孤独

 男が一人で横たわっていた。男は何も知らなかった。ふと気が付けば、横たわっていた。

 

男は立ち上がり、歩きはじめた。

 方向もわからぬ、道もない地を。地が地面であるのかさえ、男にはわからなかった。ただただ、歩き続けた。

 

どれだけの時が経っただろうか。男は何かとぶつかったが、歩くのをやめなかった。

 しかし、それは男の手をぐいとつかみ、離さなかった。


「コンニチハ」

それは女だった。女はにっこりとほほ笑んだ。

 男は、自分が何も知らずにただ歩き続けたのとは比べ物にならないほどの時間を、女と過ごした。


 ある時、女は言った。「あなたはにんげん、わたしもにんげん」

 ある時はこう言った。「あなたとわたしは、おんなじよ」

 しかしこうも言った。「あなたとわたしは、べつのもの」


 やがて、こんなことも言うようになった。「ありがとう」「あなたが好きよ」「あなたは素晴らしい人」「何があっても、私はあなたの味方よ」

「何があっても」と言われても、男は女といる以外何もなかった。


 また、時が流れていった。


 女が消えた。男が眠りから覚めた時にはすでに、いなくなっていた。


 男は立ち上がり、女を探しに歩きはじめた。

 だが、すぐに、男は歩くのをやめてしまった。


 男は立ち止まり、しゃがみこみ、泣いた。声を上げて泣いた。

 しばらくして、男は泣くのをやめて辺りを見渡した。女の姿は見えなかった。


 男は独りだった。


 男はうつむき、倒れ、そのまま、動くことはなかった。

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