ティッシュ戦争の爪痕

「っいっきしぃ!!」

「おおっ」

「いっ……いいっきっーーーっはっくしょいっ! ふぇいっ!!」

「なんでやねん……お前。まあ、ほら、ティッシュ」


そう言い、ゴリラがティッシュの箱を差し出してきたので……。


「ぶぁ……あ゛りがど……」


と、素直にゴリラからティッシュの箱を受け取る―――って……。


「なんで、ティッシュ、箱ぉっ!? てか誰のだよこれ!」

ティッシュの箱にはでかでかとマジックで『ナカジマ』と書いている。


「ああ、それか……知らん。まあ、鼻拭けや」


ゴリラはそう言いいながらティッシュを一枚抜き取ると、訝しげにティッシュ箱を睨んでいた俺に手渡してきた。


「ったく、しょうがねえな」


力いっぱいに手渡されたティッシュに鼻水を大量に包み込むと、教室の前にあるゴミ箱へと適当に投げ、再びゴリラへと顔を向ける。


「で? ナカジマティッシュを何処で盗んだんだ?」

「知らん。けどまあ――――」


ゴリラは言いかけたところで……。


「あぁっ……!」


“なんてことっ。神よっ!”と驚きと悲しみを露にしたようなシスターの様に口に手を当て固まりやがる。


「あぁ?なんだよ。次―――」


「は」が言えなかった。最後の一文字「は」と書いて「わ」が言えなかった。 何故なら……。


「百太ろぉぇっ!!」


「百太郎!!」


教卓の方から、二人の人物に名前を呼ばれたからだ。


「ふぅ~……」


人気者だな、俺……。なんて、プラスに考えつつ顔を向けると。


「てめえ授業中だろうげぇ! 何回言やわかんでぇ!!」


「貴様、消ゴムの次はティッシュかっ!やはり宣戦布告だな!!」


言いたいだろう事はわかる。だが、両者、モロ被りで言ってくるので何を言われてるのかはよくわからない。


「てめえ、ティッシュで何回宣戦布告しやがんでぇ……?ごめん。君らの言ってること全然わかんないや。はっはっは」


いちいちティッシュで戦争が起こってたらもう、地球の半分以上は焼け野原だよ。はっは。


「確かにティッシュで宣戦布告って意味分からんな。はっはっは」


ゴリラも同調し同じように笑う。


「笑うんじゃねえ!ゴリラ!」


「笑うな!貴様!」


「えっ、ちょっ、なんで俺っ!?」


何故か怒られたゴリラが顔を向けてくるが……。


「駄目じゃないかまったく。ゴリラめっ」


と、じろさんとアリスに便乗し叱っとく。


「いや、お前やろっ!俺はなんもしてないぞ!てか、ティッシュ渡してやったりしてんぞ!」


「いや、それはナカジマのティッシュだろ。どこぞのナカジマのティッシュで鼻かんだ身にもなれ。嫌なもんなんだぞ」


「いや、そうやけど、ちょっとは――――」


ゴリラが言いかけた時 ……。


「ああーーもう!うるせえっ!黙れおめえら!」


じろさんがチョークを豪快に振りかぶり投げてきた。


「うわっ、あぶっ」

「おおっう」


幸いコントロールはよくなかったので当たりはしなかったが、粉々に弾け飛んだ所をみる限り本気度が解る。……奴は殺る気だった。


「てめえら今度こそあれでぇ!バケツ持って立ってろぃ!!」


またか……。まあ、いいか。寝子とロピアンをついでに回収でもしてくるか。


「はいよ。じゃあ行くか」



「おう」


と、席を立った途端……。


「ちょっと待つんでぇ!」


言った張本人であるじろさんが待ったをかけ、教室の扉へと向かう。


「え?じろさん何――――」


次は「を」が言えなかった。


「てめえらに任すとまたバックレんだろぃ!俺っちがバケツ取ってくらぁ!待ってろぃ!!バカっ!!」


と、じろさんは豪快に戸を閉め、階段の下のワックスの彼処へとドスドスと足跡を響かせながら歩いて行ってしまった。


「それならしょうがないな」

「おう」


と、俺とゴリラが軽く流し、席に着いた、そんな時だ……って、これ多いな、ほんと。


「ちょっと貴方っ!!」


と、金髪巻き髪ツインテールの小柄な女子生徒が、いかにもなキンキン声でそう叫び、窓際の一番前の席からこちらへと歩いてくる。


「…………」


物凄く怒っている様子で睨みながらこちらに向かって来る……が、俺はこう訪ねずにはいられなかった。


「誰だ?あんた」


すると……。


「えっ、マジかよ、百太郎」

「すげえな。マジで同じクラスの奴にも興味ねんだな」

「末恐ろしいぜぇ…………」

「まったくだな…………」


何故かクラスの皆―――特に野郎共―――がざわめきだし、金髪ツインテールも更に形相が悪くなっている。


「おい、なんなんだよ、その反応おいっ。つうか、お前たちのことすら俺は知らねえんだぞ、モブおいっ」


周りの野郎に問い掛けるが、皆、目が合うと背けるばかりで答えは返ってこず、金髪ツインテールは既に目の間へとやって来ていた。


「な、なんだね君はっ!しょ、初対面でそんなに睨むんじゃないよっ! や、やだようっまったくっ

!」


内心ビビりながらも、そんなことを言ってしまった。すると……。


「いや、同じクラスやっちゅうねん。初対面は無い。顔は合わしとる」


すかさずゴリラがそう言ってきやがった。ほんと、他人事だと思ってのんびりつっこみやがってからに。


「ええ、その通り。初対面ではありませんわ。百太郎さん」


礼儀正しいが睨みは依然変わらずだ。


「うむ、そうか。で?あんた誰」


「まだ言いますのね……。あなた……それは本気で仰ってますの……?」


え……。なんか、この人ピクピクしてんだけど……やだ、怖いよ……。


「まあ、いいですわ……。ここは、特別に名乗ってあげましょう。よくお聞きなさい」


「…………ちっ」


“なにがよくお聞きなさいだ。うぜえな”とか思ったが、素直に「はい」と答えると、金髪ツインテールは「よろしい」と言い……。


「私(わたくし)は、中島幸次郎の一人娘、中島―――」


「っうぃっきぃしっ!!」


「きゃっ」


あかん。急にきた。花粉症ってやつなんだろうか?


「はい。ティッシュ」

「すまん。ありがとう」


ゴリラが再びくれたティッシュで鼻をかんでる時、俺は思った。この世で一番必要な物一位はティッシュだと。


「で、中島なんだって?」


途中で遮ってしまったわけだし、興味はねえけど一応問うたのだが、金髪ツインテールは目を瞑りプルップル震えていた。


「なんだ、うんこか? やめなよ?こんなとこで」


「……ですわ」


ん?なんて?まったく聞こえないな。


「誰かーー!拡声器持ってきてー!こいつの声全く聞こえへんわー!」


スタッフを呼ぶように教室の扉へと声をかけてみる。だが、当然スタッフは来ず、代わりに


「そんな物いりませんわ!っ!!」


金髪ツインテールが至近距離で叫びやがった。


「うっ……これはぁ……」


耳に突き刺さる、超不快なやつ……。


「誰かーー!耳栓持ってきてー!鼓膜の危機や!」


今度は耳栓を頼んでみたが……。


「お黙りっ!!」


ツインテールにお叱りを受けた。


「はい、すいません。うるせえ、はい」


とりあえず頭を下げると、黙って金髪ツインテールの顔を見ることにした。


「わかってますの!?私(わたくし)は、中島財閥の―――」


するとどうだろう。いくつか気づいたことがある。それは……。


「本来なら気安く話せる―――」


まず一つは、こいつ意外に可愛かったりする……だ。

二つ目は中島なんとかの割りに、目が緑で眉毛も茶毛っつうか金に近いっつうかで、鼻も高けえ。

日本人の様に鼻の穴が存在を主張してない。もしかすると、ロピアンやアリスの様にハーフなのかもしれない。いや、むしろ、外人さんなのかもしれない。


「それに、私のお父様が本気を出せば、貴方の部活だって潰せますのよ!!」


でも、名字は中島……。養子かなんかなのだろうか?


「ん……?」


中島……?


「あれっ……?」


中島って、ナカジマティッシュのナカジマ?


「それに授業妨害といい最低ですわ!退学に追いやって――――」


「そんなことよりさ、これあんたの?」


なんか言ってたが遮り、ナカジマティッシュ箱を中島の顔に近づけてみた。


「なっ……!」


すると、先程とはうってかわり……。


「何故それをっ!?」


驚いた顔を向けてきやがるので。


「何故これを?」


俺はゴリラに顔を向けた。


「さっき教室に戻るときに拾ってん」


“それが何か?”顔でゴリラは俺と中島を交互に見る。


「そうか……」


チャイムが鳴り教室へと戻る時、アリス、ゴリラ、どらさん、俺、の四人で階段を下りていたのだが、途中でどらさんが再びアリスにちょっかいを出しだしたので、それを止めたり―――まあ、実際は見てただけだが―――なんだのがあり、その間にゴリラは先に戻ってしまった為、空白の何分間は知らないでいた。


「そうだったんだな……」


コイツはティッシュ箱を拾ってたんだ。まったく、困った春泥棒さんだ。


「お前はなんでも拾うな~。ほんとゴリラだ。偉いぞ~」


とりあえず、頭を撫でてやる。


「止めろや、なんやねんっ。ゴリラ扱いすんなっ。てか、ゴリラだって果物しか拾わへんわ! なめんなっ!」


とうとうゴリラに愛着がわいてきたのか、言い返してくるゴリラだ。


「まあ、そういうことらしいよ」


言いながら、中島にティッシュ箱を差し出す。


「それは……ありがとうございます。ですが……」


めんどくせえな。ティッシュ箱を受け取りながらも、まだなんか言いたげだ。


「頼むからさ、ほんと、めんどくさいこと言うのだけはやめてくれよ?」

「めんどくさいこととはなんですの?私はただ、何故早く返さず、あわよくば着服しようとしたのですか?と、問いたかっただけですわ」


中島は不機嫌そうにそう言い、また睨んでくる。


「っつぁ~……」


ほんの、2、3日前までは野郎臭い学園生活だったのに、ここ最近は女子と絡む事が多々あって、初対面の相手には決まって睨まれてる気がする……。こんなんで、同じ学園の生徒を助けるような部活とかやってていいんだろうかな?学園一不向きだろ俺は。更にこういう状況が増えるんだろう……? もう、いっそ、不登校になってやろうか……。



……なんて、俺の頭の中に黒い感情が芽生え初めた時だった。


「いや、あのさ……」


黙って窺ってただけのゴリラが、『待った』とばかりに俺と中島の間に手を出し……。


「ティッシュ着服てそんな政治献金ちゃうねんから、大袈裟すぎやろ」


と、ツッコミを入れてきた。


「うむ……」


確かにゴリラの言うとおり、大袈裟だと俺も思う。だが、しかし、俺はなんだか嫌な予感もしていた。

というのも、あの一枚の層が厚いのにも関わらず、驚くほど軽い計量感。押し当てた瞬間に分かる、鼻や鼻の下が荒れることが無いように配慮された優しさ。そう、あれは、よくしらねえけども正に、聖母マリアのような優しさだったと思う……。


「あれは……」


あれはまるで……。


「コッティのカシミアのよぅ……」


「そうですわっ!!」

「うっ」

「うぉっ」


ボソッと言った俺の一言がアシストになったのか、中島は先程の勢いを取り戻して叫び、俺とゴリラは思わず耳を塞ぐ。


「しかも特注品ですわ!!鼻が痛いと言ったらお父様が会社に電話して―――」


ぬぁーーっうるっせえぇっ!!誰かどうにかしてくれっ!!


と、思ったその時――― 。


「うるさいぞ貴様っ!!」


と、教室の前方から肩を怒らせたアリスがこちらに向かって歩いてきた。何故か左側頭部に丸められくしゃくしゃになったティッシュを付けて。


「な、なんなんですの!?貴女っ!」


中島はいきなり怒鳴られ驚いた様子だったものの、自慢話の腰を折られたことの方が勝った様で、不愉快だとばかりにアリスを睨む。


「なんだもクソもあるかーっ!!キーキー、キーキーとうるさいのだ! 猿か貴様はっ!!」


アリスはアリスで睨みをものともせず近付いてくると、皆が思ったであろうことをズバリと言う。左側頭部にティッシュを付けて……。


「さ、猿とはなんですのっ!?いきなり失礼ですわ!謝りなさい!!」


「誰が謝るかっ!当然の事を言ったまでだ!!」


睨み合う二人……。これからどういう展開に発展するのか気になるところではあるが、俺は別にもっと気になっていることがある……。


「…………」


アリスの頭に付いているティッシュ……。あれは、くしゃみをかまし、中島の名乗りを遮った際に鼻水を包み込んだティッシュではないだろうか……。


「…………」


いや、多分……間違いない。テキトーに投げわけで……よくよく考えてみりゃ、方角的にアリスに当たってもなんらおかしくない……。


「…………」

「…………」


どうしよう……。両者共に出方を窺うように睨み合っていて、とてもじゃないが「頭にティッシュ付いてるよ」なんて言えない雰囲気だ。


「…………」

「…………」


いっそのこと、殴り合ってくれないかな? そしたら、止めるふりしてどさくさ紛れにティッシュを回収できる。


「…………」


よし。殴り合えてめえら。


“ファイっ!!”


心のゴングが響き渡る。


「んーっ…………」


微々たる当たり判定、密かな反則も見逃さない、完全なる公平なジャッジを下してやるから安心しなっ! さあ、ぐっちゃぐちゃな、キャットファイトを―――――。


「何してんねや?お前。飛行機みたいな体勢して」

「あぁ?そりゃ、全てを見逃さないように的にだろ」

「ふ~ん。そうか」


もう、ツッコムのも嫌なのか、ゴリラはそう言って、アリスと中島を中腰で両手を広げた体勢のまま、固唾を飲んで見ている俺をぼーっと見るだけだった。


「…………」


正直、なんか寂しい……。だが、俺にはティッシュ回収の使命もあるわけで、彼女達にはえげつないぐらいバトルを繰り広げてもらわないといけない。その為なら、ゴリラとの友情もダストボックスだ。……まあ、過去に2、3回捨ててるし、またそれも回収すればいい。


「うむっ……」


そうあっさりと心に決め、頷いた時だった。


「そもそも……」


中島が口を開いた。先攻とは流石お嬢様だ。何も知らんのか、後攻をねじ伏せれる程の話術があるのか……どちらにしろ、気になる攻撃。気になる第2ラウンドだ。


「頭に何を付けてらっしゃるの?」


おおっと!中島選手アリス選手の頭を攻撃だ!!えげつないやっちゃでぇっ!いきなり頭に付いたティッ――――。


「いやああああああ!!!何言ってんだ中島ーっ!!!なんも付いてないだろうが!!触れるなー!!それには触れっ――――」


「なんだ?頭?」


「はい。これですわ…………あれ? 固まって……」


中島はアリスの側頭部に付いたティッシュを剥がそうと強く引っ張っている。


「ちょっ、やめろっ!取るな中島っ!いやっ、むしろっ、むしろお前ら二人森に行けっ!そしてティッシュ取る為、修行しろ!」


「何言ってんねん。ティッシュ取るため修行てなんや」


「あ、あるだろほらっ。緑色の蝉みたいな奴を倒す為に、金髪になって日常生活に慣らすみたいなっ。なっ?ほらっ」


自分でも何を言ってるか分からないが、それほどティッシュに気付いたアリスに恐れをなして焦っているのだと思う。……と、こういう時、何故か心だけは落ち着いていたりもする。


「じゃあ、今からオレンジのボール探すか?」


クスッと笑いゴリラはそう言う。ほんと、他人事だと思いやがってやなやつだっ。

元はと言えば、中島の特注ティッシュ拾ったお前にも非があんだぞ!


「きもいクスり笑いしてんじゃねえ! ゴ――――るぁーーっ…………」

何故かは分からないが、ゴリラへと向いた瞬間に左頬に何か硬いものがめり込み、俺は飛んだ。


「ってぇ……」


着地時、幸い頭は打たなかったものの、背中と左頬はジンジン痛み、心臓はバクバクしている訳で……。


「いったい何がっ…………?」


ラーメン屋といい、今といい、なんなんだってんだ……?



もういや、ちょー怖い。



「ほんとやだ、超怖い……」



自分で自分を抱き締め目を瞑ってしまうほど怖い。



「何を言っている。早く立て。こんなもんで済むと思うな」


急にどすの効いた声で言葉が頭上から降ってきたので、目を開いてみる……するとそこには……。


「あ、あぁぁあ……アリ、ス……」


手をボキボキ、首をコキコキ鳴らし戦闘体勢万端のアリスが見下ろしていた。

……いや、分かってる。実は分かってた。でも、ほら、現実逃避したいじゃない。人間だもの。

どちらにしろ怖いもの。


「早く立てと言っている。さっきのは消しゴムの分だ」

「いや、ちょっと待てっ!話せば分かるっ!てか、丸見えだ!いや、違う、丸見えじゃない!わりと見えてる!わりと見えてるっ!」


未だ地べたに座る俺と、背後に立つアリス。……見上げる俺、見下ろすアリス……この構図はもう、丸見えでした。


「パンツの事か?もう許さねえぞ百太郎。お前はもう死んでいる」


ええっ……!?


「ちょっ、ちょっと待てって!」


「待たん。なに、大丈夫だ。一瞬で済む。いっちょやってみっか」


「えっ、えっ?いや、ちょっ―――」


アリスは言葉を待たず、俺の両肩を掴むと……。


「へっ?――――うおおおっ」


軽々と俺を立たす。


「えっ?えっ?」


そして、軽く俺を回転させると……。


「ふん」


完全に向かい合ってしまった……。死ぬわ……これ。


「最期に何かあるか?」


死刑執行人の様な、低く、冷たいアリスの声が耳に届く。

その言葉は決して叫んだ訳でもなく、俺とアリスの他に教室には何十人もの生徒が居る筈なのに、教室全体―――隅々に至るまでまで浸透した様な錯覚を受ける。


「………………」


いや、違う。錯覚じゃない…………。教室内の学友達は皆―――ゴリラや中島でさえも無言で―――俺達二人の動向を窺い、教室は嘘のように静まり返っている。


「………………」


こう皆が傍観者になり二人の時間を作るられると、大軍勢に追い立てられて無我夢中で逃げた先は手掛け足掛けが無い断崖絶壁の前だった、というそんな絶体絶命の気分になってしまう……。


「そ、その…………」


もう、ふざけも無しで場に適した行動をするしかない。


「お、鬼白アリスさま……この度は……」


このままじゃ、気の波動をくらわされるか秘孔を突かれかねないからな。


「申し訳ありませんでした……」


パシャパシャッとシャッター音が聞こえてきそうなくらい、どっかの偉いさんの様に頭を下げる。


「足らんな。角度は75度だ」


なにぃっ?!今でも充分だろっ。60度は攻めてるぞっ!?


「なんだ?謝罪する気無いのか?私はどちらでもいいんだがな。ぶん殴れば済むことだ」


「うっ……いや、下げます。下げますともっ……」

くっそぉ~~~っ……。どこぞの国みたいに言いやがってぇっ……。

これはもう謝罪じゃない!準備体操だっ!


「…………」

「…………」


てか、なにこれっ……辛いっ……。かなり辛いっ!膝がっ!膝裏がっ…………!


“あぁああああーーっ!!”


なんて叫びだしそうになるほど、膝の裏が伸びて張るような痛みに耐えるのに精一杯になりつつあった時だ。


「ふむ……。よし」


アリスが口を開いたので頭を上げる。


「そのよしは……承諾のよし……?」


謝れば済むとは思って無かったが……。


「うむ…………」


誠心誠意謝れば気持ちは伝わる、そう誰かが言っていた。


「おおっ、マジ―――」


まあ、結局は謝る以外に道は無いわけだしな。ぶん殴る程、波動を食らわしそうな程、秘孔を突きそうな程、と、怒りの最果ての辺りで怒っていても、やはり気持ちは伝わる―――。


「許さん」


「おお、流石アリ―――へっ?」


あ、あれっ……?伝わらない……?いや、なんかの聞き間違え……か?


「あ、あの……」


アリスの顔をまじまじと見る。


「私は許さんと言った。それは紛れもない事実だ。……もはや貴様に興味はない。殴る気も起きん」


アリスはそれだけ言いこの場を去ろうとする……。


「えっ、ちょっと、ま―――」


呼び止めようとしたが……。


“きぃ~~~ん。こぉ~~~んぅぁんあんあん。かぁ~~~んぅぁんあんぁんぁん……”


その声、その言葉は……アリスに届くことは無かった……。


“ほぉ~うかごぉ~~。ほぉ~うかごぉ~~……ちぃ~~たいんむぅ~……はっ!  あぁ、よいしょっ!  がっ! いかがぁ~かんぬぁ~~~いぃ~……がぁっ?”


1日の授業終了を知らす、教頭自らが歌う『俺ぁ放課後はちぃ~たいむするだ』がスピーカーから流れ出し俺の声はかき消されたからだ……。


そして、アリスの背中はどんどん遠ざかり教室の外へと消えた瞬間、教頭の生歌も消えた。


「…………」


いや…………何してくれてるんだ、あのハゲ…………。そもそも歌う意味が分からねえし……。

育毛剤の話しかしないお前とティータイムとか誰がすんだっ。ふざけんな、ハゲこら。


「くっそぉ……」


湧き溢れる黒い感情と共に教室のスピーカーを睨んでいると。


「では、私も失礼しますわ」


中島もクルリと体の向きを変え自分の席へと戻って行く。


「…………」


一体何しに来たんだろうな……?アイツ。ティッシュのくだりの為だけ……?


「…………」


疑問と共に中島を見ていると……。


「では、俺は座る」


ゴリラは隣の自分の席へと腰を――――。


「いや、うっせえぞお前。お前は勝手にしろ。説明さすないちいち」


「いや、ちゃんと説明しろよっ!皆気になるやろっ!」


「ならねえよぉ~。ゴリラの言動なんかいっちいちよぉ~」


ったく、座っただけのくせして調子に乗るな、ゴリラめが。


「お前、そんなん言うなってっ」


「うっせぇんだよぉ~。ったくよぉ~、いいから黙って付いて来いよぉ」


ゴリラにそう言い教室の扉へと向かうと……。


「クソッタレが……」


とか言いつつもちゃんとゴリラは付いてきたので、連れだって屋上へと向かって歩き出す。

道中、階段の下のワックスの彼処から、おっさんが、出してくれとすすり泣くような、低い叫び声とうめき声が聞こえたという怪話を一年とおぼしき生徒が廊下の窓辺で数人集まって話していたが、俺とゴリラは聞かなかったことにして屋上へと向かった。

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