レイプはやめ~い」


「はんっ……!」


俺が気絶する前、視界がブラックアウトする間際に見えたのは……。


「ふふっ」


シアさんの純真無垢な笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る