第二章 月上美人1

 土いじりの多いSFCだが、建物は現代的で、床は絨毯張りだ。窓からは紫外線がカットされた真夏の太陽が差し込み、部屋の中を明るく照らしている。クリーム色の壁には押し花のような絵画が上品に空間をとり並べられていた。

 そんなスタイリッシュな部屋に似つかない子どものようなふくれっつらのシルヴィオと、つけいる隙のない笑顔のクレイグ課長。どれだけ罵詈雑言をぶつけられようともその表情は変わらない。

 二人は大きな明るい茶色の丸テーブルで向かい合い、周りには十名ほどの社員が均等に座っていた。

 地球の北アメリカ、シアトルに本拠地を置くスペース・フラワー・カンパニー。そのかなり重要な会議――のはずだった。しかし、実際蓋の中味を開けてみれば一方的な駄々っ子のオンステージ。彼らは全員事の流れを見守っている。関わり合いにならぬよう我関せずと傍観を決め込んでいるのだ。

 シルヴィオが机を叩きつけて立ち上がる。

「何度も言うけど、俺は花博には参加したくない!」

 課長は平然と座ったままで答える。

「何度も言うけど、君はもう技術者名簿に載ってるんだよね。しかも責任者なんだよ」

「イヤだイヤだっつってんのに勝手に載せたんだろ!」

「イヤだイヤだで通るわけないだろう。仕事なんだから」

 正論だ。周りにいる同僚も課長の言葉に深くうなずく。

「でも、いくらなんでも責任者にすることねーじゃん!」

「責任者にでもしなけりゃ当日とんずらするだろう?」

 課長の言い分にぐっと詰まる。その通りだ。どこまでも見抜かれている。

 シルヴィオが入社してからずっと上司としてやってきただけはある。はっきり言って口で敵う相手ではない。

「とーにーかーくっ! 俺はずっとこの話が出だした頃からずーっっっっっと地球外での花の博覧会なんて無理だって言い続けてるんだ! なんでそんな大反対の人間をメンバーに組み込むんだよ!」

「そりゃあお前がうちで一番の技術者だからだよ」

 クレイグの笑顔に再びぐっと詰まる。課長の笑顔は常に固定されている。その奥の感情はわからないが、シルヴィオはぎりぎりと歯を食いしばった。


 再来年の春に、火星で花の博覧会が催される。

 火星は月の次に開発が始まった惑星だが、磁気嵐によって一時交流が途絶え、作業が進まず時期を少しずらして開発を始めたガニメデの方が発展していた。

 政府としてはさらなる人口の増加が懸念される今、火星に国を、企業を呼び込むためにと打ちだした一大イベントだった。この博覧会への意気込みはその投資される金額にも現れている。賭けているのだ。

 しかし、人類が地球を出てもう三百年以上経つが、いつからか地球外で一般的に花と呼ばれる植物の育成が上手くいかなくなった。種類によってはすぐに枯れてしまう。育たない、と言われていた。

 それなのに花の博覧会と称するのは、それだけこの火星にメリットがあるのだということを印象付けるためだろう。ガニメデや月では育ちにくい花も、この火星では幾分ましであるとアピールしたいのだ。

 それは、事実。

 だがあくまで比較しての話だ。育ちにくいのは変わりない。ものによってはすぐ枯れる。

 政府はこの花の博覧会を開催するにあたり、SFCに完全なバックアップを要請した。SFCは地球内の花の配達はもちろん、宇宙へ向けて独自の技術でより保存状態の良い花束や鉢植えを提供する一企業だ。その技術の高さゆえ、よく政府から協力要請が入る。これまでの信頼と実績を買われて、今回の花の博覧会で展示する花のすべての管理をSFCへ任せたのだ。他の企業はその点に関しては一切介入させていない。

 普段から政府との癒着を指摘されているSFCだが、今回の件でさらにその風評が強くなった。

 しかし、政府が表立ってそこまでやるからにはやるだけの理由が、あるのだ。

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