奉仕活動部始動

色々なお昼時

昨日始動、いや、起動だけした、奉仕活動部。


人数は一人増え、依頼は一つもなく……。部員宛のラブレターだけは沢山……。



腐る程入っていた、奉仕活動依頼箱。


無理矢理入らされ、立ち上げさせられた部活とは言え、やはり、何もしないのは気持ち悪いわけで、何か一つでも依頼を受け付けれないか……その一つさえ解決すれば、人が人―――生徒が生徒を呼び、奉仕活動部の道が開ける筈なんだ。


学園と言う狭い世界では評判を広めることは容易いことだと思う。


「ぅぅ………」


……が、最初の依頼。それなんだよな……問題は。


俺は学園内で友達、知り合いは少ない。

同じクラスの奴でも、分からないことを聞いたりした事がある程度で、知り合いと言うほどでもなく、ましてや友達な訳でもない。


「最近どう?」

なんて気軽に話し掛けるのも気が引ける。奉仕活動部以外の人間で気軽に話し掛けれる奴と言えば、じろさんぐらいだ。


「じろさんか…………」


いやまあ、先生方から依頼を受け、こなすのも手だ………。


「ぁぁ、いやだ。……ややこしい事を、押し付けられそう………」


そう。それが俺にブレーキを掛けている。結局、なんかかんや言ってめんどくさいのだ、俺って奴は。


「んふー…………」


朝からずっと同じ事を考え、同じ答えにたどり着く。

その繰り返しで少し頭痛がしてきている。授業なんか頭に入らん。て言うか、今何の授業かすら分からん。


「ふっ………」


まあ、いつもの事だがね。


「ほっほほ」

「えっ…………」


ゴリラからしたら唐突に笑い出したように見えたのだろう「なんでや、お前」と言いたげな視線を向けてくる。


「はぁ…………」


だが、無視して机に突っ伏すと目を閉じた。


「…………………」


とりあえず、考えるのはよそう。後で―――まあ、放課後にでも皆に話そう。


「…………………」


今はただ…………。


駅前のニンニクラーメンが食いたい…………。


ただ、それだけ……………。


………………………


………………


………。



―――そして、昼休みみたいだ。いや、まあ、昼休みなんだけど………。

みたいだと言うのは、あの後爆睡してしまい、昼を知らせるチャイムで目が覚めたからからだ。


「はっはっは」


ま、そんなこともある。気にせず行こう未来へ、過去は変えられないんだから。


「さって、とっ」


ということで、ゴリラの席へ向かった。まあ、向かったってか隣だけどな、まあ向かった。


「ゴリよ。今日は行くぞっ」

「はあ? 行くって何が?」

「行くって何がだとっ?! よくもまあ、そうぬけぬけとっ!」


小僧が! ゴリラ小僧がっ!


「いや、意味分からんて。何処行くん?」

「ああん? 何処へ行くだとっ?………それは、まあ、駅前だ」

「駅前? まあ、それはいいけど。先に飯食わしてもらってええかな? 腹減ってんねん。今日は」


そう言った直後、盛大にゴリラの腹が鳴る。


「んん………」


確かに危険だ。危険だが、飯を食ってから駅前に飯食いに行くのは果てしなく意味がない。

だから、俺は心を鬼にして言うしかない。


「絶対駄目。食べるな禁止」

「ええっ………おまっ………。そんな………お前………」


ゴリラの顔は驚愕に染まった。


「いいから、とりあえず来なさい。ロピアンと寝子が飯を食うとかそんな強行に走る前に阻止しねえと」


ゴリラにそう言葉を掛け、俺は教室から出るべく歩きだした。


「強行て……。飯食うだけやろ? 俺からすればお前が強行に走ってるわ」

そんなことを言いつつもちゃんと着いてくるゴリラは、しつけがちゃんと出来ていた。




そして、屋上―――。


「ええっ、そんなっ……………」

「虐待だぁ………………」


悲しみに沈む、ロピアンと寝子。


「ふぅ………」


危なかった。もうすぐでこの二人は禁忌を犯すとこだ。それではヘブンを拝めない


「いやぁ、危ない危ないってなぁ、おい」

「お前、今日はなんや? 断食の国の人か? ちょっと酷いぞ」


ゴリラが非難めいた視線を向けてくる。だが、これを聞けば変わる筈だ。


「何故、こんなことをしたか。それは、お前達の為でもある………………」

「俺等?」

「僕達?」

「What?」


目を丸くする三人に頷き言葉を続ける。


「何故なら………貴殿等を今から駅前の『拉麺忍肉屋』に連れていくからだ!」

“ジャジャーーン!!”と言う感じに決まった。これで、コイツ等も来る気まんま――――――。

「いや、抜け出すのは………………なあ?」

「うん。禁止されてるし、多分無理だと思う」

「ですよね………」


うわぁー………ノリわりぃ………。なんだコイツ等、これで奉仕活動部の一員ってか?

そんなんじゃ駄目だ駄目だ駄目だ!!!


「禁止されてるからなんなんだっ!! そんな弱腰じゃ社会に出てから右に習えの人生になっちまうぞ!」


俺は身振り手振り、三人の腐りきった魂に訴えかける様に言う。


「そう言われても、門で先生見張ってるし、抜け出すのは難しいで。それに何より、俺の腹は限界を越えつつある」


「僕もだよ………。今日は、忍術があったから堪らなくお腹減ってるんだ…………」

「僕も………今日は………ああっ! ばっちゃんの声が………聞こえるっ………」


くそ、こいつら、こんだけ言ってもわからんというのかっ……。

―――って、あれ? キャッツの奴、昨日の帰り「これから、ばっちゃんとレスリング」とか言ってた気がするが……? 生きてるんじゃねえのか…………? 


ま、まあ、それはいいとして、伝家の宝刀と言うべき言葉を出すしか無いみたいだな。


「オホンっ! え~君達はだね~。この言葉を知っているかい?」

「なんや………? どんな言葉ぁ………?」


おおっ、ゴリラの奴目が血走ってやがるっ……。てか、どんだけなんだよっ。


「う、うむ。え~………空腹は最高の超魅了」

「超魅了?………………調味料じゃなくて?」

「う、ああ、まあ調味料とも言うな。まあ、それだ。我慢して忍肉屋に着けば、味は保証するぞ」


「……………………」


三人は顔を見合せる。

もう一押しだ。畳み掛けるか。


「空腹じゃなくてもマジ美味いぞ、彼処は。クソウマだ。さあ、どうする?」

「……………マジなんやな?」

「ああ」

「………………ほんとだね?」

「イエス」

「ほんとにほんとですね?」

「オフコース」


半信半疑な三人へ真面目に答える。もちろん、嘘は言っていない。本当に忍肉屋のラーメン、チャーハン、ギョウザ、どれも絶品であり、尚且つ値段も安く、知る人ぞ知る隠れた名店と言える店なのだ。


まあ…………名前で察する通り、どれもニンニクたっぷりなのが数少ない嫌な所だが、幸い、彼等は空腹で気付いていないっぽいのでいいだろう。


「よし、では―――――」


『行こー!!』と高らかに叫ぼうとした瞬間ーーー。


「ちょっと待て」

屋上のフェンスに手を着き、グラウンドを窺っている、ゴリラが待ったをかける。


「なんだよブラザー。今更行かないとか無しだぜメェン? ブラジャー、カモンガァル」

俺は「勘弁してくれ」と言いたげな黒人の様に肩を落としながらゴリラの隣に移動する。


「何人やねんお前。それよりアレ、正門…………………」


と、ゴリラがグラウンドを突っ切った先にある正門を示すので視線を向ける。


「ああ、奴か………」


正門に視線を向けると「何人たりとも通さねえ」と、門の中央に仁王立ちしている、坊主頭で小太りの中年ジャージオヤジが居た。


「まず、アレを何とかせんと無理やで?」


と、眺めている俺の横からゴリラが言い、ロピアンと寝子も不安そうな顔を向けてくるが、俺にしてみれば何の障害でも無い。


「全然、大丈夫」

100万ドルの笑顔で返し、屋上扉へと向かうのだった。





正門―――。



「くそっ……………」

アスファルトの地面を蹴り、本日、何回目かになる悪態をついちまう。

わかっちゃいるがやっぱり腹が立っちまうでぇっ。


「何で俺っちが飯も食わずに…………………ああっ! くそっ!」


学園内で学生、教師問わず、優しくて綺麗で最高の美女だと評判の英語教師から、急遽見張りを変わってくれと言われ、二言返事OKしちまって、大好きなカップ焼きそば『ウーホー』も食わずに正門の中央に立つ派目になっちまった。


「ちくしょう! いや、でもっ……! 麗奈先生のっ、俺っちの麗奈先生の頼みなら聞くっつぅんで! だって、麗奈は、お、俺っちの……嫁………………キャーー!!」


大胆発言ごめんあそばせだぜぇチクショウっ! 恥ずかしくて顔は覆うっ!


「ごくろうさ~ん」

「お疲れ。じろさん」

「グッジョブ。じろさん」

「すいません。じろさん」


あん? なんの挨拶でぇ? つうか、となり何人か通ったけぇ……?


「えっ……」


振り替えると、数人の生徒、しかもおもっきし知ってる奴等が門の外へと出ようとしているのが目にはり、俺っちは思わず叫んでいた。


「あかんじゃーんっ!!」



言ってから、ハッとする。


「えっ……ちょ、俺っち、何をっ………!?」


えぇ、ちょうだせえ、なんでぇこれ、だせぇ、なんか関西と関東の融合のような……。


「なにそれキモっ。 関西弁と標準語の融合?」

俺っちが言う前に、正門から数歩進んだ所で立ち止まっている、丸坊主の野郎が先に言いやがる。


「百太郎てめえ! 俺っちが言おうとしたこと言うんじゃねえっ!」


そう言ってやると丸坊主の野郎は、ごめんと謝りやがったので、優しい俺っちは許してやることにした。


「ったく。分かりゃいいんだ、分かりゃ。ったく」


少しの間、4人男子生徒の背中を睨んでやり、再び学校側に向き直り、空を仰ぐ。


「あぁ……麗奈先生ぇ……俺っちは、ちゃんと門番してるぜねぁ。だから、せめてぇ、終わったら、俺っちとけ、血痕してくれぇぁ……」


またやっちまったちくしょう! 大胆発言ノンストップだぜぇ! また両手で顔を被っちまうっつうぅんでぇちくしょう!


なんたって、麗奈は俺っちの………………。


……………………。


………………。


………。





「ほんまに障害でもなんでもないな…………。ええんかアレで…………あほちゃう?」


ゴリラは歩きながら背後を振り返り、両手で顔を被って物凄く足踏みしているじろさんを見ていた。


「じろさんはアレでいいんだ。抜けてないじろさんなんて、じろさんじゃないからな」

「でも、抜けてるとか言うレベルじゃないよ………。ごっそり脱毛だよ」


ロピアンも背後を振り返っている。


「もしくは、欠陥、陥没、消滅ってとこですかね」


寝子も振り返っている―――て言うか皆振り返ってる。


「まあ、確かに消滅気味かもしれんが――――――」


前に向き直り、言葉を繋げようとした瞬間、物凄い足音と共に叫び声が背後から聞こえてきた。




「あかんじゃーーーんっ!!!」




「ちっ、今気付いたんかよ、めんどくさっ」


ゴリラのその言葉に皆ため息を吐く―――が、歩みは止めなかった。


「何故でぇーーー!!てめえら何故なんでぇーーっ!!」


じろさんは追ってきながら叫ぶ。


「とりあえず、このまま忍肉屋向かおう」

「そうやな」

「そうだね」

「いい…………のかな?」


そんなやり取りをした後、俺達は走りだし、学校からそんな遠くない駅前の拉麺忍肉屋へと向かったのだった。








学園、廊下―――。

「………………」


昼食後、屋上へと向かおうと廊下を歩いていると、眼鏡を掛けたおかっぱ頭の一年とおぼしき男子生徒2人に声を掛けられた。


「あ、あの………………あ、アリスさん」

「おまっ、サダシ。先輩つけろよ。アリスさんてっ」


2人は緊張してるのかモジモジしていた。うむ。まあ、それにしても見事なまでに同じ顔と頭と眼鏡だ。


「そ、その………………あ、アリス先輩は………………うわぁ~緊張っちゃ~。鉄ちゃん、どうしよぉ~う」


サダシと呼ばれた男子生徒は、隣に居る鉄ちゃんという男子生徒に助けを求めるような顔を向ける―――が、鉄ちゃんは……。


「頑張るっさぁねっさ」


ガッツポーズで、多分「頑張れと」言っただけで、助けようとはしない。


「ふむ………………」


まあ、一年生だし、しょうがないのかもしれない。ここは私から聞いてやるか。

キツい人間に見られる事は多いが実際はそうじゃない。私にも優しさというのはあるんだ。


「どうしたんだ、じゃない、あの、どうしたの、かな? 何か用でもあるのか、かな?」

くそっ、慣れない優しさなんか大っ嫌いだ。たどたどしさに自分で嫌になる。


「あ、あぅぅ……ん……」


ああ、くそっ。やってしまったのか私。

サダシという男子生徒は顔を真っ赤にして俯き微かに唸ってしまう。


「あ、あのその、言いたいことがあるなら言えっーーーじゃ、じゃなくてっーーー」


ああー駄目だ! キツいんじゃない! これが私という人間で、怒ってるとかとかじゃないんだ!


「え、えっと、その、何か聞きたいことがーーー」


なんとか取り繕うように優しく聞こうと若干の混乱と共に語り掛けようとしたときだった。

サダシという男子生徒は意を決したように顔を上げ言った。


「あ、アリス先輩は、な、なななななななななな」

「なっ、な、ななに!?」

「な、ななななななななななななななななななななななな」

「ちょっ、え、なに、なに!?」


なんなのだっ!? 何の「な」の連呼っ?!


「あああ、あの、と、とりあえず、す、少し落ち着いてっ、ね」


びっくりした私は、慌ててサダシ君の肩に手を置き声を掛けていた。


「す、すっす、すいません。気を、切り取り、ななお、直してぇって」

「う、うん」


意味はなんとなく分かったのと、指摘するとドツボに嵌まりそうなので私は静かに彼の言葉を待った。


「そ、その………あ、アリス先輩はぁ……………」

「うん」

「好きですか?」

「うん?」


何がだ?


「だがらぁ~好きですか?」

「何を……………かな?」


まさか、お前がとは言わないだろうな…………。私は要らぬことを考えてしまい、少し引きつった顔で彼の言葉を待った。


「な、なな」

「うん『な』何かな?」


少し腹立ってきたな……………。早く言ってくれ。お願い。



「生肉」

「生肉っ!?」

な、なんてことだ……。まさか、学園で、しかも百太郎以外の相手で目を見開く程驚くことになるとは……。


「うんだす。生肉好きですか?」

「い、いや、好き嫌いより…………。や、焼いて食べる……かな……」


追い付かない頭でなんとか当たり前の言葉を彼に返す。


「やっがりそうなんでね! だってよ鉄ちゃん!」

「ナァウィーブ! サァダァ~シ!」


私の目の前でハイタッチをすると2人は猛スピードで廊下を走り去った。


「………………」


鉄っちゃんはやけに発音が良くナイーブと言っていたが…………。


「ナイスだろ………………」


やはり私に寄ってくるのは変な奴ばかりなのかもしれない…………。


「ううっ…………………」


私としたことが………………少し泣けてきた………………。


「あっ! アリス先輩!」っ

……………!また変な奴かっ!?

「くっ………」

目元を拭い、タタタタという足音と共にやってくる声の主の方へ振り返る。

「あぁ………。なんだ、恋か」


私はホッとして廊下を手を振りながら真っ直ぐに走ってくる恋を待った。


走ってくる恋を……。


走ってくる、れん……………を?


走って………―――って! どんだけ走ってくるっ!?


「れ、恋っ! ちょっ―――」


言うのが遅かった……………。恋は一直線に突っ込んできた。


「やぁーーーっ」


いや、突っ込んできたと言うより抱きついてきた。


「きゃっぉおーーうっ!!」


思わず変な声を上げてしまう。


「な、ななっ………………」


だ、だってしょうがないじゃないかっ。

お、女同士で、だ、抱き合うなんてっ………お、男とも抱き合った事無いのにっ! エッチだ!!


「れ、恋っ! ちょっと離れろ! み、皆見てるっ!」


どうにかして恋を剥がそうとするが、細い見た目からは想像出来ない程に力があり、なかなか剥がせない。


「いやぁアリス姐さんいいっすねぁ。落ち着くし~。もう、アロマ姐さんとお呼びしますよぉ」


「や、やめろっ! 顔を埋めるな! こらっ!」


周りの生徒―――特に男子の目が気になり顔が熱くなる。

何故か前のめりな体勢になりつつも、物凄い私と恋を見ているのだ。


「で、アロマ姐さんは何してたんですか?」


恋は抱きついたまま、顔だけを上げて話してくる。


「そ、その問いに答える前に、離れて、も、もらえないか?」

「嫌です」


ニコニコしながら即答する恋。


「頼むから離れてもらえないかな。頼むから」


「頼む」と二回使って私は頼んだ。


「しょうがないですねぁ。今回だけですよ? 覚えてやがれ的に離れてあげるんですからね?」

「あ、ああ」


覚えてやがれ的にってなんだ? と、思いつつも、やっと恋が離れてくれたのでホッと一息吐く。


「頼むとか言って頼んで無いんだもんなぁ。アロマ姐さん」


後ろ手に頬を膨らませ、見えない石コロを蹴っている恋を見て、私はある事を聞いてみることにした。


「恋。君はその……………変な娘だったのか?」

そんな私の問いに恋は一瞬「えっ?」て顔をしたが、直ぐにいつものニコニコ顔に戻り、そして言った。


「イエスノウですっ」

「は?………………」


どっちなんだ?  そんな、私の疑問をよそに恋は更に話し出す。


「有名な木こりの名言にこんなものがありましてね……………」


き、木こりっ?! なんの関係が?! ―――て言うか有名な木こりって誰だっ………。


「HEY、HEY、Hoーって」

「…………………………」


断言できる。

間違いなくこの娘は変な娘だ。


「それは名言じゃなく――――」

「そんなことよりアロマさん。何してたんですか?」


そんなことよりで話を変えただとっ!? それにいつの間にかアロマ姐さんからアロマさんに短縮されてるっ………―――て言うか、そもそもアロマ姐さんってなんだ? 


……と、色々と疑問に思ったが、ツッコんだ所で、この女版百太郎の様な恋がマトモに答える筈が無いだろうという結論に達し……。


「屋上へ行こうとしてたんだ」

と、聞かれたことだけを返すことにした。


「屋上……………ですか」

『う~ん』と、恋は悩む。


そんな悩ますこと言った覚えは無いんだが………………。

「屋上に何か――――」

『あるのか?』そう聞こうとしたのだが、最後まで聞かず恋は口を開く。


「屋上と言えば、パラグライダーですか?」


と。


「は?……………………」


パラグライダー………? えっ、なんだ? コイツは私が屋上で一人パラグライダーをすると思ったのかっ? 一体どうしたらそんな思考に至れるっ!? ど、どう答えたらいいのだっ!


「あ、いや………それは………」

普通は否定するべきだろうが、恋には通じそうにない。この短時間でなんとなくそう感じる。恐らく、このような問いが、二波、三波と止めどなくやって来るに違いない。


「………………」


それならどうするか………? 


こうするしか無いだろう。


「あ、ああ………。昼食後はパラグライダーに限るからな」

そう。流れに乗る。海水浴の時、変に波に逆らって泳ぐと溺れてしまいそうになるのと同じだ。このウェーブ小娘に対する手段はこれしか無い筈だ。


「ホントですかっ!? うわぁ~カッコいい! カッコいいです! パライダー姐さん!」

「むっ……………ま、まあな。それが女と言うものさ」


パライダー姐さんに昇格っ………!?


「それが女とまで言いますか? いやぁ、それは是非ご一緒したいです!」

「なっ…………そ、それは……………」


やはりそうなるのが普通というものだな………。

いや、そうだろうさ。私でも絶対付いて行くからな。

屋上でパラグライダーするクレイジーなやつが居たとしたら。


「駄目…………ですか?」


上目遣いで恋はそう言ってくる。


「い、いやっ………それはっ」


なんてことだ………。同じ女でもこんな目をする恋は破壊力抜群だ………。


「い、良いに決まってるじゃないかっ。こ、このパライダー姐さんに付いてきなさい」

「はい! 何処までも御供します! では早速行きましょうっ!」

「ええっ、あ、ああっ。うむ………」


なんてことだ、再び………………というところか。これじゃ私もかなりの変態じゃないか………。それに、この後どう回避したらいい………? 屋上から飛ぶ気はないぞ………。そもそも道具がない…………。


「とほほ…………………」


なんて、百太郎に「何時代だ?」とか言われそうな言葉を吐きつつ、私はルンルンと先を行く恋の後を追った。


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