第二章 月上美人6

 再びアイリーンが戻ってきた。

「今のはカットした。シルヴィオ、そこら辺は後で、だ」

 基本的にこの中の会話は録音されている。ニコラスはそれを知っていた。シルヴィオも何度も言われていることだから知っているはずである。その上でニコラスはきわどい会話を楽しみつつ、政府への牽制をしているわけだが、たまにこんなカットが出ることがあった。大概シルヴィオの発言だ。

「カットした記録は残るんだ。気をつけろシルヴィオ」

「んなこと言われたって俺、スティ――」

 アイリーンがシルヴィオの鼻をつまむ。

「本当に学習能力のないお坊ちゃんだ!」

 鼻をつままれたまま彼は眉をしかめた。

「さ、続けようか」

 ニコラスの号令で二人は離れ、シルヴィオは枯れてしまった正常な月下美人を一度置いて、人に寄生している方の月下美人に近づいた。

「おい!」

 アイリーンが警告の声を発する。だがシルヴィオは首を振って大丈夫とつぶやいた。彼の目から見れば、この花が危険でないことは一目瞭然。その感覚を伝えることができないのだから後は行動するしかない。ニコラスも続く。

 どんな風に月下美人が作用しているのかはわからないが寄生された男は眠っていた。首のあたりの太い血管へその根を突き刺している。ひどくグロテスクな光景に、誰もが直視することを避けた。それをシルヴィオはじっくりと眺めている。その瞳に映っているのはあくまで月下美人であって、その下に寝かされている男は目に入っていない。

 月下美人は天井へ向かって真っ直ぐ立っていた。

「ニコラス、シュートがある」

「え、ほんと?」

「うん」

 枯れていたものたちにはそれは見られなかった。

「シュートってのはアレだろう? 花を咲かせるための……」

 アイリーンも一緒になって覗き込んだ。シルヴィオが示す通り丸棒状の葉が長く伸びている。

「うん。シュートの先にシュートが出たり、そこに葉をつけてやがて花が咲く。問題はいつこれが出てきたか。寄生してからかそれとも寄生する前か。映像データとかはないの?」

「調べろ!」

 アイリーンがシルヴィオの言葉を受けて後ろのスピーカーへ命令を飛ばした。

 船の主はよっぽど月下美人を月へ運び込みたかったのか、かなりの細工を施していた。これほどの設備を外からはわからないように、それでいて中の月下美人の状況を逐一確認できるように整えている。

 映像データもしっかりと押さえてあった。

『室長。ありました』

「モニタに映せ」

 部屋の中にあるスクリーンに映像が結ばれる。右下に時間が入っている。

『二十三時五十分がゲートをくぐる直前の状況です』

 問題のポッド以外が、次々と枯れていくのが見て取れた。

 こちらで映像範囲を操作できるものらしく、やがて一つのポッドにカメラが釘付けとなる。

「あ、ほらほら、シュート発見! すごいな。てことは、水分を完全に断って移動させれば月下美人ちゃんは宇宙空間へ出ても育つってことか。今度研究しよっと」

「許可下りるかな?」

「下ろす!」

「でもシルヴィオくん、宇宙出るの嫌いじゃないっけ?」

「俺が下ごしらえするから、ニコラスうちのステーションで観察して」

 二人が完全に違う方向へ行こうとするのを、アイリーンは後ろからこぶしで黙らせた。

「それで、次は?」

「次?」

 シルヴィオが首をかしげる。

 彼女はイライラと爪を噛んだ。

「シュートが見つかった。それで次は何を調べる?」

 ああ、とシルヴィオは破顔した。

「原因は水だ」

「それはわかってる」

「違う違う。水分を与えられていなかったためか、それとも設定のためか、そこはわからないけど月下美人は宇宙空間に出て、移送空間ゲートをくぐっても生きていた。シュートが出て、やがて花を咲かせるようになる。月下美人は花を咲かせたい。しかし、花を咲かせるというのは植物にとって膨大なエネルギーを必要とする行為だ。脱水状態でそれを満足に行えるとは思わない」

 シルヴィオが指を折りながら順に説明した。アイリーンは黙ってうなずく。

「そこで突如目の前に水分の塊が現れた」

「塊?」

 彼女は眉をひそめる。ニコラスが続けた。

「人の七十パーセントは水分ですよ」

「だから、彼に寄生した、と?」

 SFCの技師二人はうなずく。

 それが、植物のエキスパートと呼ばれる彼らが出した結論だった。

「……休憩にしよう」

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