ツンデレ店主

「忍肉拉麺定食、五つと………」

「嫌だねっ」

「…………後は餃子が一つ」

「絶対嫌だね。自分で作れいっ」

無事、忍肉屋に着いた俺達は、カウンター席に俺、ゴリラ、ロピアン、寝子、そして店まで追いかけてきたじろさんの順に座り、皆メニューを見終わったので、常連の俺が代表として店の店主に注文を伝えていた。


「以上…………だな。以上です」

皆の顔を窺い店主に告げる。

「嫌だからな! 俺は嫌だからな!」

店主はそう言い、店の奥へ引っ込んだが……。

「はいはい、お願いね」

笑顔でそう返してやり、水が入ったコップに手を伸ばすと、同時にゴリラが不安そうな顔を向けてくる。

「なあ、百太郎………。注文、頑なに断られてるけどさ………………ほんま大丈夫なん?」

うむ。まあ確かに。飲食店へ行き「自分で作れ」とか「絶対嫌だ」とか言われてる所を見ると、誰でも不安になりゴリラと同じことを言うかもしれない。

「全っ然、大丈夫」

だが、心配することはなにもないので、自信満々にゴリラ―――いや、皆に聞かせるように言ってやった。

「いやっ、全然大丈夫ちゃうやろっ。明らかに注文拒否しててんで?」

「そうだよ。座って待っている事の意味をこれ程までに感じない店は初めてだよ」

「も、もう駄目です……………相撲は流石に嫌だ……………」

「お、俺っちは…………麗奈先生……………蝶々が付いてます………………」

でも、やはりと言うべきか、全く信用してない野郎共。て言うか、寝子とじろさんに至っては、空腹から見えない何かを見てうわ言を呟いている。

「大丈夫だって。ここの店主は俺等の好きな“アレ”な人なんだよ」

「アレな人てなんやねん」

と、ゴリラは“アレ”の正体が分かってないようで、そう言うが……。

「僕等の好きなアレ?………………はっ!」

ロピアンは直ぐに“アレ”の正体が分かったのか目を見開く。

「ま、まさかそんなっ………。でも…………ええっ!…………ほんとにっ…………?」

心底驚いた様子で「あわわわ」とテンパって、水をテーブルにぶちまけたりしているロピアンだが、幸か不幸か店主はアレの人なのだ。

「ロピアンは“アレ”が何か分かったん? てかなにやってんの? ビッショビッショやけど、うざい」

置いてきぼりを食らった顔だったゴリラが、さもウザそうな表情に変わりロピアンを凝視し始めたので、そろそろ答えを教えてやることにする。


「ここの店主はツンデレだ」

「わっ…………?」


驚きすぎたのか、よくわからない。だが、ごりらの『わ』は5度聞こえるほどエコーが掛かっていた。

そして、固まるゴリラ。



「そうるどあうとかお前、なんなんその能力?」



むしろ、ツンデレ店主より気になるんだが……。



「っ! やっぱりっ!――――うわぁっ! またやった!」


そして、水を入れ直したコップを倒し、更にテーブルを水浸しにするロピアン。

こいつは驚きすぎだ。


「まあ、なに? 事実だ。少しばかりツンが強いがね」

「で、でもぉぉ、ファゲェオヤァジやでぇいっ!?」

「いや、ていうか、その独特なハゲオヤジの言い方なんやって。そうるどあうとなんかお前って」


驚いたらモーさん出てくんのかこいつは。

まあ、見た感じ普通のハゲた小太りオヤジだし、驚くのはわからんでもないが。


「まあ、あれだ、良かったな、ロピアン」

世界を救うとまで言っていた程、ツンデレ好きなロピアンを祝福する意味で、満面の笑みと一緒に親指を立ててやる。


「良くないよっ! オヤジは頑固オヤジが乙なんだよっ!」

しかしまあ、当然かもしれないがテーブルを叩いて抗議しやがる。

どうやらオヤジは頑固オヤジが乙らしい。変なこだわりを持った奴だ。


「いやぁ、しっかしなぁ……まだ、ちょっと信じられへんわ」

ゴリラに至っては信じていないようで、店の奥から厨房に戻ってきた店主を目で追っている。


「よし、じゃあ証拠を見せてやろう」

ゴリラにそう言い、店主を呼ぶ。


「ああ? うるせえよ………」

と言いつつも店主が近づいてきたので、気にせず話し掛ける。



「最近痩せました? 更に男前になった気しますけど」


勿論、嘘だ。店主は男前や不細工と言う定義云々じゃなく、ほんとにただのおっさんだ。

だから、マジで褒めようもんなら何を言っていいか分からないが、間違っても外見じゃない。

んまぁ、でも、外見で無理にでも褒めようもんなら、女性が言いそうな目が優しそうだのなんだのの類いだろうな。


「あぁ? 痩せたかだと?」

店主は訝しげに俺を睨んだかと思うと……。


「ば、ばか野郎っ……………。男前とかじゃ……………ねえやい…………」

すぐ頬を赤らめデレ始めた。


「ちゃ、チャーシュー多めにしてやるぜっ。ま、間違っても、嬉しいからサービスするってんじゃ、な、無いからなっ」


「えっ?……………あ、ああ。ありがとうございます」

いや、分かってたし、仕掛けたのはこっちだが、チャーシュー多めになるの早くねえか………?


「ば、ばか野郎っ。礼なんていらねえ。さ、サービスじゃねんだから……………」

「あ、ああ。でも一応、あ、ありがとうございます……………」


なんだろう、なぜこんなにも静まり返る………店内。


「……………………」


目に見えそうなくらい妙な空気が漂う。


「ったくよう………嬉しくなんて………」


いや、ちょっとまて。なんだこれ、おい! 俺はただ、ゴリラに証拠を見せるために言ったのだ。


「………………」


なのに………。


「……………」


なのに何故、少し緊張してる俺っ………!!


「ちょっ、ありえねえって………」

オッサンと一夏ならぬ、一食のアバンチュール?


「い、いやいや! それはない! それはないぞっ!」

席を立ち、後退りする俺にゴリラとロピアンが驚いた顔を向ける。


「急にどないしたん? なにしてんお前?」

「そうだよ。モンスターを始めて見た見習いの勇者みたいだよ?」

いや、お前らのせいだろっ………!? お前らがあまりにも反応せず無言だからっ………。


「い、いや、なんでもないっ………。ほんとに何もないっ。いやほんとにっ………」

だが、当然ながらおっさんとの甘い一時が頭を過ぎったなんて、二人に言えるわけが無いので、平静を装い再び席に座る。


「うぅん………………」

だが、なんだか座りが悪くケツの居所を変えては変える。


「うう~…………」

駄目だ。落ち着かない。モジモジ、ソワソワしてしまう。


「ふぅぅん………」

モジッソワ、モジソワッソワしてしまう。


「うぅぅぅぅん………」

ソワソワモジモジ、モジモジソワソワッモジ、モジモジして――――――。


「ああーーもうっ!! 何してんねん!! じっとせえっ!!」

「うわぁーごめーん! わかってるっ! わかってるっ………」

けんども………………やっぱ無理っ!


ソワソワモジモジモジ、モジソワソワ、ソワソワモジしてしま――――― 。


「なんでやっ!! なんでじっとできひん!? トイレか? トイレかっ!!」

ゴリラにお父さんの様に叱られ、とうとう視線は下へ固定された。


「すまない………。ほんとにすまない………」

このままでは叩かれる日も近いので、頭を下げたまま別の事を考えるよう努めてみる

俺が死にたいと思うのはこの瞬間で間違いないことになってしまうからな。



「………………」



カラカラと音を立てながら戸を開き『オニシロら~めん』と書かれたのれんをくぐる、俺。


『い、いらっしゃい………ませ………』


消え入るような挨拶だが、気にせず店内へと足を踏み入れ席に着く。

『な、なんにするんだっ』

と、聞きながら、長い黒髪の綺麗な女性店主が、水の入ったコップをテーブルに乱暴に置く。

『う~~~ん』

俺はメニューに視線を落としながら、コップに手を伸ばす。

注文なんてものは初めから決まってる。

『そうだなぁ………』

なんて迷った声を上げながら水を一口飲み、店主を見据えて俺は言った。

『君で………』

『なっ………』

店主は驚き、みるみる内に真っ白で綺麗な肌が赤くなっていく。

“オォ~~~マァ~~アァァ”

何処からともなく流れ出す、恋仲の男女が抱き合って踊りそうな甘い音楽。

赤色のミラーボールもゆっくり回り輝きだす。

『な、ななな、なにを言って………………あっ』

有無を言わせず、店主を抱きしめた。


『こ、ここ、困るぞっ、こ、こんなとこで。そ、それになんだこの音楽はっ、何処から………』

『気にするなそんなこと。それより楽しもう。この時を………』


耳元で囁き…………。


………………。


………。



「へ、へい、お待ちっ。い、言っとくが、お前等の、た、為じゃねえからなっ」


店主はそう言い、忍肉拉麺セット(拉麺と炒飯)を順に皆の前に置き、最後に餃子をじろさんの前に置くと店の奥へと引っ込んだ。

「お前等の為じゃねえって………」


“じゃあ、誰の為やねん”と、俺は思ったが、口にはしなかった。

それよりも気になった―――いや、気になっている事があったからや。

「………………」

右隣に座っているロピアンも気になっているみたいで俺の左隣の奴を見ている。

「へっ! そうくるのかっ………………ふふふふふ」


ニヤニヤしながら何か言っている。

「うっしゃー飯だ!」

「ひゃっほい! にゃーーん!」


死にかけていたじろさんと寝子はガツガツ忍肉拉麺セットを食べ始めたが、俺とロピアンは左隣の奴から目が離せないでいた。


「お前の為ならこんびーふだ。こんびーふふる」


見えない何かを抱き、何かを言った。


「こんびーふふるってなんだろう………………?」


ロピアンが聞いてくるが……。


「わからへん………………」


としか答えられない。いつも以上におかしいコイツの事を分かる筈が無かった。

だがそれ故に気になりすぎて空腹にも関わらず目が離せないでいた。


「……………………」


割り箸の先をスープにチョンと付け、そのまま百太郎の鼻に近付けてみる。


「おいおい、君はほんとに―――ん?………くっさっ! お前くっさっ! 全身ニンニクっ!?」


百太郎は割り箸から逃れようと上体を反す。


「ヘッヘッへ」

だが、そんな面白い反応されたらすぐにやめるわけがない。色んな角度から鼻を攻める。


「ち、近寄るなっ! ま、マジでごめんって! だ、だが紛れもなく貴様は全身ニンニクだ! 違っ―――あ、あかーん!!!」


叫び声と共に椅子ごと後ろに倒れた百太郎は妄想から覚め、倒れた状態のまま「何事?」と、キョロキョロと辺りに視線をさ迷わせる。


「戻ってきたか……………よし! 食お」

「うんっ! よ~し」


あぁ~面白かった。ということで、俺とロピアンは少し遅れて飯を食べ始めたのだった。



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