第6話 やさしい契約
「今、お時間よろしいですか?」
診察を終え、憂鬱な気分で病院から出てきた優斗(ゆうと)は、不意に呼び止められて目を丸くする。
目の前に、にこにこと微笑む高校生ぐらいの女の子が立っていたのだ。
アイドルと見紛う容姿に澄んだ声が可愛い。
「俺に何か用ですか?」
どう考えても、冴えない大学生の自分との接点が見当たらないので、思わず疑問形になる。
「えっと……わたし、こういう者です」
女の子は可愛い名刺入れから名刺を一枚取り出すと優斗に差し出した。
「……『あなたの夢を全力サポート! 一般財団法人ライフサポート研究所 主任研究員 今際 時子(いまわ・ときこ)』?」
「はい、よろしくお願いします」
元気よく頭を下げる。
この人、俺より年上なんだろうか、そんな疑問を抱きながら優斗は聞いた。
「で、その……今際さんが俺に何か」
「あなた、自分の夢を叶えませんか?」
「は?」
意味が理解できない。
こちとら四年生の身なのに就職先も決まらず、来春はバイトで食いつなぐしかない状況で、夢など語る余裕なんてどこにも無かった。
「あのセミナーとかの勧誘なら、俺お金ないですから」
それとも宗教か……。
こんな美少女との会話を打ち切るのは少々惜しい気もしたが、そろそろ潮時だと思った。
「全くの無料ってわけじゃないんですけど、良いお話なんです」
そら来た、優斗は身構えた。
「ごめん、この後、予定があるんで……」
話を切り上げて立ち去ろうとする優斗に囁くように彼女は言った。
「優斗さん、世界中の人に自分の歌を聞いてもらうのが夢なんですよね?」
ドキリとした。
誰にも話してはいなかったが、ミュージシャンになるのは幼い頃からの優斗の密かな夢だった。
「何でそれを……っていうか俺の名前、教えてないよね」
質問には答えず、彼女は意味深な笑顔で言った。
「お話、聞いてくれますね」
彼女の話を要約すると、彼女と契約すれば夢を叶えるために全面的な支援を受けられるとのことだ。
金銭的な面も含めて、彼女が専属で対応してくれる。
あまりに上手すぎる話に優斗は意地悪く聞いた。
「でも、ただじゃないんですよね。いくら払えばいいんですか?」
その質問に彼女はいきなり優斗の手を握ると人気の無い場所まで引っ張っていく。
思ったより冷たい彼女の細い指先と、時折り香る甘い香りに優斗の胸の鼓動が早鐘を打つ。
さらに彼女は人気のない場所に着くと、優斗に背を向けミニのスカートの裾をゆっくりとたくし上げる。
「な、な、何するの。そ、そんなことしたら見えちゃうってば」
慌てて目を背けようとして、とんでもないものが目に入る。
彼女の下着からあり得ないものがニョキリと伸びていた。
そう、それは黒い尻尾……悪魔のお尻に生えているアレだった。
「ですから、夢を叶えた暁にはあなたの魂をいただきたいのです」
優斗は絶句した。
そんな冗談のような申し出に即座に答えられるほど優斗の神経は図太くなかった。
「どうですか、このまま平凡な鬱々とした長い人生を続けるのと夢を叶えて波乱万丈な短い人生……どちらを選びたいですか」
「…………」
彼女の発したフレーズが優斗の頭の中をぐるぐると回る。
「俺は…………」
長い沈黙の後、優斗は決心した。
やった、優斗君がOKしてくれた。
ホント良かった。
断わられたらどうしようと思ってた。
彼には話せないルールだけど、私は優斗君にずっと前から片思いをしていた。
どうしても彼と今日、契約したかった。
先ほど受けた診察の結果を彼はまだ知らない。
いや、知ってしまったら私の立場上、もう契約は結べないのだ。
だから、今日しかなかった。
これで優斗君はミュージシャンになって世界中の人にその歌を届けるまで私の力で生き続けることができる。
「なんだか嬉しそうだね」
本来なら余命半年の愛しい彼は不思議そうに私を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます