第五章 EXPO'2300,Mars7

 いつの頃からか、宇宙では植物が変異するようになった。

 それは正しくない。

 宇宙で、月でヴンダニウムという柔軟な金属を見つけた人類が、それを宇宙船に利用し始めたとき、植物の変異は始まった。

 ヴンダニウムの効能の一つに、ヴァン・アレン帯での有害放射の完全遮断もあった。ヴンダニウムがそれらを吸収しているのだ。合金事態に変化はないと言われていたが、その吸収したものに、船内の木本草本が反応していた。人には害はないが、植物には多大な影響を与えていたのだ。

 ヴァン・アレン帯は地球の他に木星や土星で発見されている。その一帯を通過するときに、植物はステージ1へ変異し、あとは有害放射を吸収していないヴンダニウムですら植物に影響を与えることとなった。つまり、地球から出てたどり着く先にヴンダニウムがあれば変異は続く。触媒により変化を始めた植物は、その前の状態に戻ることは出来ない。ヴァン・アレン帯が消えない限り、植物の変異も消えない。

 政府はその事実にそうそうに気付きはしたが、月のヴンダニウムはほとんどが民間人の手に渡っていた。それを回収するのに多大な労力と金を使わざるを得なかった。

 その頃には、ヴンダニウムなしでの宇宙旅行は考えられない状態だった。ヴンダニウムを取るか、植物を取るか。その選択に迫られた連邦政府は、結局はヴンダニウムを取る。ヴンダニウムを、宇宙への進出を取った。地球には人が溢れ、新しい土地が必要だったからだ。そのためにはヴンダニウムは必要不可欠の存在となっていたのだ。

「ヴンダニウムがあるとわかった今、地球政府は何がなんでも火星を手中に収めようとする。そうしないと、火星全体が大変な事態に陥りかねないから。ただ、あのステージ2はずいぶん時間がかかってるみたいだった。普通は結構すぐなんだけどなあ。セージの根もとが木本化してたから、ヴンダニウムが遠くにあるのか、それとも地中深くにあるのか」

「……とても、深い場所にあるの。たまたま、地質学を研究していた企業が発見したのよ」

 偶然の発見は政府でなくスブリマトゥムへもたらされた。

 そして彼らは、さらに火星独立を急いたのだ。

「俺が消えた場所にSFCが来ていたら間違いないよ。あのときテントにアイリーンもいたし、政府はもう知ってしまった」

「課長と、ニコラスさんがいたという報告は入ってる。あの場のセージを採取していたって」

「たとえ万博会場で連邦政府の面目を潰すようなことをやっても、どんなに赤字になろうとも政府は火星へ乗り込んでくるよ」

 人を、惑星を守るにはそうするしかないのだ。

「兄貴は何するつもりなんだ?」

 いい加減身体も痛いし、開放して欲しい。開会式のイベントはほとんどシルヴィオが受け持つことになっていたし、予備の植物の様子も見に行かなければ心配だ。

 だが流石のシルヴィオも、今回ばかりはそれが通るとは思っていなかった。

「兄さんたちは、花の塔を開会式に合わせて爆破するって言ってたわ。たぶんその準備に――」

「なんだとっっ!」

 頭の傷に響くことも構わずに、大声で怒鳴る彼を、ローズマリーは予測していた。だから申し訳ないとは思うが軽く目をそらしたままでいる。

「SFCにはかなり恨みをもってるのよ。それに花博のシンボルだし、一番効果的だろうって……」

「そうじゃない。あんなものに火器を近づけたら、ああっ! ローズマリーは知らなかったのか。くそっ。行くぞ! すぐ止めないと拙い。やばいんだよ!」

「何が――」

 怒っているのではなく焦っているシルヴィオに、ローズマリーは戸惑う。

「あの花の塔のデルフィニウムの仕掛けは水素を使うんだ。水素濃度でデルフィニウムを変化させるんだよ。つまりだ、あの花の塔の内側には水素のボンベが山ほどあるってこと! 開会式のイベント会場周り、すげー火気厳禁うるさかったのはそのせいだよ!」

「!!」

 ローズマリーは口元に手を当てたまま、驚きで声もでない。

「結構な量があるから、もしあそこで爆発物なんか使って見ろ。メインドームだけじゃない、火星の半分が吹き飛ぶぞ!」

「そんなことって。シルヴィオ……私のこと騙そうとしてない?」

「お前騙してなんの得があるんだよ」

「だって! 兄さんたちがそれを知らないなんて……」

「SFCに出入りしてたお前だってしらねーじゃねーか。……それか、知っていて当然の人間がスブリマトゥムにいるのか?」

 質問に彼女はぐっと詰まってうつむいた。

「悪くすりゃまた磁気嵐に火星が飲み込まれる。前回のときも大規模な爆発が原因だったって聞いたぞ」

「兄さんが、スブリマトゥムが、火星閉鎖を望んでいるはずがないわ」

「なら知らないんだ」

「でも、それならあんな詳細な図面が!」

「とにかく! すぐに止めに行かないと、本当に大惨事になるぞ。ローズマリー!」

 厳しい叱責に上げた顔は今までみたことがないほど歪んでいた。

「もし爆破なんてしたら――」

「あなたの花が台無しになる?」

「っ! 馬鹿か!」

 身体が自由なら、殴りかかっていたかもしれない。この状態を初めて喜んだ。

 彼女に未だそのように思われていたのかと悲しいよりも悔しく思う。それがこれまでの自分の態度のツケだ。

「……私、兄さんと話してくる」

「俺も連れてけ! お前、あの花の塔への入り方知らないだろう。俺なら顔パスだし、話したいってならたぶん爆弾仕掛けるだろうところに連れてってやるから」

 その申し出に、ローズマリーは悩む素振りを見せたが、シルヴィオの腕と手のガムテープを丁寧にはがした。やっと得られた自由を満喫するかのように身体を動かす。

 その間にローズマリーは扉の向こうを覗き、戻ってきた。

「大丈夫。やっぱりみんな出払ってる」

「ま、そりゃそうだろうな。今日が勝負なんだろ」

 ローズマリーの先導で地下から抜け出すと、二人はセレモニードーム目指して駆け出した。

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