第三章 ガニメデのひまわり5
『本物の方が素晴らしいに決まってるじゃないか』
あのときの彼女の表情が脳裏にちらつく。
笑い出しそうな、哀れみのこもった、悲しい顔。
移民先では、環境の変化に伴い、体の各器官で異常が見られることがあった。そのために補助臓器の開発はとても重要なものの一つだ。ある程度成長した人間に対しては、そうやって後付けの補助臓器で事足りる。だが、生まれたての新生児の時点で異常が見られた場合はなかなかにやっかいだ。日々の成長幅が大きい彼らに合わせて次々臓器を変えていくのは、金銭面でも、体力面でもデメリットが大きすぎた。
そこで、成長型の補助臓器の研究が始まる。ある程度はラットなどで組み立てていくことはできた。だが、最終的には人で試さねばならない。
自然な流れで、生まれたときから臓器に問題のある赤ん坊に、試験的にこの成長型補助臓器を埋め込む計画が生まれた。しかし、これはデータを取るためのものであり、もし故障した場合そのデータも取らねばならない。そのリスクのために国はそれなりの補償金を出した。その金に目がくらみ、親は、子を売る。いや、親を責めることはできないだろう。そのままでは補助臓器を付けることのできる年齢まで育たないかもしれない。それならば、一縷の望みに賭けてみようと、特に症状の重い子の親は考えるはずだ。
『アレは壊れてたんだよ。何かのはずみで良い歌を歌うから、本当に壊れるまでああやって雇っていたんだ。アーシャもきっと嬉しかっただろう。彼女は昔から歌うことが好きだったからね』
レストランの支配人の言葉。
「けど、アレは本物だった」
彼女の歌に、自分は確かに心打たれた。あの気持ちはまことであった。
頬を伝うしずくは、外気にさらされ冷たく凍る。
造花のひまわりに埋もれた壊れた声帯を持つ彼女。
『本物は枯れないといけないのね』
あの言葉に込められた想い。
――違う。
あのときはわからなくて何も言えなかったけれど。
あなたは本物だ。
ああ、本物であったよ。
その生み出す声が、本当の生身のものであるかなんて関係ない。真実、人の心を動かせるものだった。
ステージの上で歌っていたあなたの姿は間違いなく本物であった。それは、あの場にいたすべての人が保障する。
いつの間にか彼女の部屋へとやってきていた。
シルヴィオはひまわりの入ったケースを開けると、その花束を彼女のベッドへと置く。
たくさんの造り物に囲まれた、生きている花。
みるみる萎れていくその太陽の花をじっと見つめる。
いつまでも、いつまでもそうやって立っていた。
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