芽吹いた時限にんにく

「はっ……っはぁっ……」

俺は今、上半身全体の筋肉を使い10万個程の唾の飛沫を―――。


「っいっきしっ!!」

「うおいっ!きったねえなちきしょうっ!」

「あぁ~スッキリした」

じろさんの後頭部に全部かかったが、スッキリした。全てよし。


「ったく、おめえは……。もう退学な」

「ちょっ、それはないだろこの野郎!」


くしゃみぶちまけただけで退学とかあり得てたまるかっ!


「てめっ! ティーチャーに向かってこの野郎ってなんだ馬鹿野郎! もう退学でぇ! さあ退学でぇ!」

「なんだとこの――――」

「どうでもええけど、喋るたんびに臭いでぇ……二人」

俺が言い返す前に、隣で凄く酷いことをゴリラが言った。


「臭いってそんな……」


俺とじろさんは両手を口にやり、簡易口臭チェックをする……。


「おおっ! これは……」

「ぬぁっ! これぁ……」


“にんにくのパラダ~イスぅやぁ~~~”



“やぁ~~”



“やぁ~……”




……って!



「あかーーんっ!! これはあかんやつやっ! てか、ゴリラもくせえよ! おいっ!」

「えっ、嘘やっ……うぉおおおっ、くっさぁっ! 俺、くっさっ!!」

ゴリラも簡易口臭チェックをして自分の臭さを痛感する。


「ちっ……忘れてたぜ……」


忍肉屋は店主の自家製特別にんにくなるものを使っているから凄く美味しいのだが、臭いもハンパないのだ……。


「ちょっと、どうするのっ!? もう学校目の前だよ!?」

「ヤバいです! チャイム鳴ってます!」


なんて少し前で焦っているロピアンと寝子からも、ものすごくにんにく臭が漂ってくる。

ほんと、恐るべしだ……。ツンデレ店主の特製にんにくってやつは……。


「とりあえず、寝子とロピアン。お前らは臭からろうがイケメンだから、コンビニで大量に臭い消し買ってきてくれ。ゴリラは俺と屋上で待機っ」


「分かったよ!」

「はい!」

「おう!」

ロピアンと寝子はUターンしてコンビニの方へ走っていき、ゴリラは俺の隣を維持したまま返事だけする。


「お、おい、俺っちはどうすんだ?」

そんな俺達をぼーっと見ていたじろさんが思い出したようそう言った。


「…………」

「…………」

ゴリラと俺は無言で頷き合い、そして言った。


「仕事しろ」


「えぇええええっ!? おいおいっ、そりゃないだろぃっ。俺っち達ぁフレンドだろぃっ!?」

「いや、ティーチャーとスチューデントだ」

「いやいやいや、ちがっ、おめえあの、ほれぇっ、一緒にラーメン食った仲じゃねぇけぇっ!ラブな仲だろぃっ!?」

「いや、ラブどころか、お前なんてライクでもない」

「なんだってぇっ……!? ちっ、ちくしょうっ…………ばーろぉめぇっ! てめえなんか死んじゃえっ!」

じろさんは捨て台詞を吐くと両手を顔にやり「あーーーん」と泣きながら、学校へと走り出すが


「ふっ、いい歳こきやがって。なんとも寂しい背中じゃねえか」

「いや、泣かしたのお前やけどな」

にんにく臭い俺とゴリラは見送ることしか出来なかった……。


「さ、いくか」

「そやな」

んまぁ、どうでもいいんだけどね。


「さっ、忍び込むか。俺達の学校に」


「なんか、あれやな。自分の学校に忍び込むってのも変な感じや……」


「確かになぁ。まあ、変な感じがするなんて、いつものことだろ。俺らには」


「……まあ、そやな。うん言うのもあれやけど、確かに変なことばかりやわ。百太郎ってやつと仲よなってから」


「だろう? 俺もゴリラって奴と行動を共にしてからまともな事ねえよ。さ、まあ、とりあえず行こう」

俺とゴリラはなるべく人に出会さない様に注意を払いつつ、学校の屋上へと向かうことになったのだった。





鬼我島学園、2年B組―――。


「おかしい……」

私は恋と別れてから教室に戻ってきて三度目の「おかしい」を口にした。


「…………」

百太郎の席と隣のゴリラと呼ばれている奴の席を交互に見る。


「うむ……」

午後の授業が始まるというのに何処をほっつき歩いているんだろうか、あの野郎二人は…………―――てっ、何故私は気にしているんだっ。奴等が授業をサボろうが私には関係の無いこと。そう、そうなんだ。だからもう、机をチラ見するのは止すんだ、私っ!


「うんうん……」

自分で自分を納得させると前へと向き直り、姿勢を正し黒板を真っ直ぐに見据えて教師が来るのを待つ。


「…………」

もう、見ないぞ。何があろうと振り返らない。私は今、日直の名前が気になるんだ。ああ、そうだとも。気にならん。奴等の事など気にも留めず日直の名前が凄まじく気になるのだ。


「田中……か……」

今日の日直は二人とも田中。ダブル田中。クラスで少しばかり話題のダブル田中だ。


「…………」

ああ、そうだともダブル田中だ。田中………だ。田中、たな……。


「田中ーーっ!」

振り返りそうになり思わず叫んでしまった私へ、驚いた田中君と田中さんの視線が突き刺さる。


「た、棚から何かが、た、ターナーっぽい何かがっ、た、棚からっ……」

自分でも何を言ってるか分からないが、ダブル田中さん達はもっと分からないと言った風に首を傾げるも、追求の手は及ばなかったのでなんとか誤魔化せたみたいだった。


「うぅっ……」

は、恥をかいたじゃないか私めっ! 

何をチラっと見ようとしとるんだ私めがっ! 油断も隙も無い! ほんとに恐ろしいぞ、私めっ!


「ふぅ~……」

ポケットからハンカチを取り出すと、首元や額に色んな心情の変化でかいてしまった汗を拭う。


「はぁ……」

ほんとに何をしてるんだ。気にならんと言うに……。まったく……。


「田中ーーっ!!」

と、気を取り直して、またやってしまった私の叫びと同時に、教室の扉が開かれ担任が入って来た。


「…………」

ん……?なんだ? なにやら……。


「ああ? なんだコレ?」

一人の男子生徒が鼻をヒクつかせ疑問の声を上げ、直ぐ様教室中がざわめき出す。


「ちょっ、なんかくせえぞ!」

「やだこれ、なに?なんの臭い?」

「にんにくじゃない?てか、先生が入ってきた瞬間から臭くならなかった?」

「マジかよっ?!」

クラス全員の視線が担任へと向けられる。


が、担任は……。


「…………」

視線を無視し、無言で黒板に文字を書いていた。

「…………」

それに気付いたクラスの皆も無言で黒板を見つめる。


「…………うんっ」

が、担任はちっさく頷いたかと思うと、チョークを置きそそくさと教室から出ていった。

「…………」

皆は黒板に目をやりただただ、唖然とする。

「…………」

まあ、それはそうだろう。異臭を放ち現れたかと思うと、黒板にデカデカとこんなことを書いてそそくさと出て行ったのだからな。




“午後の俺っちの授業は全部自習でぇ”





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る