にんにく臭さと青と首輪と白衣とマイペース

「よし、今やっ!」

「うっしゃ!」

俺とゴリラは抜き足刺し足忍び足小走りで、学校内を進んで居た。


「もうすぐやな」

「おうさっ」

「でも意味あったんかな?」

「どうだかなっ」

そう、実は難なく進んで、もう屋上までの階段を上がっていたりする。


「初めから普通に歩いてきても良かったんちゃうん?」

「まあなっ」

「いちいち、語尾を跳ねるな! 全然、爽やかちゃうから!」

「うるさいっ、はははは」

これならどうだと、爽やかスマイルを君(ごりら)にあげる。


「投げたいわ、お前」

「投げちゃ駄目だろっ。死んじゃうぞっ、はははは」

「どうでもええけど、臭いっちゅうねん。爽やかってか歩くにんにくや、お前は」

「歩くにんにくって……。それは流石に俺、可哀想っ、だろっ!」

憎たらしいゴリラの右ケツを叩く。


「なんやねん、お前! 痛いし臭いし! ほんまにっ!」

「うるせえ! てめえも充分だぞ! 大概だ―――」

「おまっ、危ないっ!!」

「ああん!?―――うおうっ!!」

ゴリラに注意がいっていた為、階段を降りてきた人物には気付かず、危うくぶつかりそうになるも、手すりに掛けた手を思い切り突っ張りなんとか持ちこたえた。


「わぁ~ビックリした~」

階段を降りてきた人物は、ほんとに驚いてるのかと疑いたくなる程、感情の込もってない声でそう言い、じっと見つめてくる。


「う……あぁ……その……」

ぶつかりそうになった直後とあって、そ、その、も、物凄い至近距離だ……。

しかも、俺はこの人をよく知っている人…………。


「やぁ~百太郎君。キスでもしようと言うのかい?」

「い、いや、どらさんにそんな事は……。お、恐れ多いと言うか……」

ぶつかりそうになった人は俺やゴリラと同じ二年で、どらさんと呼ばれている女子生徒だ。


本名は黒田孔明(くろたこうめい)。中国と日本の名軍師がくっついた様なそんなとんでもな名前だが、その名の通りと言うべきか頭脳明晰だ。

そして、肩ぐらいまでの髪は濃い青色で首から缶コーヒーの底ぐらいの大きさの金色の鈴をぶら下げていて、何か困った事があれば制服の上から羽織っている白衣のポケットから、自作の便利な道具を出してしまうので、どらさんと呼ばれてる―――かは分からないが、少なくとも俺はそう呼んでいる。

ただ、本物のドラさんと決定的に違うのは感情表現が乏しい凄く冷めた目をしていて本当にロボットに近いことだ。


「ふむ~、そうか~。私は、君の事は好きだから構わないんだけどね」


ただ、こうして感情がこもってない声、表情でも、ストレートにはっきり何でも言い切ってしまう分、コミュニケーションは取りやすく、感情が理解しやすいのも、どらさんの特徴だったりする……。

まあ、好きとかはっきり言われると、モテない野郎の悲しい性で、真に受けてしまい恥ずかしすぎて堪らないんだけどな……。


「そう言ってもらえるのは光栄の極みですが……。今はその時ではないと言うか、なんというか……」

「畏まらなくても大丈夫だよ~。百太郎くんさえ良ければすぐに共に歩めるさ~」



いや、というか、モテるモテないは関係なく、ドラさんの言葉は大体がそのままの意味だったりするので返す言葉に迷ってしまうと言う方が正しい。

本来なら、青色の頭で鈴を首からぶら下げて白衣を羽織ってる女子生徒なんか、変質者以外の何者でもない訳で、暴言の一つ二つ浴びせてしまうところだが……どらさんはその個性的な容姿がぴったり似合っていて、小動物的な可愛さがあり、愛らしさが勝る。基本的にいい人だし。


「あ、ああ……そう、ですよね……」

「そうだよ~。まあ、私はそこらの女みたいに強引にはしないから安心していいよ」


そこらの女性も強引にはしないと思うが……。

どらさんの目には同性がどんな風に映ってるんだ……?


なんて、そんなことを考えていると、どらさんが「ところで」と顎に手をやり言う。


「ん? どうしたんですか?」

「うむ……。君は―――いや君達は……」

どらさんは俺とゴリラを交互に視線を向ける。


「俺達がどうかしました?」

「ふむ~、どうかしてる…………と、言えばどうかしてるね。臭いが」

「臭い?…………あっ」

そう言や忘れてた。未だに離れず至近距離だし、これはまずい―――。


「にんにくのコロンでも使ってるのかい?」

「はっ……?」

にんにくの…………コロン?


「にんにくのコロンてなんすか?」

真面目に――神妙な顔つきまでして――ボケるどらさんに思わず軽めの敬語で問い返してしまう。


「ふむ。違うのかい。いやね、君から物凄いにんにく臭……―――そうだっ! まるで、大きな焦がしにんにくが歩いているような香ばしくも臭い!」

どらさんの、たとえ小さな事ーーー言葉の表現であっても、なにか発見をするとテンションが上がり、ぴょんぴょん跳び跳ねながら力説する姿はいつ見ても可愛いと思うし、よく舌噛まねえなと思う。


…………が、今は止めてくれ。非常に危ない。


「そうだ! 君は大きな焦がしにんにくだ! 歩くにんにくだ! そうだ! ヒャハハっ!」

それにテンション上がる内容ってのが、俺が大きな焦がしにんにくってのもなんだかな……。

侮辱を取るか可愛さを取るかの狭間は新体験だ……。まあ勿論、可愛さを取るんだけど。

俺とゴリラが臭いのは事実だし、巨大焦がしにんにく二つってところだ。……いや、五つか。


「あ、あの、どらさん。喜んでる所悪いですが階段では止めましょう。てか、せめて、前に人が居ない時―――っぐぅぅぅっ……!」

キャッキャ跳び跳ねるどらさんの膝が、俺の最も優しくしてほしい部分に猛烈にヒットする。


「くぅっ……あぁ……ぁぁぁ……」

駄目……これは…。…


「無理ぃ……」

「えええええぇぇぇっ!! ちょっとは耐えろや、お前っ!

前のめりになり、そのまま背後に落下し始めた俺をゴリラが支えてくれ、なんとか大事には至らず済んだが……。


「うぅっ……くっ……」

俺の優しくしてほしい部分はかなり大事だ……。枕を濡らしそうなレベル……。











「いや~すまない。ほんとすまない」


「いや、もういいですよ」


「今から、死んで詫びるから許してほしいよ~。じゃっ……」


「いやいやいやいやっ! なに徐にフェンス登ってるんですか!」

屋上のフェンスを登り始めるどらさんを急いで捕まえる。


「私の気が済まん。嫌じゃ~やめるのだ~。嫌じゃ嫌じゃ~」

感情のこもってない声でありながら俺の腕の中で猛烈にどらさんは暴れる。


「ちょっと、どらさんっ。そんなバタバタしないでくださいよっ」

「いやじゃぁ~。やめるのだ。放すのだ~。百太郎君」

いやだじゃねえし、放すもんかっての。

つうかまじで暴れるの止めてくれ。またヒットしたらどうすんだ。


「駄目ですよ、どらさん。こうしてる間にまた俺のデリっ―――ぐふぅっ……ふぅっ……!?」

嘘だろぉぉぉぉおおっ……!? あ、悪夢再び……だと……!?


「ちょっとは耐えろっってぇぇっ!!!」

ゴリラのツッコミ&支えも再び…………。





―――数分後。


「ふむ……そうだったのか……」

と、どらさんは顎に手をやり「う~む」と唸る。


「はい……」


俺は何が「そうだったのか」分からないが、雰囲気に合わせてとりあえず返事した。

―――と言うのも、デリケート部分襲撃後の苦痛からようやく解放されたばかりであり、屋上へ来た目的など、何一つどらさんには言ってないないのだ。


「なんだ~。そうならそうと言ってくれれば良いのに~」

どらさんがドラさんぽくそう言い白衣のポケットを探りだす。


「あの~、どらさん? なんの“そう”なのか何一つ分からないんですが……」

と言いつつも、ポケットから何が出てくるのか期待に胸を膨らませる俺はのびさんだ。


「え? なに? なんなん?」

状況が全く分かってないゴリラは…………とりあえず、ママさん? いや、パパさん?

間、取って、クラスメイトの人魚か? 風呂ばっか入ってる。


「ふむむ~。確かあったはず~」

どらさんはひとしきり両の白衣のポケットを探った後、取りだした何かをこれ見よがしに掲げ……。


「口臭ヨクナルンデナァ~」


“テッテレ~”と、やはりドラさんぽく言った。


「なんすか……? ソレ」

どらさんがつま先立ちで高々と掲げる、ミント系の口臭消しを食った二日酔いオヤジの一言みたいなソレは、リップクリームの様な黒色の小さな筒状の物だった。


「それはぁ~。ズバリ……」

「ズバリ?」

「お口シュッシュだよ~」

感情の込もってない声でそう言うどらさんだが、なんか可愛いと思った。


「お口シュッシュって、あの、お口にシュッシュして瞬時にスメルを消す的な……?」

「うん、だよ~。口開けろ~」

「えっ、いや、もっとソレについて聞かせて――――っんぐっ」

喋ってるのに、どらさんは問答無用で口にシュッとしてきたので……。


「うっ……げほっげほっ、がはっ」

当然、案の定むせる。

ただでさえ不意を突かれたというのに、一押しが『シュッ』じゃなく『バシュッ』て感じだった為、ヒュッといとも容易く気管に入っていった。


「ごほごほっ、えっほ、うぇふぇっ、うぇっふぇっ」

口臭がどうこうより苦しくて死にそうだ……。


「えっほ、か。う~~む……」

だが、人が苦しんでるのに、どらさんは顎に手をやり興味深く俺を見ていた。


「ふむ~……」

そして、他へ興味が移ったようで……。


「次、いってみよう」

あっさりとそう言って、隣で心配そうに俺を見ていたゴリラに目を向ける。


「死ね~~」

「えっ、ちょっと待って、主旨変わって―――っんぐぅっ」

逃げる間も無く、『口臭ヨクナルンデナァ』の餌食になるゴリラだ。


「うぇほっ、ごほがはっ」

情けねえ奴―――……って、あれ? なにやら口の中に違和感が―――。


「おおっ……」

簡易口臭チェックをしてみると確かに良くなっている。


「すげえ……消えてる……」

ついさっきまで悩まされ続けていた猛烈なニンニク臭は口内から綺麗さっぱり消えていた。

やっぱ、流石、どらさんといったところだ。使用方は些か強引だがその効果は本家ドラさんの道具並に絶大だった。


「スゲエやどらさ―――ん?」

ちょっと待てよ。何かがおかしい。何やら口の中に他の違和感もあるような気がする。


「どうしたんだね?」

言葉途中で首を捻った俺に興味が移ったらしく、どらさんは胡座をかいて座っている俺の脚の上に正座し問い掛けてくる。


「ああ、いや、なんというか―――」

いや、ちょっとまて、何故人の脚の上に正座するっ? しかも再び顔が近いのだが……。


「あ~……その……なんて……いいましょうか……」

ま、まあでも、どらさんもやはり女の子。女性特有の良い香りがする。

それに、猫の様なパッチリとした大きめな瞳がこれまた可愛らしくて……だな……。


「い、いやいや、違うっ……」

「ん? なんだね~?」


同い年で天才的な頭脳を持ってるとは言えどらさんは幼顔的で、それを支える体は小さくて華奢で、その…………どっちかといえば、ロリだもん。お、俺は間違ってもロリコンでは無い! た、ただ可愛い娘は好き……かな? この距離でちゃんと見てみれば、どらさんも意外にツルペタッて無く、出るとこ出てるし…………。


「どうしたんだい? とりあえず、これでも食べるかい?」

どらさんはそう言って、白衣のポケットから出したグミを三つ、四つ、手渡してくる。


「え、あ、ありがとうございます。……って、でっか!? なにこれほんとグミ!?」



渡されたのは、有名なゲームである、緑や赤のぷよっとしたのをみっつ繋げて消すゲームのあれを実写化したかのような色と形で、大きさはサッカーボールくらいだった。



「食べてみな~。飛ぶぞ~」

「飛ぶ? ていうか、よくポケットに入りましたねこれ……」

やっぱ、どらさんの白衣のポケットも四次元なのか?



「おおっ! すげえ! なんやこれ、口臭が消えてる!」

あ、忘れてた。ゴリラの奴やっと生還したのか。


「あれ? でも、なんかおかしい。なんか、無いぞ……?」

「なにやってんだ、お前」

口内をモゴモゴさせながらゴリラは疑問顔でいる。


「いや、舌の感覚が無い―――ってか、お前等が何してんねんっ!!」

せっかく聞いてやったというのに、ゴリラは質問の答えよりツッコミを選んだようだ。流石だな。


「何してるって、見てわかんだろ。座られてんじゃねえかよ。お前こそ何してんだよ」

「んだ。何してんだお前は。四つん這い叫びツッコミか? 四(よっ)つ叫びっコミか?…………四つ叫びっコミ……? そうだっ! 君は四つ叫びっコミだっ!!」

また新たな発見で「キャッキャ」どらさんは跳ねる。

正直痛い……。小さいくて軽いとは言っても脚にくる重みは―――てぇっ! ふおおおおおーーーっ!!


「どらさん駄目だっ! 跳ねなさんなっ! む、胸が顔に―――って! ああっ! 俺の股間も跳ねなさんな、おいっ!」

「キャッハー! 四つ叫びっコミだ! 四つびっコミだ! いや、もうゴミだ! ゴミだぁ! ハッハァー!」

き、聞いてねえっ……。しかも、四つん這いゴリラをゴミって……面白いな。

「お前等ほんまに何して―――んっ…………」

言いかけてゴリラは目を見開き固まった。


「おい、どうした? ウンコか?」

そう冗談で問い掛けるが、ゴリラは小さな声で「違う」と言い、視線は俺の背後に向けたまま。


「おいお~い。昼間っからおっかねえな、おい。流石に幽霊もおねむだろこの時間はよぉ~」

とか言いつつ振り向かない俺だったりする……。

いや、なんか後頭部がチクチク痛み、心臓はドクドクと跳ねるわけでさ、いやな予感はしてたんだ。

ただよ、振り返る前からこれなもんだからよぉ、どうしようもねえ小心者なんだ、オイラは。


「…………」

と、言ってもだ。こんな真のオイラをゴリラに知られるわけにはいかない。

だがどうする? なんやかんや言っても振り返りたくないんだぞ?  俺は振り返らない男、前だけ向いときゃいいんだとか言った所で1日、いや、半日持つ筈がない。

よく振り返るんだ、俺は。背後と過去を気にする男なのだ、俺は。


「ど、どうするか……」

と、顎に手をやり更に思案し出した時だった。


「と~う」

無感情の声に次いで『ムニッ』っと鼻を摘ままれ、視線で手を追っていくと、元のテンションに戻ったどらさんと目があった。


「あの……何してるんですか?」

いきなり摘ままれ―――てか、どう摘ままれようがこう言うしかない。

すると、どらさんは首から下げた鈴を弄りながら……。


「変な声だ~」

その一言だけだった。

人の鼻を汚いティッシュを捨てる時の様に、人差し指と親指で摘まんでおきながらこの一言……。

しかも、鈴を弄ってる所を見る限り退屈なんだ。どらさんの癖の一つ『退屈なら鈴でも触ってよう』なのだ……―――いや、じゃあ解放しろよ、俺の鼻。


「そら、鼻摘ままれりゃ、どこぞのアイドルグループの一人みたいになりますよ。さあほら、早く鼻返して」


子供に言い聞かせる様に言いながら、どらさんの手を掴むと……。


「寝る」

と、一言発し、抱きつくように様にもたれかかってきて、すぐさま寝息を立てはじめた。


「すぅい~……すぅ~……」

「行動全てが気まますぎるだろっ」

鼻は解放されたが、更にどうしたらいいかわからなくなってしまったじゃないかっ。


「…………」

いやしかし、猫みたいだ、ほんとに。

まあ、猫でも様々な性格が居ると思うが、どらさんは純度100%のマイペース猫だ。


「なつかれてんな……」

その一言で察するにゴリラも同じ事を考えたのかもしれない。


「すぅ~……すぅ~……」

俺の左肩を枕にして寝ている姿を見るに子供の様にも思え、同じ学園ってことも、天才で有名な同級生ってことですら忘れてしまう。


「…………」

でも、背丈が小さいとはいえ、部分的には歳相応の成長をしている訳で、意識を集中すると嬉しい感触があちらこちらだ……。


「おおっ……」

いかんいかん。お、俺ともあろう者が何を考えてるんだっ、まったくっ。 

やらしい感情なんて抱いてはならん! 寄り掛かられる男じゃなく漢になれ!


「……ううん?」

「っ……」

あ、あれ、もう起きたのか?


「……ごくっ」

「すぅ~……」

ああ、なんだちきしょう、驚かせやがって。


「ふぅ~……」

危ない危ない……って、ちょっと待て、何が危ないんだ。

それに「ごくっ」とか「“もう”起きたのか」ってなんだっ。“もう”ってなんだ! 言ってみろ俺!

なに固唾飲んでんだ鬼畜生! 駄目じゃないか! バカっ! もうバカっ!


「すぅ~……すぅ~……」

幸せそうな寝顔―――といっても、顔は見えないが――を想像し『ほんと色々思ってごめんなさい』の気持ちを込め、どらさんの後頭部に目を向ける。


「…………」

憩いの肩だと思いたいものだ……。

ただ、外側に顔が向いていて良かった。なんやかんや言い聞かせようが本能には勝てん。やっぱり、俺ぁ男だ。



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