うらみひとり


 あなた、彼女いたのね。全く気が付かなかった。あなたに、大切な人ができたのならそれはよかった。あなたはきっといい人に出会えると思っていた。私よりも素敵な人に出会って、その人を好きになって、大切にしたいと思って、それが叶ったのなら、よかったじゃない。「お幸せにね」とは言わないけれど。


 もっと早く言ってくれればよかったのに。私があなたのことずっと好きだったのは知っていたでしょう。私だって隠す気もさらさらなかった。あなたにはずっと前に、一年以上前の春に振られたけれど、それでも、私の気持ちはずっと伝えていたもの。重かったかしらね。まあいいわ。私が悶々としているのはそこじゃないから。


 つい先日の朝、あなたは「付き合ってる人がいる」とメールで言ってきた。目頭が熱くなりながら、私は余裕ぶって「そうなんだ、よかったね」なんて返したわ。でも気になることはいくつかあって、「いつから」とだけ聞いたのよ。ここで「誰と」と聞かなかったのは褒めてほしいわね。話をもどすわ。あなたは「去年の春」と答えた。それを見て電車の中で涙をつーっと流したわ。だって、今はもう冬なんだもの。


 ご自分でも思わないかしら、言うのが遅いって。私のこの、去年の秋から今までにかけてのこの期間、この九か月だか十か月だか、これはなんだったのよ。あなたと喋れて嬉しくなったり、二人で出かけないか誘ってみたり、もしかしたら、もしかしたらって期待したり、どうしよか、どうしよかって沈思したり。なんだか踊らされていた気分。私バカみたいじゃない。


 私があなたを好きでいるのは私の勝手だし、あなたが私を好くかどうかもあなたの勝手だわ。あなたが誰を好きになるかも、誰と付き合うかもあなたの勝手ね。でも彼女ができたのならその時すぐに言ってほしかった。言ってくれると思っていた。言ってくれたら、あなたにほかの女がいるってわかったら、私の気持ちはきっと今までの想いが嘘だったみたいに、スッと軽くなって、熱が冷めて、きっと次に進む心の準備ができるんだと思っていたのよ。


 去年の春に「誰とも付き合いたくない」と振られたとき、そりゃあ、悲しくて仕方がなかったけれど、好きの気持ちは変わらなかった。いずれあなたも考えが変わって、誰かと付き合う気になるとは思っていたわ。そうしたら、私も候補の端くれになっていたら、なんていうのも思っていたわ。まさか、もうすでに誰かと付き合っているだなんて知らなかった。本当に、そのときすぐに言ってくれればよかったのよ。


 あなたの相手の、彼女にも申し訳ないわ。自分の彼氏に気のある女が、自分の彼氏と付き合いたいと思って、今までの仲を根拠に話しかけ続けていたなんて知ったらきっと嫌よ。「この人は私の、わたしの恋人です」って私に言いたがると思うわ。


 私とあなたは、私の自惚れかもしれないけれど、仲良しだったとは思うの。二人で出かけたことも何度かあった。私の気持ちを知って、あなたが振ったあとも、あなたとはたくさん色々なことを話したわ。あなたがいてくれるから頑張れたことも結構あったのよ。嫌なことが起こったり、何か失敗したりしても、ほかでもないあなたが愚痴を聞いてくれて、私はそれだけで励まされるから。良くも悪くもあなたに甘えていたのね。あなたは私をどう思っていたのかしら。私があなたを思っているほどあなたは私を思ってはいないでしょうね。でも、少しはあなたの役に立てたかしら。そうであってほしいわ。


 だからなおさら、大切な人ができたのならきちんと言ってほしかった。半年以上もそんなことはつゆ知らずにあなたとお話ししていたのよ、何だかきまりが悪くってもう話しかけられないわ。どうして今の今まで言わなかったのかしら。言おうと思っても口に出せなかったの? 私のことなんて全く考えていなかったの? あなたのことだから彼女をきっとものすごく大切にするでしょうね、私を忘れたって仕方がないかもしれない。それともわざと隠していたの? 彼女がいて、自分を好きな人もいて、まんざらでもない気持ちだったの?


 私にとってあなたは大切で大好きな男の人ではあるけれど、大事で大好きな友達でもあるのよ。両方なの。友達に彼女ができただなんて、私の野暮な気持ちもほんの少しうずうずしていてニヤニヤしているのよ。相手は誰かしら、どっちから気持ちを伝えたのかしら、普段はなんて呼び合っているのかしら、手はつないだのかしら……みたいにね。ただ、今は聞きたくないわ。


 私はもうすでにずーっと前に失恋しているわ。私はそのあと、期待と、思い上がりと、下心と、あとはいろいろごちゃまぜにして、あなたの気が変わるのを一人で待っていただけ。それでも冷静になれば無理だろうなぁとも思っていたから、希望のない片思いを楽しんでいたわ。だからあなたに彼女がいたとしても状況としては何も変わらないの。でもあなたに、ほかの女がいるというのは私にとってとても大きなきっかけ。次に進むなら今だと思っているの。


 まだあなたが好き。別れてしまえばいいのに、私と付き合ってくれればいいのにとも思っているの、今はね。でも安心して、もうしばらく待ってくれたら私はきっと今までとは別の色をしているはずだから。でもほんと、言わせるの何回目よ、言うのが遅いわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る