第7話 幽霊通り

 気がつくと知らない道を歩いていた。


 目の前の案内板は海岸へと向かう道筋を教えてくれている。


 確かに潮の匂いがした。


 先ほど、降った通り雨のせいか、ひどく蒸している。


 季節はもう秋だと言うのに、真夏日が続くとニュースが告げていたのを思い出した。


(あれ、なんで俺、こんなとこいるんだっけ?)


 記憶を手繰り寄せてみると、乗り換えのために下りたホームで、ふと目的地に行くのが嫌になり、考えなしに改札口を出たところまでは覚えていた。


 そうか……人気を避けて歩くうちに海へと向かう道を無意識に選んだのか。


 外灯の灯りもまばらで、薄暗い通りに面した一軒だけある店のシャッターには入居者募集の張り紙が半分ちぎれて残っていた。


 しかも、ご丁寧にその上からスプレーで『GHOST STREET』と大きく落書きされている。


(幽霊通りか……、確かにそれっぽいな)


 シニカルな笑みをこぼすと、また歩き始める。


 海まで行ってどうするんだと思わないでもないが、自然と足はそちらへと向く。


 引き返すきっかけがつかめなかったのだ。


 しばらく歩くと、ふと視界の端に何かが映った。


 どうやら道端に誰かが座っているようだ。


(まさかね……)


 恐る恐る近づいてみると、果たして長い黒髪の女だった。


 顔は髪に隠れて見えないが、色の白い痩せた女だ。


 不意に寒気がした。


 女はたった今、海から上がってきたかのようにずぶ濡れだったのだ。


 ゆらりと立ち上がると女は、指差して言った。


「あたしを殺したのはあなた?」








 そのサラリーマン風の男は声にならない悲鳴を上げ、持っていた鞄を投げ出すと一目散に逃げ出した。


 姿が見えなくなってから、あたしは声を上げて笑った。


 見ず知らずの彼には悪いけど、先ほどからの怒りが、ほんの少し治まったみたい。


 ホント、今日は全く散々な日だ。


 合コンで知り合った男に送ってもらおうとしたら、どんどん人気のないところに連れて行くんだもん。


 海岸まで着くなり「なあ、いいだろう」なんて迫ってくるから、思い切り殴って車から飛び出したら、怒って置いてけぼりするなんて……。


 ホントに最低な男。


 しかも、さっきの通り雨で、びしょ濡れになっちゃうし。


 むしゃくしゃしてたところに、さっきの彼が来たんで、つい悪戯心で脅かしちゃった。


 ごめんね、知らないおじさん。


 あっ、携帯で頼んでいたタクシーが来たみたい。




「お客さん、駅までで良いの?」


「はい、お願いします」


 あたしは、運転手さんに貸してもらったタオルで髪を拭きながら答える。


「OK、それにしても、こんなところで一人でいるなんて、どうかしたの?」


「ええ、ちょっと……」


 曖昧に口ごもる。


「ま、いいんだけど。でも、大丈夫だった? ここ幽霊通りって言うんだよね」


「幽霊通り?」


「出るんだって、海に身投げした男の幽霊が……そう、あんたが持ってるような黒い鞄を持った……」


 あたしはハッとして、素知らぬ顔で落し物として届けようとしていた、さっきの男の鞄を見る。


 暗くてわからなかったそれは、まるで海水に何年も浸けられていたように痛んで汚れていた。

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