第二章 月上美人5

「それじゃあまあ、このポッドから始めましょうか……にしても、SFCのと構造がだいぶ似ているね」

 ニコラスは計器をいじりながら順番に検査をしていく。ポッド関連はシルヴィオよりもニコラスの方が詳しかったので、彼が主導権を握る。

「使用済のポッドはこちらから返却料を出してまで回収してるけど、それでもやっぱり全体の六割しか返って来ないからね。どうしても市場に流出してしまう。細かい設定は一定時間がすぎると消去するようになっているけど、だんだんと解析はされていくだろう」

「にしても結構適当っぽいな、その設定」

 横から覗いて一つの数値をシルヴィオが指す。

「まあ、これが完璧になっているようじゃSFCは独占市場を手放さなければならなくなる。振動、水分、湿度、内気温に圧力。どれも異常を発生させるようにはなっていない。どの機能も正常っと……そっち貸して」

 手を伸ばすとシルヴィオが次のポッドを渡す。問題のそれだ。

 ポッドは、床に接する部分は平らで全体的に卵のような形をしていた。正面は透明になっていてその中を見てとれる。ここまでSFC製のものと一緒なのには、正直苦笑するしかない。

 ドライバーで後ろ側の蓋を開けると、たくさんのボタンが並び、技師が調整をできるようになっていた。基本的に商品として渡した後、自分で何かするようにはなっていない。後は自動でポッドがやってくれるのだ。水だけは取扱説明書に書かれた手順で随時補充する。

「ああ、水分調整機能がいかれてる」

 ニコラスは表情を曇らせた。

 シルヴィオもうなずく。

「これじゃあいくら水足しても月下美人ちゃんに水は与えられないな。しかも基本的に水分が多すぎるとだめになる種だから――」

「もちろん設定水分量はかなり低い。今の時期なら一週間ぐらい水がなくても地球じゃびくともしないから、故障に気付かなかった可能性もあるね。これってどの程度船に入っていたんですか?」

「それが、今回の密輸は手が込んでいて――」

 まず貨物船の出航の際、地球にある第一ゲートで検査が入る。船のスキャニングはもちろん、酸素排出量、二酸化炭素排出量もかなりしっかりと調査された。今の世の中は人間や動物の持ち出しよりも植物の持ち出しに神経を尖らせる。

 次に、月への位相空間ゲートに入る前の料金所で実はこっそりチェックが入っていた。二酸化炭素、酸素量が重要視される。エラーが出るとそのままステーションに留められ人による調査が入った。

 現在、宇宙空間の行き来はすべて一箇所からとなっている。ゲートと呼ばれる航路短縮空間ルートを通らねば月へ行くのに数時間が何日もかかったりするため皆これを利用した。

 だからチェックを受けさせることは容易で、密輸の検挙率もほぼ百パーセントと言われている。しかし、今回の船は普通の造りと違っていた。船自体が密輸を想定し、しかもこの月下美人の輸送を目的として作られている。簡単に言えば、船を作る段階から花の育成ポッドが組み込まれているのだ。

「壁だと思ってたところにポッドがあって、ぱっと見たくらいじゃわからないくらい上手く細工してあった。スキャンも知っていたのかカモフラージュされていたよ」

「船を作る時点で組み込まれていた、か……」

 ニコラスが顔をしかめる。

「ん? なんかあるの?」

「大人には深い事情ってものがあるんだよ」

 意味深な彼の言いように、シルヴィオは肩をすくめる。

「俺そーゆうのはいらない」

 政治的にというよりも、花に関係のない事柄は一切耳に入れたがらない、耳に入ってもすぐ忘れてしまうのが彼だった。

「いつまでもそれじゃ通らないよー?」

「通るところギリギリまで通す」

 アイリーンにしてみればそれだから使いやすい手駒でもあった。

 裏のどろどろした内容を何も考慮することなく結果だけを出す最高の技師。出した結果を使って何かを画策することのない彼。

 だからこそ、ニコラスがいない方が実は良い。

「だからこそ、僕みたいなのを付けるんですよ」

 シルヴィオが花の顔色を読むことに長けているのと同じように、ニコラスはただの花屋にしておくには惜しいぐらい人の顔色を読むことに長けている。

 アイリーンは軽く睨んだだけで何も言わなかった。

「枯れちゃった植物たちはいつも通りだな。出航して、ゲートくぐったあたりで枯死が始まってる」

 ポッドから取り出したデータをSFCの端末にダウンロードして、シルヴィオが検討を始めていた。

「うちのソフトに取り込めた?」

「一応ライン全部物理的に切って使ってみてるから、何か仕込まれてても平気かなって」

「それはおりこうさん。解析プログラムで見ることができるなら、やっぱりうちの改造品の可能性大だ。持って帰って分解したらコアにある製造番号で売り先がわかるね。後で追跡調査してもらわないと。その端末は厳重保存な。何か必要なら俺の方を使え」

「ラジャー」

 枯れてしまった正常な方のポッドはシルヴィオに任せ、ニコラスは水分調整機能の故障原因と時期を探る。

 SFCの花が高い理由の一つにこのポッドがある。

 一株に対して一つ。しかもその花の種類に対応したデータを入れ、その後個々の状態によって微調整を加える。繊細な作業だが、重要な作業だ。普通はこのときに計器の最終チェックも行われるが、密輸業者にそこまで望むのは酷だろう。

「……かなり前から故障していたみたいだ。約一ヶ月」

「船を作るとなると最低一ヵ月半。工程のかなり初期段階で船の中にポッドが組み込まれているとすると、それこそ組み込んだときになんらかの原因でその水分調整機能とやらが故障したということか」

 ニコラスの手元を覗いていたアイリーンが呟く。

「ですね。衝撃だと思います。ポッドは頑丈に作られてはいますが、やっぱり精密機器には変わりない。船を造る際の大合奏に耐えられない物も出てくるでしょう」

「船の中でこのポッドをモニタリングしていた。乗務員たちはパニックだったろうな。金の卵が次々枯れていくんだ」

 アイリーンが皮肉な笑みを浮かべると、ニコラスがその後を継ぐ。

「そんな中、一つだけ茶色く変色していかないポッドがある。だけど、元気がないのが見て取れる。そのままにしておいていいのか、中を覗いてみるべきか……」

 そして、彼は判断を誤った。そのままにしておけば自分は被害に遭うことはなかったのに、開けてしまったがために前代未聞の事態が彼の身に降りかかる。

「あ、わかった」

 突然シルヴィオが手を止めて二人を振り返る。

「あれだろ。二ヶ月くらい前に月下美人をなんとか月で欲しいって要請があったって、誰かが話してた。犯人はそいつだね!」

 SFCの談話室でほんのちょっとしたネタとして披露されたそれを、シルヴィオは覚えていた。月に月下美人はとても美しい取り合わせだと思って。事情を知らぬ人々にはそれは良い思いつきなんだろうなと。けれど、月下美人は決して月にたどり着けない。話題にしていた彼らはそれを笑っていたけれど、シルヴィオは一緒になって笑うことができなかった。

 だから覚えていた。

「そんな話してたような気がするね」

 ニコラスが相棒の言葉を肯定する。アイリーンの目の色が変わった。

「誰だ! そいつは!」

「さて……」

「あれ、ニコラスもいただろう? 俺覚えてるよスティーヴン・クルーニーとか言ってた。ロマンのわかる奴だね。でも密輸はいけないよなあ。結局花は枯れちまう。花が可哀想だ」

「スティーヴン・クルーニー……」

 口元をひくりとさせてアイリーンがつぶやく。

 スピーカーから漏れてくる外のざわついた様子に、彼女はくるりと踵を返し、部屋から出ていった。

「シルヴィオ、あんまりその、滅多なことをぽろっと言わないように、ね」

「なんか拙かった?」

「とってもね」

「……だからニコラスは知らない振りしたのか」

「……まあね」

 視線を天井にやり、少し考えている風に黙り込む。反省しているかのようにも見えたが、そこはシルヴィオ。

「で、誰なの?」

 懲りていない。

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